フェスタ 七
フェスティアがメリーに見送られながら城内の曲がり角を曲がると、月明かりに照らされた城門が見えた。
城門までの距離は凡そ二百メートル、城門付近に見える衛兵以外に人影は無い。
そこに立っている三人の兵士は兵務長ダンドアが今夜の為に選んでくれたフェスティアが旅に出る為に城門を潜ることを黙認してくれ、かつ秘密を守ってくれる者たちが業務についているはずだ。
いざ、出立の刻ーーと、気持ちを再び引き締めてから城門へ向かい歩き出す。
着々と歩を進めて城門に近付き、残す距離もあと五十メートルを切ったという頃合いで衛兵たちの視線がフェスティアの方に向いているのが分かる。
とはいえ、照明となるのは月明かりだけなので衛兵の顔が確認できるほどの明るさはない。
恐らく衛兵たちも近付いているのがフェスティアだと断定できてはいないだろう。
ただ、彼等にはダンドアから今夜フェスティアが城門を抜けると伝えられてはいるだろうから、今現在城門に近付く人物がフェスティアだと予測が付いているだろうと推察はされるが。
そういった予備情報もあることから、フェスティアはさほど緊張もせずに城門に近付く。
歩を進めて城門までの距離が十メートルを切る辺りとなると、いかに明度の足りない月明かりといえど衛兵たちの顔が少し見えるようになってくるーーと、フェスティアは三人の衛兵の中に、一人だけ服装が違う人物が居ることを視認した。
見覚えのある服装に、見覚えのある輪郭。
今夜、そこに居るはずもない人物が城門の真ん中にまるでフェスティアを待ち受けるようにーーいや、間違いなくフェスティアを待っているのだろう。
さらに四歩進んだところで、フェスティアは城門の前に立つ人物の顔をはっきりと確認した。
城門の前に立つのはーーワイズラット現国王、パレド=ニア=ワイズラット、フェスティアの父であった。
フェスティアからは父王に声を掛けなかった、反対されたまま黙って王城を出ようとしたのだ、フェスティアの方から交わせる言葉はない。
ただ立ち止まり、城門の前に立つ父をじっと見つめた。
父王は無言のまま、静かにフェスティアの瞳をじっと見つめてから口を開いた。
「……決めたのだな?」
父の言葉に、フェスティアは力強く頷いてみせる。
その瞳には強く決意の光が溢れていた。
そんなフェスティアの姿を見て、パレドは一つ深い溜息を吐く。
「止めても……無駄なのであろうな……」
パレドの口調には諦めの色が多分に混ざっていた。
フェスティアはまた一つ頷いてみせる。
「そうか……では、これを持っていくが良い」
そう言いながら、パレドはフェスティアに拳大の口が縛ってある麻袋を手渡す。
フェスティアがそれを受け取ると、ズシリと重い。
「旅銀だ、旅に必要であろう?」
「で、でも父様……反対を圧して旅に出る私がこれを頂くわけには……」
父王とここで顔を合わせてから、初めてフェスティアが口を開いた。
言い付けに背いてまで旅へと出る自分が、父王から正面を切って援助を貰うのは烏滸がましいと思ったのだ。
「心配はいらぬ、他の皆にも渡しておる」
笑いながらフェスティアにパレドは言う。
「それに……その装備だって宝物庫より持ち出したものであろう?」
と、続けて悪戯っぽく笑いながら聞いてくる。
フェスティアが持ち出していることを知りながら黙認していたのだ、と言外に伝える。
父の言葉に、少し赤面しながらフェスティアが小さく頷く。
「フェスティア、一つだけ約束してくれ」
「約束……ですか?」
急に真面目な顔をしながらパレドが言い、フェスティアもまた真剣な顔で聞き返す。
「必ず……生きて帰ってきてくれ」
そう言うパレドの顔は、間違いなく王ではなく父としての顔だった。
そんなパレドに、フェスティアは微笑みながら「ウン!」と返事をしながら大きく頷く。
「では、行くが良い。我が娘、フェスティアよ!」
パレドが身体を直角に移動させ、城門より外へと続く道を開く。
城門の両脇では二人の衛兵がフェスティアに向かい敬礼をしているのが見える。
「はい、父様。フェスティア=エル=ワイズラット、これより魔王討伐の旅に行って参ります!」
しっかりとした足取りで、城門の外へ歩を進める。
振り返ることのない、決意の旅への出発であった。
ーーこれが、後に魔王を討伐し勇者と呼ばれることになるフェスティア=エル=ワイズラットの第一歩の話である。
フェスタのパパン、地味に名前が初登場。