フェスタの冒険 指導対局
フェスタもニティカも、肩で息をしている。
相対するアレプトは余裕綽々といった様子で愉しげにフェスタとニティカ向けて戦いの技術を講義し続けている。
否、ここに居る一行の誰しもが既に気が付いていた。
アレプト対フェスタとニティカの戦い、これが『戦い』ではなく『指導』であるということに。
この最下層での戦いは、言うなれば『模擬戦』である。
いや、下手をすれば模擬戦よりも遥かに安全なものかもしれない。
何故ならば、模擬戦ならば互いの手が行き過ぎて大怪我をすることもある。しかし、この戦いに於いて現在に至るまで怪我人は一人たりとも出ていない。
ニティカがフェスタをサポートしつつ、フェスタがアレプトを攻める。
アレプトがフェスタの攻撃を捌きつつ、細心の注意を払って怪我をしないように反撃を入れてフェスタを地面に転がす。
そうして戦いの流れが止まると、アレプトから一連の流れの確認と修正箇所の指摘が入る。
これが繰り返しで既に数十回も行われていたのであった。
将棋や囲碁には『指導対局』というものがある。
実力上位者が下の者と対局し、実戦形式で指導していく訳だ。
相手を試すような手を打ち、その手への対応を見る事で相手の実力を測りながら盤上で最善手を導く。
さらには終局後の感想戦という、対局を初手から反復しつつ局面を一手毎に感想を述べつつ振り返ることによって、その手が最善手もしくは悪手であったことを確認していく。
打ち手同士の間に大きな実力差が存在するからこそ成り立つ指導法ではあるが、実力下位の者からすると自分よりも遥かに強い相手と勝負できて、細やかな指導を受けやすいという大きなメリットがある。
アレプトが、フェスタとニティカの両名に行っているのは、紛れもなくこの指導対局であった。
確かに、一戦毎にフェスタもニティカも消耗していっている。
だが、二人とも肩で息をしているのとは裏腹に、その瞳は闘志に満ちたものとなっていっている。
未だにアレプトに対してまるで歯が立たないような有様ではあるが、一戦する度に自身の動きが見違える程に良くなり、また回を重ねる毎にフェスタとニティカの連携もより高みへと進んでいく。
既に二人とも、時間が経つにを忘れてしまうほどにアレプトとの戦いに熱中してしまっていた。
ただ、説明の度に大袈裟になるアレプトの演説とオーバーアクションにはやや食傷気味ではあったのだが。
肉体的には疲労していても、精神的に充実していると限界を超えて身体が動くことが人にはある。
現在のフェスタとニティカが正にその状態であった。
呼吸も荒い、手足も重い、武器を握る手には上手く力が入らない。
今、集中力が途切れてしまえば、しばらくは指先一つ動かせないほどの疲労に襲われるであろうことが予想できてしまう。
だが、しかし、それでも、フェスタとニティカは二人共が思うーー今がベストコンディションだ、と。
側から見ているジバとアリサも、アレプトの持つ実力に感嘆していた。
手を変え、品を変え、何度も繰り返される戦闘の中で全く底が見えない。
嘗てアレプトと戦ったことがあるはずのジバでさえ、いかに自分たちがこの悪魔公に勝ったのかを思い出せなくなってしまうほどに、アレプトの実力は計り知れないものだった。
長いようで、短い時間を何度も繰り返したこの指導対局も、遂には終わりを迎える。
もう何度目か数えるのも面倒になる程にフェスタが転がされ、再びアレプトの講釈そ聞く為に起き上がろうとした、そんな時だ。
この回の戦闘ではあと一息でアレプトの肩口に剣が入りかけ、フェスタとしても仰向けに転がされた直後に『今のは惜しかった』と考えていた。
ここ数回の戦い方は、まず開始直後にニティカから支援魔法を掛けてもらっていた。
『祝福』という、攻撃力や防御力、速度を気休め程度に上昇してくれる魔法である。
それを受けてから、フェスタはアレプトの隙を突くのではなく、隙を作り出すように動く。
フェイントや牽制するだけの一撃を織り交ぜつつ、アレプトが防御できないであろうタイミングを図る。
何度か前の戦闘では、上手く背後を取って斬り掛かることに成功したはずが、背後にも眼が付いているかのようなアレプトの動きに敢えなく転がされる結果に終わってしまった。
なので、フェスタは背後に回ることすら牽制の一部に組み入れ、背後からの攻撃に集中を引き付けておいてからの側面からの一撃ーーと、いったところで間一髪で回避に成功したアレプトに両腕を取られて投げ飛ばされてしまったのだった。
フェスタの脳裏に、アレプトに一矢報いることが出来るかもしれない、そんな算段が浮かぶ。
だが、そんな考えは表に出さぬように、努めて冷静に、今まで通りに見えるように立ち上がろうとした、そんな時にアレプトがこう述べた。
「さてさて、それではーー次で最終戦 ……と致しましょう」