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徒花の夢  作者: 九頭原
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ハイル=コンパス

 初めに朔真が通された応接室へ、浮遊霊の少年を通した。透けた体でちょこんと長椅子に座る様子は、校長室に呼び出された子供が、何もしていないのに怯えてしまうのと似ていた。

 木賊は暴君とやらと一緒に調査の仕事があるらしく、忙しそうに動き回っていた。対して浅葱は「副長」「副隊長」と呼ばれるくらい地位は上なのに、朔真に付き合うくらい暇人らしい。納得がいかない。

 朔真と浅葱は長椅子の端と端に座る。木賊と違って離れたいわけでも何でもなかった。


「名前、聞いてなかったな」


 背凭れに体重を預け態度悪く足を組む彼に、朔真は顔を覆いたくなった。そんな怯えさせるようなことをしてどうするのだ。しかし、案外少年はけろりと浅葱を見詰めていた。


「御空。箱庭御空」

「箱庭?」彼は少し身を乗り出す。「きみ、箱庭の息子か」

「そうだよ」

「そりゃあいい、言い伝え通りじゃないか」

「まあね」


 少年――御空は肩を竦めた。朔真には何が何やらさっぱりで、ただ会話の隙を窺っている。


「あの、言い伝えって」


 口を挟めば、浅葱がうっすらと笑いながら教えてくれた。


「知らないのか。ああまあ、一般的には有名じゃないな。箱庭家ってのは代々女ばかり産まれてね、当主も女だ。確か先々代の当主は、六大元素以外の元素と式術礼装の研究をしてたな」


 知らない単語が次々出てくる。朔真の脳はパンク寸前だ。六大元素とは?式術礼装とは?魔術と式術の違いとは?


「で、言い伝えはな、箱庭家に産まれた男は早死にする、ってやつだ。ほらな」


 無遠慮にも御空を指差し、言い伝えの通りだと苦笑する。不謹慎というか何というか。

 こちらの話が一段落つくと、今度は御空から話し始めた。

 曰く、彼は親友を探していて、その子を見付けるまでは死んでも死にきれないとのこと。

 その親友は今、コンパスの職員として働いているらしい。コンパスなら支部と繋がっているし、歩いて十分ほどだ。

 ふと、浅葱が「あ?」と声を上げた。何もないところに目を向け、けれどそれもすぐに逸らして煩わしそうに眉を顰め、目を閉じた。


「ああ、なるほどね。助かる」彼は目を開けて御空を見、溜め息を吐く。「このご時世、毒空木の実なぞ食って死ぬ奴がいるとはなあ」

「毒空木って」


 御空は彼が何を言っているかわからない、と目を丸くして食い入るように彼を見詰めた。


「お前が食った、黒紫色の甘い果実だよ」

「あ、あれ」


 本人には伝わったらしい。丸くしていた目を更に見開き、なるほど、と一言付け足した。朔真にはさっぱりだ。

 それからの浅葱の台詞は衒学的で長く、老人のように脱線しやすかったので、朔真は心中で言い換えていた。時間の流れがひどくゆっくりに思えた。彼は作家だったが、作家が話し上手だとは限らない。

 纏めるとこうだ。人外だった親友が偶然生やした「毒空木」の甘そうな果汁に釣られ、果実を食べて病院で毒死した、と。

 何だか馬鹿っぽいが事実であるし、生来体が弱かったという御空からすれば、あり得る話なのではないだろうか。


「じゃ、コンパス行くぞ」

「イギなーし!」

「朔真は行くか?」

「行きたいです……前から行ってみたかった、ので」

「オッケーオッケー、勤勉は美徳であるぞ朔真少年」


 彼は立ち上がり背で言うと、ひらひらと手を振りながら応接室を出た。





 それは日が沈んですぐの薄闇を、覆うようにして立っていた。学園部分と孤児院部分の建物は離れていて、学園は縦に大きく、孤児院は教会を兼ねているため横に大きい。これらが私財で作られたというから驚きだ。


