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命輝戦記~黒憶の森の物語~  作者: てんもん
ネズミの章
7/7

⑦ 少女の選択 その一

皆さん、明けましておめでとうございます!


続きを載せるのが遅れに遅れて申し訳ありません。

資格試験には無事合格したのですが、その後二週間近く酷い風邪をひいてしまいまして。

まだ完全には治っていません。

なので、次話も、もう少しお待ちください。

月に最低でも二話つづは維持できるよう頑張ります。

あと、予告していたタイトル変更も、この後しておきますね。

では、楽しんでいただけることを願って。

よろしくお願いいたします。



 村に着いた。

 すぐそこに見えていたのに、思った以上に時間がかかってしまった。すでに辺りは闇の中だ。

 今にも倒れそうな程に体が重い。意識も視界も半分以上が暗くなり、まっすぐに歩いているのに景色がぐらりと時折かしぐ。体の各部全てが全力で軋み、血が足りていないことを脳と魂に叫ぶように訴えていた。

 ふらりと揺れる視界を戻す。今残っているのは意地と意思だけ。もう一度戦う力はすぐには無い。走ることも現状できない。それでも、今はまだ立ち止まる訳にはいかないのだ。目的地に着いだだけでゴールなのではない。ここからが本当の本番なのだから。


 村の境界線の少し手前で立ち止まる。ここから先は気を抜けない。

 どこから見ても素朴で平凡な村。だが、それでも黒き森の傍で村を拓くという覚悟と度胸は、平凡なだけではまかなえないものだ。その目的や覚悟の内容はさておいても、それ相応の対応はしているはずだと思っていたが。

 宵闇の暗さの中、周囲をじっと見回した。

(やっぱりな)

 タルホの記憶通り、村を囲む石塀の上に、一定間隔で【マモノ】避けの芳香石が点々と置かれている。そしてその芳香石同士をつなぐ最短距離で、村内の至る所縦横無尽に、濡れた地面に人には見えない茶色の線が走っていた。

 自分の状態を理解して記憶の精査に臨んでみると、タルホの記憶は曖昧だが奥がとても深かった。消えてしまう30日の間に全てを理解することが難しい程に。理不尽に奪ったとはいえ、受け継いだ者としては不甲斐ない限りだと唇を噛む。まあ、その記憶の表面は、ナーシャで満杯なのだけど。愛が深い。

 その中で、村の秘密に関する事柄には、どうやら自らプロテクトを掛けているらしく未だ真実にたどり着けない。が、それはさほど重要じゃない。

(僕は村の秘密を暴きたいわけではなく、ナーシャを助けたいだけだからね)

 だからそのプロテクトの中から、村に入れる策だけを意識上に抽出する。村の防衛の甘い場所。誰にも悟られることなく村に入れる入り口を。

 目を凝らす。月の光で照らされた地面に、薄く茶色の線が走っていた。そこから溢れた粒子が薄い光のヴェールとして空中高くまで伸びている。

 結界鋼糸を束ねた縄の連なりだ。地面とほぼ同色で浅く埋められた鋼線縄は、【マモノ】の視力で目を凝らしても視力だけで全ての位置を見分けることはほぼ不可能。至難の業だ。タルホの記憶がなかったら、位置を見つけることは困難だったろう。

 その線が村の周囲の全てを覆う。円形に。そして、幾何学に。地面に引かれた鋼線の複雑な格子模様が、高さの違う地下に多重立体的に連なる大規模方陣と云っても良いレベルで村中に敷かれていた。それは、触れると麻痺し空間に固定され、大音量が響きわたる守護結界。村の全てを地下から空中高くまで含め覆っている。その外辺のわずかに外側、石塀から十mほどを、線に触れず、見つからないよう音を立てずに慎重に周回した。

(あった。さすがはタルホ、優秀だ。寸分の違いなく記憶通りだ)

