フェスタの冒険 夜
フェスティアが夜の城下町へ出て、真っ先に行ったのは変装であった。
平和な時期、メリーと一緒にお忍びで町へと出てきていた時を同じになるように髪型を変える。
普段は緑がかった黒髪をサイドを編み込みにして、後ろの髪を一つの大きな三つ編みにしてあるのを一度全てほどいた上でサイドに一つテールを作り赤いリボンで束ねる。
お忍び時にはこれにさらに銀縁の眼鏡を掛けるのだが、それはさすがに現在の冒険者風の旅装には似合わないので止めておく。
服装についてはお忍び時なら町娘風の服を着ていたが、今は胸当て鎧姿だ、普段のフェスティアの格好とはそもそも似ても似つかぬ格好で既に変装しているようなものだ。
他にフェスティアが実行しようと思っているのは偽名を使うことである。
これから勇者候補として活動するのだ、行く先々で名前から身許が割れていちいち王女扱いを受けるというのも面倒極まりない。
勇者候補として活動するに当たって、フェスティアはフェスタと名乗ることに決めていた。
なぜ、わざわざ変装をしたり偽名を使うのか。
無論、先ほども述べた王女扱いが面倒という事情も勿論あるが。
フェスタが一番警戒しているにはーー自身の暗殺である。
王位継承権を持たぬ身であるとはいえ仮にも王族、しかも国王の肉親である。
幼い頃からフェスタにとって暗殺とは身近にある脅威であった。
昔、兄カールに着いて遠乗りで王都近郊の平原で狩りをした時にも二人の命を狙った暗殺者に遭遇してしまったこともある。
母と観劇に行った時にも城に戻った後で劇場で母の命を狙おうとしていた暗殺者が捕まっていた、と聞かされた。
王城で暮らす家族の皆は、いかに料理人の身元がしっかりとした人物であっても暗殺を警戒して食事は毒味役を経た後の冷めたものであったし、父や母は王城内でも侵入者による暗殺を警戒して寝室前には常に護衛が最低でも一人は立っている状態にしてある。
かように、フェスタにとって暗殺とは警戒すべき事柄であり、これから魔王軍と戦っていかねばならない身としては暗殺になるべく気を使わなくても良いように予防策として変装と偽名を併用することにしたのである。
手早い動作で変装を終えて、次にフェスタが目指した場所は宿屋である。
何せ父王のバレてしまっているとは思いもしなかったが城を抜け出した現在の時刻は深夜である。
王城内にあった時計の時刻でいうなら一つ刻と半ほどである、夜明けはまだ遠い。
幸い、ワイズラット国の王都は規模が大きいおかげで旅人も訪れる冒険者も多い、おかげで宿屋は何時でも客を受け入れてくれるようになっている。
フェスタは宿屋を求めて現在いる王城区から旅人向けになっている市街区へと移動する。
市街区までの移動時間、約二十分ほど歩く間にフェスタの眼はキラキラと輝いていた。
いくつもの酒場や冒険者向けに深夜でも開いている食堂の看板の光が珍しかったからだ。
お忍びで何度も町まで来たことがあるといっても、フェスタは昼間の町しか見たことがなかった。
魔道具の力で月よりも明るく光る看板は、これから始まる未知の冒険を象徴しているようでフェスタの胸は期待でワクワクとなっていた。
「お嬢ちゃん、冒険者かい?」
見つけた宿屋の、主人らしき受け付けの中年男がそう聞いてくる。
言われた一泊の宿泊金額である銀貨八枚を支払いながら「そうだよ」と答えながら自身の変装が成功していることに満足感を覚えるフェスタ。
部屋の位置を教わる時に朝食は|三つ刻から五つ刻《午前6時から午前10時》と言われる、と現時点でお腹が空いている自分に気付く。
先ほど見た開いている食堂で夜食でも食べてから宿屋に来たほうが良かったかな、と思いながらも一応、念の為、ちょっとした希望から宿屋の主人に余ったパンとかがないか聞いてみる。
主人は気の良さそうな笑顔を浮かべながら余ってるパンは一つ銅貨一枚だが奢ってやるよ、と言いながらフェスタに一つ、少し堅くなった黒パンをくれた。
部屋に入り、もらって食べる黒パンは、何故か王城で食べるいつもの柔らかいパンよりも何故か美味しい気がした。
少しお腹も満たされ、明日に備えて今夜は寝てしまおうーーと、考えつつ。フェスタは鎧を着けていることも忘れてベッドに沈み込むと同時に眠りについてしまった。
住み慣れた王城を出て旅に出る事に緊張感があった、城を出てまだ城が見える範囲にいるのだが、とりあえずは宿屋にたどり着きベッドを確保できたことに安心してようやく緊張感が切れたのであろう。
そのまま、フェスタは深い眠りにつく。
こうしてーーまだ王都すら出ていないもののフェスタの冒険者一日目の夜は更けていくのであった。
このまましばたくフェスタの話中心で動きそうな。
茉莉様はしばらく待機でお願いします。