フェスタの冒険 追跡
フェスタが橋の下に降り立った時、少女を連れ去った男たちは既に点のようにしか見えなかった。
しかし、追い付けない距離ではない、そう判断してフェスタは一気に加速して走り出す。
フェスタは、自身では自覚していないものの生まれ持った天性の才覚、いや才覚と呼ぶには温い『天からの贈り物』とでも呼ぶべきズバ抜けた才能を幾つか持っている。
それは後に勇者となる運命を背負って生まれたから与えられたものか、それともそのような才能を持って生まれたから勇者となる宿命を背負ったのか、誰にも分からない。
そんなフェスタの持つ才能の一つが『俊足』である。
幼い頃から、フェスタは足が速かった。
王城に勤める衛兵たちの間では『フェスティア姫との鬼ごっこ』といえば恐怖の訓練の代名詞のようなものであった。
フェスタが鬼なれば、衛兵たちは十分も保たず全員があっさり捕まった。
また、フェスタが逃げる側に入ると衛兵たちには陽が落ちるまで追い掛けても捕まえられなかった。
一度、衛兵隊長のおふざけでフェスタ一人を衛兵全員で追いかけっこをやったのだが、決着がついたのはおよそ三時間後のことである。
当時、衛兵隊の中でも最も優秀と呼ばれた男が居た。
剣術の腕は誰にも負けず、勤勉で真面目、何より頭の切れる男であった。
その男が、足で追い掛けても敵わぬと、樹上に隠れ奇襲の機会を伺ったのだ。
当時七歳であったフェスタに、である。
結果は、何とか指先がフェスタの衣服に掠った、大の男が奇襲を用いてギリギリの勝利を拾った。
しかも、その時フェスタは子供サイズとはいえ訓練用の鎧と木剣を装備しており、対する兵士は全員装備を外して追い掛けていたのだ。
ワイズラットの衛兵たちは、フェスタのその凄まじいまでの才能を評して『雷神のようだ』と称えた。
「待てぇぇええええ!」
そんなフェスタが、本気で追い掛けるのだ。
しかも、今日は休養日で鎧も来ていないし剣も持っていない。
大人の男とはいえ、少女を抱えて走る男たちとフェスタの距離はグングン縮まった。
「上にっ!?」
男たちとの距離、残り三百メートルといったところで、男たちが土手から街に上がる為の坂登って行く。
追い掛けているフェスタに気付いているはずも無いので、街中のアジトにでも逃げるのだろうか。
フェスタもその坂を駆け上がる、どこかの建物にでも入り込まれてしまっては見付けるのが難しくなってしまう。
坂の上でフェスタが周りを見ると、男たちは少し離れた路地へと入って行くところであった。
急いでその路地へと向かう。
路地には既に人影は無く、フェスタは見失ったと焦りを覚える。
路地には幾つもの扉が並んでおり、男たちがどの扉に入ったのか予測も付かない。
一刻も早く詰所に行って憲兵を連れて来るか、フェスタは悩んだ、憲兵を連れて来ればこの路地の扉を全部調べて男たちが入ったアジトも見つかるかもしれない。
しかし、その間少女が無事だとおう保証は何も無い。
むしろ、あの少女は男たちから逃げようとして捕まったのだ。この後すぐにでも危害を加えられてしまう可能性は非常に高い。
(ーーせめて、どの扉か分かれば)
無駄な事とは知りながら、フェスタは意識を集中して路地の足元を見る。
何か足跡なりのヒントは無いかと思ったのだ、しかし、土で出来た路地には無数の足跡がありどれが男たちのものか分かるはずも無い。
フェスタが仕方ない、憲兵を連れて来るしかないか、それまで無事でいてくれ、と祈りながらその場所を離れようとした時ーーフェスタの祈りが届いたか、はたまた少女の助かりたい執念か、そのどちらともなのか。
手前から見て、二つ目の右手にある扉から、微かに少女の叫ぶような声が聞こえたのだ!
(待ってて! 絶対に助けてあげるから!)
フェスタはその扉に飛び込んで行った。