フェスタ 二
神聖皇国エフィネスより齎された神よりのお告げは「神に選ばれし、勇者の血と魂を引き継ぎし御子は既にいずこかへ降誕している。御子を探し出し、勇者として旅に出せば、必ずしや魔王を討ち倒し地上を平和に導くであろう」というものだった。
勇者と言われてワーラットの民がまず思い浮かべる人物、それは賢王歴にもその名を残す約二百年前に魔王を封印したと伝えられる初代ワイズラット国王こと『ケン=イワオ=ワイズラット』である。
かつての魔王の猛攻により、世界が滅びかと思われた時代。神が異界より魔王を討ち倒せる者を呼び寄せた。
その時、迷い人としてワーラットの地に降り立ったのが青年であったケン=イワオである。
彼は生き残っていた数少ない強者たちとパーティーを組み、圧倒的とも思える魔王の軍勢に戦いを挑んだ。
戦いに挑むも、やはり魔王の力は強大であり、ケン=イワオたちも劣勢を強いられ、敗北も時間の問題かと思われた。
しかし、ケンたちは計略を打った。力で敵わぬのなら、と智力をもって戦うことにしたのだ。
まず、ケンたちは神々の力を借りた。武具や強大な魔法ではない、神々の強大な力をそのまま文字通り借りる方法を編み出したのだ。
神々というのは偉大かつ強大な力を持つが、その力を現世に顕現させることを限定的にしか出来ない。
それ故に、神は直接自らの手で魔王を降すことが出来ずに地上に勇者を遣わすのだ。
それをケンはとある儀式を行うことで瞬間的、限定的とはいえど直接、神の力を地上で顕現できるように場を整えた。
次にケンらが行ったのは、魔王をおびき寄せることだった。
神が力を揮えるその場所にーー魔王を引き寄せた。
当時よりワーラットに存在したエフィネス、その本殿の地下に封印されていた『邪神復活の法』、それを存在する場所と共に魔王軍の幹部の一人にわざと漏れるように情報を流したのだ。
魔王が、邪神によりさらに強大な力を賜わることを願うような形で。
それぞれの儀式には相反する条件があった。
単純に言ってしまうなた、神々を呼び出す儀式には清浄な地と気脈が。魔王が欲する邪神の法には大気に溢れる瘴気がーーそれぞれに必要とされた。
このような条件の元、ケンは作戦実行の場所を当時魔王軍の完全占領下にあったホークの地と選んだ。
ホークの地に跋扈する魔物たちを、なるべく瘴気が多く残るような方法を以って倒し続けた。
. 魔王やその軍勢には敵わずとも、多少の群れならばケンたちでも十分に戦えた。
かくして、幾分かの時間の後にホークの地は邪神の法を執り行うに相応しい瘴気が色濃く満ちる土地となった。
ケンたちの目論見通りに、魔王はこのホークの地を邪神降臨の地に選んだ。
魔王にも、ケンたちがこの土地を瘴気で満たすようにとわざと弱い魔物をケンたちに差し向けていた、という計画があった。もっとも、そこはケンたちも織り込み済みで動き、魔王の行動はまさにケンたちの思惑通りというべきものとなった。
そして、魔王が邪神を降臨させる為に自らホークの地に出でたその時、ケンたちは魔王の前に立ちはだかった。
魔王と、魔王軍幹部、魔王軍の軍勢が周囲を囲み、さらにこの場所は魔物たちにとっては恵みとも呼べる瘴気が充満している。
絶体絶命ーーと思われたその時、ケンは自分の持つ剣を大地に突き立てた。
その瞬間、地面は白色の神々しい気によって満たされ、天より顕われた神々が地上の魔王軍へと鉄槌を降す。
ケンたちが魔物を倒すと同時に仕込んだ仕掛けである。
地上と地表を瘴気で穢す代わりに、薄い地下には地脈を目立たぬように引き、さらには地脈で神々を呼ぶがための儀式の陣を描いた。
つまり、神聖なる儀式の巨大な陣を魔王が望むような瘴気で表面だけを化粧したのだ。
ケンが自らの剣を地面に突き立て、そこに自信の持つ清浄な気を流すことによって巨大な陣に仕込まれた儀式のスイッチが入る。
儀式により顕現した神々が、限られた時間に力を振るい消え去った後、地上の残る魔王の軍勢で残すは傷付き果てる寸前の魔王のみであった。
だが、果てる寸前とはいえども魔王はさすがに魔王であった。
神々の奇跡が終わった後、魔王に止めを刺せる力をケンたちも含めて誰も持ってはいなかったのである。
果てる寸前であるはずの魔王は、時が経つほどに回復してきているーーこのまま回復を許してしまえば、再び人類は魔王に蹂躙されてしまう。
やはり人類は魔王には勝てないのか、絶望に染まりかけたその時。
ーーケン=イワオが再び奇跡を呼び起こした。
勝てぬまでも、傷を負わせることが叶わぬとも……彼は神々を呼び出すのに使った陣の残り滓、地上に残った聖なる気を利用して魔王の動きを完全に封じたのだ。
起死回生の一発により、魔王の動きは完全に止められ、この地にある全ての気を使い尽くさんが如き渾身の術は遂には陣の中心となる部分に魔王を封印することに成功したのである。
これにより地上には平和が訪れ、ケン=イワオはその功績を称えられた上で魔王に占領されていた土地の大きな部分を平定し、ここに国家を作った。
それがワイズラット王国となり、ケン=イワオの偉業を後世に残すために元号を彼に因んだ『賢王歴』に改めることとなった。
これが、かつての勇者こと『ケン=イワオ=ワイズラット』の伝説である。
