思い出
『君が使って』
そう言って綺麗な女性から手渡されたのは、金色に輝く鍵。
『でも...』
それは5年に1度、政府から配られる。俺が住んでいるmisfortuneからhappinessにいけるエレベーターを動かすことが出来る鍵。そんな鍵を貰うわけにはいかない。
そう思い、遠慮するが女性は俺が抵抗する前に鍵を紐に通し、俺の首にかけた。
『私はもうすぐ...忘れてしまう』
『あいつらに抵抗出来なくなる』
『あいつら...?』
女性は俺のつぶやきなんか気にせず、独り言を続ける。
『出来れば彼に会いたかったけど...』
ぎゅっと女性は自分にかかっているロケットを握りしめる。
『いたぞ!!』
大きな声が響き渡ると思うと、大人数の兵士達がこちらに向かってくる。
『...もう行かなきゃ』
『待って!!』
『また、ね』
ドンッと俺を押して距離をとったかと思うと、女性は兵士達の元に向かっていく。
慌てて追いかけようとするが、もう女性は兵士達が用意した車に乗ってしまった。
『いつか、会いに行って返そう』
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そう決意してから、はや10年。俺は、エレベーターの前に立っていた。
「乗るだけでこんなに時間かかるとは思わなかった...めんどくせぇ」
軽く舌打ちをしながら、エレベーターを動かすための鍵を鍵穴に入れ、軽く回す。随分動いてなかったんだろう。エレベーターは、不気味な音をかき鳴らしながら上から降りてきた。エレベーターが動いた事に気づいた通行人たちがガヤガヤと集まり出す。鍵を持ったものに無断で触ると、不幸度が上がる。そんな噂が無ければすぐにでも鍵は奪われるだろう。現に、俺を見つめる人々の目はくすんでいた。
ーポーン
周りの人々が作る重苦しい空気なんて気にせず、エレベーターは明るい音を鳴らし、扉は開いた。
「そんな...この街唯一の〝〟が...」
「.....」
小さく響いた声を無視して、エレベーターに乗る。エレベーターは自然に扉は閉まり、扉の上にある表示版にcという文字が浮かび上がることを確認し、エレベーターの壁を背に座り込んだ。流れるような仕草で、時計をみると不幸度45。
「せっかくエレベーターにも乗れたってのに、不幸か」
軽く何度目かの舌打ちをうち、時計を床にころがした。
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政府が人口削減のために始めたのは〝時計制度〟不幸度が限界値...つまり100以上を超える状態で24時間経過するとその場で死ぬように亡くなる。住む場所も、不幸か幸福かで変わる。初等学校入学までは、親の住んでいる街で過ごすが、入学式の後に配られる時計により、選別が行われていくのだ。もちろんhappinessで生まれ育った子供はhappinessとなり、misfortuneで育った子供はmisfortuneと暗黙の了解で決まっていた。ごく稀に、不幸とも幸福ともならない子供もいるがその場合centerと呼ばれる街に住むことになっていた。一度決まった街から出ることは出来ず、一生そこで暮らしていくことになる。一つを除けば。
五年に一度、救済措置として一つだけ配れるもの。唯一misfortuneからほかの街に引っ越すことが出来る権利が貰えるもの。それが俺が昔もらった鍵〝parmit〟だった。
ーポーン
さっきと同じように小気味よい音を鳴らし、ドアは開いていく。エレベーターから降りて、周りを見渡すだけで今まで自分が住んでいた街との違いをありありと伝えられた。
「center教育、研究の街か」
そう言われるだけのことはあり、周りを歩く人たちは学者服に身を包み、分厚い本を手にもっていた。さらに、エレベーターから降りてきた俺の事なんか目に入らないのか、まっすぐに歩き続けている。
「........」
初めて見たはずの景色。そのはずなのにどこか懐かしさがあった。懐かしいと思ってしまったことに謎の焦りを感じて慌てて気のせいだと自分に言い聞かせる。自分も何か食べ物でも買うかと歩き出し、その日は結局、街を歩き回る事しかしなかった。
centerに来てから1週間。俺は特に何もせず自堕落な生活を送っていた。misfortuneにいた頃は1日のほぼ8割の時間を仕事で潰していたため、趣味という趣味を持ち合わせていない俺がやる事と言えば寝るだけだが...。