 地面に薄く埋められたわずかな鋼線の綻びが月夜の光に浮かび上がる。

 それは、門だった。門状に描かれた方陣の秘密の裏口。幼い子供だけが潜り抜けることのできる大きさの隙間しかない、そんな幅の狭い抜け道だった。

 普段は閉じている。が、とある順序で言葉を発し門の前で空中を撫で捻ると、警報が反応せず、なおかつ子供一人の大きさ分だけ鋼線の網が解けて緩み、門の形にヴェールに穴が開く仕掛け。単純に扉の様に小さな穴が開く仕様だが、その単純さに比してその隠し方は異常とも云えるほど巧妙で繊細だった。

 その仕掛けの存在を大人たちは知らない。いや、正確には知ってはいるが、今の抜け道がどこにあるのかを知らないのだ。一定の年月が経ち、大人になった元子供がマモノの侵入を心配してそれを潰すと、自動的に違う位置に再生し、夢で作り方を受け継いだ子供たちの秘密の代表が、誰にも告げずにまた使いだすのだ。その受け継ぎ方こそ、謎だった。誰も教えていないのに、いつの間にか本人以外誰も知らない【受け継ぐ者】が決められて、いつの間にやら夢として知識を得てゆく。そして、大人になってゆくに従い忘れてしまう。そして、それを大人も子供も誰も不思議には思わないのだ。

 今なら判る。人間ではない自分に知識が移ったからこそ、その不自然さに気付くことができた。

(理由は分からないけれど)

 村に結界が創られた太古の過去のその瞬間に、そういう特殊な念術が結界そのものに掛けられていたのだろう。

 だが、その抜け穴が作られた理由は分からないけれど、それが悪意の産物ではないことだけは、理解できた。

 なぜなら、そこには村と子供に対する愛情と配慮が込められていたからだ。

 小さな子供の間しか潜ることのできない小さな穴だ。大人はくぐれない以上、本来ならば、そこを抜けだした子供は非常に危険にさらされるはずなのだ。何かあっても大人がすぐには助けにいけないのだから。

 だが、術の仕掛けを俯瞰してよく見ると、幾重にも厳重に安全に配慮して作られていることに気付く。抜け穴は、芳香石の影響範囲も考慮して、外に出ても一定範囲に【マモノ】が入ってこない場所に少し村側に歪曲した形で計算して作られている。というよりもその部分だけわざと内側に鋼線が密に張られているといった方が近いだろう。

 まるで、村の子供に対して儀式か洗礼を与えるように。何かの試練を授けるように。

 子供の好奇心と遊び心と大人を出し抜く背徳感を満足させ、大人にも無意識の諦めと安心を与え不安を抜いて、真剣に抜け穴を塞ごうとか、子供の風習を無くさせようとかいう考えそのものを封じている。その上で、何とか外部から結界を出し抜けたとしても、知識と知能の無い【マモノ】にはどう足掻いても作動させることはできない知恵の輪的な安全性。完璧に近い、子供の心の成長をうながす為だけの認識操作術式。

(誰だか知らないが、知られざる埋もれた天才というものもいたものだな)

 後付けの考えではあるが、これがあったからこそ、こんな黒憶の森のそばにある村が、消えることなく存続できたのかもしれないとふと思った。森に対する忌避感を育てず、それを次世代に受け継がせないという無意識の教育方法。

 ふと、実験、もしくは守護、という単語が脳裏に浮かんだ。意味は分からない。

 が、作った者の思惑はさておいて、普通はこんな曖昧な弱い術式はいつかはバレて壊されてしまうものだ。作成者もそれを見越して、無意識の忌避感の削除を終えたら術が勝手に消えるようにしていたのだと思う。だが、現実は作成者の思惑や仕様年月を超えて残り続けている。

 おそらくは、千年近い永きを越えて。

 理由はきっと単純だ。子供は子供というだけで、遊ぶことに関しては大人が考えている以上に頭が良いものなのだから。そして子供は、大人が考えている以上に、仲間内での秘密に対しては厳重で慎重で、真摯で口が堅いものなのだ。

 大人になるといつの間にか忘れてしまっているその子供特有の真剣さと義理堅さがここでも遺憾なく発揮され、その真摯さが見事に術と融合した結果、本来あってはならないはずのこの抜け穴が、廃れることなく何百年も風習として続いている。

