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命輝戦記~黒憶の森の物語~  作者: てんもん
ネズミの章
4/7

④ 友達と覚悟と望みと我思う その二

本日は、もう一話更新しています。

こちらは二話目です。

前の三話を読んでから、よろしくお願いします。

《私にも、だと?》

 僕の応えの答えに、知性の瞳の鳥が反応した。教え諭すかのような疑問の言葉を復唱する。タルホは覚悟を決めて腹を据えた。

(これは、問答だ。賢者の【問答】に怯んで遅れをとるわけにはいかない。たとえ、新米だろうとも、自分は師父から皆伝を受けた賢者なのだから)

「そうだ。餌としてだろうと何だろうと、あの瞬間、空中であなたが掴んでくれなければ、自分は死んでいた。だから、あなたの子供であり、一緒に遊んだこの子を、傷つけたくないと思ったんだ」

《それは、喰われても、か?》

「食われるのは嫌だ。まだ目的を果たしていない。だから、傷つけないで何とか逃げようと思ったんだ」

《ここから、飛び降りても、か?》

「そうだ」

《……》

 親フクロウはその答えに、首を回して考えている。じっと、こちらの目を覗き込んで探っていた。目を逸らさずにこちらも覗く。どちらも譲らず瞳の奥の写る自分の顔を眺めた。

 お互いに覗き込んでから30は数えたろうか。フクロウの顔が遠ざかり、爪が力を抜いて床に置かれた。

《どうやらお前は、ただの【スーク】という訳ではなさそうだ。今しばしの間、生かしてやろう》

 【スーク】とは、【マモノ】の言葉でネズミの意味だろうか。

(まさか、【マモノ】にも、名付け分類の概念があろうとは)

 今日は驚くことがいっぱいだった。人生死んでからも学ぶことが多いらしい。

《スマンな。今日は、【オムス】の幼生で我慢してくれ》

「ピーホゥ」

 ニコリと笑顔で頷いて、親フクロウから渡された巨大な虫の幼虫にヒナが食いつく。どこかホッとしたような感じが伝わってくるのが、嬉しかった。

 一匹だけ分け前をもらい、久方ぶりの食事につく。残念ながら、虫の生肉は美味しかった。

(これは、体が美味いと思っているのか、心が美味いと思っているのか、どちらだろう? 興味が尽きない)

 ひとしきり笑顔で食事をした僕たちは、満足した腹を抱えて話の続きを再開した。

 先ほどの約束通り、【マモノ】と【人間】、【マモノ】と念話を含めた【術体系】、それぞれの言葉と概念と意味と違いと名付けの分類の起源にいたるまで。議論を僕らはじっくり交わした。議論の話題は尽きることを知らず、合間に少々退屈気味のヒナを両側から撫でまくり満足した声を上げさせる。そうしてそんな宴は夜まで続いた。

 強張って疲れていた体と頭がゆっくりと元に戻ってゆく。先を急ぎたいのも山々だが、休める時に休んでおくのも必要だった。あのままここに連れてきてもらわずに進んでいたらと思うと、寒気がした。

 気がつくと、星がホラ穴の先の空に見えていた。

 ヒナは静かに寝息を立てて丸まっている。視線を合わせ、苦笑して、有意義な議論の時を僕らは終えた。満足だった。

 本当に今すぐ論文が百本は書けそうだった。うずうずして、飽和した頭の知識が温かかった。

《スークよ》

 そこへ、これまでとはトーンの違う声がかかった。僕は浮かれた顔を引き締めて、フクロウの方をじっと見つめた。

 愉しげな雰囲気も気配も立ち消えて、重々しい口調で再度詰問される。だが、その眼差しは最初と違い気遣いに包まれていて、鋭く真摯だ。

《【スーク】よ。おぬしの目的は、本当にそれで良いのか? 本当にそれに命を懸けてもよいと思っておるのか?》

 その疑問は、議論の中で伝えた、僕に人間の心が乗り移った件に関することの続きだった。

「勿論です。しかし、どういう、意味でしょうか?」

 真剣には真剣を。僕は真摯に答えを返し、そして再度疑問を返す。疑問に答えないまま疑問を返してはならない。鉄則だ。

 フクロウは、小さく長くため息をつき、そして鋭さを増して話し出した。

《我はここで長く生きた。数えてはいないが、多分人間一人の一生よりは長いだろう。だから、その間に、おぬしの様な状態の者にも二度程出会い、知っておる。だがな、よく聞け【スーク】よ。その二名とも、それほど長くは存在してはおれなんだ。意識を永く保ってはおれなんだのだよ》

 聞いた瞬間、体が強張った。意味が分からない。なんだ、どういうことだ。

「それは、いったい、どういう……?」

《おぬしは自らを、人間だと思っておろう。体はともかく心はそうだと。だが、それは間違いだ。おぬしは【スーク】、【ネズミ】だ。ネズミのままなのだ。心が宿った訳ではない。魂が乗り移った訳でもない。ネズミの心と体が人間の記憶と意識を覚えただけで、別の者だ。本人ではない》