その日も太陽の光が部屋に明るく差し込む時間になってやっとベットから抜け出す。昔は夏だとか冬だとか、1日ごとに気温が違ったらしいが、今は春の気温で固定されているらしい。結局過ごしやすいのならその夏やら冬やらでもいいんだが。なんて寝起きの頭で馬鹿な事を考えつつ、起き上がり床に放り投げたままになっている服を掴んで着替え始める。
ー所々、黒いオイルで汚れている灰色のつなぎ
つなぎの心臓にあたる部分には大きく、住んでいる街のイニシャル〝m〟が刺繍してある。たとえ俺のようにエレベーターに乗ることが出来ても、住む街を決めるまでイニシャルが付いている服しか着ることが出来ない。まぁ、簡単に言えば囚人服みたいなものだ。
つなぎを着替え終わると共につなぎにくっついている時計を見つめると不幸度25。misfortuneに住んでいる人たちの平均が60あたり、かなり良い数値だ。
約5日ぶりに外に出る俺を白い目で見つめてくる宿主を除けば、だいぶ晴れやかなきもちで俺は外に出た。また部屋に籠るための食い物を買っていると気づけばエレベーターの前まで来ていた。エレベーターに特に異変はない。そう、何もないはずなのだが、なぜか俺はエレベーターの前に来ていた。
「っ!!」
「あ?」
突然、自分の体に響くドンッという衝撃。振り返ると俺の背中に当たって尻餅をついている少女がいた。少女は何も言わず、ただ俺を見つめるだけ。その責めるような視線に耐えきれず、手を差し伸べる。
「.....」
少女は、手を見つめるだけで何もしない。まるで、意味がわかっていないかのように。
「なんだよ、mの人間には触りたくないか?」
すぐ嫌味を言ってしまう癖は、misfortuneで育った性ではないだろう。自分でも可愛くないと思う。
「何?この手は」
「は??起こしてやろうとしてんだよ...そんな事も分からねぇの?」
静かに頷く少女はどうやって今まで暮らしてきたのだろうか。どこかの令嬢でも、流石に知ってるだろう...。
少女はやっと俺の手を掴み、俺も掴まれた少女の手を引き上げる。が、あまりの軽さにまた驚いた。まて、さすがにこの軽さはない。いや、misfortuneとここは違うんだから、違っててもいいのか?いやいやいや...。
「痛い」
「ああ、痛いな...は?ああ、掴んだままだったのか。悪ぃ」
パッと少女の手を離すと、少女は特に不満もなさそうに腕をさするだけだった。少女は感情がないのだろうか。そんな考えが浮かぶほど少女は感情を表に出さなかった。
...しかし少女は俺が考え事をしている間、ずっと引き揚げられたまま待っていたのだろうか?その様子を思い浮かべて、笑いをこらえきれずに吹き出す俺を少女は冷たい目で見つめてきた。
「あなた、おかしい人」
「うるせぇな。ていうか何でお嬢様がこんな所にいるんだよ?」
「あなたには関係ない」
「あ??心配してやってんのにそんな言い方あるか?」
「巻き込みたくない」
「は?」
意味がわからないと口を開いた瞬間、嫌な雰囲気を感じて周りを見まわした。そこには、あの女性を連れていった兵隊が着ていた服を身につけている兵士達がこちらに迫ってきていた。
「っ」
少女はエレベーターに乗ろうと、エレベーターの所まで走り、エレベーターのドアの横に付いているボタンを押す。だが、エレベーターは鍵がない限り動かない。少女はなんとかならないかと試行錯誤するが、このままだと少女が捕まるのは時間の問題だった。俺は、さっき転ばせた罪滅ぼしとばかりに、少女が捕まらないように少女の元に辿り着こうとする兵士を殴り、止めに入る。
治安の悪いmisfortuneと平和なcenter。訓練なんてほぼ無いに等しい。そんな兵士と喧嘩の毎日を繰り返している人間の力量の差はひどいものだった。
「お前、逃げたいのか?」
あらかた兵士を倒した後、少女に声をかけると少女は倒れている兵士に驚きもせずに言う。
「行かなきゃいけないところがある。私が行かなきゃ」
少女は焦りもせずただ淡々と言う。だが、なんとなくその言葉は本心で言っているのだと分かった。少女のために鍵を使うか否か。俺は悩んでいた。
だが、その悩みは少女の横顔を見た瞬間、消え去った。
「似てる...」
少女は、あまりにも思い出の女性に似ていたのだ。年などを考えると有り得ないのだが、似ていたのだ。同一人物かと思うほどに。
「いたぞ!!」
さっきの兵士の倍以上の人数がこちらに向かって来た時、俺は少女の手を掴んでエレベーターに向かっていた。