自己紹介
深夜の真っ暗な自室の中で、茉莉は寝起きにも関わらず普段から大きな瞳をさらに大きく、驚きによって見開いていた。
「え? え? え、わ? わた、わた……し?」
茉莉の目の前には、膝立ちのまま小首を傾げてこちらを見ている自分が居た。
鏡でもなく、ガラス窓に反射しているでもない。十六年間ほどで見慣れている紛れも無い自分の顔である。
寝起きのせいだけではない、あり得ない事態が起こっているが為の脳内の混乱によってまともに声すら出せない有様だ。
茉莉の目の前にいるもう一人の茉莉は、そんな混乱の極みのいる茉莉を見ながら口元にあった手を下ろしながら微笑みを浮かべた。
夜の、闇の中にいるとは思えぬほどの、輝くような微笑みだ。
そんなもう一人の茉莉は、少し考えるような素振りを見せた後、茉莉に向けて膝立ちのまま一歩進んでから口を開いた。
「こんばんは、私の名前はフェスタ。寝てるところを起こしちゃってごめんね?」
茉莉と瓜二つの少女はそう自己紹介をしてくると同時に謝罪の言葉を述べる。
その様子は混乱し、ややもすると警戒の色を見せている茉莉とは真反対のように親しさを朗らかさ、暖かみを感じさせるようなものだった。
それを受けて、まず茉莉が感じたのは『そうじゃないでしょ!』という声にはならない感情的な叫びだった。
そもそも、茉莉が混乱しつつも警戒し、声すら出ない、いや声を出すためのまともな思考すらできない理由はフェスタと名乗った茉莉そっくりな少女が謝る部分にはない。
端的に言えば、謝罪するというならばそれ以前の事を謝ってもらうべきだろうと茉莉の僅かに残る、表には出ない冷静な部分は考える。
声に出せない、表に上手く出てこない茉莉の感情は首を少しだけ、ふるふると横に振るという形でかろうじて表面化する事が出来た。
「あ、えーと……もうちょっと寝ておきたかった?」
茉莉の動作を見てフェスタが申し訳無さそうに聞いてくる。
どうやら、茉莉の意思表示は上手くフェスタには伝わらなかったらしい。
「ち、 ちが……う」
それを受け、今度は首を横に振りながら声を出して否定する事が出来た。
寝起きの思考回路の働かなさと予想外の出来事によるショックの合わせ技による行動不能が、僅かながらの時間経過ではあるが寝起きの思考不全が解消したことによって、ようやく少し声が出せるようになったようだ。
そんな茉莉を見て、フェスタは『何が違うのかな?』といった風情の顔を見せている。
どうしたらいいのかな?とでも言いたげに人差し指を口に当てながら視線が上を見たり左下を見てみたりと忙しない。
「あなた……誰? なんでここにいるの?」
精一杯、自分の中に残っている冷静さと勇気を絞りだしフェスタに茉莉は尋ねる。
言いながら後退りしようとしたのだが、上手く脚に力が入らない。
そのことが、さらに茉莉を焦らせる。
一方、そう問われたフェスタは『あ、そっか!』と言わんばかりの表情をしながら、これまた納得とでも言いたげにポンと左の掌を右手で叩く。
「えーと、私の名前はフェスタ・ホークレス。はじめまして! あのね、あなたにお願いがあってここに来ました!」
結果、要領を得ないフェスタの自己紹介に、茉莉の混乱と困惑は深まる一方であった。