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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第一幕 竜と猫のお話
2/257

その1

 燦々と照り付ける陽射しの中、外套を羽織った少女は吐く息荒く駆けている。


 髪の隙間から覗く耳。臀部より伸びる尻尾は猫科の動物の物。

 毛が逆立ち膨れ上がったその尻尾は、彼女がどれ程に恐怖を抱いているかを明らかにしていた。


「ふにゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ネコビト。或いはワーキャット。そう呼ばれる亜人種の少女は、必死に砂漠を駆けている。


 人間種よりも発達した速筋。身の丈の優に五倍の高さを跳躍し、短距離においては並ぶ者なきその俊足。

 疲れやすいと言う欠点こそあるが、それを覆して余りある程の純粋な速さは、あらゆる者を寄せ付けない。


 そんな種族の持つ特性。

 それ故にこの渇きの砂漠と称される大地ですら生き延びてきた少女はしかし、今正に死の淵へと落下を続けているのだ。




 山が動いている。

 そう錯覚してしまいそうな程に、巨大な影が蠢いていた。


 巨大な怪異が叫びを上げる。

 天を揺るがせ、地を揺らすその雄叫びはまるで亡者の嘆きの如く、見る者全てを不安に陥れる恐怖の叫び。


 無数にあり、細かく前後左右に蠢く節足。

 足の一つ一つが齢十五の少女の身の丈を大きく上回程に大きく、その巨大な足さえ怪物の一部でしかない。

 手には蟹や蜊蛄の如き鋏。背は一国の城を超える程の巨大な甲殻に覆われ、その背には毒々しい色をした針の如き尾が生える。


 それは蟲だ。それは蠍だ。唯々巨大である異形。

 だが、それは巨大なだけではなく、それ以上の魔を含んでいる。


 その無数の足が踏み荒らす大地が黒く染まっていく。

 その怪異が歩む度に、悍ましい臭気が周囲を満たす。

 その怪物が吐息を吐くだけで、全てが淀み濁っていく。


 それは魔物が全身に宿す瘴気。

 その溢れんばかりの毒が世界を汚す。

 溢れる瘴気が天を覆い、周囲をまるで真夜中の砂漠の如くに染め上げる。


 唯歩くだけで大地を崩す怪物。

 唯呼吸するだけで死を溢れさせる怪異。

 その全身に満ちる毒素は、しかしその魔物の真価ではない。


 それは蠍だ。ならばその真価とは、最も恐ろしい武器とは即ち尾に他ならない。

 多数の足は獲物を追う為の物。無数の目は獲物を探る為の物。そしてその尾は獲物の自由を奪う為の物なのだ。




 嘗て魔王の居城が存在したが故に、瘴気が満ち溢れるこの渇きの砂漠。

 其処に潜む魔物達は、この南方大陸以外の四大陸に存在する生態系から遥かに隔絶した存在だ。


 A級。AA級と称される巨大な魔物達を喰らう為だけに進化したその毒。

 毒素への耐性すら貫通するその猛毒は、濃度の薄いそれでさえ大地を腐らせ数百数千と言う月日を不毛に変える瘴気である。

 その毒が故にこの怪物は、渇きの砂漠において最強なのだ。


 ロワノールスコルピオン。

 渇きの砂漠の王者として君臨する怪物は、大陸の冒険者ギルドにおいてS級に分類される魔物である。


 A級と称される魔物が一国の騎士団を総動員せねば倒せぬ怪異なら、S級は正しく接触禁忌種。それは既に人の手で如何にか出来る魔ではない。


「にゃっ!?」


 故にそれは当然の帰結であり、それは必然の結末。

 短距離においてならば砂漠の王者と比肩する程の健脚は、それだけの瞬間速度を維持する対価に持久力は非常に低い。

 無尽蔵と思わせる体力を持つ怪物相手に追走劇を繰り広げるには、余りにも不足が過ぎるのだ。


「あ、足が……」


 負荷の掛かり過ぎた筋肉が引き攣り、足が絡まり転げ落ちる。

 倒れ込んだ少女は必死に上体を動かすが、それで逃れられる道理はない。


