表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命輝戦記~黒憶の森の物語~  作者: てんもん
ネズミの章
1/7

① 赤の世界と黒の世界

心の在り処と、勇気と決意と小さな冒険の物語です。

少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです。


一日に一話ずつ、まず四話だけ連載します。

続きは、また後日に。

よろしくお願いいたします。


① 赤の世界と黒の世界



 一面の赤が広がっていた。

 目の前の景色の全てが赤く染まって流れている。

 自分のカラダもカオもテもクチの中さえも、全部がどろどろに

赤色だった。

 シャクシャクシャク。じゅくじゅくじゅく。

 口の中から音がする。

(あぁ、……ぼくは、ナニかを食べているのかな……?)

 それまで、ただ本能のままに口を動かしているだけだった頭の中に、新たな気付き、意識が広がってゆく。

(………何だろう、これ?)

 不思議な感触と感覚だった。口の中から食べた事のない味がする。どろどろに溶けたうつわの中身が綺麗に整理整頓されていくかのように。

【ハラヘッタ】と【ネムイ】と【イタイ】と【コワイ】と【キライ】と【スキ】と【ムカムカ】しか存在しなかった体の中が、どんどん作り換わっていって、枝ができ、実がなって、霧が晴れて空が見えたような【スッキリ】が広がってゆく。

(……何だろう、これ、本当に……?)

 シャクシャクシャクと口を動かして、じゅくじゅくしたものを飲み込みながら、

(あんまりおいしくないなあ)

とちょっと失礼なことを考えている自分に気付く。

(……あれ?)

 そしたらいきなり、見たこともない景色と聞いたこともない音が、いっぱいに溢れ出した。

 ビクッ。 びっくりして食べるのを止め、実際の周囲を見渡す。音は止まない。景色も消えない。でも、脳裏に浮かぶそれは目の前のものでも今のものでもないことを、僕は【思い出し】て認識した。

(……あ、これ、【キオク】、……だ……)

 その【コトバ】に【イシキ】がたどり着いた瞬間だった。

 今見ている方の景色の中の全てのカタチに【名前】が貼りつき広がりだした。

(あれは、【木】。あれは【草】。あれは【葉っぱ】と【根っこ】。あれは【土】、【水】、【虫】、【空】。【鳥】! 【空気】! 【森】! 【太陽】!! 【昼】!! 【夜】!! 【僕】!! 【私】!! 【青】! 【黄】! 【黒】! 【赤】!! アカ、アカ……? アカ!? アアアアアアああああああああカアアァアア!!!)

 急に頭が痛くなった。激烈に激しい痛みが長く続いた。

 僕は小さな【リョウテ】でギリギリ届く頭を挟み、赤い色の中を転げ回った。

 どれくらいそうしていたのだろう。ようやく痛みが治まってきて、気持ちが落ち着いた瞬間だった。急速に辺りの臭いが気になり始めた。

(え? あれ? くさい……クサイ……くさいクサイ臭い臭い臭い臭い臭い臭い!!)

 いきなりだった。突然だった。

 それまでずっと【オイシイ】とか【オイシソウ】とか【アマイ】とかの、素晴らしく甘美な香りにしか感じられなかった臭いが、急に【まずい】、【にがい】、【クサイ】、【キタナイ】という気持ちに変わる。

(……あ、口の中からも……!!)

 すぐにペッと噛み続けていたものを吐き出し捨てる。

(どうしてこんなものを美味しいと思って食べていたんだろう?)

 そう思ってもう一度見回して、気付いた。気付いて、しまった。

 そこにあったもの、それは……

「ヒッ!」

 とうとう声にまで出してしまった。

 後じさり、尻餅をつく。なんだか急に歩きづらくなっていることにも気付けずに、僕はそれをしっかりと目に入れる。焼き付ける。

 おびただしく流れる湖のような赤い血と、仰向けになり口を開けたまま、目を見開いて両手を上に上げた姿勢で固まるそれは、若い人間の男性だった。

 服は着ている。巻きつけた黒いローブのよう。だが、はだけた胸には肉はない。内臓も綺麗になかった。横を向いて倒れた顔も、目の玉は片方消えて、口周りの肉も骨しか見えない。

(頭が、……無い……ッ)

 額から上が綺麗さっぱり齧られて消えていた。髪があっただろう部分がギザギザに歯形がついて器みたいになっている。

 中身は……無い。

(!!!)

