フェスタ 五
父王が何かと理由を付けて自分の旅立ちを阻止してくる理由については、フェスティアは概ね理解していた。
父王は口では「フェスティアはまだ小さいから」とか「フェスティアは女子なのだから」とか「順番というのは守るものだ」とか「いかに実力があろうとも、油断するかもしれない者を旅には送り出せんのだ」とかのもっともらしいことを言っているが、フェスティアは父王の本音を察している。
その本音とはーー『フェスティアが可愛いから手元から離したくない』という、やや情けないものだ。
父王本人はその本音を隠しながらフェスティアを説得しているつもりのようだが、態度や説得の内容から本音がダダ漏れになっており、説得対象のフェスティアはおろか家臣にまで本心を見抜かれてしまっている始末であった。
フェスティアとて父王が嫌いなわけではない。
立派な王として敬愛の情はあるし、優しい父として家族としての愛情だって持っている。
しかし、それ故に今の父王の対応は間違っていると思うのだ。
父王が自分の身を案じてくれているのは分かる。危険な旅へ赴かせたくないという心情も理解できる。
だが、それではいけないとフェスティアは思うのだ。
人類の危機と娘を大事に思う気持ち、比べられるものではないにせよ国を護る立場である父王は公平に天秤に掛けなければならないはずなのだ。
フェスティアはあくまでも神託にあった勇者候補なだけで勇者ではないのかもしれない。
しかし、だ。それでも万が一フェスティアが神託の勇者であった場合、フェスティアが旅に出られない期間だけ魔王が倒され世界が平和になるまでの時間が引き延ばされてしまうのだ。
国を、民を護る立場の父王ならば、心を鬼にしてでもフェスティアを送り出すべきなのだーーと、フェスティアは考える。
そんな父王との交渉が決裂し続けて早半年、今宵フェスティアは家出の計画を実行に移すことを決めていた。
どれだけ説得しても納得してくれないのならば、強引にでも旅に出るしかないと決断した形である。
この半年の間、父王を説得しつつも合間を見ては家臣や父王の目を盗み宝物庫を漁り旅に必要なと思える装備を自分の部屋に運び込んだ。
剣に小さな盾、胸当て鎧とマントなどだ。
いずれも多少の意匠は施されているものシンプルなもので、宝物庫といえども国宝級のものではあるまいという判断の元にフェスティアが持ち出したものである。
フェスティアは現在、それらの装備を旅装である動きやすさを重視したミニ丈のスカート姿の上に身に付け旅に出る支度を終えていた。
自室の机の上には『魔王を討伐する旅に出ます フェスティア』とだけ羊皮紙に書かれた手紙を置いてある。
後は城から抜け出るだけなのだが、さすがにフェスティアの部屋の窓からは無理がある。
何せ大国の王城、それも王族なのでかなりの上階にフェスティアの部屋は位置している、窓から抜け出そうとして失敗すればそこでフェスティアの旅はデッドエンドとなる可能性が極めて高い。
故に、フェスティアは穏便に、こっそりと城を抜け出す計画を立てていた。
侍女のメリー、兵務長のダンドア、政務顧問のブラウマンを味方に付け誰にも見付からないように城から出れるように、と綿密に計画を立ててきたのである。
まず、ブラウマンが城内の衛兵を引き止めておいてくれる、その間にメリーが人目に付かないルートを確認した上でフェスティアを先導し、ダンドアが信用でき秘密を厳守できる部下をその日の門番に任命しておいた上で衛兵用の小門からフェスティアを送り出すという計画だ。
既に関係者への計画の伝達は完了しており、計画実行が今晩ということも伝わっている。
後はメリーからの計画準備完了の合図である『フェスティアの部屋のドアを二回叩いてから一拍置いて再び三回ノックする』のを待つのみであった。