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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二幕 竜と魔剣のお話
31/257

一時閉幕

 月夜の下、分かり合えた迷子の子供。

 疲れて眠ったエレノアを背に、ヒビキは街へ向かって歩いていた。


 そんな中、彼らは邂逅する。


【アラアラ♪ アラアラ♪】


「……君は」


 虚空に浮かんだ赤い女。

 大地を歩く、白黒の竜人。


 目が合った瞬間に、感じるのは共感。

 己の血肉が語っている。これは己と同じ物。


「アリス・キテラ=ドゥルジ・ナス」


【ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカ】


 ヒビキは睨み付ける様に女を見上げ、女は嬉しそうにケタケタ笑う。


【おはようおやすみこんにちは♪ 初めましてね♪ お久しぶりよ♪ あーたん♪ あーたん♪ よろしくね♪】


 アリスが描いた筋書は、悲劇と喜劇の舞台劇。

 そんな舞台劇を砕いたのは、他ならぬ身勝手な悪竜王。


 これはもう悲劇ではない。それはもう喜劇にもならない。

 彼女の描いた筋書は、悪竜王の介入で、成立せずに幕引きだ。


 それでも、アリス・キテラは笑っている。

 血と狂乱に壊れた魔女に、怒りや苛立ちなどは欠片もない。


【凄いわ、あーたん♪ 素敵よ、あーたん♪ アリスは驚き♪ キテラは納得♪ 不思議ね不思議ね当然ね♪】


 気狂い魔女は、結果にも過程にも興味がない。

 悲劇や喜劇が生み出す評価など、彼女にとってはどうでも良い。


 だから何が起きようと、魔女の狂笑は揺るがない。

 これは既に終わった大魔女。嘘吐きな彼女が、その真意を見せる事はない。


 アリス・キテラは壊れた笑みを張り付けながら、新しい弟を見詰めている。


【見てるわ♪ あーたん♪ アリスが見てるわ♪ キテラを見てるわ♪ 一緒に見ましょう♪ 仲良く見ましょう♪】


 視線が交わされる。

 アリスの瞳と、ヒビキの瞳が此処に噛み合う。


「僕は、君。嫌い」


【アラ? アララ? 嫌われちゃった?】


 むすっとした悪竜の拒絶に、魔女はコロコロと笑みを変える。

 壊れた大魔女は笑っている。己を拒絶する姿すら、愉しいと嗤っている。


 それをジト目で睨み付け、ヒビキは無視する様に歩を進めた。


 この場では、戦闘にならない。

 それはどちらも、今この場で争う事を望んではいないから。


【ウフフ。フフフ】


 立ち去って行くヒビキの背に、アリス・キテラは優雅な微笑を向ける。

 ケタケタクルクル笑いながら、飛び散る鮮血よりも鮮やかな唇を小さく動かす。


【マタ、アイマショウ】


 風船が膨らむ様に、その身体が膨らむ。

 そして限界を超えた女の身体は、びしゃりと血を撒き散らして破裂した。




 血の雨が降る。血の霧が世界を歪める。

 アリス・キテラは砕けて散って、後に残るのは赤い世界。


【アリス・キテラは偽りだらけ♪】


 真っ赤な世界は狂気の舞台。

 狂気の世界に響くのは、彼女が零した歌声一つ。


【ドゥルジ・ナスは噓吐き魔女よ♪】


 撒き散らされた血肉が、世界を赤き狂気に染める。

 何時までも耳にこびり付く様に、その声は纏わりついて離れない。


【教えてあげるわ。その嘘、本当♪】


 赤いリップは、猛毒を齎す。

 狂った大魔女の吐く嘘は、何処までも世界を歪ませる。


 そんな、血に染まった光景は――


「嘘は嘘、だよ。ドゥルジ・ナス」


 振り向いたヒビキが、その竜の腕を軽く振るう。

 伴う圧倒的な瘴気の渦に掻き消され、赤い世界は砕けて散った。




 かくして、大魔女アリス・キテラは姿を消した。

