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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第一幕 竜と猫のお話
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その2

 それは余りにも巨大な生き物であった。


 砂上を這いずる虫は、油の如き液体を全身より絶えず流しながらうねうねと進む。

 液体を流しながら砂上を進む。だと言うのに、その身に砂がくっつく事などない。それはその液体が砂を溶かす為。それは強力な酸性を持つ体液だった。


 フォリクロウラー。因果応報の悪獣とも呼ばれる巨大な芋虫。


 鈍重な見た目通りにその動きは鈍く、その思考も凶暴性には欠けている。

 人の負の情を糧とする魔物でありながらも、数十年に渡り食事をせずとも生きられるという性質故にその気質は温厚だ。


 ごく一部の例外的な状況を除いて。


「■■■■■■■―――ッ!!」


 その例外が其処にある。それを目にした瞬間に、フォリクロウラーは咆哮する。

 その咆哮は断末魔の悲鳴の如く、聞く者全てに不快さを刻み付ける。


 心弱き者ならば、その音だけで発狂するであろう咆哮。

 狂気に飲まれた様相で、常の鈍重さなど欠片も感じさせぬ速度で、地を這う獣は唯一点の場所を目指す。


 小さなオアシスがあった。緑の木々がポツポツと生える自然の泉。

 それを見つけた瞬間に、狂乱の蟲は爆発するかの如き速度で猛進する。


 植物を見ると暴走する。あらゆる要素を無視して、己の生死に関わる事すら認識出来なくなり、植物と言う植物全てを根こそぎ喰らうまで止まれない。

 それこそがフォリクロウラーと言う魔物である。


 この渇きの砂漠は嘗ては森林地帯だった。それが砂漠と化したのは、フォリクロウラーの群生地となったから。

 そんな噂が真実味を帯びる程に、その蟲の暴食は目に余る。




 嘗てこれが中央大陸最大の都市“聖都グロリアス”に出現した際、神聖王国の誇る聖騎士団数百人が束になっても足止めすら出来ずに多大な被害を生み出した。

 無理もあるまい。その咆哮は弱き者を狂わせ、その体は剣すら溶ける強酸の塊。

 巨体故に生命力も高く、植物を喰らい続ける限り不死身に近い再生能力を誇る災害級のモンスター。


 危険度にしてAA級。何よりも恐ろしいのは、魔法銀(ミスリル)究極鋼(アダマンタイト)さえ溶かし切るこの怪物が、未だ幼虫でしかないと言う事。

 無数の植物を喰らい尽くした後、これは蛹となり羽化する。そうなれば最早対処の手段などはなくなるのだ。

 嘗て聖都を一匹のフォリクロウラ―が襲撃した際には、蛹となった悪獣を訪れていたA級冒険者パーティが撃破に成功した。

 無防備な蛹になる迄は、歴戦の勇士ですら手を付けられない大魔獣。それこそがこの悪なる獣である。




 そんな獣の進む道先に、小さな影が現れる。

 山よりも巨大な蟲から見れば、小さな点にすら見えない影。


 襤褸切れの如き外套の隙間より覗くのは、蒼と金の光彩異色。

 その繋ぎ目より外気に触れる巨大な手は、黒き鱗に覆われた竜のそれ。


「邪魔」


