特別授業
僕は透と昼ご飯を食べていた。購買で買ったコロッケパンと牛乳のパック、それからプリンだ。
透というのは僕の親友のことである。名を孤足透と言い、限りなく黒に近い藍色の珍しい髪をした、唯一無二と言っても過言ではないくらいの大事な奴だ。
「次の授業何だっけ?」
「あれでしょ、特別授業」
「何の」
「さあ?」
そうこうしている内に予鈴が鳴った。皆続々と席に着き、授業の準備をしたり、雑談を続けたり、思い思いに授業が始まるまでを過ごしている。
僕は彼ら彼女らの話が聞こえないように気を付けながら、前の時間の教科書をぱらぱらと捲っていた。頬杖をつけば溜め息が零れる。帰ったら音納ちゃんにご飯をあげないと、なんて余計なことを考える時間まであった。特別講師は重役出勤でやって来るみたいだった。
本鈴が鳴る少し前に、ほとんど静かになった生徒たちの喧騒に混じって、大人の声が聞こえてきた。
低い男の声が一つと、担任のものである聞き慣れた女性の声が一つ。けれど足音は三つだ。
すると扉が開いて、担任と男が二人入ってきた。片方の男は黒髪を結んだ眼鏡の男で、もう片方は背が高くすらりとした、黒シャツの男だ。180センチ弱……といったところか。二人ともスーツと革らしき手袋を身に纏っている。
級友たちが騒ぎ立てるのを横目に、僕は窓外を眺めていた。
「静かにー。特別講師の木賊さんと、浅葱さんです」
長身が木賊、眼鏡が浅葱というらしい。二人は軽く頭を下げた程度で、挨拶もそこそこに、授業を始めた。担任は僕の隣を通って、後ろのロッカーがあるスペースへ移動した。号令は抜きにして木賊さんが黒板に何か書いていく。緑色に白色がよく映えた。
背を向けた木賊さんに対し生徒たちは野次馬の如く私語をまき散らし始めたが、黒板に背を預けて目を閉じていた浅葱さんのひと睨み──本当に一度、僕らの方をじろりと睨み回しただけ──ですぐに収まった。
怖い人だなあ、と思ったのは僕だけではないだろう。証拠に少し周囲を見てみると、女子も男子も怯えた顔をしていた。一部の不良はそうでもなかったようだが。
チョークの音が止んだ。こちらに顔を向けた木賊さんは、人外、と書かれた黒板を前に、微笑みながら話し始める。さも一連の出来事など知らない、という風に。
「皆さんは人外というものを知っていますか?」
質問を投げかけた彼は教室中を見回し、小さく手を挙げている女子を当てた。黒髪おさげ、丸眼鏡の典型的な委員長──の格好をした、弱きで内気な少女だ。名前は確か──
「えーっと……桜井さん」そうだ、桜井さんだ。「人外とは?」
「急に現れた、人ではない何か。……です」
顔を真っ赤に俯いて、崩れ落ちるようにすとん、と。そう腰を下ろした彼女をよそに、木賊さんは話を続ける。
「そうですね、ここまでは教科書で習ったと思います。史上最悪の人災があった後、人外が現れましたね。ではその人災について話をしていきましょう」
優しい口調で話しているが、僕には関係のないことだ。きっと級友たちのほとんどはそう思っているのではないだろうか。何故ならここ東京は、壁で囲われているからだ。東京だけではない。大阪、福岡、愛知、仙台などの地方都市もだ。県境に高さ四百メートル、長さ二百キロメートルを超える巨大な壁が建てられてからは、検問もさらに厳しくなり、壁外と壁内の行き来は難しくなったという。壁内には僕たち人類が、壁外には人外が住んでいる。
一言で言えば隔離だ。
「まずは三賢人について。パラケルススを始め、ファウスト、フランケンシュタイン。この三人のことですね。この三人が人災を引き起こした首謀者であり、実行犯であり、尊敬と同時に忌むべき錬金術師たちです」
人類相手に人外が犯罪を犯すことがないように、世界は囲われ、閉ざされたのである。検問で刃物や書類偽造などが発覚すればその場で逮捕。抵抗すれば射殺。人外は人ではないのだから、人権はない。
「──……四元素というものがあります。火、水、土、風の四つですね。この四つに命の源――魂であるアルケ。これを加え、コンピューターのプログラムのように一定の形で並べたものを、構成式と言います。目に見えるものは全てこれで出来ているんですよ」
人外のことは大方伯父から聞いているから、話を聞く必要もないだろう。集中して話を聞く皆を後目に、僕は欠伸を零した。