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命輝戦記~黒憶の森の物語~  作者: てんもん
ネズミの章
3/7

③ 友達と覚悟と望みと我思う その一

三話目です。

本日は、もう一話投稿します。

よろしくお願いします。


 静かに木陰がざわつき動く。

 高鳴る鼓動が音の無い音にリンクするように、シンとした世界の響きが圧力となってマクロのノイズに増幅される。

 耳ではないどこかで聞こえたそれに従い、右足に力を込めて斜めに移動。

 勘だった。横っ飛びにズレた己れの残像に、得体の知れない口と歯が断頭台の刃を鳴らして噛み合わされた。バネの動きで瞬時に戻る。それが何者だったのか、確かめる余裕などありはしない。一息する度に十歩は疾走り、恐怖を置き去りに機械の様に進み続ける。

 そんな光景が数秒ごとに、先程からずっと十分以上続いている。息が切れるより先に気が触れそうだ。

(こ……ここまでとは……! 森の貪欲さを舐めていた、過小評価していた! 人間だった頃の自分があんな奥地までは入れたのは、獲物を奥へと引きずり込む為の罠だったとしか思えない!)

 まず間違いなくきっとそうなのだろう。滅多にいない極上の獲物だったに違いない。そんな垂涎の代物を、このネズミは我慢しきれずに先走ってしまったのだろう。森中から怒りの波動が伝わってくる。またも口だけが二つ茂みと地面から伸びてきて、かわす。憤りを浴びせながら、上下と左右で挟まり閉じる。

 超高速のカスタネットだ。それが無数に藪から伸びては歯音を立ててまた消える。ダンジョンの宝箱前の罠のように自動のリズムが止まらない。

 この【マモノ】の身体でなければ、とうに力尽きて、餌食と消えていただろう。だが、笑みを浮かべるのはまだ早過ぎた。

 直後、息がもつれて爪先が土に捕られてつんのめってわずかに浮かぶ。頭上を刃がかすめて過ぎる。偶然に助かった。が、また走り出しながらもさすがに限界が近いことを、認めざるを得なくなった。

 どこかで一旦、休まなければすぐにも終わる。だが、

(……休ませてなんか、くれないよねえ……!)

 当たり前のことに涙を流して脳裏で愚痴る。逆に笑い出しそうだ。

 珍しく登り坂となる地形に、足先に力を込める。

 この森では珍しい巨大な岩が土から突き出し、小さな崖の様になったそこをスキーの様にジャンプする。すぐに失敗を悟った。下に目をやり絶望のうめきが漏れた。

 着地地点に口だけカスタネットの蠢く何かが集合し、鍾乳石のように林立しながら無数にわしゃわしゃカチカチと、歯音を奏でて笑っていた。

 最悪だった。空中では身動きが一つも取れない。体が落下してゆく。悔し涙が両の瞳から溢れ出した。

(ゴメン! ゴメン、ナーシャ……!! チク、ショオォォォォォッ!)

 張り裂けそうな怒りと共に、せめて一太刀と鞄のペーパーナイフ腕を伸ばした。

 その刹那だった。歯ではない羽音が響き、首にかけた鞄ごと、どでかく伸びた鉤爪でガシリと掴まれ空を飛んだ。

 滑るように闇の隙間を縫い込んで、遥か梢に運ばれてゆく。悔しそうなカスタネットの歯軋りが遥か後ろに置き去り消える。

 闇の中、風鳴りが耳の奥まで響いている。見えない暗さで障害物の気配だけが何度もすぐそばで風を切って過ぎ去った。

 いくつもの繁る枝を超え、リスだのヘビだのの形をした凶悪顔の【マモノ】の光る視線を尻目にして、ネズミのタルホはあんぐりと口を開け硬直したまま空を行く。

(……ハッ!)

 気が付いた。口を開けたまま現状を把握する為、体を捻って上を向く。伸身のムーンサルト。

 ふくろうだった。大きな目と鋭いくちばしに涎を貯めた猛禽だった。

 一難去ってまた一難。にも程があるだろうと怒鳴りたくなるが、我慢する。状況の分からない今は、いたずらに刺激する訳にはいかない。掴まれているのは右の肩と鞄だった。鞄を捨てて身を捻れば抜け出せそうだ。

(でも……!)

 落ちてどうする。それ以上に鞄を捨てて、中身を捨てて、どうするというのだ。命よりも大切な目的を捨てた上で、拾う命などあるものか。

(覚悟を決めろ、タルホ・グーニー! 巣まで運ばれたところで、そこが勝負のしどころだ!)