(まあ、そんな小難しいことはさておいて。とりあえず抜け道は使えるようなので良かった。芳香石も効いているのに【マモノ】の僕が何ともないのは、タルホの記憶のお蔭なのかな? それとも……。非常に興味深いが、それを考察するのはまた今度ということで)

 手順を踏んで言霊を発し空中を撫でる。そして祈りを込めた念を送った。

 たわんだ光のヴェールが丸い扉となり結界に小さな子供一人分の穴を開けた。

 体長30センチを超えるネズミが慎重に体をねじ込んで入る。触れたら終わりだ。真剣だった。

 抜けるとすぐに縮んだ穴を確認し、施錠の術式で穴を閉じる。閉じていることを確認し、そのまま陰踏みの要領で闇をたどって先へと進む。篝火の光に注意して影のみを慎重に進む。それでも小さな村だ。30分と経たずに目的の家にはすぐに着いた。


 ナーシャの家には中に明かりが灯っていた。

(頼む、間に合っていてくれ……!)

 すべてを懸けて願いながら飛びついて、窓の隙間から覗き込んだ。

 居た。彼女が居た。

 ベッドの上で苦しそうに全身に汗をかいて唸っている。家族と薬師の婆さんが、心配そうに見守っていた。

 「この二、三日が峠だ」と、小さく聞こえた。すすり泣きが広がってゆく。

 ギリギリだった。でも、間に合った。

(僕は、間に合ったんだ!)

 喜びに打ち震えた後、はたと気づいた。

(どうやって渡そう……?)

 姿を見せたら殺される。けれど置いておくだけじゃ絶対分かってもらえない。

 必死で考え、村の外れの元のタルホの家に走った。隠し場所から鍵を出し入る。紙とペンを取り出して、体よりも大きな紙に、タルホの字に似せ簡単な手紙を書く。体と同じ大きさのペンを脇に抱え、濃いインクでカバンにもでっかく名前を書き込んだ。

 急いで引き返し、ナーシャの家の玄関の前にそれらを添えて置いた後、全身で助走をつけてドアにぶつかりノックした。何度も何度も痛みに耐えた。誰かが出てくる音がして物陰に隠れて見守る。

 ナーシャの母さんが出てきて、不思議そうに見回した後、足元のカバンと手紙に気が付いた。名前を見てからハッとして手紙を読んで、急いで薬師の名前を呼んだ。カバンと手紙を抱え込み、叫びながら家の中へと入ってゆく。

 ホッとした。一本だけ抜き取った薬草を体に巻いて、よろけながら窓の下に壁にもたれて腰かけた。

 限界だった。気絶しそうなだるさの中で、部屋の中が騒然とするのが分かった。薬師の婆さんが奇声を上げて薬草をゴリゴリ絞る音がする。

(もう大丈夫だろう。きっともう、大丈夫)

 タルホは最後の力を振り絞り、床下の隙間へ入り、湿った土の上で泥のような眠りについた。


 気が付くと、朝だった。

 太陽を見る限り、昼に近いかもしれない。

 体に巻いた薬草で、だいぶ楽になっていた。が、血は足りないのでフラフラしている。

(なにか、何か食べ物を)と思いながら体を起こし、昨夜の事を思い出した。

「ナーシャ!」

 そう、ナーシャはどうなったのだろうか。

 ふらつきながら辺りを伺い、人影の無いことを確かめてナーシャの部屋の窓枠によじ登った。そうっと、息を殺してもう一度覗き込む。窓の中、カーテンの隙間の奥に、ナーシャがいた。枕元の薬師の婆さんに、弱々し気ながらもしっかりとした口調で応えている。

(良かった……、間に合ったんだ!!)