 されど彼女は未だ健在。何れは決着を付けねばならないだろう。


 そう理解して、ヒビキは虹彩異色の瞳で空を見上げた。






 夜が明けて翌日。南方騎士団詰所内の執務室。

 総司令官のシャルロットは、書類を手にクリフと言葉を交わしていた。


「エレンの件ですが――その罪、不問とする事に決定しました」


「それ、総司令官としての決定?」


「ええ、幸い死者は出ていませんし、物的な被害も、それ程に酷い物ではありませんでしたから」


 被害を計上した書類を纏めながら、シャルロットをそう口にする。

 城壁とその周囲にあった家屋が全壊しているが、それでも彼らにしてみれば酷い被害とは言えない。


 この程度の被害ならば、幾度となく体験している。

 過去の魔獣災害と比べても、まだ軽いと言える被害だからだ。


「担当の技術者曰く、この程度の物的損傷などは何時もの事だ、と」


「ま、このくらいの被害なら、嫌って程に体験してるからねぇ。……慣れちゃいけない事なんだろうけど、さ」


「ええ、頭が痛い話です。……緊急対応など、不慣れである方が平和な証だと言うのに」


 民も技術者も、この程度ならば慣れた物。

 一月と必要とせずに、南方は元の景観を取り戻すであろう。


 この地は魔物との最前線。

 ならばこそ、此処に居るのは皆覚悟した者達だからだ。


「んで、被害が軽微で、情状酌量の余地もある。……それだけで、罪を全部不問にするのは軽すぎよねぇ。やっぱ、裏あるの?」


 だが、そうだとしても対応が軽過ぎる。


 例え操られた結果であれ、エレノアが被害を出したのは事実。

 その被害がそれ程に重い物ではないとは言え、無罪放免と言うのは違和感が残る。


 故に、何か裏があるのか。

 そう疑問に抱いた、クリフが問う。


「裏、と言うよりは、単純に労力が足りない、と言う問題ですね。今回の一件で冒険者も騎士も、人的被害はない物の、暫くは活動が不能となりましたから、Bランクのエレンを遊ばせる余裕はない、と言う事です」


「な~る。必死で働け、それが罪に対する罰であるって感じ?」


「ええ、それが近いかと。……そうでなくとも、頭が痛い問題がありますから」


 それに対する、シャルロットの答えは、頭を悩ませる問題の山。

 単純に人的労力が足りず、より大きな問題があるからこそ、罪に問う余裕などはないと言う、身も蓋もない答えであった。


「大魔女、アリス・キテラ、ね」


「本当に、頭が痛い話です。……現在の南方に、アレを撃退できる戦力などありません。その気になれば、何時この地が落ちてもおかしくはない」


「南方に、は間違いよ。聖都にもないさ。大臣閣下が、好き勝手してくれたお陰でね」


 最大の問題は、大魔女の存在だ。

 血と狂乱の魔女アリス・キテラの存在が確認できてしまった以上、南方は一切の余裕を失くしたと言って良い。


 今回は運が良かった。

 魔女が気紛れであるが故に、辛うじて首の皮は繋がった。


 だが、油断などは出来ない。

 あれがその気になれば、その瞬間にもマリンフォートレスは滅びるのだから。


「本当に、一体どの様な対策を取ればいいのやら」


 復興と被害への補填作業を行いながら、シャルロットはそう頭を抱える。

 同時に助けを求める様な瞳で、己の師を見上げた。


 彼女がクリフを呼んだのは、エレノアの今後を伝える意味もあれば、知恵を借りたいのも一つの理由。


 若輩者の彼女には、この状況は荷が重かったのだ。


「そうは言われてもねぇ、対策なんて、正直無駄だからなぁ」


 頼られたクリフは、何処か困った様に頭を掻く。

 如何に熟練の騎士であろうと、解決するなど不可能な話であった。


「魔王に然り、魔獣に然り、大魔女に然り。下手な戦力じゃ、足手纏いにしかならない。おっさんや空将クラス。……他に居るとしたら、聖教の筆頭異端審問官か、西の灰被りの猟犬か、東の六武衆あたりかなぁ」


