フェスタの冒険 VS蒼竜
第四十階層の扉は巨大なものであった。
ジバにより、事前に聞かされてはいたものの想像するよりも遥かに大きな扉にアリサなどは完全に呆気に取られてしまっていたのである。
何せ横幅が約十メートル、高さに至っては二十メートル以上はあろうかという巨大な門だ。
門の大きさだけならば、アリサの知っている限りでは最大であった王都の城門を凌ぐ大きさである。
さらにジバからはとんでもない情報がパーティーに齎されていた。
それは、『中には門より大きなサイズの竜が居ます』というものだ。
ただでさえ馬鹿げた大きさの門に、それを上回るサイズの、しかもただでさえ魔物の中で最強とも言われる竜が、この中に居る。
これが冗談ではなく現実であるというのだからアリサにとってはもう呆気に取られるぐらいしか現実逃避の術が無かったのだった。
因みに、パーティーは現在のところ戦闘準備万端という態勢である。
前日、この扉の前に辿り着いた時点で野営をして疲れを抜いていたのである。
第三十階層までは番人を倒して、その部屋で野営をしていた事から考えると、それだけでいかにジバがこの第四十階層の番人である竜を警戒しているのかが予想できるものだ。
「では、決めた通りのフォーメーションで」
ジバがそう告げると、全員が固唾を呑んだような表情で頷く。
普段ならばマイペースな様子を見せているニティカでさえも緊張した面持ちでいる。
無論、理由はあるのだ。
全員で力一杯に扉を押すと、ギギ……という重い音を立ててゆっくりと扉が開く。
中には、蒼い鱗が暗い迷宮の中でもなお輝いて見える巨大な竜が鎮座していた。
「こちらです!」
最後尾にいたニティカが竜に向かって叫ぶ。
同時に、残りの三人がバラバラの方向に向かって駆け出す。
これがジバの立てた作戦である。
まず、ニティカが麻痺の魔眼で竜の動きを止める。
万が一、魔眼が効果を表さなかった時に備えて、全員がバラバラの位置で陣取る。
爪や尻尾、ブレスで一箇所に固まっているところを攻撃されると一気に全滅も有り得るからだ。
「せえぇいっ!」
蒼竜の動きは、完全にではないが足止めには成功する。
その隙を突いて、フェスタが竜の右足に斬撃を叩き込む。
フェスタの剣は蒼竜の足の四分の三辺りまで食い込んだ。
「グアア!」
痛みに咆哮を上げる竜。
両手の鋭い爪を振り回すが、フェスタには避けられ、アリサには両腕でガードされてしまう。
ジバとニティカには距離があり、両腕が届いていない。
「ニティカさん! 続けて下さい!」
ジバがそう叫ぶ。
蒼竜は動けているが、魔眼の効果が出ていない訳ではない。
そうジバは判断した。
以前、この蒼竜と戦ったことがあるジバから見て、動きが拡大鈍っているのは明白だったからだ。
事前に決められていた通りに、ジバから続行の指令があれば魔眼を継続させるという作戦の従い、ニティカが自身の眼にさらに力を込める。
ニティカの大きな瞳はエメラルド色に強く光り、その光が強くなる毎に蒼竜の動きは精彩を欠いていく。
それを確認するように、ジバが竜の顔目掛けてレーザーのような一筋の魔力を撃ち出す。
魔力は竜の顔に当たる寸前に掻き消されたーーように見えた。
「ギィィイイ!」
消えたかのように見えた魔力が、無数の針のような鋭い筋に変わり、それらが竜の眼を刺す。
いきなり視界を奪われた竜は、両目を覆うようにしてのたうつ。
「うりゃああああ!」
必殺の気合いを込めて、フェスタが今度は逆側より右足の斬撃を入れる。
見事に、斬撃は足の切断に成功し、竜はその巨体を傾かせ右手を地面に着かせてその身を支えようとするーーが、失敗に終わる。
右手が地面に着く刹那、アリサがその右手を足で払ったのである。
バランスを崩し、蒼竜の巨体が地面に投げ出される。
その時、フェスタの視界にはくっきりと竜の首元に繋がる『線』が視えた。
「止め! 行きます!」
その場にいる全員に宣言するように、フェスタが蒼竜の身体を駆け上がり、背中の上から首筋が見えたところで跳び上がった。
剣を振りかぶり、切っ先がフェスタのみ見える線上に乗る。
これで決まったーーというところで。
『そこまでっ!』
という大声が脳内に響いた。
フェスタだけでなく、その場にいた全員の脳内に、である。
同時に、目の前にいたはずの巨大な蒼竜の身体が忽然と消えた。
「痛てて……」
声と同時に現れたのは、青い服を身に纏った、青年であった。