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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第三部第一幕 竜と処刑人のお話
192/257

その14

 選択を迫る友の姿に、男は何も答える事が出来なかった。何を選べば良いのか、何を奪うのが正しいのか、彼には何一つとして分からない。


 幼い頃から、進んで来た一つの道。間違っていると気付いた後も、縋る様に信じたその道。果てが荒野に続くと分かって、どうして今更に止まれよう。

 今この前に存在している、きっと正しい一つの道。これ以上を作れぬならば、きっと壊してはならない人の理想。何も成せない無価値な己が、どうして理想を崩せよう。


 分からない。分からないのだ。どうして良いか、どうすれば良いか、何一つとして分からない。けれど選択の時は迫っていて、選ばないなんて道はない。

 精霊王の抱擁を受けて、此処で眠るのがきっと選ばないと言う選択肢だ。だがそれを己に許せなかったデュランは、既に拒絶してしまっている。だから今更、そんな道は選びたくもなかったのだ。


「……時間はまだある。もう少し、考えてみると良い」


 理想郷を統べる友人は、そう語って背を向けた。歩み去る彼の背中に、返す言葉は何もない。選択への解答以外、何も求めていないと分かるから。今はまだ、デュランは彼に何も言えない。


「デュランお兄ちゃん」


 懐から見上げる小さな少女が、案じる様に声を掛ける。アーニャの瞳を見詰め返して、しかし返す言葉は何もない。何を返して良いかが分からない。

 選ぶ道によっては、奪う事になる命。選ぶ道によっては、理由にしてしまう事になる命。案じる色で見詰める無垢な瞳は、唯只管に痛かった。苦しいのだと、泣き叫んでしまいそうになる程に。


「……悪い。一人にしてくれるか」


 だから、小さな少女を拒絶した。地面に優しく下ろした少女が、伸ばした手を軽く振り解く。そうしてデュランは立ち上がり、アーニャに対して背を向けた。


「あ、けど」


「頼むよ。アーニャ」


「…………うん」


 歩き去って行く青年の姿に、伸ばした手は届かない。虚空を彷徨う片手を伸ばして、けれど言葉は口をつかない。頷きしか返せない。他に何と言えば良いのか、少女にもやはり分からなかった。


 都合の良い答えなんてない。必ずや誰かが失われる。選択の岐路にある彼に、失われる側の者が一体何を語れるのか。語れたとしても、語らないでくれ。小さな声は暗にそう語っているかの様で、アーニャにはもう何も言えなかったのだ。




 そうして、デュランは歩き出す。横に誰も居ない道を、暗く悩みながらに歩く。吹き付ける幻想の美しさを、どうにも鬱陶しいと感じてしまう。

 抱えた鬱屈さえも、格好悪いと言える物。情けないなと自分で自分を蔑みながら、だからと言って直ぐに開き直れない。不器用なのだ。器用に生きてこれたのなら、彼は端から此処には居ない。


 己の心が、一体何を望んでいるのか。それすら分からない青年は、桃の花弁が吹雪く道の途中で過去を想う。己が歩いて来た道筋を、一つ一つと思い返した。


――何れ、また会いましょう。


 まず最初に感じたのは怒りであった。どうして、何で、誰も愛してくれないのか。小さな憤りは積もりに積もって、向いた先には誉れ高き光の聖女。

 偶然の出会いから、怒りは憧れへと変わった。確かに尊いのだと理解した。求めていた愛情を彼女の姿に垣間見て、今はまだ不釣り合いなのだと納得した。


 もしかしたらあの時全てを明かしていれば、聖女はその場で愛してくれたのかもしれない。けれど幼いデュランには、それが不釣り合いだと思えたのだ。

 薄汚い己と、美しい彼女はまるで釣り合いなど取れていない。愛されないのは当然だ。愛されるだけの資格がないのだ。だから何時か、聖女の様な優れた人に成れればと。


 憧憬の本質は、きっと唯の求愛だった。虐待された子が父母に認めて欲しいと努力する様に、発端はそんな子どもの縋り付いた小さな希望だ。


――けど、貴女の未来を祈っている。何時までも、アーニャの幸せだけを、お母さんは願っているわ。


 次に感じたのは称賛。そして同時に、積み上げた価値観を崩された。母は少女を愛していた。少女は母に愛されていた。そんな当たり前の光景に、デュラン達は打ちのめされた。

 理由はなかった。其処には母と娘と言う以外に、理屈なんて一つもなかった。なのに彼女は愛していて、確かに彼女は愛されていた。何よりも尊いと語れる願いを尊敬しながら、デュランは理不尽にも思っていたのだ。


