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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二幕 竜と魔剣のお話
21/257

その4

 大通りから暫く進んだ先、路地を曲がった場所にある裏通り。

 非合法スレスレの薬屋から、色を売り物にする夜の店まで、種々様々な店が軒を連ねる場所である。


「う~ん」


 裏通りにあるには、やや異色な露店。

 冒険者向けの商品を幅広く集めて、市場価格より安売りしている雑貨屋。


 その店に並んだ商品を見詰めながら、ミュシャは思い悩んでいた。


「ふにゃ~。どうしたもんかにゃ~」

「何、悩んでるの?」


 思い悩む少女に、ヒビキが問い掛ける。

 彼女は思考を一端取りやめると、ヒビキに悩みの内容を話した。


「いや~、しっかりと冒険者するなら、ミュシャもそれなりの武器が必要だと思うにゃ。今、短剣しかないし」

「うん」


 その悩みとは、武器に関する事。

 冒険者であるならば、必ずや必要となる戦う力。


 短剣一本でも、これまでは何とかなっていた。

 刀身に麻痺毒でも塗り込んでおけば、対人相手には十二分。

 手持ちの道具で戦えない様な怪物に対しては、逃げる選択一択だった。


 だが、これから本格的に冒険者をやるならば、それではいけないだろうと思ったのだ。


「それでにゃ~。ヒビキとの連携とか考えたら、やっぱり後衛武器の方が良いと思うにゃよ。ミュシャの適正的に、そうなると弓が無難にゃよね」

「うん」


 ミュシャの適正は盗賊か狩猟者。

 適正に見合った武器は、短剣か弓かの二択になる。


 ヒビキと言う強力な前衛が居る事も考慮すれば、当然後衛から弓で援護に回った方が無難だと考えた訳である。


 余りにもスペックが高過ぎるヒビキと一緒に前に出るのが、明らかな自殺行為だと感じたのも理由の一つではあったが。


 だが弓を選ぶと、それはそれで問題が生じるのもまた事実であった。


「けど、弓ってお金掛かるにゃよ。矢って、意外と高いにゃね」

「……いくら?」

「二十本セットで10シルムにゃよ。ボリ過ぎにゃっ!」


 そう。それはお金の問題。

 この守銭奴にとっては譲れない、遠距離武器の致命的な欠点である。


「練習で幾ら消費するか分からにゃいし、実戦で使った矢を回収するにゃんて出来ないにゃよ。……攻撃二回で銀貨一枚使い捨てとか、コスパ悪過ぎにゃよ」


 攻撃する度に、資金を消費する。

 それは遠距離武器の使い手の誰もが抱える、最大の問題と言うべき物であろう。


 矢も弾丸も、タダではないのだ。


「遠距離武器持ちの冒険者は儲からないって、本当にゃね。にゃふ~、冒険者家業の出費はきつ過ぎるにゃ」

「……無限の矢、とかないの? 後は、魔力とか精霊力とか矢にするとか」


 一度の戦闘でどれだけ資金を消費するかを考えて、頭を抱えるミュシャ。

 そんな彼女に、ヒビキが提案をする。彼の脳裏には、幼い頃に見たアニメーションのイメージがあった。


「無限の矢筒とか、それ何てアーティファクトにゃ。どう考えても、ルピー宝貨が二桁単位で飛び交う品物にゃね」


 そんな子供の意見を、ミュシャはあっさりと否定する。

 無限に矢が湧き出す矢筒と言う物もなくはないが、それを作るには途方もない魔法技術が必要となるのだ。


 高度な魔法技術で作られた魔法具を、アーティファクトと呼ぶ。

 アーティファクトを買う心算なら、宝貨が複数枚は必要となるだろう。


 それにそんな品物が、こんな場末に流れ着く道理もない。


「精霊力や魔力で矢を作るのも、出来なくはないけどにゃ。……ぶっちゃけ其処まで技量があるなら、素直に魔法や精霊術使った方が強いにゃ」


 そして魔力や精霊力を矢にする案もなしだ。

 不定形な力を物理的な衝撃を伴う形に纏め上げるのは、不可能ではないが難易度の高い技術である。


 出来なくはないが、其処までする価値がない。

 其処まで出来るなら、素直に魔法や精霊術に頼った方が強いのだ。


「……いっその事、銃を使うとか」

「ふにゃー!! 銃は駄目にゃ! 奴は悪にゃ!!」


 二つの案を否定されたヒビキが、露店に並んだ拳銃を見て呟く。

 そんな投げやりな言葉に対して、ミュシャは過剰なまでの反応を見せた。


「知ってるかにゃ、ヒビキっ! 銃の弾丸って、基本的に門から流れ着く物しか使えないにゃよ!? 中央の工業技術でもまだ複製出来にゃくて、生産は高位錬金術師の手作業に頼り切りな高級品にゃっ!!」


