フェスタの冒険 敗戦の後
魔族が消えてすぐ、フェスタは正気を取り戻した。
しかし、まだ恐怖が残っているのじゃ、身体は震えて上手く動かない。
剣を鞘に納めることさえ上手くいかず、フェスタはその場に剣を投げ捨てアリサの元へと駆け寄る。
「あ、アリサさん、アリサさん! アリサさあぁあんっ!」
脚はもどかしい程にもつれ、動かない。
なかなか届かぬアリサの倒れる場所、フェスタは何度もアリサの名前を呼びながら一歩ずつ近寄る。
頭の中では、最速で駆け寄ろうと思っていても、気持ちと身体が連動しない。
そんな状況でも踏ん張るように進み、アリサに手が届く距離となったところでフェスタは倒れ込むようにアリサの顔を覗き込む。
「ーーアリサさん?」
無事であってくれ、というフェスタの願いが天に通じたのかどうか。
近寄るとアリサはまだか細い呼吸を辛うじてしているのが聴こえた。
「アリサさんっ!」
アリサの口から漏れ出る「コヒュー」という小さな呼吸音、それを聴いたフェスタは慌てて自分の背嚢から回復薬を取り出しアリサの口に充てがう。
しかし、アリサは完全に意識もなく、それを口の中に受け入れない。
(迷っている暇はないーー!)
自分の手に持つ回復薬を口に含み、そのまま自分の唇をアリサの唇に重ねた。
口移しで、アリサの口内に回復薬を押し込むと、今度はアリサはそれをゴクンと飲み込んだ。
「カハっ!」と、喉の奥に詰まった空気を吐き出すようにアリサが一つだけ咳込み、細かった呼吸が元に戻る。
何とか回復薬が間に合ってくれたようだ。
アリサが何とか生き残ってくれたことに喜ぶ間はフェスタには無いーーと、僅かに安堵しながらもフェスタは思った。
未だに顔色は悪いものの、ひとまず生命の危機を脱したアリサの身体にマントを掛けてから、フェスタは立ち上がりジバが倒れている方へ向かう。
アリサは何とか生きていてくれたが……ジバは絶望的だというのはフェスタも分かっていた。
目の前で、確実に心臓と思われる位置を魔族の手によって貫かれていたのだ。
どんな人間でも生き残れはしない攻撃、それを受けてしまった姿をフェスタは見てしまっていた。
しかし、いかに死んでしまっていると分かっていても、フェスタはジバに近寄らずにはいれなかった。
短い間ではあるが、仲間であり世話になった魔術師、その死に顔をきちんと看取ってやりたかった。
うつ伏せに倒れてしまっているその顔を、せめて仰向けに戻して顔の泥を拭ってやりたかった。
ようやく恐怖によって痺れていた身体も、何とか普通に動かせるようになり始めたフェスタはジバの傍らにしゃがみ込み、ジバの身体の下に手を刺し入れた。
ーーと、「あれ?」とフェスタは思う。口に出ていたかもしれない。
地面に伏しているジバ、その周囲に血が全く流れていないのだ。
心臓を貫かれたはずなのに……どうして、と思いながらも急いでジバを仰向けにする。
その動きで意識を取り戻したのか、
「これ……が、役に……立ちま……した」
と、息も絶え絶えになりながらフェスタに腕輪を見せる。
そのままその手を自分胸に置き「回復」と短く唱えるとジバの手から暖かい光が溢れ出し、彼の身体を包み込んだ。
「ふう、死ぬかと思いました……フェスタさん、アリサさんは?」
自身に回復魔法を掛け、何とか回復したジバが上半身を起こしながらフェスタに聞いてくる。
フェスタは「大丈夫、生きてて、さっき回復薬を飲ませました」と答える。
「ああ、アリサさんもやられてしまったんですね。魔族はどこに? 貴女はよく無事で。どのぐらい私は倒れていたんですか?」
と、矢継ぎ早にジバが質問してくる。いつも冷静な彼としては珍しく、死にかけたことで気持ちの整理が付いていない様子だった。
そんなジバにフェスタは彼が倒れてからの事情を説明した。
「ーーそんな事が」とジバは腕を組みつつ顎に手を当てて、フェスタの話を脳内で反芻させている。
「ところで、どうしてジバさんは無事だったんですか? どう見ても助からない怪我してましたよね?」
少し落ち着いたところで、フェスタがジバに尋ねた。
意識が戻ったときに、腕輪のおかげと言っていたが、さすがにそれだけで事情が分かるはずもない。
「ああ、この腕輪のおかげなんです。昔、友人から貰ったもので『精霊の腕輪』という魔法装備でしてね。月に一度だけどんな致命傷でも身替わりになって肩代わりしてくれるアイテムなんですが。久々に世話になってしまいました」
照れ臭そうにそう語るジバ。
そんな便利なアイテムを装備しているなら最初から教えておいて欲しかった、殺されてしまったのを見た時のフェスタの絶望感を返して欲しい、と切実に思うフェスタであった。