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フェスタの冒険 幕間1

 最近、大陸を股にかけて走る噂がある。

 ある者は「子供の話すたわ言だ」と即座に否定し、またある者は「俺は実際に見たんだ、あれは伝説の勇者に違いない!」と断言する。

 その噂の内容はーー『魔物に襲われていると、黒いシルクハットの男が現れて助けてくれる』というものだった。


 黒いシルクハットに黒いタキシード、黒いマントを着けていて、顔は白い仮面に覆われていた。

 噂の男の容貌は、まことしやかにそう伝えられていた。

 仮面を被っているのに男だと断定されているのは、助けられた者が声を聞いたから、だそうだ。


 大陸の東からも、西からも似たような噂話が聴こえてくる。

 その噂話は、語る者全てが同じ容姿の男だと口を揃えて言うので、こう呼称されたーー「シルクハット仮面」と。


 そんな噂は、遠くはホーク大陸との国境近くにまで広まっていた。

 ホーク大陸の最北端に位置する砂漠地帯。

 ここはかつて人が居住していて、魔王が復活すると同時に狂暴化した魔物によってほとんどの人は殺されてしまっている。

 そのような土地でもごく少数の人間が砂漠の中にあるオアシスを拠点として暮らしている。


 こんな何も無いような砂漠でも、何かしらの売れるものが存在しているようで、行商人が何かを採りに来てはついでのようにオアシスにある小集落へと食料や雑貨を売りに来るのだ。