 幻想世界において、重火器は発達していない。


 そもそも個人で携帯出来る武器よりも、魔法の方が強いのだから必要ない。

 そんな考え方が大多数であるが故に、他の科学技術に比べて尚、銃器の発展は遅いのだ。


 故にこの地で使用されている重火器とは、門と呼ばれる異世界との繋がりを通って流れ着いた遺物である。


 門が繋がる異世界は安定せず、どの時代に繋がるかも解明されていない。

 流れて来る銃とて古くは八世紀頃の火槍が流れて来る事もあれば、二十一世紀の技術では到底理解出来ない不思議な物が流れて来る事もある。

 そもそも、拳銃はあっても、銃弾は流れて来ないと言う事だって当たり前の様に起こり得るのであった。


 当然の結果として銃火器と弾丸には道具としての価値だけでなく、貴重品としての価値まで付与される。弾丸一つであっても、値段が飛躍的に上がっていくのである。


「珍しい銃の弾丸にゃんてまず流通しにゃいし、比較的手に入りやすい物でも最低で金貨十枚はするにゃ!」


 故に、その弾丸の値段は高い。

 本場でなら二百円程度で購入できる一発の弾丸が、ここでは百万を下回らないなんて事がザラにある。


 弾一発でそれなのだ。

 しかも一発の銃弾では、強力な生命力を持つ魔物は殺せない。


 一度の戦闘で、数回は金をばら撒かないといけない武器。

 コストパフォーマンスが悪いなんて、そんなレベルの話ではないのだ。


「金貨にゃよ! 銀でも銅でもなく金にゃ! 金をばら撒く勿体にゃい武器なんて、存在自体が絶対悪にゃ!!」

「う、うん。分かった」


 故に、銃とは守銭奴にとって悪である。

 金をばら撒く武器など、ミュシャは決して認める訳にはいかないのだ。


 そんな猫娘の迫力に押されて、ヒビキは取り敢えず頷く。

 一定の理解を示した少年の姿に、分かってくれたかとミュシャは呼吸を整えた。


「にゃふ、にゃふ、にゃふぅ。……そんにゃ訳で、ミュシャは迷っているにゃよ」

「……弓を買うかどうか?」

「いや、その辺は決めてるにゃ。弓を買うのは、もう決定事項にゃね」


 彼女は既に、弓の購入を決めている。

 先の砂漠の巨人との戦い、全く何も出来なかった事を確かに悔やんではいるのだ。


 まあ、あの領域の怪物が、弓矢の一つ二つでどうこうなるとは思えないが。

 それでも比較的弱い魔物を相手にした際に、全てヒビキ頼りになってしまう事だけは嫌だった。


 故に弓の購入は必須事項であり、悩んでいるのはそれに付随する別項目だ。


「悩んでるのは、どの程度の質の矢を、どれくらい用意しておくかにゃ」


 言ってミュシャは、再び露店に並ぶ商品に目を移す。

 先に語った二十本一セットで10シルムと言う矢が冒険者が良く使用する物であり、上は五本で30シルムの物から、下は五十本で10ブロンと値段も質も幅広く存在している。


「……う~ん。どうするべきかにゃ。安物で全部揃えるべきか、それともそれなりの品物を買うか。……練習に使うのは、ナイフで木の棒をそれっぽい形に削ったので済ませばお金は浮くにゃよね。その分を本番用の矢に回して、高品質にしてみるべきかにゃ。けど、値段がぁぁぁ。お金がぁぁぁ。出費がぁぁぁ」

「……僕、何も言えないや。ゴメンね」


 両手で頭を抱えたまま、ゴロゴロと裏路地で転がる守銭奴。

 ミュシャに助言が出来ないヒビキは、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ふにゃ~。別に気にしないで良いにゃよ。……よし、決めたにゃ!」


 そんなヒビキに問題ないと返したミュシャは、どうするかを決めるとぴょんと起き上がる。

 少女らの遣り取りを目の保養とばかりに、何処か楽しげに眺めていた無駄に渋い店主。彼を指差すと、ミュシャは高らかに宣言した。


「店主のお兄さん。ちょっと、値切り交渉しようかにゃ」

「……へぇ、面白いじゃないか、嬢ちゃん」


 指差された店主は、ニヤリとその顔に笑みを浮かべる。


 混じり合う視線に籠る熱量が語る。

 相手は歴戦の勇士である。油断すれば、尻の毛まで毟られるぞ、と。


「にゃふぅ、お兄さん。共通語の発音に、ちょっと違和感があるにゃね。その訛り西の方かにゃ? 西で商人と言ったら商業者連合が一般だけど、このノリの良さ。西南諸島の出身と見たにゃ!」

