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フェスタの冒険 ニティカ

 フェスタが扉へ飛び込むと、そこには地下へと続く階段があった。

 先ほど微かに聞こえてきた少女の声はもう聞こえて来ない。

 声を上げたので黙らされたのか、それとも最悪の場合は……。

 急がないとーーそう思いつつもフェスタは慎重に階段を降りて行く。


 ここで、ほんの少しだけ、時間を巻き戻す。


 男たちの手によって袋に入れられ、猿轡を咬まされていた少女、ニティカは袋から乱暴に床へと投げ出され、背中をしたたかに打ち付けられてしまい、痛みに喘いでいた。

 あまりの痛みに声を出したくても、口に咬まされた猿轡が邪魔をしていてまともに声も出せない。


(どうして……こんなことに……)


 二ティカは自分の不運を呪った。

 彼女は神に仕える身だ。そして、未だに神を信仰する身なので神は決して呪う対象とはならない。

 呪ったのは、純粋に自身を襲う不幸と、不幸を跳ね除けることができなかった己の非力だ。


 ニティカの住んでいた村は、ホーク大陸にあった。

 呪われし、魔王がかつて君臨した、ホーク大陸の最北端。

  彼女の父は神聖皇国エフィネスからホーク大陸の浄化を命じられてきた歴代の神官、そのうちの一人だった。

 浄化しても浄化しても日々濃くなる瘴気、それでも父は村に建てられた小さな神殿で浄化の儀式を繰り返していた。


 そこは小さな村だった、名前さえ無い公地図にも載っていない村だった。

 そこに住むのは二ティカたち家族と他の場所には住めなくなって流れ着いたはぐれ者ばかり。

 それでも父はそういった人々を村に受け入れていた。

 飢えた人には食べ物を分け与え、住む場所が無ければ皆で家を建ててやる。

 村の外は瘴気に塗れ、魔物が闊歩するような場所だったが、浄化された村の中にさえ居れば、貧しくも穏やかな暮らしができていた。


 物心ついた頃には、ニティカも父のように神官を目指していた。

 もっとも、ニティカは女性だったので目指すことになったのは巫女であるが。

 日々、厳しい修行をして、遂には父から巫女として任命を受けることが出来た。

  父の「正式な任命は神聖皇国での教皇様の任命を受けてからだが、これでお前も一人前の神の使いだ。これからは助けておくれ」という言葉は、やっと父の助けになれると思って嬉しかった。

 浄化の儀式は心身ともにきつい仕事だったが、村の皆のささやかな平和を守れていると思うと少しもつらくはなかった。


 そんなニティカのささやかだが幸せな日々が終わってしまったのは、魔王が復活した日だった。

 魔王が復活したことについては、後に知ることとなったのだが。


 その日も、ニティカは父と大地の浄化をする儀式を神殿で執り行っていた。

 神の御力をその身に降ろし、拝借した御力で瘴気に侵された地脈を浄化する。

 しかし、その日は地脈が浄化されない。

 浄化されないどころか、どんどん地脈の中に瘴気が増える。

 嫌な予感がニティカを覆っていく感覚をニティカははっきりと覚えている。


「これは……いかんっ! ニティカ、逃げろ!」


 そう叫ぶと同時に父が黒い炎に包まれたーーように見えた。

 黒い炎に見えたのは瘴気だった。

 目に見えるほど濃い瘴気が二ティカの父を包み込んでいた。


「父様!」

「く……るな……村の皆につた……えて……に……げ」


 助け出そうとするニティカを父が激しい言葉で制止するとほぼ同時に、父の姿は完全に瘴気に覆われ見えなくなった。

 ーー皆に伝えないと、とニティカが神殿を出ようとしたその時に、村の中から悲鳴が聞こえた。


 神殿の外に出ると、そこは地獄の光景だった。

 そこら中に転がる村人の死体にそれを貪り喰う魔物の群れ。

 口から溢れそうになる悲鳴を抑えながら魔物を掻い潜り、必死の思いで家に戻るとーーそこには既に息絶えた弟と妹を抱えながら、自らも亡骸となってしまっている母が居た。


 その後のことはニティカも覚えていない。

 薄っすら『神聖皇国に出向かなければ』と思ったのは覚えている。

 気が付くとニティカは神聖皇国に向かうために砂漠に入っていた。

 それから砂漠のどこでだったか思い出せないが、ろくに食料も水もお金も持っていないのに盗賊に襲われて、盗賊に奴隷商人へと売り飛ばされて、タルカにまで連れて来られたのだ。


 このままだと奴隷として闇市場に売られることはニティカも分かっていた。

 だから、閉じ込められていた場所から何とか隙を突いて逃げたのだ。

 しかし、一生懸命に逃げてもニティカは男たちに捕まってしまった。


 ニティカは呪う、自分の弱さを。

 心の、身体の弱さを呪う。

 しかし、彼女は巫女だった。惚けた人形のようになってしまっても、最後の矜持は忘れていなかった。

 だから、最後ぐらいは自分の弱さを呪わないで済むように、猿轡に邪魔されながらも力の限り叫んだのだ。


「助けて!」と。

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