 そんな商人たちが、砂漠の民にも噂をばら撒き、しかしながら砂漠の民たちはそれをただのお伽話として軽く聞き流していた。


 ただ、勘違いしてはいけないのは、この砂漠の民たちは捻くれているわけでも、摺れているわけでも、醒めているわけでもない。

 何せ、このオアシスは結界が張ってあるからこそ人が住めるような場所になっているが、一歩外に出てみれば魔物が闊歩しているホーク大陸の砂漠の真ん中である。

 金の為なら命を賭けても惜しくないという酔狂な商人ならばともかく、まともな者は冒険者はおろか、魔王討伐をすると噂の勇者候補ですら立ち入って来ないような土地なのだ。

 もし魔物に襲われたら助けてくれるというのなら、魔物に襲われる機会が多々あるこの集落の人間が見たことがない筈が無いのだから。

 砂漠の民たちは、噂話を信じない程度に厳しい現実の中で逞しく生きているのだ。


 先ほども少し触れたが、この砂漠のオアシスにある集落は結界によって守護(まも)られている。

 この結界は、大神ネフィスの神殿より派遣された神官の張った特別製の堅固なものである。

 結界を張ってくれた神官曰く、『オアシスの清浄な水と照り付ける太陽の力を利用した、神殿のある村よりも強固な結界』なのだそうだ。

 実際、魔王が復活した際に狂暴化した魔物によって近隣の村が全滅の憂き目に遭った現在でも、この集落の結界は機能し続けていて魔物の侵入を防いでくれている。

 しかし、不運とは重なることが起こってしまうのは、世の常なのかもしれない。


 その日は、砂漠には珍しいスコールが降った。

 激しい雨は当然のこと分厚い雲を連れてきて、太陽を隠してしまった。

 さらに、激しい雨はオアシスの水を僅かな時間とはいえ濁らせてしまったのである。


 この時、砂漠の人々はまだ気が付いていなかったのだ。

 自分らを守ってくれている結界の、その力の源が何であったのかをーー忘れていたのだ。


 折悪く、その雨の日は魔物が近くを彷徨いていた。

 全てが悪く、悪く結び付いてしまったのだ。


 脆くなってしまった結界でも、力の小さな弱い魔物はことごとく弾いてくれた。

 結界が強固である理由は、太陽だけではない、水の力があるだけではない、そもそもが強い結界をさらに強い力で補強していたのだ。

 だが、単に強いだけの結界には限度があった。


 弱い魔物は、結界に触れるだけで死に絶えるか尻尾を巻いて逃げて行く。

 しかし、そうでない、強い魔物はーー結界の壁を貫き、集落へと襲い掛かって来たのである。


 余談ではあるが、日本の北海道は滅多に台風が来ない。

 地理的、気候的な要因が滅多に来ない理由なのだが、その分ーー北海道まで到達する台風はほぼ例外なく巨大な台風となってやって来る。

 むしろ、北海道まで到達できる台風はそれだけの勢力を持っていないと北海道まで届かない、と言うべきだろうか。

 それと同じ理屈かどうかは分からないが、結界を突破できるレベルの魔物が小さなオアシスの集落に解き放たれてしまったのである。


 集落の女子供は即座に集落で一番丈夫な家に避難した。

 残るは集落の男達、砂漠に住むだけあって精強な男衆である。

 普段から砂漠の魔物を狩りしているし、それが数人集まれば並の魔物には負けないーーそう、並の魔物なら。


 悲劇は、結界を破れるような魔物は並魔物ではなかった、ということだ。

 集団で退治に掛かるも、一人、また一人と男衆は倒される。

 四足の魔物の爪によって、大槍を持った男が倒され、太い尻尾によって大槌を持った男が倒された。

 残る男はたった一人、自身が倒されると、この村を守るものは誰も居なくなってしまう。

 そうなれば、避難している自分の妻や子供までもがこの魔物の餌食にーー。

 そうさせてなるものかと、男は曲刀を構えて斬り掛かった。

 ダメで元々、必死で掛かれば、当たりどころが良ければ、一人でも倒してみせる。


 色々な感情を抱えながら放った男の必死の一撃はーー敢えなく魔物に返された。

 前脚を軽く振るった爪の一撃で、男は吹っ飛ばされてしまう。

 受けたダメージが大き過ぎて、立ち上がることも叶わない。


(ああ、もうダメだあ……神様、勇者様……)


 男の祈りも虚しく、魔物が悠然とこちらに向かって来る。

 戦える者がいなくなったと見做して、ゆっくりと男に止めを刺すつもりなのか。

 長い舌を垂らし、湧き出るツバもそのままに男へと歩み寄り、鋭い爪を振り上げ、男に止めの一撃をーー刺そうとしたように見えたところで、魔物がグシャっという音を立てて崩れ落ちた。


「え? へ?」


 何が起こったか分からない男が視線を上に上げると、そこには何者かが立っていた。

 足元には一撃で倒されてしまったらしき魔物が背中にパックリと大きな傷を付けられて絶命している。

 その傍らには、黒いシルクハット、黒いタキシード、黒いマントを着けた、白い仮面の男が立っていた。


「どうやら間に合ったようだな。

 そこのキミ、この辺りで奴隷にされた少女の噂を聞かなかったか?

 もしくは、このオアシスで行き倒れた少女を保護していたりはしないだろうか?」


 呆然とする男に、シルクハット仮面が畳み掛けるように問うてくる。


「え? いや、ここのオアシスに今は余所者(よそもの)は一人もいませんや。

 少女の奴隷っちゅうのも……聞き覚えがねえです。

 この辺で拐われた奴隷だったら、タルカの辺りで売られるっちゅう話は聞いたことがありやすが……」


 どうやら命の恩人らしき、怪しいシルクハット仮面に精一杯答える男である。


「そうか、情報提供を感謝する!

 これは傷薬だ、見るところ全員息はあるようだ、早く使ってやりたまえ!

 では、さらばだああああああ!!」


 男に何本かの傷薬(ポーション)を投げ渡しながら、シルクハット仮面はドップラー効果を残しながら、雨が降る砂漠の彼方へと一気に消えていく。


 こうして、シルクハット仮面の噂を広げる一員に、砂漠の民たちが加わってのであった。


 

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