 ようやく理解する。

 ゆっくりと、先ほど吐き出したものへと視線を移す。

 首がなぜか動かないので、体全体をゆっくり回す。

 そして、見た。

 茶色と赤の混じったブヨブヨとした物体を。

 もう一度ゆっくりと頭部に目をやる。

 中身は、無い。

 少しだけ、ちょこっとだけ、白い骨にこびりついて残っているそれと、吐き出したものは、一緒だった。

 小さな両手を目の前に持ち上げる。見える範囲で体を見回す。ペタペタと触れる範囲で小さな体をまさぐって確かめる。


(間違いない。ネズミだこれ。しかも魔物タイプで人間を襲うやつだコレ)

 体長は尻尾も含めて70cm、含めないと30cmといったところか。


 小さなネズミの両手で、尖った耳と鼻と牙のある頭をはさんで、ハイ、さんはい!

「なんだこれこの状況―――?!!!」

 声の限りに叫んでいた。ギャースという声が響いた。やっぱりそれもネズミの声だったのだけれども。


 しばらくして気を取り直して現状を把握することに徹した。

「……ショック受けてるだけじゃ、始まらないしな」

 ため息は出るけれど、とネズミでもため息はちゃんと出ることに気付いて少し安心。もう既に臭いだけになっている血の海を嫌々ながらネチョネチョ渡り、体の山を登る。

 残った服を伝ってカオの上までよじ登る。

 頭部も紙も目も唇も無いが、鼻と耳は残っていたので、分かった。

(コイツは、森の出口の小さな村で、賢者と呼ばれていい気になって増長していた若輩者だな。知識は確かに豊富だったが、経験がまるで足りない愚か者。今回も、病で死に掛けた幼馴染の病気に効く薬草を採取する為に、皆が止めるのも聞かずに魔物のいるこの森深くまで、たった一人で踏み込んで来てしまった無謀な馬鹿。死んでしまったら何にもならないことにも気付かずに、あっさり死んで何一つ為せなかった、アホで間抜けでクソなクズ)

 もう一度じっくりとカオを眺める。

「ハイ、僕でした―――!」

 自分の顔だった。新米賢者タルホ・グーニー君18歳。

「ん? 僕? イヤイヤ僕じゃない。僕であって僕でなく、僕に見えるケド僕じゃない」

 もう一度考察する。じっくりしっかりネズミの頭で考える。

「……あぁ、そうか」

 考え付いた。

「この体は人間を食う魔物のネズミ。魔物はいくつかの能力を持つ。コイツアイツの脳を食べてこうなった。つまりはこの体の能力は、誰かの脳を食べると食べたやつの知識と記憶と経験が手に入る能力だった、と。コイツはそれに気付かないまま、これまで脳を食べてこなかった。初めて食べたのが人間のものだったから、自我をほとんど人間の僕に乗っ取られた状態なワケだ、なるほど」

 腕を組む。短くて組めなかった。

(現状は理解したが、どうしたもんかな。自我は人間の僕だが、体は魔物のネズミのそれだ。そして、食べるものは、【生肉】、と)

 頭を抱える気分で短い両手で頭を挟む。

「……僕、菜食主義者ベジタリアンだったのになぁ……」

(これから生きてゆけるだろうか、自分?)

 死んだ自分を眺めながら、ネズミの体で四つ足になって落ち込んだ。



 しばらくしてまた立ち直る。フラフラと二足歩行で立ち上がって上を見る。

(ネズミの四つ足じゃ普通すぎて、落ち込んだ気分にもなれやしない)

 長い鼻でため息をつく。気道が長くてくすぐったい、癖になりそう。

 なるようにしかならないと思い直す。

(まあ、何とかなるだろう)

 一応、第二の人生(?)だ。そう開き直った。そこで問題になるのは、死体の傍らに転がる鞄。その中身の薬草だった。

(持っていって、あげないとな)

あれから何日経ったのだろうか。

 危篤だった幼馴染に間に合うかは分からない。けれども。

 己れの前世(?)の最後の仕事くらいは、しっかり終わらせてから、第二の生をはじめたいと、そう思った。

 死体も血もまだ温かい。ならば時はそこまで経ってはいないはず。

 この体の大きさでは、鞄の全ては運べない。でも、中身の薬草の束と、幾つかの道具類だけならば。

 やってやれないことはないと思った。きっと。

「……待ってろよ、ナーシャ。君だけでも必ず、救ってみせる!」


 目的を持つのは良いことだ。ショックも後悔も悲しみも全て、達成するまでは置き去りにできるから。

 鞄の空いた口から体ごと内に入り、薄い小さなインナーバックを取り出す。そこに、薬草ほか色々詰めるだけ詰め込んで、肩紐を首に掛け、鞄を背負って走り出した。




次話は、5日の夜1時です。

タイトルは「② 黒の世界と赤の世界」です。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