フェスタの冒険 馬車
ゲントの村発乗り合い馬車は街道をひたすら西へと進む。
幌の中、荷台にはフェスタたちの他には七人の客が乗っていた。
商人風の男が一人、冒険者風の格好をした男二人と女一人の一行、若い女が一人に老年の男と中年の女が従者のように付き添っている三人組。それとフェスタたちである。
それに御者が二人、これが今回の乗り合い馬車に乗っている十二人の顔ぶれである。
「この馬車は一週間後には目的地のタルカの町に到着します。それまでの我慢ですよ」
ジバがそう言い聞かせている相手はアリサである。
馬車に乗り込んで、少し時間が経った頃に乗り合い馬車に乗っている間はロクに酒が飲めないという事実が判明したのである。
といっても、別に乗り合い馬車自体が飲酒禁止となっているわけではない。
単純に、この馬車にはアリサが気軽に飲める酒が載せられていなかったのだ。
厳密に言えば、行商人の男が荷物として持ち込んでいる酒ならばある。もちろん、アリサはその酒の存在を目ざとく見付けてはいた。
しかし、それは紛れもなく売り物なのだ。行商人がアリサに告げた金額は葡萄酒の樽一つで金貨一枚、出せない金額ではないが乗り合い馬車の旅中で飲む酒代として出すにはアリサにとっては大き過ぎる金額であった。
そんなわけで、アリサは一週間の禁酒が確定してしまい、肩をガックリと落としていた。
フェスタは、そんなアリサを苦笑いで見てから手元の羊皮紙に視線を移す。
ジバから、この一週間の間に学んでもらう事として渡されたジバ直筆の学習資料である。
細く整った、小さな字がジバの性格を表しているようで趣き深い。
フェスタに渡された資料の内容はフェスタが覚えられる可能性の高い魔法について、だった。
この世界では、魔法はまず詠唱をして発現させる。
ジバの資料曰く、詠唱は発現の内容を身体で理解する補助であり、その理解度が高まれば短い詠唱でも発現できるようになり、それを極めれば頭の中で詠唱の内容を想像するだけで魔法の発現ができるようになる。
いわゆる無詠唱魔法を使う為のステップが詳細に書かれていた。
フェスタが聞いたジバの場合は、得意魔法なら無詠唱で、そうでない魔法でも覚えているものはほぼ全て魔法の名称を唱えるだけで発現できる、ということだった。
ジバの見立てでは、フェスタは資料に載せてある魔法であれば魔法の名称を唱えれば発現できるようになるだろう、とのことだ。
「私も無詠唱で使えるようになりたいですけどねえー」
というフェスタの言葉に、
「軽々と使えるようになられては我々魔術師の立場がありませんよ」
笑いながら答えるのであった。
馬車の中での勉強に苦戦していたのは、やはりアリサであった。
読み書きはできるが達者というレベルではない。とはいえ、この世界での識字率というのはさほど高くない。
冒険者として活動するのに読み書きは必須という必要性に迫られて文字を覚えたアリサだが、それでも教養という意味ではそこいらの村人の農夫や狩人などに比べればずっと高いのである。
それでも、学校に通ったなどの経験が無いアリサにとっては勉強というのは未知の強敵であった。
まず、渡された資料に書かれている内容が理解できない。
分からないのでジバに説明してもらうが、その説明も理解できない。
どこが分からないのか、と聞かれてもどこが分からないのかすら分からないといった感じなのだ。
即座に学習プランを切り替えたジバによって、まず頭で理解するという意図から始められた座学から、とにかく身体で理解する実践的な学習法に内容をシフトさせられたのだが。
ーーこれも体内の魔力を感知するという最初の一歩から躓いており、アリサの勉強は非常に難航していた。
馬車内ではアリサが目を閉じて瞑想しながら魔力を感じ取ろうとしては失敗し、叫び出しそうになっては狭い馬車内で大声を出しては他の乗客に迷惑がかかる、と何とか冷静になるように自分を抑えながらも頭を掻き毟る。
そんな光景が繰り返されているのであった。