フェスタの冒険 変則
「これは……どういう事なんでしょうか?」
フェスタが、小声で隣の椅子に座るジバに質問する。
聞かれたジバも、無言で肩を竦めながら首を横に振るのみである。
アリサとニティカは眼前の光景に固まってしまっている。
フェスタたちの前には、豪勢な料理が並べられたテーブルがあった。
長いテーブルにフェスタたち四人が並んで座り、対面には長身で少し痩せ気味ながら均整の取れた身体つきをした色白の青年がニコニコとした笑顔を見せながら座っている。
但し、青年の瞳は赤色のみで形成されていて、耳は先端が尖り、耳の上辺りからは羊のような角が伸びている。
テーブルの上に置かれた手は鋭い爪が伸びていて、タキシードを突き破っているのか、背中には蝙蝠のような羽がある。
つまり、目の前の青年こそがこの迷宮の主人である悪魔公、彼は自身の名を『アレプト』と名乗った。
フェスタ達が最下層の玄室への扉を開けて、中へとなだれ込んだところにアレプトは立っていた。
そして、フェスタ達を見るなり優雅に一礼をして見せつつ、
「ようこそ、我が迷宮へ。
まずは一緒にお食事でも致しましょう。
ささ、こちらへーー」
と、有無を言わさぬ華麗さでフェスタ達をテーブルまで誘導し、フェスタ達もまるで狐に化かされたような心持ちでテーブルに着いてしまったのだ。
その理由は、アレプトにまるで殺気のようなものを感じなかったからだ。
毒気を抜かれてしまったかのように、フェスタ達は見事に戦う意気を削がれてしまったのだった。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
と、言いながらアレプト自身はパンを掴みながらスープを啜っている。
場所が迷宮内ではなく、相手が見たままの悪魔であるアレプトでなければ王宮での晩餐会にでも見えかねない。
しかし、ここはれっきとした迷宮内であり、最下層の番人の間である。
フェスタたちも「では、遠慮なく」と食べ物を口にする訳にはいかない。
何せ相手は悪魔なのだ、食べ物や飲み物に毒が入っていないという保証は無い。
「ジバさん、前もこうだったんですか?」
「いえ、以前は玄室に入ってすぐに戦闘でしたね」
なるべく相手に聞こえないような小声で、フェスタとジバがやり取りをする。
だが、人とは違う聴力なのだろう、アレプトが二人のヒソヒソ話に返事をする。
「ああ、ご安心を。
試しの儀式としての戦いは後ほど。
今は貴方がたとお話をしてみたいと思いまして、ええ。
こうしてお食事会の場を設えさせて頂いたのですよ」
そう語るアレプトからは敵意や殺意のようなものを感じない。
その言葉を聞いて、限界だったと言わんばかりにアリサが自身前に置かれたワイングラスを手に取り、一気に呷る。
「はあー! 美味い!」
「ちょ、アリサさん! ダメですよ!」
「ええー、何でだよ? 美味いぜ、この葡萄酒」
「そうじゃなくてですね、毒とか、これから戦いになるとか……ですよ!」
「ああ、ご心配なく。
戦いは食事から時間を空けて行いましょう。
毒も入れておりません、ご安心して召し上がってください」
慌てて咎めてみせるフェスタに、不満げに応じるアリサ。
そこにフォローを入れる悪魔公という奇妙な構図が出来上がる。
そんな様子えお見たジバがフェスタに目で合図を送ってからスープに口を付ける。
解析の結果、スープには本当に毒物などは入っていない、という事が分かるようにジバがわざと大きく一つ頷いてみせる。
それを合図としたように、フェスタとニティカも遅ればせながら食事を開始し、アレプトが悪魔に似合わない笑顔でそれを眺める。
しばらく、平穏な食事が続いてしまい、不覚にも落ち着いてしまったジバがアレプトに問う。
「ところで……我々に話とは?」
当然の疑問である。
過去に、迷宮の番人が冒険者と話をするなどという事は聞いたことがない。
ジバ自身、そのような経験は無いし、伝聞でもそのような話は耳にしたことがない。
「いえね、貴方がたのような実力者が、わざわざこの迷宮に入る理由を聞きたいのです」
アレプトがそう返してくる。
純粋に疑問に思ったからだ、と言葉を継ぎ足した。
迷宮の主人に話すことだろうか、と思いながらもジバはパーティーがこの迷宮に入った理由をアレプトに語る。
このパーティーが結成してあまり時間も経っていないこと、現在の実力はこの迷宮に入ってから身に付いたものであること、それとニティカが神殿より命じられた迷宮踏破に関する話までアレプトに聞かせる。
「なるほど。
では、この後の戦いも貴方がたにとっては必須ということなのですね」
そう言ったアレプトの視線が、初めて鋭いものに変わる。
アレプトの眼を見た一行に緊張の色が走る。
が、アレプトが片手を上げてその場の空気を止めてみせた。
「いえ、先ほども言ったように、すぐには戦いませんとも、ええ。
そうですね、ニティカさんと仰いましたね?
この場で実力を示して頂くのは貴女となります。
それと、私が力を授けて差し上げることができそうなのは、フェスタさんーーですかね。
お二人で私と戦い、力を示して頂こうと思っております」
名指しされたフェスタとニティカが互いに顔を見合わせ、それからほぼ同時にアレプトの方を見た。
そんな二人を、アレプトは変わらず敵意の見えない笑顔で見返すのだった。