フェスタの冒険 経緯
その声の主は、例えるならばまるで『疾風』だった、とアリサは語った。
瞬く間に、もはや全滅しか無いと絶望するほどの数がいた軍隊アリが視界の中で死体へと変わっていく。
蟻たちが向かっていき、次々と死体となっていくのでどの辺りにいるのかは何となく分かる。
しかし、戦っている姿がまるで見えない。声の主の動きが速すぎて視えないのだ。
いつの間にかアリサたちの目の前にいた蟻が死骸に変わり、助かったと安堵している間に声の主は女王蟻までも倒してしまっていた。
戦いが終わり、アリサは初めて声の主の姿を見ることができた。
とても冒険者には見えない、黒いタキシードを着て黒いシルクハットを被り黒いマントを羽織った、仮面を着けている男だった。
「無事だったかね?
ん? 君たちのメンバーはここにいるので全員かな?」
近寄ってきた男は、アリサたちを眺めてそう聞いてきた。
怯えと驚き、安堵など様々な感情が綯交ぜとなり声も出せない状態のアリサがコクリと頷くと、男はマントをバサっと翻しながら振り返り、そのまま走り去った。
「フハハハハハハ! 人違いであった! さらばだっ!」
と、ドップラー効果を残して。
しばし唖然としたアリサたちであったが、何とかその後に全員の生存を確認し。
体力の回復を待ってから男が瞬く間に倒した女王蟻から討伐確認用の部位を切り取り、それを近隣の村の冒険者ギルド支部へと届けた後に王都へと戻ってきたのだ。
だが、王都に戻る馬車の中で、まず剣士が「続けていく自信が無くなった、田舎に帰って麦でも育てる」と言い出した。
それをアリサが止める暇も無く残る二人も「自分も冒険者を辞める」と言い出してしまい説得も虚しく馬車の中でアリサたちのパーティーは解散することが決まってしまった。
みんな自分たちが全滅しかけた事と、その原因となった軍隊蟻たちが瞬く間に、たった一人の人物に倒されたことに衝撃を受け、自分たちは冒険者に向いていないと悟ってしまったようだーーと、アリサは寂しそうに笑った。
その後、冒険者ギルドで依頼金を受け取り、それを分配してからその場で別れ、アリサはその足でこの宿屋にやって来て現在に至るーーということだった。
「ま、アタシの事情ってのはこんなトコだよ」
苦笑いを浮かべて見せてから、エールを呷るアリサ。
そんなアリサにどう声を掛けるべきか悩むフェスタであった。
冒険者になりたての、まだ年端も行かぬ、大した人生経験も持たないフェスタが言える言葉は見付からず、テーブルは無言になってしまった。
「まあ、アンタが気にするこたあ無いんだよ」
空気を察してアリサが明るく笑ってみせる。
笑いながら追加のエールをロッカちゃんに頼んでいる。
「今日はアタシの残念会さ、アンタも付き合ってくれりゃそれで良いよ」
そう言いながらジョッキに残っていたエールを飲み干す。
お代わりのジョッキはすぐにテーブルに届けられた。
「その……アリサさんはこれからどうされるんですか?」
「どうって?」
「冒険者……続けるんですか?」
上目遣いで、聞きにくいと思いながらも質問してみるフェスタ。
出会ったばかりなのだが、何だかこの女冒険者の今後が気になってしまったのだった。
「まあ、ワタシも田舎を飛び出て冒険者になったクチだからねえ。
適当のどっかのパーティーに入って、冒険者は続けることになるかねえ」
アリサは先ほどとは少し違い、エールをチビチビと啜るように飲みながら、ぼんやりと考えるようにフェスタに言葉を返す。
思うところはあるが、当ては無く、お陰で先のことを決めかねているーーそんな様子である。
そんなアリサを見て、フェスタは思い切って声を掛けた。
「あの、だったら私の仲間になりませんか? まずはお試しだけでもっ!」