フェスタの冒険 相席
宿屋の食堂での夕食メニューは豚のソテーにサラダとパン、キノコのスープである。
豚のソテーは城で出てくるものと違い香辛料がほとんど使われていない、臭い消しの生姜が入っているだけで味付けは塩のみというシンプルなものだったがフェスタには美味しく感じた。
空腹は最高の調味料、というがフェスタにとってはそれ以外にも暗殺に怯えなけれければならない王城での食事と違って温かいことと、マナー重視の貴族たちとの食事会とは違う食事中に周囲の雑音が聴こえて賑やかな雰囲気なのが食事を本来以上に美味しく感じさせてくれている。
これでパン食べ放題も付いてお値段は銀貨一枚、格安である。朝昼夜とどのタイミングの食事も銀貨一枚でかつ何らかの食べ放題が付いている。この宿の主人は結構な丼勘定で宿を経営しているようである。
フェスタはテーブルに一人で座り夕食を食べている。
今日パーティーを結成したとはいえジバとは別行動なので同行者も居ないフェスタが一人で食事を取ることになるのは仕方ないが。
周囲を見るとどのテーブルも男のみ、女のみ、男女混合と様々なパターンはあれど複数人でテーブルを囲み酒を呑みながら食事をしている。
この宿の食堂は二、三人掛けの小さなテーブルが四つと五、六人掛けの大きなテーブルが四つ置かれてあり、フェスタは小さなテーブルの方に一人で座って食事をしている。
ちなみに、フェスタはお酒が苦手なので飲み物は水だけである。
ワイズラット王国では飲酒に関して年齢の規定は無い。さすがにあまりに幼い子供が酒を呑んでいれば周りの大人が制止したりする程度の道徳はあるが、それでも法で規制されているわけではない。
主に飲まれている酒はエールが主流である。貴族の間だとワインやラガー、シェリー酒などが飲まれたりしているが一般市民の間で酒といえばエールとなっている。
フェスタが一人で食事していて、豚肉のソテーの最後の一口を頬張った時に宿屋の娘であるロッカちゃんが話し掛けてきた。
「お姉ちゃん、悪いんだけど相席してもらっていいかな?」
テーブルを一人で占領していた上に、現在食堂は満席であった。
フェスタも主菜は食べ終えたものの、これからパンのお代わりをするつもりなのでテーブルを離れる予定はない。
快く相席を許可することにする。
ロッカちゃんがテーブルに連れて来たのはフェスタよりもかなり年上、十七、八歳ほどに見える女性であった。
赤みがかった茶色の髪を後ろで一つに括り、薄手の服とズボンという戦士系の冒険者が好む格好をしている。
一人旅なのだろうか、同行者はおらず一人だけでフェスタの座るテーブルへと案内されてきた。
「悪いね」
と言いながら女はテーブルに腰掛けてくる。フェスタも「いえいえ」とパンを齧りながら応じてみせる。
むしろ『男性ではなくて良かった』とフェスタは感じているのだ。
冒険の旅に出たもののフェスタはまだ見知らぬ男性は苦手と感じている。ギルドの職員やお店の人ならばともかく、こういったテーブルに相席となったら一言も交わせずにそそくさと食事を済ませて退散してしまう自信があった。
そういった理由で、これからパンのお代わりターンへと移行できるフェスタとしては女性との相席は全く気にならない出来事である。
相席になった女はというと、ロッカちゃんにエールを頼み「一杯銅貨五枚です」と言われると「じゃあ二杯いっぺんに持ってきて」と頼んでいるところだった。
フェスタが一個目のパンを半分ほど食べた頃にロッカちゃんがエールの入ったジョッキを二つテーブルに置く。
と、相席の女がジョッキを一つフェスタに差し出してきた。
「ま、お近付きのシルシだ、飲みなよ」
「あ、あの私飲めなくて」
「そうなのかい? おーい、お嬢ちゃん、これオレンジジュースに代えてくれないかね?」
フェスタが断ると、相席の女は食堂内をパタパタ駆け回っているロッカちゃんにジョッキを掲げて見せながらそう頼む。
ロッカちゃんはすぐにそれに応じ、ほぼ間も無くテーブルにはエール代わりのオレンジジュースが運ばれた。
「一人で飲んでも退屈だからね、ちょっと話し相手になっておくれよ」
と、コップをフェスタに差し出しながらニカッと笑う女であった。