フェスタのお願い
「……お願い?」
未だに動かない身体を意識しつつ、茉莉はフェスタに問い返す。
正直なところ、茉莉がフェスタに聞きたいのは名前でもここに来た目的でもなく、フェスタがどうやってこの部屋に入ってきたのかという部分と、何故フェスタが自分と同じ顔をしているのかという辺りなのだが。
上手く頭が回らず、そういった事を質問し直すことが思い浮かばずにフェスタの言葉をオウム返しするに留まってしまった。
「うん、そう! 聞いてくれるかな?」
茉莉の内面的な思惑など構わずに、フェスタは明るい口調で小首を傾げながらそう言ってくる。
どうやら、この小首を傾げるという動作は彼女の癖であるらしいーーと、ふと思ったところで茉莉は自分に少しだけ余裕が戻った事を自覚した。
試しに腕に力を入れてみると先ほどまでとは違い、ちゃんと腕に力が入り上半身を完全に起き上がらせることが出来た。
ベッドの上に座ることによって、茉莉の視線が床の上に膝立ちとなっているフェスタよりも少し高い位置となる。
それらが、少しではあるが茉莉に思考する余裕を回復させてくれた。
自分の部屋に、しかも深夜に、得体の知れない不審者が侵入してきたという状況は何一つ変わっても改善してもいない。
だが、目の前のフェスタと名乗る自分そっくりな少女は別にすぐには危害を加えてきそうだというわけでもなさそうだ。
そう考えてから、茉莉は小さく一つ頷く。
どのような願いかは分からないし、得体の知れない相手の願いを叶えてやるような気持ちはさらさら無い。
しかし、話を聞く間くらいの時間稼ぎで何とかこの相手から逃げられるのでは無いかという思惑と逃げられないまでも話をしている間にベッドの横にある机の上に置いてあるスマホを手に取り、110番への通報や母や学校の友達へのヘルプコールをする隙があるのではないか、そんな打算もあった。
そんな茉莉の思惑など露知らず、フェスタは嬉しそうにウンウンと茉莉を見ながら笑顔で何度か頷いている。
自分と同じ顔をした不審者が、目の前で無邪気な表情を見せている。
そんな異様な光景に茉莉は再び混乱に陥りそうになるが、それでも何とか冷静さを保ちながらフェスタに話の続きを促す。
「その……お願いって……何?」
「あ、はい。そのですねー……何と言いましょうか……」
嬉しそうだった表情が一転、 フェスタが少し言いにくそうに語尾を濁し眉を顰める。
腕を組みながら、視線を茉莉から逸らし『んー』という小さな声を口から出しながら頭を左右に揺らす。
自分と同じ顔で無く、こんな異常な事態で無ければ可愛く見えるのではないだろうか。
そんな事を思いながら茉莉はフェスタの言葉の続きを待つ。待ちつつも机の上にあるスマホの位置を横目に捉えるのも忘れてはいない。
後はどうやって隙を見て、どこに助けを求めるべきかーーと、思っているとフェスタが再び口を開く。
「そのですね、私ってここじゃない場所で『勇者』やってるんですけど」
ゲームやアニメ、小説などならばともかく、現実世界は飛び出さない単語がいきなり出てきて茉莉は面食らったような気分になる。
そんな茉莉には気付かないのか構わないのか、フェスタはさらに言葉を続ける。
「私と入れ替わってーー勇者になってみないですか?」
茉莉の困惑は止まることを知らないようである。