 涙が溢れて止まらなかった。これまでの全てが報われた気がした。

「え!?」

 そこへ、ナーシャの小さな叫びが聞こえた。急いでまた覗き込む。

「タルホの鞄に、血が……!?」

 聞こえた言葉に硬直した。

(……ヤバい)

 頭を抱える。

 そういえば、カバンを洗うのを忘れていた。タルホ本人の血も、ネズミの自分の血も混ざりあって、インナーバッグには大量の血がしみ込んでいた。

(そりゃ、あんなものをそのまま見れば、驚くよな……)

 状況が状況で仕方なかったとはいえ、失敗だった。

 手紙に「しばらく顔を出せないが、心配するな」と書いたことが裏目に出た。あれを読んで血を見たら、あの優しいナーシャが心配しない訳がなかった。

「くそっ、最後の最後で……」

 こんな簡単なミスをするとは。

 病み上がりの相手へストレスをかけてどうするというのか。

 しかし、こうなってしまってはもはやどうしようもない。ナーシャがおとなしくしてくれるよう、願うしかなかった。

「あたし! 探しに行く!」

 タルホは両手で顔を覆った。

(やっぱりかぁぁぁぁぁッ!)

 上手くいかない時は本当に全部が全部ままならない。

あんな状態で無理に森に入ったら、一瞬で【マモノ】の餌食えじきとなってしまうだろう。

(なんとか、なんとかしなきゃ……)

 必死で考えた。しかし、

(……くっそう……ッ)

 たった一つしか良い手は浮かばなかった。

(やるしか、ないのか……)

 やりたくなどない。そうするつもりなど無かったのだから当然だ。そこまで浅ましいつもりなど無かったというのに。それにそれをしたら、今よりもさらにナーシャにストレスを与えてしまうのは確実だった。

(けど、もう。そうしないとあいつは必ず森の中まで探しに来る、来てしまう……)

 そんなことをしたら本当に本末転倒だ。タルホの願いは叶わない。ならばもう、手は、一つだった。悔し涙をにじませて、ネズミのタルホは決意を固めた。


   ♢  ♢  ♢


 夜が来た。明かりの無い田舎の夜は、空気に墨を混ぜたかのような色濃い闇だ。

 そんな中、ベッドの中のシーツが動く。誰もがぐっすりと眠る時刻だったが、ナーシャは一人、起きていた。シーツの中で震えながら、眠れぬ夜を過ごしていた。

 無意識に心の言葉を口の中でつぶやく。

「タルホ……、タルホが助けてくれた。なのに今タルホはいない。村のどこにもいないみたい。鞄に血がいっぱいついていたって……。鞄と手紙と薬草だけ置いて、誰も姿を見ていないって……なんで!」

 少女の震えが止まらない。嫌な想像が浮かんでばかりで消えてくれないのだ。

「タルホ……タルホ……死んでないよね……? ちゃんとどっかで生きているよね……?!」

 そう口にした時だった。かぶっているシーツ越しに、部屋の中に風がふわりと吹くのを感じた。不思議に思って顔を出すと、病気になってから一度も開けられたことのない窓のカーテンがゆっくりと揺れていた。

 窓枠から小さく擦れる音がする。

 誕生日に我がままを言って、つけてもらった家で唯一のガラス窓。家の中で一番高価なそれが、ゆっくりと、ほんの僅かずつずれながら、微かな音を立てて開いてゆく。

「誰? 誰かいるの……?」

 体を固くし、恐る恐る小さくつぶやく。大声が出ない。誰も呼べず、ただじっと見た、その時だった。ふわりと、一吹き大きな風がカーテンをめくる。

 赤い目だった。たっぷりと乾いてこびりついた血だらけで、赤い目をした大きなネズミがそこにいた。

「ヒッ……ッ!」

 悲鳴が漏れた。突然の事態にさらに体を固くする。

 【マモノ】だった。人間の赤ん坊くらいの巨大なネズミが、人間の様に二本の足で立ち上がり、こちらを向いてじっと見ていた。

(なんで!? なんで【マモノ】が村の中に!?)