 愛されるには、資格が居るのだと思った。だから、誰にも抱き締めて貰えないのだと思った。なのにどうして、少女の母は少女を愛せたのだろうか。

 女の立場は劣悪だった。彼女の境遇は最低だった。男の父母など比較にすらも成らない程に、それでも女は娘を愛した。其処にあった感情に、嘘偽りなんてありはしない。


 結局の所、子の問題ではなく、親の問題だったという事。愛される側の資格ではなくて、愛する側の資質が歪んでいただけの事。そんな事実に気付くまで、余りに長く時間が掛かった。

 長過ぎた。遅過ぎたのだ、気付くのが。あの邂逅で気付けていれば、抱き締めて欲しいと望めただろうに。もう一度会う為には、相応しい立場が居る。其処に至るまで、顔を見る事すらもう叶わない。


 だから死に行く女の頼みを聞きながら、前に行こうと決意した。幼い少女の震える身体を抱き締めながら、その時はまだ何時か抱かれる事を夢に見ていた。憧憬する空の星を、追い掛けようと思えていた。


――異端審問官、デュラン。本日より貴様は、十三使徒に列席される事が決まった。栄転と共に、聖典の授受とデスサイズの異名が授けられる事となる。これまで以上に、励むと良い。


 その時に感じたのは、歓喜であったか、後悔であったか。入り混じった激情は、言葉にするのも難しい。漸く会えると歓喜していて、此処まで来てしまったと後悔もしていた。


 元来、十三使徒とは狭き門だ。聖典授受者足れる資格を持つ者が、相応の訓練と試験を受けた果てに列席を許される。北伐の為に半強制的に席次に付かされた、リースと言う女が例外なのだ。

 当然、空席が生まれる時も多い。十三席次全てが埋まっていた期間など、五百年を超える聖教の歴史の中でも片手で数えられる程の年数でしかない。中でも特に条件の厳しかったのが十三席次だ。


 いざという時に他の席次の誰もを殺せる実力者でなければならない。それで居て聖教を裏切らないであろう精神性と、身内殺しに耐える意志の強さが必要となる。

 歴史上でもデュランを含めて、僅か三人しか該当者の居ない席である。そしてその誰もが任務の中で命と心を削り続けて、短命の内に発狂して非業の最期を迎えて来たと言う碌でもない曰くが付いた場所。


 恐れる心は、僅かにあった。けれどそれ以上に、漸く会えるという歓喜の方が強かった。歩いた道への後悔は、確かにあった。けれどそれ以上に、もう一度逢える事が嬉しかったのだ。

 だから、走り出した。姉の下へ、聖女の下へと、駆け出した。もう一度逢えたら、何を言おう。もう一度逢えたら、何をしよう。あの日の母と娘の様に、彼女は抱き締めてくれるだろうかと――。


――この人殺し! アンタの所為で!!


 その時、感じたのは納得だった。すとんと収まるべき場所へ、収まる様に嵌った怨嗟。どうしようもない程に、相応しいのだと自覚した。

 立ち止まったデュランを責め立てるのは、修道服に身を包んだ一人の女。数日程前にデュランが審問官として殺害した、不正を為していた神官の娘であった。


 怒りと憎悪を叫ぶ女にとって、父が悪人とされる人種であった事など関係ない。彼が如何に外で破滅を作り出そうと、家の中では敬うべき父親であったのは事実であるのだ。

 聖教の定めた戒律を破り、悪を為したから処刑された。女も其処には納得していた。悲しいと嘆いてはいたが、理解だけは出来ていた。ならば何が許せないかと、彼女は罵倒の中で口にする。


 父の罪を償う為、礼拝堂へと向かっていた女。彼女が見たのは、父を殺した下手人が、喜びを顔に張り付けて意気揚々と駆ける姿だったのだ。

 この男は、父の死を喜んでいる。この男は、父の殺害に歓喜している。この男は、同胞である神官を殺して悦に浸る人種であるのだ。そうと理解した瞬間、彼女の理性は弾けていた。


