⑤ 在りし日の心の支えとなれの果て その一
遅れてしまい、すみません。
とりあえず、五話が打ち込み終わったので、これだけ載せます。
六話は明後日にまた。
予告通りに二話分載せられなくてすみません。
PS.誤字脱字を修正しました。
あれから半日が経っていた。
体が元から自分の物だったと自覚したからか、体が軽い。時間が経つほどに二分されていた意識が合一され、本能が動かし方を思い出してきていた。
二羽の友達の見送りの声を体の奥で反芻しながら、僕は森の頭上を延々と走り続けていた。
(疲れ方が昨日よりも少ない。自覚と意識の落ち着きが、こうも疲れの無駄を省いてくれるものだとはね)
地面の腐葉土の上よりもずっと走りやすい、堅くて広いアフレアやオルダミスの枝から枝へ。その舗装された道路のような快適な道を、安全だと教わった道筋通りに進んでいる。そのせいも理由の一つではあるのだろう。半日走り通してもまだ、昨日の無様さには程遠い。
(もう少し頑張れそうだ)
時折、葉や枝の陰からとぐろを巻いて襲い来る、よく分からない何かの【マモノ】をスピードで引き剥がし引き離しながら、遥か地面へ降りることなく足を運び続けていた。
その疾走の旅にも区切りは来る。地面に比べて闇の薄い、光が届く高さであるゆえに長く走れた枝の上にも、夜の帳が降りてきて暗さが浸透した頃、ようやく僕は足を止め辺りを伺う。
(さすがに疲れた、かな)
息が切れる。だが、もうあのウロ穴のように気楽に眠れるほど安全な場所は存在しない。最短でもあと四日半。その間、満足に眠れる時は無いだろう。
(それでも僕は、【僕として】、自分で決めた道だから、後悔だけはしてたまるか)
目の前の小さなウロ。あの居心地の良かったものとは雲泥の差の貧相なものだが、見つけられただけ運がきっと良いのだろう。
真っ暗なそこへ、なけなしの音玉を一つ。「キーク!」呪文を唱えて投げ入れる。
大音量がこだまして、辺り一帯に響き渡る。近くの何かが逃げていく音。必死で逃げる気配がする。遠ざかって薄まったそれらが消えた。
(これで、よほどの馬鹿か無謀か、頭の良すぎる存在以外は、しばらく寄ってこないだろう)
中からは何も出てこない。気配も新たに感じられない。
ペーパーナイフを口に咥え、入り口に背を置いて覗き込みながらソロリと入る。何もない。奥の壁にもさらに奥へと続くような穴も亀裂も見当たらない。
僕はゆっくりと入り口から見て斜め奥に位置する壁にもたれて座り、ナイフの先端を入り口に向けて構えたままで目を瞑った。
薄く浅く最低限で眠りながら、そのまま朝が訪れた。うっすらと白けた闇が入り口の穴の外へと覗いている。襲ってくるものはいなかったようだ。だが、油断はできない。
コタンさんとコハクがくれた【オムス】の幼虫の一匹を噛みしめて食事を済ませ、僕は再度走り出す。
しばらくして、昨日からずっと、つかず離れずギリギリの遠くから追跡をしていた気配がまた、僕のアンテナに届きだしていた。
(やはり、追ってきている何かがいる)
近寄っては来ない。こちらが足を止めるとあちらも止まる。警戒値を一段また引き上げながら、一向に近寄ってこない不気味な存在を意識に留める。苛立ちを感じたが、あえて無視して進んでゆく。
まだ、先は長いのだ。気にしていても始まらないと己に言い聞かせて、その日はそのまま一日走り通し、変化のないまま夜になった。
その夜中、捜索に少し手間をかけて探し当てたウロの中から、昨日の要領で虫を追い出し、一晩だけの宿を借りる。
安全な位置に穴があるウロを見つけるのに手間取ったせいで、ロスした時間を取り戻すため、少しでもゆっくりしようと目を閉じた。が、すぐに煩くて目が覚めた。
気が付くと、ウロ穴の入り口に巨大な虫が列をなすほど群がっていた。ワシャワシャと節足が打ち合う音が聞こえてくる。その内の一匹と穴越しに目が合った。肉食の虫だったのだろう。こちらの身体の半分ほどの甲虫が、のそりと入って来ようとしたので、複眼を刺して仰け反らせ体重を乗せて幹から落とす。
穴から出てみて目を瞠った。
穴の周囲に大量の蜂蜜が塗りたくられ、その上に潰れた元がよく分からない何かの肉がいくつも張り付けられて異臭を放ち始めていた。
虫が大量に湧く訳だった。蜜食や肉食の虫たちが饗宴にまみれ、山になる程群がっている。
(こんなんじゃもう、この穴は使えないな……)
安心して休めないウロ穴など、ただの行き止まりだ。安全とは程遠い。
まあ、それは良い。良くはないが仕方ない。だが、
(少なくとも、穴に入った時にはこんなもの存在しなかったよね)
誰かが、これをやったのだ。何者かが。それも、嫌がらせの為だけに。
(これだけの事が寝ている僕に気付かれずにできるのに、襲っては来なかった。こちらを襲わず嫌がらせの為だけに、これほど手間をかけてまで、いったい誰が……?)