 変声期前の少年の声と共に、巨大な腕が振るわれる。

 特殊な異能などはない。目を見張る様な技巧もない。力任せに振るわれる雑な拳は、純粋に速くて重い。圧倒的に過ぎる暴威である。


 唯それだけ。武人が見れば嘆く様な、技巧など欠片もない腕の振り一つ。それだけでまるで風船が破裂するかの様に、巨大な芋虫は弾けて飛んだ。


 所詮これは地を這う虫けら。

 砂漠の王すら抗えぬ悪竜を前に、フォリクロウラーは弱過ぎたのだった。




 そして悪竜の一撃で弾け飛んだ蟲の残骸へと、目を輝かせた獣人が走り寄る。

 発狂する雄叫びから逃れる為にオアシスの木々の影へと隠れていた猫娘は、フォリクロウラーが破裂した瞬間に飛び出すとその死肉を漁り出した。


「見つけたにゃぁぁぁぁっ!」


 そうして死肉より少女が取り出したのは、緑色に輝く一つの球体。宝石の如く美しい。フォリクロウラーの内臓部位。


「フォリクロウラーの葉石! ちょっぴり小さいけど、確かに本物にゃぁぁぁっ!」


 魔物は人の負の感情を糧とする。それはこの蟲も変わらず。フォリクロウラーは摂取いた植物を消化できない。

 故にフォリクロウラーは摂取した植物を体内にて保存する。来たるべき羽化に備えて、その生命の力を凝縮させて溜め込むのだ。


 それこそ葉石。もっとも美しい緑と称される宝石であり、非常に純度の高い生命の力を宿した素材としても扱われる代物だ。


「これさえあれば、グヘヘヘヘへ」


 嘗ての討伐の際、握り拳一つ程度の葉石が見つかり、それはルピー宝貨にして二十万枚を超える値が付いたとされている。

 このフォリクロウラーは余り溜め込んでいなかったようだが、小指の先程度の石でも宝貨百枚は堅いであろう。


 比較的裕福な平民が一食に使う金額がブロン銅貨にして三十枚前後。

 一年の稼ぎですらゴルド金貨三十枚程と考えれば、金貨百枚分の価値がある宝貨にして二十枚と言う金額がどれ程桁外れか分かるであろう。


 彼女の狙いはそれであった。

 その宝石を求めてオアシスに陣取り、フォリクロウラーの襲撃を待ち続けていたのである。


 フォリクロウラーは砂漠に数多く生息しており、逆にオアシスの数は少ない。ならば待てばやって来るであろう。

 その推測に誤りはなく、彼女らは砂漠に居を張って三日程で、数匹のフォリクロウラーを刈り取る事に成功していた。


 美しい深緑の宝石を手に、胸を揺らしながら小躍りする少女。そんな彼女を、ヒビキはぼんやりとした表情で見つめるのであった。






 ヒビキと言う少年から見て、ミュシャとは如何なる人物であるか。オアシスを野営地として、三日三晩を共に過ごした今となって考える。


「にゅふふ~。お宝Getだにゃ~」


 深緑に輝く宝石に頬ずりする顔立ちは人と寸分違わず、一見して分かる程に整った容姿。熟した栗の色に似た髪の毛は、波立ちながらも肩口あたりまで伸びている。

 横顔に当たる部分に人の耳はなく、頭頂部に栗色の髪と馴染む様な形で獣の耳が細かく動いていた。


 肥大化した足の大きさを考慮しても、158センチしかないヒビキの目線の位置に唇が当たる程度の長身。深緑の宝石を手に小躍りする度にその豊かな胸が揺れ動く。その動きに合わせるかの様に、臀部から生えている猫科の尾も楽し気に揺れ動く。