 怒りと憎悪で、罵倒を口にし続ける女。彼女が神殿付きの聖騎士らに囚われて、連れて行かれる姿に思う。確かにそうだと、デュランは否定を返せなかった。

 デュランは喜んでいた。漸く姉に逢えると、命を奪った事を喜んでいた。その事実に漸く気付いて、彼の足は其処で止まった。己の両手にこびり付いた罪を、其処で漸くに自覚した。


 奪った命にも、家庭はあった。例え悪なのだとしても、愛していた絆があった。己の所業は、それを踏み躙る行いであったのだ。

 奪った命の全てが、悪と言う訳ではなかった。罪とは言えない境遇なのに、落とされた無数の首がある。切り落としたこの腕は、その血で赤く濡れていた。


 だからもう、扉を開く事は出来なかった。目の前に聳え立つ聖なる塔を前にして、デュランは其処で踵を返す。

 不審げに見やる警備の者らから逃れる様に、彼はこの日に己が報われようと思う事を止めた。奪った命に何かを返さなくてはと、この日から想う様になったのだ。


「結局、何も返せない」


 けれど、一体何が返せただろう。進めば進む程に負債ばかりが増えていき、泥の底へと沈んでいく。この手が綺麗になったら彼の空で輝く星へ何時かと、そんな願いは夢幻の中でも抱けない。


「報われる事を拒んで、報いる事すら出来なくて、結局俺は……一体何のために、生まれて来たんだろうな」


 果てに荒野へ至ると決まった。この道が無価値だと語るのなら、其処を歩く事しか出来ないデュランの身にも価値はない。そんな命、生まれて来たのが過ちだろう。

 優れた部分は全て姉の身体に流れて、残った劣悪な物だけで出来た弟。過去に父母から言われたその言葉に、今では納得だけしか浮かばない。本当に、この身はどうしようもないのだろう。


 デュランは一人、物思いに沈みながら歩き続ける。ゆっくりと流れる穏やかな時間は、彼とは全く無縁の物。

 舞い散る桃花の中で一人、歩き続ける彼は気付いた。同じ様に物思いに耽る、誰かがずっと前から其処に居た事に。


 桃の大樹に寄り掛かり、空を見上げていたのは花弁と同じ色をした女。初めて見る表情に、デュランは僅か目を見開く。その気配に気付いたのだろう、ブリジットも彼の顔を見た。


「あら? デュラン?」


「ブリジット? ああ、そうか。お前でも、迷うか」


「貴方も? ……えぇ、そうですわね。これは迷わずには居られない程、とても重要な問題ですもの」


 珍しい、とは思えど状況を理解して納得する。彼女もマキシムから、選択を突き付けられたのだろう。デュランと同じ、聖教徒であるのだから。

 そして、思い悩んでいるのだろう。無理もない。これまでの全てを覆す様な選択で、しかし選ばない訳にはいかないのだ。ならば悩み惑うのも当然だった。


「少し、良いか?」


「ええ、どうぞ。ワタクシも少し、人の意見を聞いてみたいと思ってましたわ」


 デュランは彼女の傍まで歩み寄ると、同じく木々に背を預けた。立ち尽くして見上げているブリジットの程近く、座り込んで同じ立場の女に問い掛ける。

 同病相哀れむと言う訳でもないが、同じ立場であるからこそ共感する想いも多くあるだろう。胸にした想いを言葉に変えて口にすれば、きっと分かり合える筈なのだから。


「……ずっと歩いて来た道が、間違いだなんて知っていた」


「ですわね。けれど信仰があった。正しくない道ですけど、進みたいから進んで来た」


「俺の理由は、信仰なんかじゃない。そんな大層な物じゃないんだ。唯、一つだけ――姉さんに、抱き締めて欲しかったんだ」


 歩いて来た道が間違いだった事なんて、あの母娘に出逢った時点で分かっていた。子を真摯に愛する母を嬲る事を推奨する教会の教えが、正しい筈がないのである。

 信仰なんて、大層な物ではなかった。間違っていると分かって、それでも歩いて来たのは下らぬ求愛行為。ならばそれを貫けば良いのに、遺族の罵倒を前に立ち止まってしまう程、男は中途半端に過ぎた。