 無数の複眼が嗤っている。

 食欲の色に満ちた単眼が見詰めている。


 少女の末路はこの瞬間に定まった。


「ひっ」


 ゆっくりと蠍が迫って来る。怪物は知っているのだ。獲物がもう逃れられないと。


「パパ。ママ」


 世を恐怖に陥れた魔王。

 その瘴気より生まれた魔物達は、人の負の情をこそ糧とする。


 苦しめ、嬲り、辱め、犯し、生きたままに踊り食う。それこそが魔物に襲われた人々の末路であり、そして少女に訪れる結末だ。


「誰か、助けて」


 助けなど訪れない。

 肩程までに伸びた栗色の髪と同色の瞳を涙で滲ませる少女に、救いなどは訪れない。


 父母に会う事を願ったまま、誰でもない誰かの助けを祈ったまま、砂漠の王者に食われて終わるであろう。


「誰か助けてぇぇぇぇぇっ!!」


 捕食の恐怖に目を閉じて、食われるその瞬間に恐怖して、訪れる必然に絶望して――




 それが必然と言うならば、さてこれは如何なる奇跡であろうか。


「……良いよ。助けてあげる」

「えっ」


 瘴気の夜を切り裂いて、陽射しと共に涼やかな声が響き渡る。

 そんな美しい声がした直後、少女の身体が浮遊した。


 巨大な何かに抱かれている。

 恐る恐るに目を開いた少女の瞳に映るのは、己の身体を支える巨大な手。


 まるで蜥蜴の如く。――されどその手は蜥蜴と言うには余りに鋭利に過ぎる。

 まるで鳥の趾が如く。――されどその手は鳥と言うには余りに筋肉質であった。

 まるで遥か太古に生きた恐竜の如く。――されどその手は無数の黒き鱗に覆われていた。


 そう。それを一言で述べるならば竜。

 巨大な竜の如き腕を持つ誰かが、その少女を横抱きに抱えていた。


 抱き締められた少女はその胸元へと顔を寄せる。

 余り筋肉の発達していない胸。中央に蒼く輝く菱形の宝石が埋め込まれた胸板は、まるで子供の様になだらかで柔らかい物。


 その胸の隙間から覗く顔は、人形の如くに整った女性的な顔立ち。

 光を失くした白く長い髪。青い海の如く澄んだ瞳と、魔物の持つ特有の黄金の瞳。光彩異色なその輝きに少女は見惚れた。


「君は」

「……黙ってて、舌を噛む」

「にゃふっ」


 何かを問い掛けようとして、何故と疑問を零そうとして、しかし彼に強く抱き締められて言葉は止まる。

 その声は変声期前の少年の如く、甲高く澄み切った美しい声音。

 その両手にある異常とはまるで真逆の、美しい人の在り様に少女は思考を巡らせる。


 恐らく、彼は己と同じ亜人種であろう。

 竜の亜人種など聞いた事も見た事もないが、それでもあり得ない話ではない。


 その巨大な手と鱗に覆われた巨大な尾。ドラゴンニュート、あるいはリュウビト。

 過去の伝承にのみ存在し、既に滅んだと言われる種族の持つ特色なのではなかろうか、と。


 亜人種は魔物に届かない。

 魔物に犯された人より生まれたとされる亜人種では、父祖たる彼らに遠く及ばない。


 真実最強種である竜ならば兎も角、不完全な亜人では砂漠の王者に届かない。


「にゃっ! にゃふっ!!」

「ちょっとくすぐったい」


 それが道理なのだから、己を助けようとしてくれた綺麗な人がそうなるのを我慢出来なくて、如何にか口を開こうとする。

 なのに予想外な程に強い彼の力は、少女を抱き締めたままに語らせる余裕を与えてくれはしなかった。


「■■■■■■―――ッ!!」

「……うるさいな」


 獲物を眼前で攫われた王が怒る。

 その全てを揺るがす咆哮に少女は身を竦め、対して彼は面倒そうに眉を顰めるだけ。


 一体どれ程の胆力をしているのか。

 一体どれ程に肝が据わっているのか。


 或いはイカレてしまっているのか。


 そんな不動の姿に驚愕する少女を余所に、彼は彼女を抱き締めるのとは反対側、己の胴程に大きな右手をゆっくりと開いた。


「お前、五月蠅い」


 彼は凄まじい胆力を持つ訳ではない。

 肝が据わっている訳ではなければ、狂気に満ちている訳でもない。