道中で薙ぎ払い振り払ってきた、大量の【マモノ】や獣たちを思い出す。彼らには動機がある。心当たりも当然ある。だが。
(これだけの悪知恵が、その辺の【マモノ】や獣にあるとでもいうのか?)
不可解だった。不条理だった。直接襲って来ずに、こういう事をしてくる理由が理解できない。
胸の内に、とてつもなく悍ましい、理由の解らない気持ち悪さだけが広がった。
その夜は、鳥や蝙蝠に見つからないギリギリの高さまで小枝や葉を伝い登り、木の又に座って眠らずに小さな星を眺めて過ごした。
朝が来た。【オムス】を半分だけ齧って、あとは仕舞って先を急いだ。
次の日の夜も、同じだった。
同様の手口が続いてウロ穴を追い出された。
いや、前より酷い。穴の中に蜂蜜の残りをぶち撒いていかれたのだ。すぐに気づいて外に出たが、大量の虫に阻まれ、逃げる後姿の一部しか見えなかった。
歯を食いしばってため息をつく。
疲れを取るために眠るのだ。危険だからと、独りなのに眠らずに観察している訳にもいかない。それでも、もう寝る気にはなれなくて、その日の睡眠は取れないまま、また星を眺めて過ごした。
次の昼間は寝不足だった。【オムス】も半分しか口にしてない。その状態のまま全速で走っていたせいで、油断が過ぎた。気づけなかった。
何かが飛んできて右肩の二の腕に近い辺りに刺さっていた。
急いで木の葉の陰に隠れ、そいつを抜いて薬草を当てて縛った。応急処置を終えて、持ち上げて眺める。
矢だった。小さな矢。何かの骨を大雑把に歯か何かで加工してあるようだった。不細工で不格好だが、それは確かに加工した矢そのものだった。
戦慄する。ゾッとした。道具を使う【マモノ】は想定外だった。それ以前に、眠すぎて、どこからどう狙われたのかすら分からなかった。
(いったい僕は、何と闘っている? 何に襲われているというんだ!?)
疲れた体に震えが走る。
(何が何だか判らない。けど、それでも、僕は止まる訳にはいかないんだ!)
矢を投げ捨て、逃げるように隠れていた幹の陰から飛び出し、がむしゃらに走り続けた。二射目は無い。が、あるかもしれない。また、そこの茂みの葉の奥から狙われているかもしれないのだ。
疑心暗鬼で足がもつれる。ストレスでさらに体力・気力が削れていった。血はまだ滲んでいる。薬草を当てたとて、すぐに治るわけではない。
がさりと右手で音がした。すぐに左へ進路を変えた。左から音。今度はまた右。斜め右の上から音。めくらで飛び込んだ茂みの先に滑り台のように下降する枝があった。どうしようもなしにそのまま下まで滑ってゆく。その着いた下の階の目の前でも音。右へ左へ。何度も同じような事を繰り返された。悔しくて仕方なかったが、眠気と考える隙のない攪乱で、誘導されていると分かっているのに音のしない方へ方へと誘われ、追い立てられた。
そうして逃げ込んだ先は、三方を幅広の枝に壁の様に囲まれた、部屋のような区画だった。全ての壁は高く、ツルツルしていて登れそうにない。袋小路だ。
(やられた……ッ)
いつの間にやらかなりの下層まで誘導されていたらしい。辺りの暗さも闇に近い。
(意図的に追い込まれた? まさか!?)
引き返そうとして振り向こうとした瞬間、本能で前方へ身を投げ出して転がった。背後で重量音が響き渡る。転がりながら体制を整え振り向くと、入り口のツルツルの壁の上から二体の【マモノ】が飛び降りて道を塞いでいるのが見えた。
左には1mを超えるカマキリ。右手には1.5m近い大型の猫の【マモノ】だ。
(【マモノ】同士ならお互いに殺し合ってろよ!!)
しなくていい連携なんてしてるんじゃない、と突っ込みで叫びたかったが、たぶん自分の撃たれた傷から流れている、この血のせいなのだろう。盛大に滲んで臭っている。
弱っている相手がいるなら先に殺る。
(まあ……分かるけどさ……)
それでも、今は最悪だった。最悪の状況で最低のタイミング。
痛みと傷の熱で弱った体。厳しい眠気。そして武器は、丈夫ではあるが刃の鋭くないペーパーナイフ一本のみ。
「くッ……」
弱音が漏れる。ここまでなのか。
(それでも……それでも……!)