「何となく、気持ちは分かりますわ。でも、デュラン。貴方、馬鹿ですのね。あの聖女様なら、真相を伝えて頼めば愛してくれたでしょうに」


「そうだな。俺は随分と、馬鹿な奴だったんだろう。だからこうして、馬鹿げた男に相応しい無様な姿を晒している」


「ええ、情けないですわね、デュラン。男の泣き顔なんて見たくありませんわ。悩むに足りる一大事なのだとしても、もう少しシャンとしなさいな」


 見上げた視線と、見下ろす視線が交じり合う。返る言葉は厳しいけれど、見詰める瞳はそれでも情に溢れた物だ。

 立ち上がれと告げながら、立ち上がれずとも見捨てない。もう一度己の足で立てる様に成れるまで、見守る想いが其処にある。


「お前は強いな。ブリジット」


「貴方が弱いのですわ。デュラン」


 己の道は最悪だった。生まれて来ない方が良かったと、断言出来る程に最低だった。生きていて、積み重なるのは後悔ばかり。

 けれど、人の縁には恵まれている。こんなにも素晴らしい友人達との出会いだけは誇れるのだと、デュランは確かにそう思うのだ。


「ワタクシはもう決めましてよ。何を為すべきか、進むべき道は決まっていますの」


 桃の花弁と同じ色をした縦ロールを靡かせながら、ブリジットと言う名の女は友へと告げる。彼女は既に、進むべき道を決めていた。


「お前は、もう選んだのか。その道が、正しい、と?」


「これが正しいのかなんて、ワタクシには分かりませんわ。これが重ねて来た信仰に、弓を引く道だとは分かっていますの。それでも、美しいと思った。それだけは揺るがない真実なのよ。なら、それで十分なのではなくて?」


「……嗚呼、本当に、お前は強いな。羨ましいと思う程」


 事の正否などは分からない。これまでの積み重ねに、背を向ける行為であるとは自覚している。それでも、進むべき道を選んだ。理由は一つ、美麗であるから。

 友の語る言葉は力強くて、彼女は己とは違うのだと確かに感じた。心の底から、その強さに憧れる。羨ましいと呟くデュランは、己を貫ける程の強さなんて持っていない。


「俺には、無理だよ。それだけで、道は選べない。選んで良いとは、思えないんだ」


「全く貴方は、本当に駄目男ですわね。これの何処が良いのか、見る目がない美少女が多くて困りますわ」


 だから出来ない。美しいと言う理由だけで、守ろうとは思えない。壊してはいけないからという理由一つで、全てを裏切る覚悟がない。

 俯き弱音を零すデュランに対し、ブリジットは呆れた様に息を吐く。全く何も見えていない。女の扱いが分かっていない馬鹿な男に対して、彼女は心底からの言葉を伝えた。


「意見を聞きたいと言ったでしょう? ワタクシだって、そんなに強い訳ではなくてよ。……今だって、本当にこれで良いのか、ずっと震えていますの。決めたのはもっと前なのに、此処から進めていませんもの」


「……ブリジット、お前がか?」


「ワタクシを一体何だと思っているのか。そんな者ですわよ。きっと誰しも、その程度の者なのですわ」


 迷い、悩んでいるのはデュランだけではない。ブリジット自身、為すべき事を決めても動き出せない程度に、大きな悩みを抱えている。

 彼女だけではあるまい。きっと誰もが同じ立場に置かれれば、悩んで戸惑い出した結論すらも疑うだろう。己の心が絶対的に正しいと、盲信出来る人間なんて多くはない。


 デュランは特別なのではない。彼が誰よりも、弱いと言う訳ではない。誰しもが、心の中に弱さを持つ。そんな弱さに言わるまで気付けないから、デュランと言うは男は駄目なのだ。

 そう断じるブリジットは、それでもと言葉を先へ繋げる。怖いし恐ろしいし迷っているが、答えを選び取れた理由。それはきっと、言葉にすれば単純な物。決意と呼ぶ程、重い物では断じてない。


