フェスタの冒険 登録
フェスタが初めて訪れた冒険者ギルドは、予想していたよりもずっと大きく広かった。
おかげでフェスタは町の中の安全な場所であるはずなのに、何故かとてつもない恐怖を感じながら建物内を彷徨っている。
『あれ、ここはどこだろう?』などとフェスタが思った時には既に手遅れで、その時から現在に至るまでかれこれ二十分ほどは冒険者ギルドの中をグルグルと目的地にたどり着けることもなく歩き続けている。
巨大な建物は地上十階地下二階建てで、各階の広さは約五十メートル四方はあるだろうか。
「冒険者ギルドって、どこもこんな迷路みたいになってるんでしょうか?」
ブラウマンから聞いていた話とはかなり違う、と思いながらフェスタの口から愚痴とも弱音ともつかぬ言葉が独り言として漏れる。
フェスタが想像していた冒険者ギルドとは、もっと小さくて酒場のような場所に受付用のカウンターと依頼や仲間募集の情報を貼り付ける掲示板みたいなものがあって、せいぜいが三階建てでーーともかく、こんなにバカでかいものではなかった。
それもそのはずーーフェスタはよく知っていなかったのだが、ここワイズラット国の国都にある冒険者ギルドは、世界中に存在する冒険者ギルドを束ねる総本山のような場所なのだからーーつまり、平たく言ってしまうとフェスタが迷子になっているここは『冒険者ギルド総本部』なのだった。
フェスタが迷子になる経緯、その切っ掛けは三十分ほど前まで遡る。
大きな建物に圧倒されるような気持ちになりそうなフェスタが中に入ると、一階は巨大な受付カウンターとなっていた。
入ってすぐ、真正面に『総合受付』という看板が天井からぶら下げられたカウンターがあり、五列ほど冒険者がちが順番待ちの列を成している。各列の人数は五から六人程度で、それぞれの列で案内嬢に用件を告げては対応してくれる場所を教えられて、その場所へ各人が散って行くという形になっているようだ。
フェスタもそれに倣い一番右端にできていた列に並ぶ。
一人一人への対応が素早いからなのだろうか、並んでから五分も経たないうちにフェスタの順番がやってくる。
「す、すみません。冒険者としての登録と仲間の募集をしたいんですが」
受付カウンターはやや高く、身長が一四〇センチを少し超えた程度のフェスタだと顔だけがピョコンと飛び出した感じとなっている。
「はい、冒険者の新規登録はこちらから右に行った先、一番カウンターで受け付けております。お仲間の募集は登録を済ませてから三階にある三〇二番カウンターから申し込めますよ」
と、カウンターに立つ美人なお姉さんが丁寧に教えてくれる。
冒険者ギルドの制服なのだろうか、フェスタの受付をしてくれた美女も他の受付の人も皆揃いの、白いブラウスの上に紺色の袖の無いベストを着ている。
「ありがとう!」
お嬢様育ちでも、フェスタはちゃんとお礼を言える子だ。受付嬢に一言お礼を言ってから言われた通りに右手の進むと、すぐに一番カウンターと書かれた看板が見えてきた。
こちらのカウンターは、低めの椅子に座って受付業務をするタイプになっているようで身長の低いフェスタでも十分にカウンターの内部が見えるようになっていた。
「あのー、冒険者登録をしたいのですが……」
カウンターの向かいに座り、何やら書き仕事をしているらしいお姉さんに話しかけると、お姉さんは書き物をしている手を止めて顔を上げた。
眼鏡を掛けた、涼やかな印象を受けるなかなか美しいお姉さんである。
先ほどの総合受付のお姉さんが金髪碧眼の派手形美女で、こちらのお姉さんは黒髪を首の辺りで切り揃えたスレンダーな清楚形の知的美人といった感じである。
「はい、ご新規ですか? 再発行ですか? それとも更新でしょうか?」
「は、初めてなんですけど」
「ご新規ですね、カードをお作りしますので、こちらの用紙にご記入をお願いします」
と言いながら、フェスタにペンと羊皮紙でできた登録受付用紙を渡してくる。
用紙には名前と生年月日、住所を書く欄がある。
「埋められるところだけで結構ですよ」
フェスタが用紙を書き始める前に受付のお姉さんがそう教えてくれる。
それを聞いて、名前と生年月日だけを埋めることにした。
名前欄には偽名である『フェスタ』を生年月日は、これも馬鹿正直に書くと生年月日から身許のアシが付いてしまうかもしれないな、と考えて一つ歳上の兄、イアンの生年月日を記入しておく。
「お、お願いします」
記入を終えた用紙を渡すと、お姉さんはカウンターの内側で何やらボタンが一杯付いた魔道具のようなものをカチャカチャと操作し始める。
一分もせずにお姉さんの作業は終わったようで、フェスタに向けて一枚の金属でできているカードのようなものを差し出してきた。
「記載内容にお間違いは無いか確認してください」
と言われてカードを見ると、そこには先ほどフェスタが用紙に書いた内容が刻印されている。
「大丈夫です、間違ってないです」
フェスタがそう返すと受付嬢はカードを手元に再度引き寄せ、カウンター上から銀色の小さい水晶玉のようなものを取り出した。
その玉をフェスタの前に掲げ、魔力を込め始める。
「では、カードに顔画像を登録させて頂きますね。こちらの魔道具をご覧ください」
と言われたフェスタが銀の水晶玉を見た瞬間ーーピカッと、一瞬だけ水晶玉が光った。
直後に水晶玉から細い光の筋が出てきて、受付のお姉さんがその光にカードを合わせると金属のカードの名前が書かれている部分の横にフェスタの顔写真が転写されている。
「はい、これで登録は終わりです。冒険者として、これから頑張ってくださいね」
フェスタが『おお、まるで魔法みたいです……』と素っ頓狂な驚き方をしているのを知らずか、お姉さんはカードを手渡しながら微笑んでくれる。
冒険者としての始めの第一歩、ギルドへの登録が完了した瞬間である。