 覚悟を決めて力を抜いたら急速に眠気が来た。

(え、……それどんだけ間抜け!? ヤ、ヤバ…………)

 瞼が落ちるのが止められない。それだけ疲れていたのだろう。

(嘘、だろ?! そん、な……あ、ほ、な…………ッ) 

 間抜けなことに間抜けなタイミングで、間抜けにも程がある脱力した顔と体の体勢で、哀れにも恰好をつけた直後の場面で最凶の睡魔に負けてネズミは沈んだ。


 目が覚めたら、羽毛布団に包まれていた。

 天井すらない知らない空が青くきらめく。

 巨大な木のうろ穴から覗く丸の先には、雲の棚引く空があった。

 全力で身じろぎ。抜け出そうとした矢先、がしりと掴まれ引き戻された。

 恐る恐る振り返る。まん丸の大きな瞳の子供の鳥が、ニコニコしながらこちらを見ていた。小首を傾げ、90度。折れそうなこの曲がり方は、フクロウに違いない。

(あのフクロウのヒナだろうか?)

 くちばしの先で背中をつついておどけてくる。

(可愛いことは可愛いが、……でかいな)

 ヒナの段階で、自分の背丈よりもさらに高いとか、高すぎるだろう。

 周りを見回す。木洞の中に親鳥はいないようだ。というか、その間もずっと、遊んで遊んでとでもいうように、甘噛むように突いてくる。いやまさに、その通り、遊んでほしいという意味なのだろう。

(まず間違いなく朝食用の自分にそれを云うのだろうか、この鳥は)

 無理やり引きずりながらウロ穴の縁から外を覗く。嬉しそうに着いてくるヒナ。下を見る。確実に落ちたら潰れるだけの距離があった。

(ほとんど梢に近い場所じゃないか、ここ)

 樹冠に一番近い高さの巨大な枝の付け根の穴だ。

 ため息をつく。対処法は一つしかない。

(この子フクロウに取り入って、食べたいけれど食べられない、そんな友達に僕はなる!)

 呆れてはいけない。白けていられる時間は既にないのだ。たぶん餌を探しに行っているだろう親鳥が帰ってくる前にことを終えなければならないのだ。

 全速でウロの中を走り回り、全力で自分より少し大きめのキングサイズのヒナを押し倒しては揉みしだいた。雛鳥は大きな瞳を見開いて、笑顔になってホーホー笑う。

(楽しんでもらえているようで何よりだ。まずは成功!)

 第一段階は無事ミッションクリア。次は親が戻る前にもっと仲良く親密になっておかなくてはならない。何かが違う気がしたが、大丈夫、焦っている時ほど頭は回らないものなのだ。

「全力でオトしてやるぜ!」

 わざとおどけて自分を鼓舞し、尻尾をくるりと丸めたり、バネの様に伸ばしたり戻したり、ムチのようにヒュンヒュンしたりタプタプしたり、弦のように歯で弾いて音を出してビヨビヨしたり。

 何度も追いかけっこをして爪をかいくぐり、くちばしをかわしては飛びついてくすぐって地獄の先を見せたりと。それはもう命がけで遊び倒した。一歩間違っていたら死んでいたような気がしないでもないがきっと何かの間違いだろう。

「ピーヨピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ!」

 ホフホフホーホーと、ニッコニコ顔で満足した気に、羽毛の腕でこちらの頭を撫でてくる。

「オチたな、ククク……」

 悪人みたいに悪い顔で笑う自分がそこにいた。ちょっと自己嫌悪になりかけたのですぐに止める。

(全て、出し尽くしたぜ……これで、友達は食べられない! となってはくれないものだろうか……?)

 チラリと横目で羽毛の隙間から覗き見る。いつの間にやら、もう片方の翼でお腹を押さえて唸っている。苦しそうな表情で次第に目尻が困ったように下がってゆく。お腹がすいたとどこかの虫が鳴いていた。

 横目で見返された。じっと見ている。猛禽の目だった。

(ですよね――ッ!)

 雛鳥は少しだけ哀しげに目を伏せて、次に目を開いた時にその目は、獲物を求めて血走っていた。慈悲は見えない。

(しょせんは【マモノ】、是非もなし、か……)

 遊んでいたさなかに見つけておいた鞄の中に手を入れて、ペーパーカッターを引き寄せる。鞄の中で相手に見えない位置でしっかり握る。瞬時に口に咥えて突進すれば、今なら、今ならまだ、この子供一羽なら、倒せる。そう思い力をこめる。だが、

(………どうして、抜けないんだよう……!)