「ハイル=コンパス。ハイルは幸福、コンパスは羅針盤、だと思う」


 浅葱が腰に手を当て、黒い格子門を前に述べる。


「最初はハイル=アトラスって名前だったらしいが、アトラスは今じゃ生物兵器の名前に使われちまった。私は初期の名前の方が好きだったんだけれど」


 嗚呼悲しきかな、と芝居めかして言う彼の声には、悲痛さが含まれているような気がした。だがそんな声も顔も一瞬で消し去り、浅葱は右耳に着けたイヤホンで支部と連絡を取っている。

 支部の伝達士(オペレーター)は情報班の中でも一人だけで、赤毛の彼の名はリリイだったはずだ。彼の仕事ぶりは凄まじく、判断の速さにより何人もの命を人外から救ったヒーローとして有名である。前線で判断に従って実際に戦う戦闘班よりも、だ。しかし戦闘班より綺麗なイメージが他の部署にあることは否定出来ない。


「あー、こちら浅葱。リリイ、ガリレイに僕が来たから開けてくれと伝えて。頼んだぞ」


 通信を切ると、リリイの通信によって中央から奥へ門が開く。敷地が広すぎて迷子になりそうだ。朔真は御空が興味深そうに辺りを見渡しつつ付いてくるのを、微笑ましく見ていた。

 と、その時。

 教会の扉が勢いよく開き、開いた扉は壁にぶち当たり、中から大勢の子供が走って出てくる。下は五歳、上は九歳といったところだろうか。彼らは浅葱の腹に頭突きをし、背中によじ登り、髪を引っ張った。朔真の周りに集まるのは女の子で、じいっと見詰められている。一方御空の周りには、彼が見える人外の子たちが集まっていた。触れられる子はおらず、みな自分の手で御空の体を貫いたり、宙に逃げる彼に歓声を上げたりと好き勝手している。


「やめろガキ共、夕餉の時間だろうが! オラ中入れ!」


 少年たちに群がられる浅葱は誰もいない所に向かって「笑ってンじゃねえ!」と叫び、一人ずつ引っぺがして地面に下ろす。朔真の周りの彼女たちは、女の子らしく僕に質問するだけだった。


「お兄さんはだあれ?」

「僕はね、朔真」

「シオンのぶか?」

「しおん?」

「零だよ、れい。院長先生がそう呼んでるの、わたし聞いたもん」すごいでしょ!と胸を張る少女は妹みたいで、愛らしかった。

「あぁー……じゃあそうなるね。僕は浅葱さんの部下だよ」

「たいへん?」

「まあね」


 そっかあ、と一言答え、彼女は浅葱の方を見た。彼は標準装備のカバネを使い、一度にたくさんの少年らを院に押し込んでいる。一際大きな歓声。

 キイ、と音がした。


「皆さん、夕飯の時間ですよ。中にお入りなさい」


 澄んだテノールだ。扉から現れたのは、月光に照らされて白く光る銀の髪をした、中性的なひとだった。鈍い金の車椅子に乗っている。

 子供たちははあいと声を揃え、押し寄せた波が引くように素早く中へ入っていった。


「よく来ましたね、零。それに新人の子と、浮遊霊の子。貴方の周りは天使や神に限らず、いつも賑やかですね。シオン」


 彼は浅葱とは違う、空でも深海でもない青い目を細めて、微笑む。

 朔真は少し怖くなった。まるで彫刻か、オートマタだ。作られた美しさ。自然のものではないと思うほどに、彼は美しかった。浅葱や木賊も綺麗だが、あくまで人間として、だ。彼とは別物である。


「俺の知らない名前で呼ばないでくださいよ……子供たちにそれで覚えられちゃってんじゃないすか」


 溜め息を吐いて頭を掻く。御空が浅葱に、「この人誰なの?」と問いかけた。思い出したように彼は紹介を始める。


「ガリレオ・ガリレイ。ホムンクルスでノルンの局長だ。局長、神無木朔真と箱庭御空です」

「朔真、御空、ようこそコンパスへ。夕飯でもどうですか?」

「……あ、い、頂きます」


 朔真は知らないうちに、そう答えていた。局長に付いて中へ入っていく。

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