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徒花の夢  作者: 九頭原
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或る少年

 少年だ。中途半端に伸びた黒髪を上の方で小さく結び、薄緑色の上下同じ服を着ている。手術着のようだった。彼はさかさまに浮いている。自分を見ている。


「キミ、どこから来たの?」


 小首を傾げてそう問えば、体の向きを正しくして地に裸足を付けた。小柄な体はまるで女の子だ。浮いていたし、人外なのは間違いないが、何故壁内に人外がいるのだろう。見つめてみれば少し体が透けている。

 ……まさか、そんな、幽霊なんて。

 聞いてる?と更に尋ねられ、朔真は答える。


「えっと、リュケイオンってところ。近くの神社で殺人事件があったから、その捜査に」


 彼の顔色が変わった。確実に何かを隠している。こんな時、二人ならどうするだろうか。


「何かあったの?」

「うん。……その神主さん、殺したの、俺なんだ」


 目を伏せて恐る恐る言う。

 確かに人外なら、人間を殺すのは容易い。けれど何故、なんの理由があって殺してしまったのか。


「俺、見ての通りユーレイで、事故だったんだけど。なんでか病室の中にいて。神主さんに神社まで連れてこられて祓われかけて、無我夢中で、気絶しそうで……それで」


 少年はそう言い、でもさ、と続ける。


「ジシュするつもりで、俺が視える人を探してたんだ。こんなの言い訳にもならないけど」


 俯き、本当に反省した様子で朔真を見遣れば、神社の方へ目を向ける。朔真もそれに倣った。寝ていた自分を置いて捜査は終わってしまったのだろう、神社の周辺には近所の人が歩く姿しか見えない。置いていかれた。

 深く溜め息を吐くと、背後からガサガサと音がする。明らかに自然のものではない。林をくぐる時のものだ。誰か来ている。朔真は魔術を使う準備をした。息を吸う。眉をひそめる。意を決して振り向けば、そこには、見慣れた青と蒼の瞳があった。浅葱さんだ、よかった。ほっとして、溜めていた息を一度に吐く。


「なんだ、ここにいたのか」


 気を張っていた朔真のことも知らず、彼は呑気そうに目を丸くして零した。少しは凄めていたかと思っていたが、彼の前では意味がないらしい。まあ自分と彼では場数が違うし、仕方ないのだろうが。


「そいつは?」

「あ……僕の友達です」


 その一言で我に返った朔真は、慌てて取り繕う。この子が犯人だと判れば、彼らは少年を捕まえて裁判にかけてしまうに決まっている。仕事なのだ。自首するつもりだったと少年は言っていたが、何かまだ隠しているような、気がする。あくまで勘だ。勘だが不安も混じっていて、不安は濾過することが不可能なまでに溶け合ってしまっていた。こうなれば自分だけでも捜査したい。成仏出来ない理由もあるだろうから。


「友達?半透明の浮遊霊がか」

「嘘です、さっきここで会って。その、最近亡くなった子みたいなんですけど」

「おい」浅葱は違う方を見ながら言う。木賊を探しているようだ。「君、いつ死んだの」

「……三年前」


 俯く。少年は浅葱の口調の変化に、少し驚いているように見えた。一人称から何から全て変わってしまうこともあるし、中身が変わったとしても気付かないのではないだろうか。

朔真は二人の会話をじっと聞いていた。


「どこの学校だった?学生だろう」

「〈ハイル=コンパス〉中等部の、三年生だった」

「あそこか。両親は?」

「いる。コンパスにも家から通ってた」

「孤児じゃないのか。珍しいな」


 浅葱は何故か目を細め、顔を歪めた。憎悪というか、そんなものが顔に滲み出ている。昨日と今日で彼は、人が変わったように奇行が増えた。例えば何もないところを見て喋ったり、このようにノルンやコンパスの話題が出れば顔を顰めたり。