「けれど、だからこそ、先ずは進んでみるのですわ。だって、悩んだままでは、ずっとこのまま続くでしょう? ワタクシ、そんな停滞は嫌ですの」


「……嗚呼、そうだな。確かに俺も、此処で止まり続けるのは嫌だ」


 悩んでいては、進めない。進めなければ、ずっと苦しい今が続く。その停滞が嫌だから、ブリジットは答えを出した。

 先ずは一つを心に定めて、その道を進んでみよう。進んだ先に間違っていると分かるとしても、そんな答えすらも進まなければ分からないから。


「けど、進んだ先で、間違っていたと気付いたら――」


「その時はその時ですわ。ごめんなさいしてUターン。全力疾走で元居た場所まで、戻ろうと足掻けば良いだけですの」


「軽くないか、それ?」


「貴方が重過ぎるだけですの」


 正否の判断ですら、此処では出来ない。ならば進んだ後で戻れば良いのだと、笑う女に眉を顰める。

 ブリジットの発言は軽過ぎる。其処に人の命が伴うならば、取返しなんて付かないだろう。そう語るデュランを、ブリジットは笑い飛ばした。デュランの発言は、逆に重過ぎるのだ。取返しが付かないかどうかなんて、終わってみなければ分からない物ではないか。


「恐れは何時も、危険を大袈裟にする。ならば、Go For It! 進んでから、考えれば良いだけの話ですの!」


「案ずるより産むが易し、か。……確かに、そういう類の話なのかもしれないが」


 未来なんて、未だ来ぬから未来であるのだ。風の王らの様に正確な予知をする者が居たとして、だから決まっているとは断言出来ない。

 先ずはやってみて、それから思考すれば良い。取返しは付くかもしれないし、付かないかもしれない。どちらにしても、足掻く結果は変わらぬだろう。ならば悩み続けるだけ、時間の無駄と言えるのだ。


「ワタクシは、取り敢えず進んでみますわ。正しいかどうか、これで良かったのかどうか、一先ず全部後回しですの」


 少なくとも、ブリジットはそうすると決めた。揺らいでいた感情も、己よりも戸惑う他者を前に落ち着いた。

 彼の為にも、己が先に動くとしよう。その背を見せる事で、その決断を促そう。デュランはブリジットが毛嫌いする男と言う性別ではあるが、それ以前に彼女の友であるのだから。


「だから貴方も、選べないなら進みなさい。場所を変えれば、見えてくる景色も変わる物。デュランの答えも、きっと其処にはありますわ」


「……お前は本当に、偶に良い女だから困る」


 見上げた先にある、見下ろす笑顔は綺麗な物。僅か見惚れて、皮肉気に返す。性癖さえ除けば本当に、非の打ち所がない友人だった。

 中身を知らなければ、惚れていたかもしれない。そんな風に内心で述懐しながら、デュランはその目を前へと向ける。彼の中でも、為すべき事は定まっていた。


「だが、そうだな。先ずは進んでみるとしよう」


 そうして、立ち上がる。先に行こうとしていた友と、肩を並べて想いを言葉と紡ぎ上げる。其れは覚悟と言うには少し軽くて、けれど確かな決意であった。


「どちらに進むとしても、為さなければならない事。今の俺に、出来るかどうか分からない事。先ずはこれを、試金石としてみよう。その先にはきっと、違う景色も見えてくると思うから――」


「ですわね。その為に必要な者。相対するべきなのが誰なのか、きっとワタクシ達の答えは一つ」


『悪竜王。ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカ』


 二人の言葉が其処に揃う。共に同じく、彼こそを基点の一つと定めていた。先に進む為には先ず、あの少年と向き合わねばならぬのだと。

 きっと、互いの心は一つであるのだ。肩を並べた友へと振り向いて、笑い合いながら言葉と紡ぐ。彼より我が、先に想いを成し遂げる。険悪ではない競い合いの意を込めて、互いの胸中を言葉に変えた。


 この桃源郷に飲まれる直前、決着が付かずに終わった戦い。その続きこそが、デュランがこの今に求める試金石。己を試した果てにこそ、彼が望む明日に繋がる道が見える。

 だから、先に貰うぞと。語るデュランは見えていない。傍らに伴う女は確かにデュランと同じ物を見ているが、その内心が540度くらい違う角度に在ったというその事実が見えていなかった。


「悪いが先手は貰うぞ、ブリジット。奴との決着は、まだ付いてない。その成否に未来を占うなら、先ずは俺から行くべきだ」


「悪くは思いますが、初物はワタクシが頂きますわ! 男が使った後の身体をクンカクンカペロペロウヒャーしても嬉しくないと言いますか、野郎の汁塗れとか想像するだけでも怖気が全く止まりませんの!!」