息を整え武器を構えた。四つ足に力を込めて口に咥える。
「突破してやる! 僕の決意を甘く見るなよこんちくしょう!!」
叫ぶと同時に二匹の間、中間点へと姿勢を低くしロケットのごとく走り込む。
「御覧じろ、クソ観客!」
両側から鎌と爪が振り下ろされる。それを引き延ばされた時間間隔でゆっくりと眺めながら、小さな玉を両手で二つ投げ上げた。
爆光がほとばしる。光の壁に飲み込まれ、二匹の【マモノ】が悲鳴を上げてよろめいて、二匹の武器が互いをかする。激高した怒りの声が二重音声でこだました。
「二発同時の大盤振る舞いだ。満足したなら巣に帰れ! この食べるばかりのごく潰し共が!!」
万力のようにナイフを歯を噛み固定して、思い出した体の使い方の本能のままに体をバネのように回転させる。ギリリと捻じれて絞られる。体がどんどん軽くなる。魂と本能から鼻血がでるまで限界値までフィードバック。
「覚悟の強さを甘くみんな」
鞄から事前に取り出していた彫刻刀型のノミを尻尾で握り、目を閉じたままバネを解いて戻る回転力で全力全開で、当てずっぽうでカマキリのいる方へと投げつけた。
悲鳴。どこかには当たったらしい。未だ収まらぬ光幕の中、鎌がめちゃくちゃ振り回された。それが猫型にも当たったらしい。二匹の絶叫が響き渡り、そのまま互いに戦い始める。
(今だ!)
体を平たくして世界精霊に祈りながら、枝の無い空間へ全力でヘッドスライディング。殺し合いを始めた二匹の隙間をギリギリ抜けて、囲まれた空間を突破した。
(い、生きてる……まだ生きてるよ僕!)
そのまま涙目で振り返らずに前へ前へと疾走する。
気づいた二匹が傷だらけに血を流しながら意味不明の叫びを挙げて追ってくる。こちらも全速だが、すぐにでも追いつかれそうだ。
光の収まった闇の向こうを横目で見ると、地面に突き刺さった巨大な倒木が様々な角度でいくつも見えた。倒木があるということは、それだけ地面に近い最下層付近まで降りてきてしまっているということだ。この低さになると、次に高い枝までの距離がありすぎて、翼があるか巨大な爪があるかでないと、この身体ではもう登ることはできないだろう。
せっかくのアドバンテージが儚く消えた。策略に嵌って消してしまった。まだ、一日以上もの距離があるというのに。
「……それでも!」
僕は叫んだ。
まだ、体は動く。荷物も無事だ。大怪我も幸い負っていない。この身体で何ができるか、それらも思い出してきていた。何も考えず本能でできていた動作の数々。それらを考えて使えるようになってきていた。ならば、いけるはずだ。きっといける。
走りながら最後の餞別の虫を口に入れる。
友情の味がした。力が漲る。
「ここからは、もう、休憩は無しだ。着くまで止まらずに走ってやる! 必ず……必ず……死んでも必ず届けてやるぞ!」
一日半があれから過ぎた。
あの後も何十回と小さな矢に襲われた。死角から飛んできて体に当たった。骨を元に加工した手作りだ。たぶん歯で噛んで作ったものだろう。こちらが油断しなければ、気を付けて全力で走ってさえいれば、そうそう当たっても刺さるものじゃない。
だが、当たれば血が出るのも当然で。それを目当てに襲ってくる【マモノ】も当然増えた。全速では避けることもままならず、体中から流れた血潮が全身の毛を赤く染める。【マモノ】の血も赤いのかとか考える暇すらなく、臭いに釣られた大型の【マモノ】とも何回もエンカウントするはめになった。
思い出した体の使い方、回転とバネの動きで何とかけん制したり追い払ったり、時折は運よく倒せたりと闘い抜くことはできたが、怪我もかなり負ってしまった。
音玉も光玉も使い尽くした。彫刻刀型ノミもとっくに全て投げ終えた。人間のままだったら、何百回死んだか分かったものじゃない恐ろしく濃密な一日半だった。
致命傷が無いのが不思議なくらいの御の字だった。だが、全身に刻まれた模様のような傷跡により、そろそろ血が足りなくなってきているのも確かだった。
滲む血液が鞄に染みて、それでも。真っ赤な姿でヨロヨロしながら、フラフラながらも走る速度は緩まらない。覚悟と意地で緩めなかった。
ふいに、視界が開けた。木々が途切れた。
抜けた森の眼前の広がる草原のその先、大きな岩場の麓にぽつんと、小さな村の姿が目に入る。
走りを止めないままで、歓喜の叫びを心で叫ぶ。
(あった……あった! 方角は間違ってはいなかった! とうとう……とうとう辿り着いたんだ、僕は! ……ナーシャ、ナーシャ! 生きていろよ、今、薬草を持っていくぞ!)
涙に濡れて最後の数分を駆け抜けようとした刹那だった。
黒い影が道を塞いだ。森から出てきたその影は、タルホを追い越し後ろ足で立ち上がる。急ブレーキをかけ、足を止め対峙する。
目の前に【マモノ】が一体立ち塞がっていた。ネズミの数倍はある全身のすべてを使って村への道を遮っていた。
「お前、は……!」
真っ赤な目。鋭い爪。狡猾そうな怒りの視線。それは、一番最初に倒したはずの、イタチの【マモノ】の姿だった。
次は、六話です。
ネズミがさらなる真実に苦悩します。
お楽しみに。




