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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第一幕 竜と猫のお話
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大切な思い出

 忘れられない出会いがあった。




 夕日が沈む空。茜色に染まるコンクリートのマンションの合間。

 人気の失せた公園のブランコに一人、小さな子供が揺ら揺らと遊具を揺らしていた。


 烏の濡れ羽の様に艶のある黒髪。

 和服を着せれば、上品な日本人形を思わせる容貌。

 大和撫子と呼ぶのが相応しい、そんな可憐な容姿をしている子供だった。


 そんな子供が誰もいない公園の中で、ぼんやりと過ごしている。


 静かに揺れる遊具の傍らには、黒色のランドセル。

 まだ買ったばかりの学童用具は、幼稚な悪意で染められていた。


 落書き塗れのそれから目を逸らし、公園の外へと目を向ける。

 家族に手を引かれて歩く子供の姿を見つけて、自己の願望を投影する。


 されど母子家庭故に忙しく、今日も病院の夜勤で帰らぬであろう母。

 彼女にそれを期待してはいけないと言う事は、幼い子供でも確かに分かっていた。


 友人はいない。家族の迎えはない。

 一人ぼっちの子供は、視界を揺らす衝動を堪える。


 涙を零す事はない。

 何だか負けた様な気がして、もう立ち上がれなくなりそうな気がして、涙を零す事だけはしなかった。


 そんな風に過ごす毎日。

 そんな風に続くのだろうと思っていた日常の中で、その日だけは変化があった。


 公園の入り口から視線を感じて、涙を堪える子供は目を向ける。


 其処に居た知らない子供と目が合った。

 視線を交えた子供は、僅か気恥ずかしそうに顔を逸らして――二、三、深呼吸をした後、ブランコに揺れる子供の元へと歩を踏み出す。


 近付いて来る茶髪の少年の姿に、子供は首を窄めた。

 同年代の子供は近付いてくれば、叩いてくるか聞きたくない言葉を口にするか、そのどちらかだから今回もそうだと思ったのだ。


 だけど、その予感は全くの的外れであった。


「お前、一人か?」


 言葉を選んで、問い掛けて来る茶髪の少年。

 そんな彼を俯いたままに見上げて、僅かに首を動かして応じる。


「俺もさ。こっち越して来たばかりで、一人なんだ」


 何処か恥ずかしげに、同じ年頃の少年は言葉を紡ぐ。


「少し前までアメリカに居たから、こっちの事何も分かんねぇの」


 言葉で理由を口にして。


「だから、さ」


 怯える子供の心を解き解そうと音を重ねて。


「もしよければ、この辺の事教えてくれよ」


 そして、一つの提案を口にした。


「んで、友達になろうぜ?」


 にっこりと快活に笑って、手を差し伸べる。

 逆光の中でも確かに見えるその掌に、子供の視線は釘付けにされたのだった。


 どれだけ見詰めていたのか。数秒か、数十秒か、数分か。

 差し出されていた掌を見詰めていた子供は、自信なさげに口を開いた。


「……僕、この辺の事、余り良く知らない」


 差し出された掌に、悪意がない事は分かっている。

 それでも不安があったから、自分は街の事なんて大して知らないと答えた。


「それでも良いさ」


 けれど差し出された手は揺るがない。


「……僕、一緒に遊んでもつまんないよ。皆そう言ってる」


 それでも不安があったから、クラスの皆が告げる評価を口にする。


「バッカだな、お前。つまるつまんねぇなんて、俺が決めんだよ。他人の意見なんか知るか」


 そんな他人の意見なんてどうでも良いんだ、と口にした瞬間に笑い飛ばされた。


 差し出された手を見詰める。

 握り返しても良いのかなと逡巡したその手を、少年は一方的に握り返した。


「うっし、これで俺らは友達な!」


 強引なその対応に、ちょっと不満を感じる。

 だけど、初めて出来た友達と言う存在に、不満以上の歓喜を覚えた。


「んで、聞き忘れてたんだけどさ」


 そんな子供の様子に気付かずに、少年が問い掛ける。

 聞くタイミングがなかった事を、聞きたかった事を問い掛ける。


「お前、名前何て言うんだ?」


 名前を教えて欲しい。

 そう口にした茶髪の少年に対して、一人ぼっちではなくなった子供は言葉を返した。


「ヒビキ。龍宮響希」

「そっか、ヒビキってのか。いい名前じゃん」


 褒められて、その少女と見紛う容貌にはにかむ様な笑みを浮かべる。


「俺はさ――」


 その笑顔に魅せられながら、少年は己の名を返す。

 互いの名を呼んで、二人は初めて友人になったのだった。




 それは大切な思い出。

 地獄の底に堕ちても、それでも忘れる事はなかった。


 そんな忘れられない、大切な思い出。






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