 ただ、知っているのだ。それを理解しているのだ。


 砂漠の王など敵ではない。


 とん、と軽い踏み込みと共に、竜は大きく空を跳ぶ。

 その飛翔は一国の城より巨大な王をあっさりと飛び越す程に高く、王がその尾を振るうよりも尚速かった。


「■■■■■■―――ッ!!」


 二度目の咆哮は先とは違う色。

 空を駆けた竜が着地すると同時に、尾を失った怪異は痛みに震えて泣き叫んでいた。


 純粋な痛みで叫ぶ王者を前に、彼は紫色の血が滴る蠍の尾にその小さな口で齧り付く。

 獲物と捕食者。それだけの違いがあるのだと示す様に、砂漠の王者の血肉を喰らって見せた。


「不味い」


 口に含んだ猛毒を、そう言い捨てて吐き捨てる。

 最高硬度を誇る究極鋼(アダマンタイト)より尚硬い王の外殻を、己の歯だけで砕いて見せた竜は蠍の尾を手放すと足で踏み付けた。


 両の手と同じく異様を放つ黒竜の足で踏み付ける。

 それだけで王者の尾はあっさりと砕かれていた。


 優しく地面に下ろされたネコビトの少女は、信じられないと目を丸くする。

 一体誰が、その四肢と臀部より伸びる尾以外は華奢な乙女にしか見えない人物の手で、こうもあっさりと砂漠の王者が蹂躙されると見抜けるだろうか。


 一体どうして、一国を一夜とせずに滅ぼせる最上級の魔物が、少女よりも小さな子供に食い千切られるなどと思考出来ようか。


 目の前に背中を見せる竜は、砂漠の王者を遥かに超える魔性であったのだ。


「別に君に恨みがある訳じゃない。人に近い方を助けようと思った、僕がそんな我儘な気紛れを起こしただけ」


 その海の様な、宝石の様な蒼き瞳が輝く。

 星海より母なる大地を見下ろした時に映る様な、美しい蒼い瞳で彼は告げる。


「正直お前なんてどうでも良い。興味も湧かない。蟲は見ると潰したくなるくらいに嫌いだから、さっさと潰れろ」


 逢魔が時を示す黄金の瞳が、暗く濁った色で輝く。

 何もかもを台無しにしてしまう魔性は、何もかもを惹き込み魅了する輝きに満ちている。


「だから、御免ね」


 彼は善なる意志で、怯え逃げようとする王に告げる。


「だから無意味に死ね」


 彼は悪なる意志で、怯え逃げようとする王に告げる。


「さよなら」


 乱雑に振り下ろされた左腕。

 巨大な蠍に比べれば遥かに小さなそれは、王の頭部をあっさりと磨り潰して殺し尽くした。


 たった二撃。

 唯二度の攻撃で、砂漠の王者は息絶えたのであった。




 彼が振り返る。

 紫色の血と死臭に塗れてなお美しい竜は、ゆっくりと少女の前で振り返る。


「……大丈夫?」


 悪意も善意も消え失せた無表情で問い掛ける竜を前に、少女は何も口に出来なかった。


 彼は恐ろしい。あの魔物すら易々と屠るその手は、ネコビトなどあっさりと押し潰すであろう。

 彼は恐ろしい。あの魔物すら認識できない速度で動いたその足は、ネコビトに逃げる余地など与えないであろう。


 彼は恐ろしい。だが、それ以上に彼は美しかった。


 まるで雪の様に純白で、腰まで伸びた長い髪。

 星の様に蒼い瞳と、悪夢の如き黄金瞳。四肢は黒き鱗に覆われ、その竜尾は身の丈よりも大きい。


 一見すれば少女にしか見えない。

 高価な人形の如き整った顔を無表情に染めた彼は、幻想の如く美しかったのだ。


「綺麗、にゃ」


 だから見惚れた。

 誰よりも恐れなければならない怪物を前に、亜人の少女は見惚れ続けていた。


 もしもこの世に運命と言う物があるのならば、この出会いこそがそうなのだろう。


 そう思考する少女は、夜の如き瘴気を切り裂いて現れた竜の顔を何時までも見つめ続けていた。






「おーい」


 美しい絵画の如き姿に見惚れる。

 その白き髪。光彩異色の瞳。人形の如く整った顔立ち。

 子供から大人に変わる直前の如きその倒錯的な身体付きも含めて、その全てが美しかった。


「おーい」


 膨らむ前の少女が如き胸元。

