フェスタ 四
フェスティア=エル=ワイズラットは、その日も非常に憤っていた。
そう、『その日も』憤りを感じていたのだ。
ここしばらくの間、父王がフェスティアの旅立ちを反対した日からこちら、ずっとーーフェスティアは怒っていたのだ。
今日も、父王を納得させるために説得に訪れたフェスティアを父王はアレコレと理由を付けながらのらりくらりと躱し続け、結局は夜になってもフェスティアが旅に出るのは許されない、という立場は相変わらないままに終わってしまったのだから。
こうして、旅に出られない期間だけがいたずらに延びてしまい、その期間はついには半年を迎えてしまっていたのである。
父王はフェスティアが「魔王討伐の旅に出たいのです」と申し出た際に「兄たちが旅立ってからにしなさい」と宥めた。
その時はフェスティアも父王の言葉に「まあ順番はあるから仕方ないか」と納得してみせた。
フェスティアの四人の兄がいる。
長男、第一王子カール。
次男、第二王子ドライ。
三男、第三王子ディード。
四男、第四王子イアン。
皆、フェスティアにとって優しくも頼りになる兄たちである。
フェスティアにしても、そんな兄たちの顔を潰すほどその時は旅に出ることを焦っていたわけではない。
この四人の兄たちの中で、第一王子であり、王位継承権一位を持ち、王太子とも呼ばれる兄、カール以外は全員が魔王討伐の旅に出ることが決まっていた。
王太子カールが旅に出られない理由は『余人を以って代え難い人物であり、王位の正統な後継者であるから』というものだ。
これにはカール自身も納得しながらも口惜しい気持ちを抱いている。
苦しむ民を魔王の手から救うために立ち上がり、旅に出て魔王を討伐したい気持ちは他の王子たちよりもずっと強いものだったのだから。
しかし、父王の身に万が一の何かが起こってしまえば自分が父に代わり国を治めなければならない。
そんな自身の立場もカールは身に染みるほど理解しており、さらには周囲からの必死の説得もあって涙を呑むような形で魔王討伐への旅立ちを諦めたのだ。
そんな止む無い事情を持ったカールを除く他の兄たちは、第二王子ドライと第三王子ディードは神託のあった翌週には準備を整え早々に魔王を討伐せんが為の旅に出た。
第四王子イアンは武術の腕が頼りないということで近衛兵長が付きっきりの特訓を施し、天性の才能もあってかおよそ二ヵ月後には自らの身ならば守れる程度の腕前になったと認められ、ようやく旅に出ることができた。
全ての兄たちの旅立ちを見送り。さあ、次はいよいよフェスティア自身の出立だ、と意気込んでいたところに再び父王からの制止が掛かったのである。
曰く、「姉たちが出立するまでは城に残りなさい」と。
これにはさすがにフェスティアも反発した。
フェスティアの二人の姉たちは、兄たちと違って武芸も身を守れるだけの魔法も納めていない。魔王を討伐するような旅に出られるはずもない、と。
そもそも姉たちはフェスティアとは違い正統派な王女としての嗜みーー礼儀作法やお花、お茶会といった社交に役立つような技能は得意でも武術や魔法はからきしだ。
下の姉こと第二王女エンディアは魔法こそ学んではいるが、それにしても身を守ったり戦ったりの腕前としてはフェスティアに遥か及ばない。
そんな姉たちの旅立ちを待っていてはフェスティアが旅に出る前に人類は魔王に滅ぼされてしまうだろう。
以降、フェスティアと父王は毎日のように「旅に出る」と「許さない」の大喧嘩をする日々となった。
まあ、大喧嘩といってもフェスティアが父王に対して一方的に詰め寄り、父王はそれを宥め、周囲がフェスティアを止める。
そういった、傍目から見れば『我儘をいう娘とそれを宥める父』という光景にしか見えないものではあったのだが。
それでも一応はフェスティアが父王を説得している間も、『姉たちを旅立たせる気はあるのだ』という建前のように姉たちの訓練は続けられていたが、それもフェスティアの目から見れば明らかに遅々として進んでいないお遊戯のようなものだった。
ーーこのままでは、いつまで経っても私は旅に出られない。
フェスティアが決意を固めたのは、その夜のことであった。