高梨茉莉の願い
高梨茉莉、十六歳の高校一年生、県内の公立高校に通っている。
高校がある同市内にあるマンションの2LDKの部屋に看護師である母親と二人で暮らしている。
父親とは茉莉が小学生の頃に死別しており以来ずっと母親と二人だけで生活している。
看護師である母親の生活時間帯が不安定であることから幼い頃から茉莉がほぼ全ての家事を担っており、それもあって中学生の頃から部活動を免除されていて高校に入っても帰宅部のままである事情は変わっていない。
そういった茉莉を取り巻く環境については茉莉自身も納得している。
父親が亡くなってしまって以降の、母親が茉莉の環境を変えてしまわないようにという気遣いとなるべく折り合いをつけるように、どちらかといえば茉莉が忙しく働く母を気遣うようにして自主的に家事を覚え金銭の管理を除くほぼ全ての家事を引き受けていったのだ。
そんな茉莉に対し母親は「家のことなんてほどほどで良いんだから、茉莉も年相応に遊んでくれて構わないんだからね」と言ってはくれるのだが茉莉としてはそんな気も起こらず、学校と家の往復のみといった生活を繰り返していた。
とはいえ、茉莉は孤独な少女というわけでもない。
学校へ行けばそれなりに親しい友達もいれば母親以外にも親族はいるしそれなりに気を使ってくれたりもしている。
茉莉自身は自己評価も高くないのが理由で自分を『どこにでもいる普通の女子』と評しているが、実際のところはクラスでも、というより学校でも屈指の美少女と男子生徒の中でも話題にされており茉莉が部活動入らなかった事はお近付きになりたいと密かに目論んでいた多数の男子生徒達を落胆させたものである。
部活動に入らず、放課後も家事の為に早々に帰宅してしまうのであまり男子生徒とは接点が無いものの、そこがさらに茉莉を高嶺の花と押し上げてしまっているような様相であった。
が、それは本人の知るところでは無く、周囲の想いを外に茉莉自身の評価は『私はモテない普通な子』という残念なもになのだ。
しかしながら、そんな茉莉にも悩みや不満、不安といったものが全く無いという訳でもない。
年相応に遊びたい気持ちや普段は真面目にしているものの多少は逸脱してみたい、そんな気持ちも僅かにある。
とはいえ生来の真面目な性格や自身を取り巻く環境、見た目には似合わない不器用さといった部分が些かの障害となり茉莉のささやかな逸脱への望みは叶うこともなくもはやルーチンと化した日常を繰り返すばかりとなっている。
『自分を変えたい。でも変える切っ掛けも変える手段もない』
そんな、一種の閉塞感とも呼べるものが茉莉の中にある不満の正体だ。
故に彼女は願っていた。そんな閉塞感を壊してくれるような何かが彼女の元に訪れてくれる、そんな日を。
ふとした瞬間に、眠りにつく前の短い時間や朝起きた直後のボヤっとした時に、独り家の中で手の空いてしまった間に、彼女はーー茉莉は祈り、願っていた。
「どうか、このどうしようもない日常が変わりますように」
それが、まさか叶う日が来るとは思いもせずに。