マニュアルのマニュアル
フェスタが取り出した『マニュアルリング』は小さなものだった。
薬指に嵌めるにしても小さい、いわゆる小指用の指輪というものである。
指輪の頭頂部に小さな、真珠のような乳白色の宝石が埋め込まれている。
「これが……マニュアルなの?」
茉莉の第一感想はこうであった。
当然だろう。マニュアルと言われれば各種サイズの紙片や本のようなものを想像して然るべきだ。
ところが出てきたのは指輪、名前にこそ『マニュアル』と入っているがどう見ても説明書には見えない。
「ハイ! とっても便利なんですよぉー」
怪訝な様子の茉莉を見ても、全く動じる姿を見せないフェスタ。
どうやら茉莉のリアクションは想定内で、この反応を見てもなお評価を覆す自信があるらしい。
「では、使い方を説明させてもらいますねえー」
と言いながら、いそいそと茉莉の小指に指輪を嵌めようとしてくる。
ーーが、慌てて手を引っ込めた茉莉によってその行動は阻止された。
「何で引っ込めるんですかぁ? 着けてくれないと使えないですよ」
「いや、だってさ、それ身に付けたら外れなくなる呪いとか掛かってない?」
「そんなわけ無いです! 元々が聖なるアイテムに機能拡張したものですし。騙したりしませんのでとりあえず指輪を嵌めてください。先っぽだけでもいいので、ね?」
どこぞの中年男性が言いそうな余計な口説き文句を述べつつ、再度フェスタが茉莉の指に指輪を当てがう。
一抹の不安は残るものの、今度は素直に指輪を小指に着けさせる。
すると、指輪に嵌った乳白色の宝石が一瞬、茉莉の指に嵌った瞬間だけエメラルドのような色で光るのが見えた。
「ーーはい、これでリンク完了です。指輪は茉莉さんのものになりました」
「え? 私のものにって……まだ入れ替わるのも了承してないのに?」
茉莉の言葉に『しまった』という表情を一瞬見せるフェスタ、だがすぐに立て直しを図る。
「ま、まあですね。一回試してみましょうよ! 便利なんですよ、これ!」
誤魔化すように、手をパタパタ振るフェスタを見ながら『コイツ、騙そうとはしてなくても嵌める気はあるんじゃないの?』と疑わしさを抱く茉莉である。
ともあれ、フェスタの提案には乗ってみることにする。
「ふぅ、で……どうやって使うの、コレ?」
「はい、何か頭の中で質問を思い浮かべてください!」
質問、と言われ適当なものが思い浮かばない。
目の前にいる謎の生物は謎だらけだが、コイツに関して何か質問と言われても即座には思い浮かばない。
仕方ないので、適当に目に入ったフェスタの足元に転がっているうめぇ棒コンポタ味の袋を見ながら頭の中に思い浮かべてみることにした。
(これは何?)
『解答:日本のスナック菓子【うめぇ棒】の【コンポタ味】その空袋です』
瞬時に、茉莉の脳内にダイレクトで返答が帰ってくる。
見たままの答えなので内容には驚きはしないが、本当に返答がきたことに驚きを隠せない。
そんな茉莉を得意げな顔で見ているフェスタ。言うまでもなくかなりのドヤ顔である。
引っ叩かないまでもデコピンの一発も食らわせてやりたい気持ちを抑えながら再び頭の中に問いを浮かべる。
(目の前のコイツは、誰なの?)
『解答:異次元界ワーラットに存在するホークレス領の領主フェスタ・ホークレス、十六歳、女性です。
ワーラットを魔王の手より救った勇者。神々の使徒。これ以上の情報は禁則事項となっております。』
一応、答えが帰ってきたことに再び驚くが、役に立たない答えの中におかしな用語が複数含まれることに驚かざるを得ない茉莉であった。