 こしらえの付いたさやから、カッターを抜くことができなかった。こちらがほだされてどうしるのか。本末転倒のミイラ取り。

(だが……けれど、だけれども!)

 一緒に遊んでくれた相手など、幼なじみを除いたら、この子鳥一羽だけだったことに気がついてしまった以上。もう、刺せなかった。

 ペーパーカッターを鞄の奥に仕舞う。バックを首にかける。

(このヒナは、殺せない。でも、だからといって、まだ食われてやる訳にはいかないんだ。今はまだ!)

 猛禽の目で哀しそうにこちらを見るヒナに目をやる。あちらも躊躇ちゅうちょしてくれているのだろうか。なら、少し嬉しいなと、そう思った。

(ゴメンな……)

 逃げきる為に飛び降りる覚悟を決めて、ウロの出口に目を向けた時。じっと見ているデカい瞳に気がついた。親鳥だった。親フクロウがいつの間にやらそこにいて、こちらを見ていた。

 真っ直ぐ全てを見透かすような瞳だ。

 硬直する。震えることすらままならない。睨まれた蛙ならぬ、ネズミだった。

(……あ、死んだ……)

 本気でそう思った。

 のそりとウロ穴に入ってくる。巨体が器用に小さな穴をすり抜ける。空間密度が一気に上がった。ヒナが親鳥に甘えてゆく。こちらは体が動かない。その間も、親フクロウの視線はこちらに向けられたまま離れなかった。

《なぜ、反撃しなかった?》

 声が聞こえた。親フクロウのいる方向だった、

(喋れるのか!? ……いや、これは)

 自分に【マモノ】の言葉が分かることにも驚いたが、そちらは体が【マモノ】だという理由がある。だが、フクロウの声帯でどうやって、そこまで考えて、フクロウの喉が動いていないことに気づく。

(違う! これは、【念話術】! まさか【マモノ】にも使える者がいるなんて……!)

 それは、人間の【術使い】たちが、修行の一番初めに教わる術の一つ。口頭で長い呪文を口にしていたら、いくら時間があっても足りないし、いざ闘いとなった時に術使いが不利になり過ぎる。

 だから、動きながら術を唱えられるように、念話の技術を磨くのだ。まずこれができない者は、術使いにはなれない。だが、その技術は秘中。弟子にしか教えないと塔の師父は言っていた。それを、まさか【マモノ】の鳥が使えようとは。

(これも、【マモノ】の能力の一つ、ということか)

 いや、もしかすると、人間の【念術】というものも、【マモノ】たちの能力も、元は一つ。たった一つの体系で通じて説明できるものなのかもしれない。

 もし人に戻ることができたなら、賢者として論文を何本も書けるだけの多分な閃きを得てしまった気がするが、少なくともこの瞬間の危機を乗り越えるには何の助けにもならないことでもあった。

(惜しいな……色々、誰かと議論を戦わせてみたかったが)

 そう思ったときだった。もう一度、声が聞こえた。

《ホウ? ならば私と議論を交わしてみるかね?》

 驚いて目を見開く。議論という概念が通じたこともだが、それ以上に、その会話の話し方の落ち着いた深みの深さに驚愕の思いを強くする。

(なんだ、これは。これじゃ、まるで……)

 【賢者】。その言葉が脳裏に浮かんだ。それも、自分など比べ物にならぬ程の高みに至った賢者の深み。なぜ、こんな黒の森の奥深くの【マモノ】の鳥からそれを感じるのか。何かが思い浮かび、どこかのピースがはまりそうになり、心臓が震え始める。

《だが、まずは先ほどのこちらの質問に答えてからだ。気に入らぬ答えならばすぐに腹に収めてやろう。さあ、答えよ》

 目線をそらしただけで、すぐに引き裂かれそうなほどの威圧とともに、眼前に巨大な嘴と爪があった。目の前のそれを唾を飲み込み見つめながら、意を決して口を開く。

 心の中で答えても、多分きっと伝わるのだろう。それでも、口に出して答えるのが礼儀だと思った。このフクロウには、そういう礼を尽くすべきだと無意識にそう思ったのだ。

「助けたい相手がいる。僕はそいつに恩をもらったから、恩を返したい。だから今ここで死ぬ訳にはいかない」

 僕の答えにフクロウは首を傾げる。

《ならばなぜ、武器を収めた?》

 僕は胸を張ってそれに答えた。

「このヒナ鳥にも、恩を感じたからだ。そして、それは、あなたにも」

 堂々と、視線をまったくぶれさせず、僕は目の前の知性の瞳に応えていた。




次の四話も投稿します。

「友達と覚悟と望みと我思う その二」です。


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