「ふふっ、初見で其処まで見抜くか、良い目してるじゃあないか。……俺に対して割り引けと、臆する事もなく言える性格と言い、中々に気に入ったぜ。嬢ちゃん!」


 既に戦いは始まっている。一瞬の油断が命取りだ。


 相手の言葉使い。発音の仕方から素性を見切って、己の目力の高さを見せつけるミュシャ。

 対する店主の男は見切られた事を楽しそうに、どんな手を見せてくれるかと若き値切り戦士を見極めんとしている。


「……なぁに、これ?」


 そんな激闘に付いていけない悪竜は、何が起きたんだろうかと小首を傾げていた。


「それで、まずは幾ら払えるんだい? まさか、行き成り銅貨にまで負けろって、言うんじゃぁ、ないだろうなぁ?」

「そのまさかにゃ。この矢。十ブロンで頂こうかにゃ。木の棒を削り出した様な安物にゃし、そのくらいが相場じゃないかにゃ?」


 まずは最初はジャブの応酬が基本。だがミュシャの提示価格は、前のめりに過ぎるストレートだ。

 行き成り価格を大きく引き下げるのは、値切り術の基本ではある。だが、それにしても下げる値段が大き過ぎる。その一撃は大振り過ぎるのだ。


 目利きの良さに反する暴投に、男は余裕の笑みを深くする。

 この勝負貰ったな、と笑みを深くした店主の男は敢闘賞としての金額を提示した。


「ふっ、そりゃぁない。それはないぜ、嬢ちゃん。行き成り大胆過ぎだ。そいつは確かに素材は安いが、確かな職人の手が入ってるんだぜ。8シルムは貰わねぇと赤字なんだわ」


 木製の矢。竹や鉄で出来たそれに比べれば、確かに粗悪な物だろう。

 それでも確かな職人が熟練の技にて削り上げた代物。8シルムは、決して高いとは言えないのだ。


 だが相場よりは安くとも、ある事情故に男の儲け率は大きい。

 故に未熟な値切り戦士へ、勉強代として置いていけと余裕の笑みが語っていた。


 だが果たして、真に未熟なのはどちらであるか。

 あっさりと手の内を晒した店主の隙に、ミュシャはその瞳をキラリと輝かせる。


「にゅふふ~。行き成り2シルムも下げた事から、お兄さんが人を見てるのは確かにゃね。……見抜かれたら、下げる。そう決めてる金額が2シルムじゃないかにゃ?」

「……へぇ、ならどうするよ」


 その言葉と笑みに、店主は己の失態を悟った。

 初心者と誤認して与えてしまった餞別は、此処に致命的な隙となる。


 だが、男とて熟練の戦士。

 決して動揺は表に出さず、其処には不敵な笑みが浮かべている。


 そんな男を見て、やはり手強いとミュシャは唾を飲み込んだ。


「…………ふわぁ、眠い」


 付いていけない悪竜は、何処か眠そうに欠伸を噛み殺す。

 既に思考する意味を見いだせない竜は、微睡む様に思考を閉ざして。


「……あ、蝶々」


 ふと、目の前に飛んできた蝶を見つけた。


 それは水晶の様に、透き通った羽を持った蝶。

 彼の故郷では決して見られないであろう宝石の様な蝶を見て、ヒビキは目を輝かせた。


「…………」


 てふてふと蝶が舞う

 きょろきょろとヒビキの視線が追い掛ける。


「…………」


 てふてふと蝶が舞う。

 てくてくと子供は付いていった。


 そんな背後で起きた異常には気付かず、値切り戦士の戦は熾烈を増していく。


「にゃふ~。儲け度外視にすれば、まだいけるにゃよね。20ブロン」

「おいおい、せめて銀貨にしろや。6シルム」

「そうだにゃ~、じゃあそっちの矢もおまけに付けたら、3シルム出しても良いにゃよ」

「……業突く張りな嬢ちゃんだ。そいつも付けたら、赤字になるぜ。せめて10シルムは貰わねぇとなぁ」


 値切り戦士の激闘。その最中に、さりげなく購入物を増やそうとするミュシャ。

 余りにも業突く張りな守銭奴に店主の男は苦笑して、冗談交じりにそんな言葉を口にした。


「じゃあ、それで」

「は?」


 だが、それは最大の隙となる。

 この値切り戦士の前で、軽口を叩けば漬け込まれるのは道理であろう。


「だから、二点セットで10シルム。……そっちが言い出した値段にゃんだから、無理とは言わないにゃよね?」


 ニヤリ、と守銭奴は笑みを浮かべる。


 木製の矢二十本と鋼鉄製の五本。

 合わせて10シルムで購入しようと、ミュシャは勝利宣言した。


