フェスタの冒険 主
「なるほど、他にもいくつか……宜しいですか?」
「ええ、いくらでもどうぞ、夜は長いですからねえ。
こういった時間もまた楽しからずや、ですねえ」
言葉通り、アレプトは非常に楽しそうな様子だ。
根本的に、誰かと話すのが好きなのであろう。
先ほど、ジバが問い詰めるような感じに追求するような口調になったことも、この悪魔公はまるで意に介していないようだ。
「あの指輪ーー『転移の指輪』が試練の褒美なのは、どうしてなのでしょう?」
「おや? 指輪ではご不満でしたか?」
「いえ、不満というわけではありません。
前回の褒美で頂いたのが剣でしたので、戦いの力となるような物が褒美となると思っていましたので。
そのーー不思議に感じたのです」
今回の試練の迷宮最下層に於ける出来事、そのことごとくがジバの予想を裏切るようなものであり、ジバは正直なところ困惑にも似た戸惑いを覚えていたのである。
アレプトへの質疑応答を申し出たのも、その戸惑いを解消したいという、ジバの個人的な知識欲や探究心によるところが大きかったりする。
「ほほう、なるほどなるほど。
剣というとーーええ、ええ、分かりました。
確かに、アレは良い武器ですが、あの指輪もなかなか便利なものですよ?」
「しかし、我々が必要なのは戦力です。
ご存知でしょうが、魔王を討伐せなばならないという目的もあります」
「ふむ、直接的な戦力にはなりませんが、旅には便利なのですがねえ」
どうやら、迷宮踏破のご褒美が武器の類いではなく指輪であったことも大した理由は無かったようである。
この悪魔公は、何も考えていないようで意外と深い考えがあったり、何か思惑がありそうなのに実際は考えていなかったりと、ジバからするとどうにも考えの底が見えにくい相手であった。
迷宮を探索してみた結果がスカであった、というのはよくある話で、それに比べれば今回は大当たりと言って良い。
況してや今回はパーティーを組んで初めての迷宮探索で、しかもその内の二人が冒険の初心者である。
踏破した褒美が自分の意に沿わないからと言って異議を唱える方が間違っているのかもしれない。
「よろしいでしょう、武具については何か考えておきましょうとも、ええ」
次の句を出さぬジバに根負けした訳でも無いだろうが、アレプトがそう言う。
まあ『考える』と言っただけであり、本当に貰えるとは限らない。
ひょっとすると、日本語的な言い回しにおける『前向きに検討させていただく』とか『善処させてもらう』ぐらいの意図かもしれない。
ジバは、とりあえず「ありがとうございます」と短く礼を言うに留め、アレプトのその礼には軽く頷くのみである。
「以前より思っていたのですが、あなたがた悪魔族は人間の魔王討伐に協力して大丈夫なのですか?」
ジバが、昔から気になっていた疑問をぶつける。
魔物を配備し、人間を殺すような事をするからには悪魔とて魔王の与する者なのだろうと、ジバはそう思っている。
ジバが前回のパーティーで試練の迷宮を踏破した時は、最下層の広間にあった祭壇で神託のような声を聞き、その際に褒美として一振りの剣を貰ったのだ。
その時は、元々は人の鍛錬に使われていた神が持つ迷宮が悪魔に乗っ取られ、それを解放した褒美としての神託と剣だった、そう解釈していた。
しかし、ジバがその後調べたところによると、他のパーティーがこの試練の迷宮を踏破した時は神託は下されたり下されなかったりと様々であった。
共通しているのは、必ず何か一つだけ武具が褒美として渡される、という事だったのだ。
それが、今回は神託は無く、さらに褒美は武具では無かった。
褒美を渡してきた本人は『深い理由は無い』と宣う。
もう一点、ジバには疑問があった。
この試練の迷宮、最下層の主が常に悪魔公である、ということだ。
ジバが初めてこの迷宮に挑んだ時、ボスが何の魔物かは知らなかった。
迷宮に入る前に下調べはしたものの、当時のジバにはそこまで探る調査力も無かったのだ。
この『試練の迷宮の主人が悪魔公ではないか?』という疑惑に思い至ったのは、ジバがパーティーを解散してしばらく経った後、一人で暇潰しがてらに試練の迷宮の資料を漁っていた時である。
何せ、踏破したとされるパーティーの全てが「迷宮の主は悪魔公だった』と記されているのだ。疑問を抱くのは当然であろう。
ただし、それらの資料は全て各地に散らばっていて、全てを読んだことがあるような人物はジバを除いて存在していなかった。
さらに、そもそもこの試練の迷宮は神聖国エフィネスが管理している迷宮なのだ、まさか誰も悪魔が支配する迷宮だとは思ってもみないだろうし、思っても口には出すまい。
だが、以上の点からジバは確信するに至ったのである。
この、試練の迷宮は、悪魔公ことアレプトが支配もしくは管理している迷宮である、と。