『ん?』


 共に合わせていた顔を傾けて、疑問の音を口から零す。何かおかしい言葉が聴こえた様なと、デュランは眩暈を感じながら問い掛けた。


「待て、どういう意味だ。ブリジット。お前、悪竜王と戦う心算じゃないのか?」


「閨的な意味で、戦ってみようと決めたのですわ。ほら、あんなに美しい娘ですもの。生えてても、アリかな、って。ワタクシの信仰(レズ)心には相反しますが、体験しないで否定するのもアレですし。先っちょだけ入れてみれば、もしかしたら新たな扉が開きますの! レズビアンから、男の娘限定のバイセクシャルへと!!」


「………………なぁ、聖教を裏切るとか、そういうのに対する葛藤は?」


「………………それって、ヒビキきゅんの性別問題より重要ですの?」


 返る言葉に納得する。どうやら互いに悩む事には悩んでいたが、議題がまるで違ったらしい。ブリジットが信じていたのは、聖なる教えではなく性なる教えなのだろう。

 別に聖教に対する執着は特になく、デュランの様に己の歩んだ道に対する想いとかも余りない。出した答えが偶然の一致を見せては居たが、ブリジットが裏切ると決めたのは世界中の聖教徒ではなく世界中のレズビアンだったというだけだ。


「えー。いや、えー。……お前、桃源郷どうするんだよ」


「美少女は正義! オスカーの御爺様は野郎なので、命令なんてポイですわ! 悔しかったら、美老女に生まれ変わってから来なさい!!」


「軽いな。そして酷いな。本当に凄惨な有様だ。偶にはブレろよ、頼むからさぁ」


 至高の美が男性だった。それを受け入れられるか否か。可愛ければ何でも良いのか否か。これはブリジットの生涯に置ける命題だ。

 同性愛者として、同性だけを愛するのか。男の娘も偶には良いよねと日和るのか。ブリジット・ブルクハルトは此処に、その答えを導き出さねばならない。


 それに比すれば、同僚を裏切る事や恩師に泥を塗る事とか取るに足りない事である。後で気付いてごめんなさいで済む話だ。彼女の中では、それ以上の問題になど発展し得ない。

 きっとそんな言葉を聞いても、他の者らも納得するのだろう。ブリジットだしなぁ、と一言で分かり合える筈だ。他でもないデュラン自身が今、そんな絶妙な気持ちを抱いているのだから。


「けど、感謝は、しておく。かなり不本意ではあるが、感謝する他にないからな。ブリジットのお陰で、悩む前に何をすべきか、進むべき道は見えた」


「不要ですわ。貴方があの子を狙うなら、ワタクシ達は友から成った宿命の恋敵なのですから! そうとも、初物は決して譲りません! あの美しい身体は全て、ワタクシの色に染め上げて、ぐへへへへ――――ぎゃふん!?」


「……悪いが、こっちは本気なんだ。どう足掻いてもネタにしか成らない奴は暫く寝てろ」


 こんな女に見惚れていたのかと、己の行動を早速後悔しながら剣を抜く。古代遺産であるこの刀身は、例え折れたとしても鞘に入れておけば自然と復元する物だ。

 微細な機械で出来ている刀の形をした何かというのがマキシムの解説だが、デュランは深く知りはしないし興味もない。使い減りのしない武器として有用ならば、彼にとっては十分なのだ。