 顔が、強張ったまま元に戻らないことにも気づけなかった。その驚愕の真実はさらに言葉となって続いてゆく。

《人の魂が移ったなどということは、無いのだよ。魂などというものは、無いのだ。少なくとも我は感じたこともありはしない。おぬしの心はネズミ、ずっと【スーク】のままなのだ》

「そんな……!」

 嘘だと叫びたかった。こんなにも人間だった頃の記憶が鮮明に思い出せるのに。楽しかったこと、悔しかったこと、怒り、ねたみ、恨みと諦観そして、それ以上の喜びと大切なもの。

 それらが手に取るように目の前に存在する。それが、間違い、だなどと。

 そして驚愕の事実はさらに続く。

《そして、その記憶も永くは保たないのだ。【スーク】の、【マモノ】の体に人の記憶は大きすぎ、重すぎる。だから、すぐに薄れてゆく。長く保っても限界は30日が良いところだろう》

「そんな……」

 全身が痺れて力が抜けてゆくのが分かった。

《それでも、残り少ないその状態の時間を、まったく関係の無い人間の女の為に使うのか? 種族さえ違う、会った事も無い他人の女だというのに》

「……」

《おぬしさえ良ければ、その記憶が消えるまで、ここにおっても良いのだぞ。ヒナの相手をしてほしい。人の女の下へ向かえば、二度と我らは会えぬだろう。人は、薄情だ。薬草を運んだおぬしを殺すやもしれん。いや、きっとそうなるだろう。それでも、行くのか?どうなのだ。【スーク】よ》

「………少し、考える時間を、下さい」

 あまりの内容に、それだけ言うのが精一杯だった。

《よかろう。存分に考えるが良い》

 フクロウがウロの穴から離れて、奥の方へと体をどかした。僕はウロの縁に座り、遥かな空と地面を眺めた。

 衝撃だった。驚愕の内容。だけど、心当たりは確かにあった。人間のはずの僕が、この乗り移ったすぐの体の動かし方をなぜ完璧にマスターしているか、とか。小さな疑問は確かにあった。

 自分は、人間が生まれ変わった訳でもなく、魂が乗り移った訳でもなかった。他人の記憶だけが転写されただけの、ただのネズミなのか。そしてたったあと一ヶ月でそれも消えて、ただのネズミの【マモノ】に戻るというのか。

(ナーシャは会った事も無い、種族さえもとから違う赤の他人でしかないっていうのか……)

 これほど、顔を見知っているのに。こんなにも一緒にずっといて、大切にしたいと思っていた。それも全て、他人の気持ちで、自分のものでは無いというのか。

 ヨロヨロと穴の外に出る。一人では遠くまでは行けないが、一番近くの芽吹いたばかりの新芽の枝までは、落ちずに行けた。一人で行けるのはそこまでだった。

 フクロウはじっと見つめながらも自由にさせてくれた。

 目を覚ましたヒナが、心配そうにウロから見ていた。

 その目は二つとも、とても優しかった。

(この、仲良くなれた相手と別れてまで、赤の他人の為に残り少ないこの状態の日々を費やすのか?)

 命を懸けてまでそれはやるべきことなのか。

 空を見上げる。黒に月と星の色が混ざって宝石みたいに回っていた。梢にもっとも近い場所だからこそ見える色だ。いつもの土の、腐葉土の上では、見ることは叶わない光景だ。

(この認識も、あと30日、いや、29日、なのか。それだけしか保たないのか。29日経ったら、またあの何の思考も認識も時間の感覚も、感動すらない、ただ生きるだけのネズミの心に戻るのか)

 夜の冷えとは別の寒さで心が凍えた。

(嫌だ! 戻りたくない!)

 知ってしまったのだ、感動を。持ってしまったのだ、知識や友達を、議論を交わすことの楽しさ、得ることの嬉しさを。考えることそのものの心の熱さを。

(手放したくない! もし、手放さなくてはならないのなら、その全ての残りを最期まで、自分の為に使いたい! どうしよう、そんな気持ちが、欲望が、望みが溢れて止まらない!)

 涙が出てきた。何度も暗い地面に向かって胃液を吐いた。

 吐き疲れた頃、隣に親フクロウが静かに舞い降り、留まる。

《もう一つ、伝えておこう。この森の奥深く、中心部の地下に繋がる洞の中に、我ら【マモノ】の力の基となる輝石の鉱脈がある。その欠片を喰らえば、今の記憶と心は定着する》

「本当ですか!?」

 藁にもすがる思いで聞いた。

《本当だ。実は、我も同じなのだよ。だから、本当だと言えるのだ。だが、おぬしの体の移動速度では、そこまで早くとも25日は掛かるだろうな。ギリギリだ。そして、分かっておると思うが、その女のいる村までは、5日は掛かろう。つまり》

