フェスタの冒険 瘴気の湖
そこはーー森の中心にあったのは、湖だった。
池と呼ぶには小さく、ただ、湖と呼ぶにも少し足りない。そんな広さを持つ湖である。
何故フェスタたちがこの湖を『森の異変の原因』だと断定したのか。
理由は極めてシンプルだ。
その湖は禍々しいまでの紫色をしていた。
「うっ」と声を出してアリサは口元を押さえる。フェスタも顔色が青くなっている。
ジバは三人の中では比較的冷静さを保っており、湖を見て何かを考えている。
あまりの光景に三人は立ち止まってしまっており、それに反応したのか背後の木がザワザワ、と音を立てた。
それを聞き付けたジバが一旦考えるのを止めてフェスタとアリサに「ともかく木から離れましょう」と提案してから湖の方へ向けて早足で歩き出す。
フェスタとアリサもそれに続き、急いで木から離れる。
動き出されてしまったことで獲物とするのを諦めたのか、樹木人と思しき木はフェスタたちが離れるのと同時に騒めきを止める。
木から離れた三人は結果的に湖がより見える場所にまで近付いてしまっていた。
間近に見ると、湖はますます禍々しいものに見える。
先ほどまで感じていなかったはずの瘴気をこの湖からヒシヒシと感じる。
ジバが呟いた。
「この湖のせいで、瘴気を感じていなかったのかもしれませんね……」
「どういう事だい?」
ジバの呟きに、アリサが質問をする。
ジバはその質問には答えずに、一人湖のほとりまで歩き進む。
「答えはこの湖を調べてから、にします」
そう言うとローブの袖を捲り上げ、いきなり素手を紫色をした湖に突っ込んだ。
「えっ!」
「おい、ちょっと!」
慌てて止める為にジバに駆け寄ろうとするフェスタとアリサ。
その間にも、湖に突っ込んだジバの腕から毒々しい色の煙が立ち昇る。
「ーーくうっ!」
耐えかねたのか、目的を果たしたのか。ジバはフェスタたちが傍に来ると同じぐらいのタイミングで腕を湖から引き上げる。
腕の肘から先の半分ほどがどす黒く変色していた。
「う、解毒!」
フェスタたちが何か言うより早く、ジバは解毒の魔法を発動させ自分の腕に掛ける。
みるみるうちに、ジバの腕は元に戻り苦痛に歪んだ顔も冷や汗はまだ掻いているが元通りの糸目顔になった。
「何やってんだよ!」
アリサがジバに怒鳴る。その横でフェスタも「そうですよ!」と批難の声を上げる。
そんな二人にジバは悪びれもせずに、
「これは私でないと出来ませんからね」
と、掌を見せながら答える。
「分かりました。やはりこれは瘴気で出来た湖です。この湖の水が地下を通って森全体に行き渡り、それを吸い上げた木が瘴気の影響を受けて魔物に変化したのですね」
ジバが説明したところでフェスタは悟った。
ジバが解析を使ってこの湖を調べたのだ、という事を。
「そ、それは分かりましたけど、いきなり無茶はやめてくださいよ……」
フェスタがジバに苦情を申し立てる。
行動の目的が分かっても、いきなり無茶な行動をされると心臓に悪い。
涙目のフェスタを見つつジバは「可能な限りは善処します」と笑顔で答える。
「これが瘴気の塊としてもだよ、こんなの一体どうすれば……」
アリサがそう誰に言うでもなく口に出す。
こんな大きな瘴気の塊、どうやって対処をすれば良いか想像も付かない、と思っていることがアリサの表情から見えた。
「我々ができるのはここまでですね。ここで引き返して、ギルドへ報告しましょう。恐らくギルドから王国と神聖皇国に連絡が行き僧侶と神官が集められて浄化ーーということになるでしょう」
ジバが結論付ける。
確かに、ジバの言う通り。フェスタたちに出来ることはこの場に残ってはいなかった。
見るからに不味い光景が目の前にあるというのに撤退するより手が無いというのは、何とも苦惜しい気分ではあったが、フェスタたちはゲントの村へ戻ることを決めた。
時刻はまだ昼前、夕方になる前には余裕で村まで戻れるだろう。
森も、しばらくは立ち入り禁止となるだろうが、湖の浄化が済めば時間は掛かるだろうが、いずれ森だって元に戻るはず。
少しでも前向きに考え、森を出ようと湖から立ち去ろうとしたーーその時、
「あれれー? なんでボクの庭に人がおるん? 勝手に入ったらいかんやん」
誰もいないはずの森から何者かの声が響いてきた。