 そんな刃を引き抜いて、居合の要領で打ち放つ。くるりと回した刃の背が、油断し切っていたブリジットの後頭部を叩いて、彼女の意識を刈り取っていた。

 何故そうしたのかと問えば、己の目的達成の邪魔と成るから。これより行くのは戦場だ。あの悪竜王との戦いに決着を、生死を賭けねば答えなんて見えて来ないと確信している。


「さて、()くか。糞ったれな戦場に」


 着崩した僧服の上から、十三使徒のコートを羽織る。六本の刀身全てが復元されている事を確認してから、デュラン=デスサイズは歩き出す。

 人里へと向かって、歩を進める度に心は冷たくなっていく。思考回路は戦闘用に、処刑人と呼ばれる彼へと変わる。そうして彼は、一つの家屋の扉を開いた。


 其処はイリーナから、響希ら一行が借りた邸宅。眠り続けるミュシャを休ませる為に、そして今も治療を続けている場所だ。

 大きな音を立てて開いた扉に、其処に居た二人が反応する。扉の近くに居たエレノアは剣を取り、ミュシャを治療していた響希は顔を上げていた。


「悪竜王ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカ。お前に決闘を申し込む」


 都合が良いと、デュランは端的に言葉を紡ぐ。求めたのは、正々堂々とした戦い。あの戦いの続きである。


「行き成り来て、何の心算だよ。お前」


「元より敵同士――とは言え、それだけの理由では不躾か」


 唐突な登場と、口にした言葉の剣呑さ。僅かに苛立ちを見せたエレノアに、デュランは出来る限りの誠意を示す。

 理由は一つ。結局の所、己の都合でしかないからだ。身勝手な頼みをする以上、可能な限りの言葉を尽くすべきだと判断した訳だ。


「俺は今、迷っている。聖教の教えを守るべきか、桃源郷に味方するべきか。どちらが正しいのか、選べない。だからこの一戦で、先を占う事にした」


 求めたのは試金石。全力を出して挑んでも、勝機は五分を超えない丁半博打。だからこそ、意味があるのだとデュランは思う。


「聖教徒であるならば、お前は必ずや倒さねばならない敵だ。遅いか早いかの違いでしかなく、ならば早い方が良い」


 聖教徒としての道を行くならば、響希とは必ず何処かで戦う羽目となる。彼は聖教においての大敵だから、討ち果たさずには済まないだろう。

 そして彼を討てないと言う事は、桃源郷を滅ぼせないと言う事とほぼ同義だ。亜人を滅ぼす為の北伐の途上で、必ず倒さなければならない存在こそが彼なのだ。


 何故ならば、響希らには眠り姫と言う足枷がある。彼女の身を案じる限り、何処か休ませる場所が必要だ。拠点が必ず居るのである。

 そしてその拠点と成り得る場所は、この桃源郷以外に存在しない。北には他に、人の暮らす場所がないのだ。大規模転移で生じる魔力が悪影響を及ぼす可能性もある以上、響希に桃源郷を出ると言う選択肢は存在しない。


「桃源郷に付くならば、恐らくは味方となるだろう。お前を倒せてしまったならば、それは獣人桃源郷にとっては大損害となる訳だ」


 故に龍宮響希は、望む望まぬと関わらず桃源郷に与せざるを得ない。少なくともミュシャの治療を終え、マキシムを如何にか排除するまではこの世界に消えて貰う訳にはいかないのだ。

 ならば必然、十三使徒とも敵対する。デュランが教えを選べば敵と成り、桃源の夢を選べば味方となる。そんな立場にある強者だからこそ、龍宮響希こそがデュランにとっての試金石に成れるのだろう。


「重要な基点の一つと言える。その上で、全力で挑んでもどちらに転ぶか分からない。だからこそ、試金石には持って来いだと判断した」


 全力を以って挑み、戦った果てに勝敗を定める。己では選べないからこそ、その結末に選ばせる。己の積み重ねた全てを捨てるか否かと言うのだから、己の積み重ねた力に結果を委ねようと言うのであった。


「俺の積み重ねた全てが、お前を超えたのならば進み続けよう。果てに辿り着くのが荒野に過ぎないのだとしても、魔王を討てたのならば無駄じゃなかった。最強の暴力装置としての立ち位置を、己の存在価値と認めよう」


 勝利を得れば、デュランはそれを受け入れよう。魔王を倒せる程の武に至った。その事実だけは無価値じゃなかったと胸を張り、破滅に向かって走り抜けよう。

 後悔はしない。もう悩む事もない。己は唯の暴力装置にしか成れなかったのだと納得し、報いようなど傲慢でしかなかったのだと納得し、これまで通りの道を進もう。誰も彼もを殺し尽くして。


「俺の積み重ねた全てが、お前に届かなかったのならば諦めよう。背負った全てに報いる道など、なかったのだと認めよう。奪った人々に謝罪しながら、桃源郷に与しよう。今在る輝きを守る為、過去の全てを殺し尽くして否定する。果てに愛してくれたかもしれない、姉の首を落とすとしても」


 敗北に至れば、デュランはそれを受け入れよう。これまで積み重ねた全てで以ってしてでも魔王を討てなかったというのなら、何をどうしようと桃源郷の崩壊などは成せないのだから。

 諦めた上で、認めよう。己の全ては、無価値でしかなかったと。奪った全てを無価値に変えて、だからこそもう一度始まりから歩き出す。無価値にしてしまった事を詫びながら、もう輝きを失わせない為に、焦がれた人を殺しに行こう。