「……そちらに行けば、間に合わない。僕の心は消える……そういうこと、ですね……?」

《そうだ》

 くしゃりと、顔が歪むのが分かった。ネズミにも表情筋ってあるんだとか、関係ないことが取り留めなく心に浮かぶ。その心も、保ってあと29日、なのだ。

 涙がまた出た。それでも、欲望に身を任せられない自分を馬鹿だと思った。

 目をつむる。まぶたの中に色とりどりの星を刻んだ。

 目を開けてフクロウを見る。

《……やはり、行くのか》

 こくりと、頷くことで答えた。

 フクロウがため息をつく。

《我以外にこれまで見つけた二つの者も、どちらもおぬしと同じ答えであった。一名は目的を果たしたが心が消えた。もう一名は戻ってすらこなかった。我のみが欲に負けた。その我のみが未だ存在し続けておることが、皮肉でなくてなんであろうか》

 初めて、フクロウの悲痛な響きが溢れ出た。

「………フクロウ、さん……」

《我の名は、コタンだ。そう呼ぶが良い》

「……コタンさん。僕の名前は、【タルホ】です」

 敢えて、人間としての名前を伝えた。

《タルホ、か。覚えておこう》

 それを分かっていて、フクロウさん、コタンさんは覚えてくれた。

《せめて今夜は、泊まってゆけ。ゆっくり眠りを取るが良い。そして一つだけ頼みがある。ヒナに名前をつけてやってくれぬか。あやつは我らの様に言葉を喋れるようにはならぬだろう。心も小さい。だが、おぬしのことは好いておる。食べ物と分かっていながら我慢する位には好いておるのだ。頼めるか?》

「承知しました。良い名を、必ず贈らせてもらいます。……ありがとうございます、先輩」

《息災でな。せめて、生き延びてもう一度顔を見せに来い》

 その夜は、ウロ穴の敷き詰められた木の葉の中で、寝落ちするまで語り合った。目の覚めてしまったヒナも参加して、くすぐり合って笑って遊んだ。

 翌朝、気持ちよく早起きした僕たちは、コタンさんが狩ってきてくれた【オムス】でゆっくりと食事して。そして旅の支度をした僕を、二人して見送りに、穴の外、一本下の枝の先まで一緒に来てくれた。

 コタンさん曰く、ヒナ以外を背中に乗せたのは初めてだとのことだった。嬉しかった。

《タルホよ、約束の名は、浮かんだか?》

「はい」

 僕は元気に返事して、ヒナの前に立ち、微笑んでその瞳を見た。ヒナも細めて返してくれた。

「友達よ、君の名前は、【コハク】だ。受け取って、くれるかい?」

「ピーホウピーホオウ!」

 気に入ってくれたらしい。両羽を上げてバサバサダンス。くるりと回って羽毛の腕で抱きしめられた。

「ピー……ホーゥ……」

 寂しそうに惜しんでくれるその声に、短い手足で抱きしめ返す。

(この人としての記憶がただの借りものならば、この【コハク】が僕の、生まれて初めての友達ということになるのだろうな)

 目頭が熱くなる。鼻の奥がツンとした。

《良い名だ。感謝する、タルホ・グーニー》

「いえ、それには及びません。友達、ですから」

《そうか。ならばこちらも、ヒナの友へ、別口で餞別を渡さねばな。タルホよ、こちらを向くがよい》

「……? はい」

 面と向かって顔を見合わす。

《タルホよ、おぬしは、人の記憶の中では念話の使い方を知っておるやもしれん。だが、その体で使ったことは、まだない。そうだな?》

「はい」

《ならばそのコツを教えよう。我ら【マモノ】が使うには、人とは違うコツが要るのだ》

「ありがとうございます! それで、そのコツというのは」

《急くな、今から言う言葉の意味を覚えておけ。

 一つ、疑うな。相手がどれだけ訝しみ拒んでも、おぬしは決して伝わることを疑うな。二つ、恐れるな。心に浮かぶものの全てが相手にさらけ出されようとも、決して怖がってはならぬ。そして三つ、常に願い、常に祈れ。本当に伝えたい相手へ伝わって欲しいと思うなら。その間中、その相手から顔を背けてはならん。例えその相手が、こちらを殺そうとしたとしても、だ。できるか?》

「………はい」

 コタンさんの目を見て僕は応えた。

《我らは【マモノ】だ。マモノ同士が向き合ったなら、基本必ず殺しあう。相手が人だとしたらなおさらこちらを殺しに来る。その中でなお、先程の言葉をずっと守れるか。守れぬのなら、使うことは止めておけ》

 思った以上に大切なことだった。

(忘れない。心に刻んで忘れるものか)

「ありがとうございました! 餞別、しかと受け取りました」

《うむ、達者でな。もう一つの約束も、忘れるでないぞ》

「はい! 必ず生きて、もう一度会いに来ます!」

 そして僕は、二羽の元を後にした。

 何度も振り返り、葉擦れの奥に見えなくなった。

 「「ホー!」」という二つの声がこだまする中、僕は力の戻った足先で、巨大な枝を蹴り続けた。


これでストック終了です。

次の下書きは途中まではありますので、来週末くらいには多分、投稿できると思います。

次話五話 「在りし日の心の支えとなれの果て その一」

楽しみにしていてもらえると、嬉しいです。


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