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徒花の夢  作者: 九頭原
11/16

選手交代

 段差に座っている。誰が来るのか、いつ来るのか、何も知らない。知らないでここにいて、こうして待っている。時計を見ないから時間の感覚はあまりないが、記憶が正しければ、今日で三日目だ。

 同じ人物が二人いた。今、段差に腰かけて誰かを待っているこのローブと、遥か極東で警察紛いの職に就く青年だ。

 そろそろ戻りたいなあ、と頬杖をついて小さく溜め息を漏らす。彼の頭の中ではいくつもの声が、口々に賛成している。

 ほんの気紛れで彼と入れ替わり、その直後に神無木朔真という特異点が現れた。奇抜でゲーム性のあるものを好む性質がある自分は、行かないという選択肢を初めから作っていなかった。面倒だが神性には逆らえない。


「覚めよ、覚めよ、以下省略」


 いとも簡単に途中式を省略──詠唱を破棄し、欠伸しながら手を打ち鳴らせば、極東で働く青年が彼の前に現れた。


「一ヶ月ぶりだね、零」

「そうだな」


 片方はローブを纏っているが、背格好や声はもう片方と同じだ。彼は青年に対して質問を始める。


「神無木朔真について、教えてくれないかい」

「遥真さんの息子だ。最初は俺を遥真さんの仇だと思ってて、なんでかやめたんだが。俺の事情を知ったらまた殺しにいくかも、だとか、僕の殺意と向き合ってくださいね、なんて言いやがった」青年はからからと笑う。「今は検診受けて寝てるよ」


 遥真といえば、彼にとって大事な人物だった。自分を育て生かしてくれた無二の師であり、友であり、家族に近かった。遥真は死んでしまったが、その理由も殿を務めたからである。皆を庇っての死だ。

 彼は「そうか」と小さく言い、大きくなったな、と朔真の幼少期に意識を向けた。幼い頃に一度だけ会っている。その時は確かひどく懐かれたはずなのに、殺すとまで言われるようになったのは皮肉なことだ。

 彼を恐る恐る胸に抱いたことを思い出す。壊れないように、壊さないようにと、つとめて平静を装いながら。あの小さかった命に殺されるならば構わない。誰に殺されても構わないが、そちらの方が、幾分か文学的に思えて好きだった。


「他に訊きたいことは?」

「ああ、そうだ俺、辞めるよ」

「辞めるのか」青年は目を丸くした。「なんでまた」

「辞める。後任はいるからまあ大丈夫だろ。このご時世、誰も来ないしね」

「理由は?」

「面白くないから、だな」

「流石と言った方がいいか?」

「言ってくれ」

「流石だね」

「ありがとう」


 彼は明るく笑った。一人二役のような小芝居に、あるいはコントじみた会話に。

 ところで、と青年が言う。仕方なく彼は耳を傾けた。


「そう簡単に辞められるもんなのか?」

「いや、君には」

「……ああ、なるほど」

「理解が早くて助かる。苦労と迷惑をかけるね」


彼は青年に向かってそう呼びかける。


「いや。元々俺のすべてはお前が握ってるんだ、今更どうってことないさ。しっかりやれよ、浅葱零」


 彼らは入れ替わり、職務を入れ替え、また新しい人生を歩む。それはもう二度と入れ替わらない。

 浅葱だった青年は、死ぬまでローブの彼を演じ、役割を果たす。

 ローブは元の自分(浅葱零)に戻り、元の人生の続きを歩み続ける。

 元々この二人は、一度入れ替わっていた。今度入れ替わることで元に戻る訳である。


「よし、お前のアルケが底をつく頃にまた来るよ。水を注ぎにな」


 ローブは彼に別れを告げ、宙で横薙ぎに手を動かし、そして出来たひびに指を引っかけて広げた。宙にぽっかりと楕円形の、穴が空いた。ローブは浅葱零となって、彼にローブを投げて、穴をくぐる。

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