 しかもなぜ自分の部屋の窓を開けて入ってくるのか。

 さらにどうして二本の足で立っているのか。

 ぐるぐると疑問だけが浮かんで頭の中が埋まってゆく。

 が、それもネズミがゆっくりと歩き、部屋の中へと窓枠から飛び降りた瞬間までのことだった。

 あまりの恐怖に正気が戻る。

(逃げなきゃ! でも……)

 半月以上寝たきりだったせいで、上半身はともかく、下半身がまともに動いてくれなかった。

 足掻いているうちに目の前までこられてしまう。

「ヒッ」

 枕の横でネズミが止まる。体をずらしてベッドから続く壁に逃れた。が、そこで行き止まりだ。ネズミは下を向いていて目は見えない。

 目がそらせない。ベッドの真横のネズミの頭が、ゆっくりと上を向きナーシャを見た。赤い瞳と目が合った。

 とっさに水差しを手に取って壁にぶつけて割り、その欠片の一つを手に取って全力でその目を狙う。

(ただでやられてたまるもんか!)

 そう、この命はもはや自分だけのものではなかった。タルホがくれた命なのだ。

(粗末になんてできるもんか! 諦めて震えるだけの女でいてたまるか!)

 そのまま、今出せる全力で手の中の破片を突き出したその時だった。

≪タルホは生きている≫

「え……?」

 声が聞こえた。とっさに引いた切っ先がわずかに逸れて血が飛び散る。

 ネズミの瞳のすぐ横に、長く深い傷跡ができていた。一泊置いて血が溢れてポタポタ落ちる。

 元から傷や血だらけのネズミから、さらなる血潮が涙となって流れていた。

「な、なんで……?」

 疑問の海におぼれそうだ。どうして避けなかったのか。そしてなぜタルホの名前を知っているのか。

 先程の頭に響いた言葉は、この【マモノ】のものに違いない。

 自らがつけた深い傷と血を呆然と眺め、ナーシャは疑問を口にした。

「なんで、タルホのことを……」

 傷つけられても微動だにせず、ネズミはじっとナーシャを見ていた。偶然逸れなければ、目をえぐられていたというのに。

 それが分かっていながら、何の動きもしなかった。なぜ、という疑問の視線を突き刺し続けた。

≪頼まれたんだ、タルホから。ナーシャ、君を助けてって≫

 互いに逸らさないで見つめる目から、ネズミの心が念話で聞こえた。

 ネズミが念話でしゃべるとか、これだけ近いのに全く襲って来ないとか、特大の疑問がさらに増加し頭をめぐる。

 でも、全てはもう、ナーシャにはどうでも良かった。

 ただ、その一言。タルホが生きている。

 その一言のみがナーシャを打った。

「ホント、に……?」

 体が奮え、涙が溢れて零れだす。

 ネズミが静かに頷いた。

 そこへ、廊下の奥から大勢の走ってくる足音が聞こえた。先程の水差しが割れた音を聞いたのだろう。ナーシャを必死で呼ぶ声がする。

 ネズミが身じろぎし、去ろうとするそぶりをみせた。

「待って……!?」

 まだ聞きたい事がある。そう言ってすがる少女を振り切って、ネズミが窓に跳び上がる。そこでわずかに振り返り。

≪また来る。タルホからの伝言だ。せっかく届けたんだ、ちゃんと治せ、とのことだ。明日の夜、まだ会っても良いと思えたなら、窓の鍵を開けておけ。質問があるならばその時に答えてやる。ではまた、な≫

「待っ……ッ」

 伸ばされた手に背を向けて、ネズミは窓から外に出た。

 ナーシャには見えない顔に、苦々し気な表情を貼り付けて、悔しそうに噛みしめた歯を鳴らし、後ろで心配され問い詰められている少女の気配を感じながら、遠ざかった。


   ♢  ♢  ♢


 タルホは駆ける。止まらず走る。

 ネズミは、少女に姿を見せるつもりはなかったのだ。少女に負担をかけたくなかったからだ。少女の笑顔が見れたら去るつもりだった。

 だが、それでは少女は森に来てしまう。

 苦渋の決断で彼は少女に顔を見せ、嘘をついた。その嘘がこの先、どのような運命を招き寄せるかも知らないままに。

 ネズミが犯した幾つかの大きな失敗。

 これはその最初の一つとなったのだった。



次回は、⑧ 少女の選択その二 です。

早めの更新をめどに、頑張ります。

では、今年もよろしくお願いします。


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