 その理由が何なのかは判らなかった。

 それよりも〈ハイル=コンパス〉と言えば、極東支部とそれに併設された研究施設“ノルン”が運営する、孤児院を兼ねた教育機関だ。リュケイオンが四百年前にもあったように、コンパスも三百年ほど前には既にあったと聞く。初等部、中等部、高等部の三つがあり、主に人外やこの世界のことを中心に学ぶようだ。伯父の通話中にコンパスという単語を聞き、気になって調べたことがある。孤児院では人外に両親を奪われた子供や虐待を受けている子供を積極的に引き取り、育て、それぞれの道へ送り出すらしい。支部附属とはいえ入局する人は少なめなのだそうだ。

 二人は会話を続ける。


「なんで死んだンだ?」

「事故だよ。植物の毒で」

「三年前も今も、有毒植物が自生してるなんて稀だが?」

「でも、俺の死因はそれ」

「そう」


 浅葱は考えるように顎に手を添え、視線を斜め下の地面に落とす。ぶつぶつと、まるで誰かと会話しているように何かを口に出していた。歩き回って木漏れ日の中を右へ左へ、そして朔真が寝ていた岩から少し離れた巨木の枝の下で止まった。

 僕に出来ることはなんだろう。まず毒のある植物を想像してみる。朔真は同年代の中でも一際知識量が多い。記憶力もいい。それは自負している。毒のある植物。なんだろうか。ヒントを求めるつもりで浅葱の様子を伺ってみると、


「先に言えよお前……」


 そう一人で落胆したかと思えば「は?」と大声を上げるし、かと思えば無言で大きな溜め息を吐いて、心底疲れきったような顔をして、うるさい順番に喋れ、と絞り出して。これだ。これが今日活動し始めてから幾度か起こっている。少し、いやかなり不気味だ。これで何か見えている、とでも言われたら朔真は卒倒してしまうだろう。霊なら自分にも現在進行形で見えているのだが。


「あーもう五月蠅い!黙れ!死ぬぞ僕!首を括るぞ俺は!」


 勘弁してくれ、と思う。きっと困っていそうな彼も思っているに違いない。


「え……あのさ、君の名前聞いてなかったけど。君の上司って……ひょっとしてイカれてる?俺ちょっとわかんない」


 少年が朔真の隣へふよふよやってきて、内緒話をする時のように口に手を当てながら呟く。その声色には困惑と恐怖、そして畏怖みたいなものを感じた。

 正直僕に聞かないでほしい。


「僕も解らない……」

「なんか、自首出来ないフンイキだね」

「うん。浅葱さんが落ち着いたら支部に行って、改めて話を聞けばいいと思うんだけど。どうかな」

「賛成」


 憔悴しきった顔で今にも倒れそうな浅葱を見ながら、朔真は少年に提案した。このままでは埒が明かない。朔真は浅葱を引きずって支部へ戻ることにした。彼の反応を見る限り、木賊は不在のようだった。

 苔で滑らないよう注意しながら慎重に、浅葱の元へ向かう。こちらの存在に気付いた彼は、深呼吸して疲労を奥へ押し隠した。朔真でもわかるくらいに無理矢理で、強引だった。疲れているのが目に見えてわかる。


「浅葱さん、大丈夫ですか」

「大丈夫だ」


 即答だ。答えが早すぎて、何なら質問の途中で大丈夫と答えていた。何を聞かれてもこう答える予定だったのだろう。


「帰りましょう。彼に詳しく話を聞いて、医務室に」

「いい」

「よくないです」

「苦手なんだよ」

「関係ありません」

「医務室なんて行ったって治るもんでもない。時間の無駄だ」

「診てもらうだけです。どうせ一回も行ってないんでしょ」

「ぐ」


 図星を突かれた顔をした。会心の一撃。彼の意固地は倒せただろうか。


「……分かったよ。強引なんだね、意外と」

「悪かったですね、強引で」

「苦手なタイプだ」

「僕も貴方のこと苦手ですよ」

「嫌われてばっかりだ」


 倒せたらしい。彼ははぁ、と溜め息を吐き、朔真の後ろを歩いて岩の辺りまで戻る。少年が待ちくたびれたとでも言いたげに二人を見た。


「ごめん、行こう」

「ん」短く言って宙に浮かんだまま、浮遊霊らしく移動する。


 通りに停めてあるという木賊の車まで、もう少しだった。

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