フェスタの冒険 教皇
「おお、わざわざ呼び出してスマンかったの」
別室で待っていた教皇は、謁見の間で見た時とはまるで別人のように部屋へと入って来たフェスタたちに話しかけてきた。
その姿は、何というかーー親戚の気さくなオジさんというような感じである。
服装や声、被っている仮面も、何も変わっていないはずなのに纏う空気が全然違うものになっているのだ。
口調だけではない、威厳すら無くなってしまったような、雰囲気がまるで違う。
「うん? どうしたどうした、早く座りなさい」
謁見の間での謁見がアッサリ終わったと思いきや、別室への呼び出しで『こちらが本番の謁見だったか』と緊張感も新たに案内された別室への扉を開けて来たのだ。
余りに予想とは違った展開に対し、フェスタたちが唖然となったことは仕方ないのではないだろうか。
急かしてくる教皇はといえば、円卓の周囲に置かれた椅子に腰掛け、テーブルの上にあるおしぼりを使って首筋を拭っている。
「は、はい。 失礼します……」
メンバーの中で、いち早く唖然とした状態から立ち直ったジバが返答をして、まだ呆然とした様子である他のメンバーを促しながら席に着く。
教皇とメインで話さなければならないであろうと予想されるニティカが教皇の正面に来るようにして、その左右をジバとフェスタ、ジバの隣にアリサという座り順である。
全員が座るのを確認して、教皇がポンポンと音を出して手を叩く。
すぐに扉の外から召使いらしき神官がやって来る。
その男性に教皇が「お茶出しておくれ」と言うと、一分も経たぬうちに神官が戻って来て円卓に座る全員にお茶を丁寧な動作で配っていく。
全員にお茶を給仕し終えると、神官は部屋から出て行き、室内は再びフェスタたちと教皇のみとなった。
そう、この部屋には教皇以外は誰も、神官も護衛すらも居ないのである。
しかし、教皇にはそのことを気にするような素振りさえ見せていない。
この状況が、さも当然である、と言わんがばかりである。
「さて、お待たせしたのーーと、その前に。
ちょっと失礼するよーー」
と教皇が宣う。
ここまで呆気に取られるような展開から、さらに『失礼する』とは何が起こるというのか。
そう危惧するフェスタたちを他所に、教皇は自身の顔を覆う仮面に手を掛け、何の躊躇いもなくそれをアッサリと取り外した。
「いやー、コレを着けとると息苦しくてイカンわ」
そう言いながら、再度おしぼりで今度は顔拭い出す。
まるで喫茶店で注文前に身体の至る所を拭い出すオッサンそのものの仕草なのだが、この場にはそれに思い至ることが出来る人物は居ない。
この世界にはそもそも喫茶店は無いし、飲食店でもおしぼりをサービスしてくれるような店は無いからだ。
教皇は年の頃は見た感じで凡そ五十代といったところだろうか。
温和な感じの風貌をした、好々爺といった老年に差し掛かった顔をしている。
黄色人種に近い肌に、かなりおデコが後退してしまっている白髪、黒みがかった青い瞳。
それが、安全確保の為に仮面で顔を隠しているはずの、教皇の素顔であった。
「じゃあ、改めて自己紹介させて貰おうかの。
ワシが今代の教皇じゃ、名前は機密保持とやらで話せんことになっておっての、スマンが勘弁しておくれ。
そちらさんも、名前を聞かせて貰って良いかの?」
少しだけ、教皇の顔がキリっとして、真面目な話が始まりそうな空気を醸し出す。
自然に、フェスタたちの背筋が伸びる。
どうもこの老人の声は、聞く者が思わず姿勢を正してしまうような響きを持っているらしい。
「フェスタです」
「ニティカ・ノートと申します」
「ジバ・シンヤです」
「アリサ……です」
皆、立ち上がりながら丁寧に一礼を添えながら名前を名乗る。
敬語という概念に全く慣れていないアリサだけが若干噛んでしまったのはご愛嬌、といったところか。
さしたる滞りもなく、話題は次へと進む。
「ふむ、皆よろしく。
さて、まずは試練の迷宮の踏破、御苦労じゃったな。
特にニティカよ、神殿の体面を保つために無茶な条件を課したにも関わらず、よくぞ頑張ってくれた」
「いえ、勿体ないお言葉です」
教皇の労いの言葉に、ニティカが言葉と首肯で一礼を返す。
ニティカには珍しく、緊張しているのだろうか、表情が硬い。
「うむ、緊張せんでいいぞ。
こうして教皇となんぞ呼ばれとるが、ワシは単なるジジイだでな」
ニティカの緊張を感じ取ったか、教皇が場を和ませるかのようにそう言いつつニカっと笑ってみせる。
教皇の言葉に、ニティカも「まあ……」と驚いてみせるものの、その顔は少しはにかんでいた。
人は、良い笑顔には笑顔で返したくなるものなのだろう。
そこからの謁見は非常に和気藹々とした空気の中で進行していった。
教皇の「迷宮での武勇伝を聞かせてくれんかね」という頼みをきっかけに、メンバーの口々から迷宮での話が教皇に語られる。
迷宮の魔物や罠、各階層の主の話や、ジバはアレプトから聞いた話の一部を自身が迷宮の中を見た上での感想と考察という形で教皇に聞かせたりもした。
そして、話が迷宮の主人ーーアレプトに至ったところで教皇から、
「その、踏破の証の指輪とやらを見せて貰って良いかね?」
と、頼まれる。
元々、神殿に見せる為の踏破の証としてアレプトから受け取った指輪である。
教皇から見せろと言われて断る理由も無く、ニティカが指輪の嵌められた右手の薬指を教皇に見せながら「これが、その指輪です」と述べる。
「ほお、なるほどのう」
指輪を見ながら、教皇は顎に手を当てて何やら考えている。
ひょっとすると、教皇はこの指輪を譲ってくれと言い出すのではないか、とパーティーの全員がそう思っていた。
実際にそう言われたらどうするかを、パーティーでは昨夜の内に話し合ってはいたのである。
教皇本人が言い出さなくても、神殿側の誰かから『指輪を神殿へと寄進せよ』と言われた場合の対応だ。
一応、その場合のパーティーの対応として決めてあったのは、『パーティーの旅が終わるまでは寄進は出来ないと断る』という風に決めてある。
神殿がいかに権力を持っているとはいえ、冒険者が迷宮で手に入れた宝物を強引に接収することは出来ない。
そういった冒険者の被害を防ぎ、利益を守る為に冒険者ギルドが存在しているのだ。
さらに言えば、フェスタたちは魔王討伐の旅をしている勇者候補の一行である。
そのようなパーティーから旅に有益な道具を強引に奪うならば、それは旅の妨害と呼ばれて如何に相手が神殿であろうとも批難の声は免れないし、最悪の場合には神殿とフェスタの後ろ盾であるワイズラット王国が対立するような事態さえ起こり得るのだ。
なので、ここで仮に教皇が『この指輪をくれ』と言い出しても、フェスタたちにはそれを断る権利がある。
ただ、相手は教皇ーー無用に事を荒立てたくはないので、そういう話になった時はジバが交渉人となって上手く断る、という話はしてあった。
少しだけ部屋に沈黙と緊張の時間が流れた後、教皇がその沈黙を破った。