ブレイクするー?
「ちょっと待ってね」
と、フェスタに言ってから茉莉はやおらに立ち上がり、床に座っているフェスタの横を通り抜けてドアの方へと向かう。
フェスタの視線だけが追いかけて来る中、ドアの脇のある照明のスイッチを入れる。
眼は慣れてきていて特段の不都合があるわけでもなかったが、それでもずっと真っ暗闇の中だった室内に明かりを灯され、文明の光が戻ってくると非現実に押しやられて失われかけていた現実感というものが少しだけ心の中に取り戻せたような気分になる茉莉である。
ひたすら続く現実感の欠ける話の内容に頭が混乱してしまっているのを自覚した上で、ほんのちょっとでも落ち着きを取り戻そうと思っての行動だったがどうやら功を奏してくれたようであるーーと、思ったのだが。
「わあ、それも魔法みたいですね!」
フェスタがせっかく戻ってきた茉莉の現実感を削ぐような感想を明るい声で漏らす。
魔法、魔法って何だろう。
中世の人たちが現代の文明を見たら魔法って呼ぶのだろうか?
いや、魔法と科学は違うよなあ、なんてことを瞬間的に考えながら茉莉は再び非現実に引き戻されかける。
その声をもたらしたフェスタにげんなりとしつつも、茉莉は振り向き改めてフェスタの姿を視界に入れた。
明かりの下に見えるフェスタはーーやはり茉莉と瓜二つと呼べるような容姿をしていた。
何も知らない人が見れば双子であると言われて完全に納得してしまうであろう相似度だ。
格好こそ茉莉がパジャマ代わりのティーシャツとハーフパンツに対しフェスタがレースの付いた薄い生地のネグリジェのような服装をしているが、それ以外は髪の色も肌の色も、瞳の色でさえも。背丈も体型でさえも。
まるで鏡を見るような錯覚を起こしそうなほど茉莉とフェスタの外見はそっくりだった。
あえて違いを見付けろというならば、髪の毛はほんの少しだけフェスタの方が長いだろうか、それでもさして長さも髪型も変わらない。例えて言うなら『美容室で毛先だけ揃えてもらった』ような僅かな違いだ。
胸は本当に少しだけカップ数は変わらないだろうけど少しだけ茉莉が大きいように見える。
そんな間違い探しゲームのようなレベルで茉莉とフェスタは似ているーー茉莉がそんな感想を抱きつつフェスタを見ていると、
「こちらにもですね、魔道具での灯りはあるんですけどこちらの方も魔法みたいですね!」
フェスタから新たな単語が飛び出す。
魔道具ーー単語だけ聞けば魔法で動かす道具、といったところだろうか。
ますますもって『剣と魔法の世界』である。
この調子で話を進めていくと神々との闘いや地獄の黙示録なんて単語が軽く飛び出してきそうな勢いだ。
聞けば聞くほど新たな単語が出てきてしまう状況に内心で頭を抱えながらも、茉莉は少しだけ話の中断を試みた。
「ねえ、ノドが乾いたからお茶入れてくるわ。あなたも飲むでしょ?」
『魔道具』という単語はあえてスルーしながらそう切り出す茉莉にフェスタが眼をキラキラさせながらコクコクと頷いてみせる。
それを受けて、茉莉はキッチンへと向かうのだった。