「……ふっ、コイツはしてやられたなぁ」


 軽口に漬け込まれた。こんなのは営業妨害だ。

 そんな風に口に出す事は出来るであろう。だが、男が逃げの一手を打つことはない。

 値切り戦士の奮闘を前に、誇りある西南諸島出身の店主としての矜持がそれを選ばせない。


 そう言い訳は出来る。

 だが出来るからと言って言い訳するのは、粋ではないのだ。


「良いぜ、もってけ嬢ちゃん。10シルムだっ!」


 そんな店主の人格まで、ミュシャは会話の中で見抜いていたのであろう。

 猫娘の態度からそれに気付いて、久しぶりの強者を前に、店主は確かに己の敗北を認めていた。


 確かに、その敗北を認める。

 だが、それでも男は損をしていなかった。


(ふっ、まだ詰めが甘ぇな嬢ちゃん。俺は商人だが本業は職人。実質、掛かる費用は材料費のみ。これだけ値切ってもまだ黒字よ)


 確かに今回の勝負は、敵に軍配が上がるだろう。

 だがしかし、売れた時点で己の勝ちだと男は余裕を崩さない。


(にゃ~んて、考えてるんだろうにゃぁ。西南諸島は変わり者の職人が多いし、元から売れれば黒字になるからこんな無理な値切りが出来るにゃよ)


 しかし、それもまた猫娘の掌中だった。

 相手の素性を見切っていたミュシャは、故にこそこんな無理のある値切りが通ると確信していたのだ。


 故に相手の思考は読んでいる。

 まだ値切る事は出来るだろうと、その思考は判断している。


 だが――


(まあ、今回はこれで十分にゃね。矢を二十五本。この質のを大通りの店で揃えようとすれば、10シルムの三倍出してもまるで足りないにゃ)


 欲を掻き過ぎれば、相応の危険がある。

 既に十分な戦果は得られた以上、此処で退くのが優れた値切り戦士であろう。


(無理に値切らず、互いに得する。これぞ値切り術の極意にゃよねぇ)


 売り手買い手世間良し。即ち、三方良し。

 それを破って無理に儲けを望めば、必ず何処かで破綻する。


 熟練の値切り戦士とは利益を確保する際に、無駄に敵を作る様な者ではない。

 そんな奴は未熟者。真に優れた守銭奴は、引き際を決して見誤らないが故に戦士であるのだ。


「それじゃ、矢も変えた事だし、そろそろ行こうかにゃ? ヒビキ」


 そうして振り返った値切り戦士は、背後に誰も居ない事に漸く気付いた。


「……あれ?」


 右を向く。左を向く。背後を見る。

 何処を見ようとも特徴的なゴスロリドラゴンは何処にも居らず、あるのは裏通りを利用する人の流れだけ。


「ヒビキが居ないにゃぁぁぁぁぁっ!?」


 値切り戦士としての道は踏み外さずとも、保護者としての在り方は盛大に踏み外した猫娘。


 彼女の叫び声が、裏路地に木霊した。






 そうして水晶蝶を追い掛けた子供は、その場所へと辿り着く。


「綺麗」


 バナナの木に酷似した木が、生い茂る林を抜けた先。

 海岸線が見える砂浜に接した草原。其処に美しい花が咲き誇る。


 美しい水晶の蝶が止まり、その蜜を吸う。

 蜜を吸う蝶が水晶ならば、吸われる花もまた水晶で出来ていた。


 そんな青白く透き通った水晶が、太陽の光を浴びて淡く輝く。

 一面全部が美しく輝く水晶花の花畑は、幻想的な美しさを宿していた。


「ここ、好き」


 水晶畑に倒れ込んで、ヒビキは明るい空を見上げる。

 美しさの中に花の香りが漂うその場所は、既にヒビキのお気に入りとなっていた。


「……あれ?」


 そうして横になって、漸くヒビキは気付く。

 黒いゴシックドレスを水晶の破片で飾りながら、ヒビキは左右を見回した。


「ミュシャ、いない?」


 何故いないのだろう。

 微睡みにある竜は、思い出せずに首を捻る。


 既に自分が蝶を追い掛けた事など、忘却の彼方へと消えていた。


 故に、ヒビキの出した結論は一つ。


「……ミュシャが迷子になった」


 真実からは百八十度離れた結論に辿り着いた竜は、これからどうしようかと頭を悩ませるのであった。







守銭奴のヒロイン力が……死んだ!?

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