 くびれた腰つき。その腰より下を覆うは黒き竜鱗。

 異様なまでに肥大化した下半身と臀部のやや上方より伸びる巨大な尾。


 ゆっくりと視線が下に降りていく中で、少女はそれを目の当たりにした。


「ふにゃっ!?」


 乙女の如き肉体の股間にて聳え立つその威容。竜の半身以上に顔に不釣り合いなその一物。

 竜と人の混ざり合ったが故に亜人種にしては余りにも巨大なその砲門を見た思春期の少女は、耳まで真っ赤にして叫び声を上げた。


「君、男の子かにゃっ!?」

「気付いた」


 漸くの反応に無表情を僅かに崩す少年に対して、慌てて視線を逸らす少女。

 顔を羞恥で真っ赤に染め上げて、それでも気にはなるのかチラチラと視線を送りながら少女が叫んだ。


「何で前を隠さないにゃ!」

「……隠す物、だっけ?」

「隠す物にゃ!!」


 怒鳴り付けるような少女の叫びに、少年が返すのはすっとぼけた様な一言。


「忘れてた」

「ど、どんだけにゃ」


 一体どれ程辺境で暮らせば、これ程にズレた人間が育つのか。

 見た事もない種族である事も相まって、少女の中では彼は何処ぞの秘境に存在する謎の部族的な何かと言う認識が芽生えつつあった。


「けど、困った。隠す物、ない」

「っ! ならこれ上げるから、ちゃんと前隠すにゃ!」


 困り顔を浮かべる少年に、少女は己が羽織った外套を脱いで少年に被せる。

 直前まで全力疾走していた少女の熱が移った外套を着せられた少年は、ほんの僅かに楽しげな笑みを浮かべて己をすっぽりと覆い隠す外套の裾を握り締めた。


「マント。温かぬくぬく。……けど、裸マント。変質者?」

「全裸よりマシにゃ!」

「君。寒そう。上と下だけ、臍だし。……マント返す?」

「返さなくて良いにゃっ! それから、これはファッションだにゃっ! 昼間の砂漠は熱いから、外套で日差しを防げば十分にゃよっ!!」

「そう。なら返さない。……ありがとう」


 その独特とした性格にペースを乱され、猫耳少女は息を荒げる。

 疲れた様な表情を浮かべる彼女に背を向けて、少年は己が倒した獲物へと足を向けた。


 海老の殻を剥くような感覚でその外殻を剥ぎ取ると、その中身の毒素塗れな肉に口を付けて。


「……やっぱり、不味い」

「って、何してるにゃぁぁぁ!?」

「ん? 獲物狩ったら、食べるべき。……不味くても、捨てると勿体無い」

「ロワノールスコルピオンなんて、食べる方が勿体無いにゃぁぁぁぁっ!?」


 もきゅもきゅと蠍肉を噛み締めて眉を顰める少年を見て、慌てふためく少女は叫びながらその死骸の下へと駆け寄っていく。


「あ、ああ、こんな無残になっちゃうにゃんて。……抜け殻だけでも末端価格で十万ルピー以上するのに、外殻その物を売りにだせていたら末代まで遊んで暮らせたにゃよ」

「不味いのに高いの? 多分、生じゃなくても不味いよ」

「食うにゃ! 抜け殻は秘薬の材料にも、魔道具の素材にもなるにゃよ!」


 既に売り物にすらならない程に原型を留めていない元宝の山の姿に、少女はがっくりと両手を地面について崩れ落ちた。


「折角、ミュシャが外殻を手に入れようと、死に物狂いで巣穴に入り込んだのに……」

「……巣穴に入り込んだ?」

「あ……」


 金に目が眩んだ欲深少女は、ショックの余り胸中を吐露してしまう。

 それを耳聡く聞きつけた少年は、首を傾げながら問い掛けた。


「結局、自業自得だった?」

「ふぐぉっ」


 少年は知らないが、砂漠の王者は基本昼間は外に出ない。

 巣穴に籠ったまま眠り続けており、無理に忍び込もうとしなければ危険ではない魔物だったりする。

 それを知りながらも入り込んだ少女は、その純粋な瞳を前に咎められている様な罪悪感を覚えていた。


「……で、君は一体なんなんだにゃ」

「僕? ヒビキ」

「いや、名前聞いたんじゃないんにゃけど」

「?」


 ぐったりとした表情で、怯えも怒りも羞恥も全て忘れ去った少女は地面に寝そべる。