 最強の騎士と呼ばれし己。

 それと同格と目される者らを、指折り数える。


 聖都に居るのは、宗教狂いの筆頭異端審問官。

 西の商業者連合に雇われているのは、利益と手段に汚い傭兵。

 東の六武衆は、国民同士で斬り合う戦争狂しかいない東の大陸で、最強の六人に与えられる称号。


 誰もが最高位の戦闘者。人間が行き付いた先のハイエンド。

 誰も彼もが灰汁が強く、制御は愚か共闘さえ難しい者達だ。


「亜人嫌いの聖教狂いに、下劣な手段を好む金の亡者。そして東の戦争狂いですか。……動かす権限はありませんし、伝手もない。その上来たら来たで、更に面倒な事になりそうです」


「そういう事。簡単に片付くなんて、上手い話しはないのさ。……賢者殿が生きてるか、アリアちゃんが動ければ、少しは話も変わったんだけどねぇ」


 あの一癖も二癖もある面子に、協力などは頼めない。


 彼らは基本好き勝手に生きる者らなのだから、嘗て一時とは言え、そんな連中を纏め上げた勇者キョウが例外中の例外なのだ。


「だから、出来ない事は考えても仕方ない。取り敢えず、シャルちゃんは有事に備えて戦力を整えておくのが大事だと思うよ」


「……やはり、それしかありませんか」


 故に出来る対策は、消極的な戦力集め。

 如何なる状況にも耐えられる様に、地力を高めるしか術がない。


 元より、この幻想の世は邪神の箱庭。

 彼の悪意に染められた世界で、人間にとって都合の良い奇跡などは起こらない。


「おっさんも協力するさ。……大魔女を殺し切れなかったのは、おっさん達、親父世代の失敗だからねぇ」


 だからこそ、人は抗い続けるのだろう。

 例え滅びが避けられないと分かっていても、彼らは最期まで足掻き続ける。


 それこそが、彼らの生きる輝きだ。


「さて、先ずは錆落としから始めようか」


「お付き合いしますよ。クリフ先生」


 元・最強の騎士と、現・最強の騎士。

 騎士の師弟は、何れ訪れるであろう時に備えている。






 そして、宿泊施設の酒場にて、彼女らは顔を合わせていた。


「ふかーっ!」


「がるるる!」


 睨み合う二人の少女。その背に愛らしい猫と犬の姿を幻視させながら、二人は犬歯を剥き出しにして額をぶつけ合っている。


「何でだろうなぁ、テメェの面がどうも気に入らねぇ」


「それはコッチの台詞だにゃ。……発情した雌犬みたいな目ぇして、ヒビキを見てるんじゃないにゃ」


「誰が発情してる犬だ! この駄猫っ!」


「駄猫ってなんにゃ! 駄猫って!!」


 顔を合わせるなり、行き成りこれだ。

 状況の変化に付いていけないヒビキは、何故こうなったのかと首を傾げる。


 そんな彼を放置したまま、睨み合う少女達の争いは白熱していく。


「しかもさっきからテメェ! 見せびらかす様に胸揺らしやがってっ、削ぎ落としてやろうか、おらっ!」


「にゃふ~。羨ましいにゃか、嘆きの平原。お前って、まな板の方がまだ凹凸ありそうにゃ胸してるにゃね」


「おいこらっ! それ言ったら戦争だろうが、テメェ!」


 少女達の争う理由は単純だ。

 其処に譲れない物があるから、彼女達は争い合う。


 一目見て、気付いたのだ。

 これは同じ想いを抱いた同士で、同時に絶対に許容できない敵である、と。


「ふかーっ!」


「がるるる!」


 恋心に嫉妬心。性格不一致で、同族嫌悪。

 身体つきに対するコンプレックスと、戦闘力に対するコンプレックス。


 彼女らが互いを嫌う理由は、片手の指では足りはしない。

 そんな理由を抜きにしても、相性と言う物が致命的な程に悪かった。


「表出ろっ!」


「望む所にゃっ!」


 故に、そうなるのは当然の結果。

 そしてそれ故に、彼が介入するのも当然だ。


「にゃふっ!?」


「んなっ!?」


 バン、と机が叩かれて、二人がピシリと姿勢を正す。

 メンチを切り合っていた少女達は、互いの間に入り込んで来た少年の顔を見て、その表情を変えた。


「喧嘩、駄目」


 ジト目で睨む、竜の少年。

 顔の近さと彼の放つ圧力に、少女達は羞恥と恐怖で顔色をコロコロと変化させる。