 理想体型に限りなく近い身体を包むのは、上下に分かれた布地の衣服。

 短めのシャツに短パンで、臍を出したスタイルは煽情的と言えるであろう。


 そんな少女の姿を、ヒビキは感情の籠らぬ視線で観察していた。


「にゃふ?」


 じっと見られているのを理解したのであろう。ミュシャが一瞬首を捻る。

 十七と言う年齢。社会的には結婚適齢期を既に過ぎている少女には、無論そう言った知識も存在する。その蠱惑的な見た目故に、部族の中でも視線を集める事が多い。


 だが、ヒビキの視線に嫌らしさと言う物はない。元より、そんな行為に対する知識がない少年だ。自然、その視線に下劣さと言う物は混ざり得ない。

 嫌らしい視線と言う物にある種の慣れがあった少女は、その視線との違い故に彼が何を見ているのかを誤解した。


「……葉石。君も欲しいかにゃ?」


 その言葉には、苦渋の色があった。

 ミュシャは強欲だ。守銭奴と言うべき人種である。故に正直に言えば、一つで一財産となる宝石を譲りたくなどない。


「…………」


 だが、自分一人では手に入れられなかった事を分かっている。相手が自分より強い事も分かっている。この綺麗な子の喜ぶ顔を見てみたいとも思っている。

 そんな複数の思考の末に、本当に悩みながら、手にした宝石を差し出した。


「……三個あるにゃよ。一個あげるにゃ。一個でも、凄い稼ぎにゃよ。暫く遊んで暮らせるにゃよ」

「……いらない」


 ミュシャの苦渋の決断に対し、ヒビキは首を横に振る。

 少女の姿を見つめ続ける内に羞恥を感じて、少年はその視線を逸らした。


「はにゃ?」


 ミュシャは理解出来ない。要らないと言うならば、あの視線の意味は何だったのか、と。


 疑問を抱きながら、ヒビキの逸らした視線の先を追う。その先にある枯れ果てた砂の大地を見て、ミュシャの思考に電流が走った。


「はっ!?」

「?」

「そうだった、にゃね!?」

「?」


 何を気付いたと言うのか。確実な勘違いの果てに、ミュシャは一つの回答に至る。


 亜人種は、自然を尊ぶ種族が多い。

 他ならぬ猫人の部族もまた、大地と共に生きるのを良しとしていた。


 そんな彼らにとって、フォリクロウラーの葉石は金銭以上の価値があるのだ。

 だからこそ、この目の前の伝説の亜人種もそれを求めているのであろう。ミュシャはそう判断した。


「…………」


 そうして掌中の宝石を見詰める。

 その役割を果たさせる為には、これは砕かねばならなかった。


「勿体ないにゃぁ」


 宝貨20万枚分が壊れて消える。そんな光景を想像して、勿体ないなぁと嘆く少女。


「……ミュシャ?」

「ふにゃっ!? わ、分かってるにゃよ! コレは亜人種の義務だって、だから大丈夫にゃよ。」


 疑問を問い掛けようとすると、ミュシャは慌てて取り繕う。

 そうして本当に名残惜しそうな表情を浮かべたまま、移動を始めるのであった。




 そうして、オアシスから少し離れた場所へと移動する。

 一面の砂漠。草木一つ見えない世界は、宛ら全ての命が枯れ果ててしまったかの如く。


「……勿体ないにゃぁ。けど、腹を括るんだにゃ」


 そんな砂漠の中心に深緑の宝石を置くと、腰に付けた鞘から短剣を抜き放つ。

 銀色に輝く短剣を一息に振り下す。その刃がキンと甲高い音を立てて、宝石を真っ二つに切り裂いた。


 変化は劇的だった。


 割れた宝石から零れた深緑の輝き。

 砂の大地に染み渡るそれが、砂を泥に、そして土へと変えた。


 一面の砂景色が土模様へと塗り替わり、緑色が其処に混ざる。


 それは芽だ。

 草花の芽が生えて、まるでビデオテープを早送りにするかの様に、あっという間に育っていく。


 芽は育って花となり、実を付けては種を飛ばす。

 一瞬で成長していく植物は土色の大地を満たしていき、気が付けば周囲は一面の花畑へと変わっていた。


 花畑に一陣の風が吹く。


「凄い」


 花弁が風に舞う中、魅せられた少年が目を細める。

 つい先ほどまで死の砂漠だったとは思えぬ程に、世界は命で溢れていた。


「……フォリクロウラーの葉石を砕く所を見るのは初めてかにゃ?」

「うん」

「にゃふー。まぁ、あんまり機会なんてないからにゃー。……高いし」


 素直に頷くヒビキに対し、ミュシャは自慢げに己の知識を明かす。


「この宝石はにゃ、あの蟲が食べた命の結晶なんだにゃ」


 フォリクロウラー。狂乱のままに植物を喰らう芋虫は、喰らった命を体内にて蓄える。それこそが葉石と呼ばれる宝石だ。


「フォリクロウラーは羽化する際にその命を消費する。……逆に言えば、それまでは溜め込んでおく習性があるにゃよ」


 それは本来、蛹を経て、成虫になる際に消費する命。

 その瞬間まで溜め込まれる命は、凝縮されて深緑の輝きを宿す。


 生命の結晶故に美しい。

 その結晶が砕けて溢れ出せば、世界は命で満たされるのだ。


「……けど、良かったの?」


 美しく変わった世界を眺めながら、ヒビキが問い掛ける。

 壊して良かったのか、そんな問い掛けにミュシャは涙目になりながら愚痴を零す。


「うぅぅ、良くはないにゃー。勿体ないにゃー」


 だが、それでも思う事は一つ。


「けどにゃ、この光景は綺麗だにゃ」


 砂漠に不釣り合いな清涼な風が吹き、花弁が舞う。

 その満開の花が咲いた草原は、財宝に変えられない程に美しかった。


「うん。凄く綺麗」

「……なら、これで良かったにゃよ」


 少女もまた亜人故に、生命の大切さを知っている。

 至高の宝石の一つを砕いてしまったのは大損害と言えるが、この光景の美しさには代えられないと分かっているのだ。


「三つもあっても、ミュシャの懐には大き過ぎるにゃね」


 花弁が舞う中、そう少女は微笑む。

 花畑を背に満開の花の如き笑顔を浮かべる姿は、素直に美しいと思えた。


 久しぶりの人との対話。それ故に最初から感じていた好意。

 それとは別に、新たに感じる思いが生まれる。だからヒビキは、その無表情を穏やかな笑みに変えていた。




 ヒビキから見たミュシャと言う少女は、そんな人物であったのだ。






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