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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第一幕 竜と猫のお話
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呪われた世界における最も新しい御伽噺

 嘗て、この世界には悪しきモノ共の王が居た。


 ソレが何時頃現れたのか、正確には分からない。

 ソレが何処から現れたのか、誰も知る事が出来ない。


 分かるのは五百年もの昔、ソレは表舞台に現れた事。

 何処からともなく現れたソレは、世界全てを呪い尽くした。


 邪なるモノ。善を否定するモノ。アカ・マナフ。

 其は強大なる悪意と纏って出現し、五大陸全土を瘴気で満たした。


 瘴気に触れたモノは異形と化した。

 動植物は魔に変じ、隣人が怪異に堕ちていく。


 生まれし化外は悪を望んだ。生まれし魔物は凌辱の限りを尽くした。

 瘴気とは即ち、人の負の情。怒り。嘆き。恐怖。憎悪。絶望。そんな負より生まれ得る力。

 それを糧とする魔物に満たされた世界は、糧を供給する為に生かされた人々にとって地獄に他ならない。


 その地獄の底で、されど人は希望を捨てる事はなかった。


 人々は星の意思であり、自然の触覚である精霊に希う。


 いと高きモノよ。その聖なる御力を以って、これら化外より我らを守り給え。


 契約は交わされ、人は魔に抗う力を得る。

 百年に渡る戦乱の果てに、遥か南の大地に魔王は封じられた。




 されど、未だ大陸に魔は残っている。

 世界に満ちた瘴気と言う爪痕は、どれ程の時が経とうとも消え去る事はない。






 南の南の南の果て。

 この世界の最奥に封じられた魔王は、ある日突然甦りました。


 魔王は語ります。悪い事をする人が居る限り、私は滅びない。

 魔王は語ります。人の心の中に一欠けらでも悪い心がある限り、何度だって甦る。


 暗い暗い雲が世界を覆います。

 悪い怪物達が暴れ回り、沢山の人が涙を流しました。


 人は頼みます。誰か助けて欲しい、と。

 人は頼ります。嘗て魔王を封印した聖なる剣ならば、きっと魔王を倒せる筈だ、と。


 けれど聖なる剣を振るえる勇者は、世界の何処にも居ませんでした。


 人は涙します。誰か助けて欲しい、と。

 人は涙します。どうかこの魔王を倒して欲しい、と。


 そんな願いが届いたのか――光と共に彼は現れました。




 此処とは別の場所。此処とは違う時。

 異なる世界に生きる彼は、人の嘆きを前に剣を執りました。

 聖なる剣を手に、人々の願いを背に、勇者は一人旅立ちます。


 勇者は森の奥で、賢き獣と出会います。


 賢き獣は問いました。

 お前は何故見ず知らずの人の為に戦うのか。それで何の得があると言うのか。


 勇者は答えます。

 僕は僕の為にやっている。大切な友達に対して、誇れる僕で居たいんだ。この人達を見捨てたら、僕はもう二度と友達に僕を誇れない。


 賢き獣は理解します。勇者の在り様を、その高き精神に敬意を表して頭を垂れました。


 勇者は大きな国で、草臥れた老人と出会います。


 草臥れた老人は言いました。

 人間を助けるなんて馬鹿らしい。人はこんなに醜いではないか。


 勇者は答えます。

 僕は知っている。醜さもあれば、綺麗な部分もある。その綺麗さが好きだから、僕は誰かを助けるんだ。


 人の愚かさに絶望していた老人は、勇者の姿に胸を撃たれます。老人にとって、勇者の姿こそが初めて見た綺麗な物でした。


 勇者は桃源の園で、微睡む者と出会います。


 微睡む者は提案します。

 貴方はきっと成功する。けれど、本当に大切なモノだけは掴めない。だから現実を忘れて、幸福な夢を見ていると良い。


 勇者は語ります。

 幸せな夢は夢で良い。一時の夢が力をくれるから、最期に何も掴めなくても前に進む事は出来るんだ。


 一時の夢を見せてもらった勇者は、微睡む者の優しさに感謝して先に進みます。懐かしい友達の姿を目に焼き付けて、辛く厳しい道を進むのです。


 幼き勇者は世界を巡ります。

 多くの出会いと、多くの別れを繰り返して、勇者と聖剣は強くなっていきました。


 海を渡る海賊と肩を組み、最南端の騎士と剣を交わし、砂漠の墓守はその小さき背に希望を見出します。

 そうして長い旅路の果て、勇者は遂に魔王と対峙します。


 戦いは七日七晩続きました。

 諦めそうになり、心折れそうになり、それでも勇者は戦いました。


 勇者の剣が輝きます。

 その蒼銀の輝きは、人の持つ希望の結晶。

 人間の悪意から生まれた魔王に届く、唯一つの聖なる剣。

 多くの人との触れ合いが、多くの人と繋いだ絆が、その輝く剣を生み出します。


 えい、やぁと一振り。聖剣が魔王を切り裂きました。光の剣を前に、魔王は遂に倒されたのです。


 魔王は語ります。悪い事をする人が居る限り、私は滅びない。

 魔王は語ります。人の心の中に一欠けらでも悪い心がある限り、何度だって甦る。


 長き時の流れの果て、その時お前は居ないのだと。


 勇者は言いました。甦るなら、何度だって倒して見せる。

 勇者は言いました。聖なる剣を握れるのは選ばれた誰かじゃなくて、心に勇気を持つ者なのだと。


 だからきっと、次も勇者が魔王を倒す。魔王を倒せる人間は、何時か悪意だって克服できる筈だ。


 魔王は笑いながら、消えていきました。

 勇者は戦いの終わりを知り、聖なる剣を大地に突き刺します。


 魔王の瘴気が渦巻く南の地は、光輝く力によって浄化され、漸く人が住める場所になりました。

 けれど悪いモノ全てはなくなりません。それを失くしていくのは人の意志なのだから、勇者はそれに期待して南の大地を後にしました。


 聖なる剣を置き去りにして、勇者は王国へと戻ります。

 もう悪い魔王は居ないのだから、伝説の剣は必要ないのです。


 魔王を打倒し、国へと凱旋する幼き勇者。


 誰もが笑いながら、夜明けの日を喜びました。

 誰もが歓喜の声と共に、勇者の偉業を称えました。


 一番大きな国の王様は語ります。

 私の娘と結婚して、この国を導いて欲しい。


 勇者は語ります。

 約束があるから、僕は帰らないといけない。


 聖なる巫女は語ります。

 正しき勇者。愛しい人。どうかこの世界に残って欲しい。


 勇者は語ります。

 気持ちは嬉しい。けど答えられない。僕は帰らないといけないから。


 誰が引き留めても、誰が何を与えようとしても、決して勇者は受け取ろうとはしませんでした。


 大切な友達との大切な約束があるから。約束は絶対なんだ。

 幼き勇者はそう告げて、何も受け取らずに去って行きました。

 元の世界へと戻っていく彼を、誰もが涙を堪えた笑顔で見送りました。




 これが、勇者キョウの物語。

 最も新しい、世界に刻まれた御伽噺。






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