「ひ、ヒビキ?」


「いや、これは喧嘩じゃなくて、だな」


「喧嘩、駄目」


 二人は揃って言い訳を口にするが、彼は認めてはくれない。

 ミュシャとエレノアは降参した様に、椅子に座って距離を取った。


「あ、ああ」


「にゃ、にゃぁ」


「友達の、友達は、皆、友達」


『こ、コイツと友達!?』


「ん。皆で、仲良く」


 力なく頷いた二人も、その言葉に顔を引き攣らせる。


 どうにも気に入らない相手。受け入れられない恋敵。

 それと友人になれという言葉が、どれ程に彼女達にとっては重い事か。


「じゃないと、僕、怒る」


 だが、ヒビキは考慮しない。

 身勝手な悪竜は、彼女らの争う理由も知らずにそう口にする。


「……おい。駄猫」


「……にゃんにゃ。阿保犬」


 ヒビキに怒られたくはない。

 そんな風に二人は、小声で遣り取りする。


「…………一時休戦だ。良いな。牛乳猫」


「…………仕方ないにゃね。受けてやるにゃよ。まな板犬」


『…………』


 引き攣る笑顔で手を取り合って、まるで我慢比べの如くに握り絞める。

 言葉の端々に棘を振り撒きながらも、彼の為に一時的には許容しようと――


『やっぱお前、表出ろっ!』


 無理だった。不可能だった。

 友好は数秒と持たず、握り合った手とは逆の手で掴み合う。


「駄目」


 そんな二人を抑え付けながら、ヒビキは深く溜息を吐いた。




 ヒビキの圧力で、直接的な暴力は控える二人。

 だがぎゃいのぎゃいのと、口での暴力でいがみ合う。


「だいたい! テメェは猫の癖に、何でそんなにデケェんだよ! アレか、実は牛だろ、テメェ!!」


「にゃ、にゃにお~! ミュシャをあんなとろくさいウシビトと一緒にするにゃっ! やっぱりまな板だと、胸の小ささに比例して、器も小さくなるにゃよねっ!」


「言いやがったな、こん畜生がっ! テメェみたいな奴は、冒険者としちゃ三下以下だろうがっ! その山、弓を引くのに絶対邪魔になってるだろっ!!」


 そんな光景を見ながら、元凶たる少年はどうして喧嘩するのだろうと頭を捻る。


 悩んでも出ない答えに、暴力を振るわないなら放っておいても良いかと開き直った。……仲良くさせる事を、諦めたとも言えるだろう。


「にゃ、にゃにゃっ! ミュシャが買ったばっかりの大弓を上手く引けなかった事、どうしてお前が知ってるにゃか!?」


「やっぱりか、こん畜生! この無駄乳がっ!! ……何だこれ、スゲェ敗北感がありやがるっ!?」


 そんな姦しい遣り取りを背に、ヒビキは手にしたカードを見る。


 冒険者ギルドより発行された、ギルドカード。

 作り直した新品のそれに、記録されたのは友達の名前。


 パーティメンバーとして記録された名前を見て、ヒビキはにへらと相好を崩した。


「悲しいのは、ミュシャの方にゃ! 銀貨を十五シルムも使ったにゃよ。なのに、無駄になったんにゃ!?」


「……あ? 宝貨じゃねぇの? 武器や防具は、そんくらい使うもんだろ?」


「にゃん、だと……!?」


「どうしたんだよ、駄猫?」


「コイツ、無自覚に浪費発言。……やっぱり、敵にゃ。ミュシャの、いや、この世全ての守銭奴の敵にゃ、コイツ!」


 仲良く出来ないのは寂しいが、それでも出来た二人の友達。

 前途は多難に満ちているが、きっと騒がしい彼女らと居れば、それも楽しくなるだろう。


「ミュシャ。エレン」


「にゃ? 何にゃ、ヒビキ」


「あ? 何だよ、ヒビキ」


「二人とも、これから、よろしく」


 微笑む少年に、二人は視線を逸らして。


「ああ、勿論」


「当然にゃ」


 けれど確かに、答えを返した。






 騒がしい二人の少女と、眠たげな一匹の竜。

 仲間となった彼ら三人組は、冒険者として南の大地で生きていく。




 その前途は多難であっても、その旅路は何時か――大切な想い出となるだろう。







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