 凄まじいまでの徒労感に、ふにゃーと気の抜けた声を漏らしていた。


「君の名前は?」

「あー、ミュシャはミュシャって言うにゃね」

「ミュシャ。覚えた」


 そんな少女を余所に独特のペースを乱さない少年ヒビキ。

 どっと疲れが出たミュシャは、尻尾をだらしなく振りながら見ているだけなら素晴らしい容姿の少年を見上げ続けて――


(はっ! 待てよ、これはチャンスにゃ!)


 ふと、その事実に気付いた。


(これ程の実力者、かつ超級の天然で世間知らず! これは利用してくれと言っているような物にゃっ!」

「……声に出てるよ。ミュシャ」

「グヘヘヘヘ。ロワノールスコルピオンより強い護衛が居れば! フォリクロウラーの葉石も、サーブリワームの牙も、アギシャグルイユの瞳も、ぺルマナサラマンドの油袋も、全部全部取り放題にゃっ!!」

「……凄い、俗物的な目」


 そう。それこそ少女の気付いた可能性。

 この渇きの砂漠に住まう超級の魔物達。それすら相手にもならない彼が居れば、如何なる素材も取り放題なのである。


 それに気付いた少女は溢れる涎を手で拭いながら、考えが駄々漏れになっているとさえ気付かずにニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「そんな訳で、ヒビキだったかにゃ? ミュシャを守ってくれませんかにゃ。か弱い乙女は、こんな危険地帯じゃ生きていけないにゃよ。お家に帰る前に、さっきのみたいに魔物にぱっくりされちゃうにゃ」


 そして一転。ネコビトらしく巨大な猫を被った少女は、キラキラとした瞳で手弱女を演じるのであった。

 無論、欲深な性質を隠し切れずにボロが出ているが故に、返る視線は冷たいのだが。


「にゃ、にゃー。お姉さんが居れば、色々便利だと思うにゃよー」

「…………」

「この渇きの砂漠も、南方大陸の立地も、お姉さん一杯知ってるにゃよー」

「…………」

「盗賊家業長いから、鍵開け出来るよー。盗掘技術高いから、罠解除も得意にゃよー」

「…………」


 返る瞳の冷たさに、売り文句を一つ一つ潰されていく猫耳少女は顔色を変える。

 何だかんだ言っても相手は生物的に遥か格上、騙して利用しようと裏で企んでいるヘッポコ少女は己の罪悪感もあってか、こうも疑念の目を向けられ続ければ背筋が冷たくなってしまうのも当然の事であり。


「……まあ、良いよ」

「へ?」


 故に、あっさりと返された了承の返事に、驚愕するしか出来なかった。


「マントのお礼と、久し振りに楽しかったから、暫く手伝ってあげる」

「ふぁっ!?」

「僕の方も目的があるから、それ優先だけどね」

「ふぁぁぁぁぁぁっ!!」


 驚きが全身を貫いて通り過ぎ去って行った後、少女に残るのは高揚感。

 約束された勝利を前に、この守銭奴は全身で喜びを表現した。


「きたぁぁぁっ! これで勝てる!」


 両手を振り上げてピョンピョンと飛び跳ねる猫耳少女。


「じゃ、さっそく行くにゃぁぁぁっ! 待ってろ、至高の素材たちぃぃぃ! ぐへへへへへ」


 そうして最も近いであろう高級素材の蒐集場所へと走り出す少女。

 その背を見詰めながら、少年はぼんやりと呟いた。


「……変な子」


 己の異形に対する反応よりも、己の我欲を優先するネコビト。

 その少女の性格を、変な奴だと批評した少年は、くすりと小さく微笑む。


「けど、久し振りに面白い」


 笑ったのは何年振りだろうか、少し首を捻って、どうでも良いかと結論付けた少年は走り去って行く少女を追い掛ける。


 その気になれば音より早く動ける少年にとって、彼女に追い付く事も追い越す事も実に容易い。

 けれど追い越すよりも、追い付くよりも、その楽しげな動きをもう少し見て居たかったから。




 少年は速度を合わせて、ゆっくりと歩くのであった。






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