 それが、デュランの決めた事。それだけが、迷い続ける彼に決められた事だった。


「随分と勝手な話じゃねぇかよ。ヒビキがそれに付き合うとでも、思ってんのか?」


「そうだな。随分と身勝手な話だ。お前には何の関係もないと、それが道理と成る話だろうさ」


 デュランの言葉に、エレノアが敵意を露わとする。彼の発言は悉く、己の都合しか見ていない身勝手な物。そんな物に、彼らが付き合う必要などは何処にもない。


「だが俺にはもう、他の術が思い付かない。他には道が見えないんだ。だからお前には、否が応でも付き合って貰うぞ。悪竜王」


 それを認めて、その上で是が非にも。所詮、男は不器用なのだ。他の道など、彼には見付けられやしない。

 だからその手を剣に掛け、男は戦う構えを取る。居合を放つ素振りを見せるデュランに対して、エレノアは睨みながらも大剣をその手に握り締める。


「エレン。下がって」


 ぶつかり合おうとする両者を、銀髪の少年が止めた。美しい虹彩異色の瞳で彼らを見詰める少年の制止に、エレノアは不満を言葉とする。


「だけど、ヒビキ。こいつらは」


「うん。そうだね。彼らは聖教徒だ。その行いも、彼の仲間達も、信じるには何もかもが不足している」


 信用出来ないと、少女の語りに同意する。戦う義理もなければ、語る言葉が真実であると言う保証もない。一騎打ちを挑んだ裏で、暗躍される可能性も十分ある。

 十三使徒は敵なのだ。ブリジットはその性癖の凄まじさ故に警戒する必要はないと判断されているが、この男は別だ。響希から四肢を捥ぎ取る程の実力者に、懸念を抱かぬ筈がない。


 マキシムはその悪辣さから警戒されていて、デュランはその強さから警戒されている。その結論を、エレノアは揺るがせない。そして響希も、変える心算なんて欠片もない。だが、しかし――


「けど、この想いは本物だ。迷い悩んで、道を探している。掴み取ろうとしている。戦いの果てに、覚悟を求めた。……あの日の僕と、同じ様に」


「ヒビキ?」


「何となく、今なら王様の気持ちが分かるんだ。戦わなければ、ずっと有利だった筈なのにさ。あの人は、僕と向き合ってくれたよ。その気持ちが、何となく今に分かるんだよ」


 嘘は吐いていないと思った。言葉は真実であるのだと理解した。彼は悩んでいて、迷っていて、果てにそれを乗り越える為の戦いを望んだ。

 それは彼の日の響希と同じ類の物だと思う。共感したのだ、強き者と戦った果てに答えを求めると言う姿に。だから響希は、向き合いたいと思ってしまった。


「悩み、迷っている男が居る。己との戦いの果てに、前へ行かんと決意した男が居る。ならばそれが敵だとしても、向き合わないなんて嘘なんだ。己を超えたいと願う相手が其処に居るなら、僕は向き合いたいって思っている。向き合って、向かい合って、その上で――勝ちたいんだって、思うんだ」


 彼の日、響希は折れていた。守らないといけない人達は居るけれど、勝てる訳がない強者の存在に恐怖した。そうして逃げ出した果てで、大好きだった友達の最期の想いに触れたのだ。

 もう守ってあげられないから、強く強く成って欲しい。そう願う彼に響希は応えた。大切な人達を守る為の戦いでもあったがそれ以上に、響希はあの戦いに求めていたのだ。己を貫ける、友を安心させる、人の強さと言う物を。


 彼の日の背中を、乗り越えられたとは今も思ってはいない。けれど己は彼に勝ったのだから、そう在ろうとするのは義務であり己の望みであるのだとも思う。

 そんな響希にとって、デュランの姿は他人事には思えなかった。状況はまるで違っても、悩み苦しみながらも戦いの先に強さと言う名の覚悟を求める。その想いだけは、同じなのだと感じていた。


 だからこそ、響希には漸く分かっていた。あの南方での戦いで、六武の王が何故自分に向き合ってくれたのか。

 分かったならば、何を為すべきかなど決まっている。彼の日に向き合ってくれた王と同じく、今度は己が壁として立ち塞がるべきなのだ。


「そうとも、それが強さだ。あの人の強さは、誰にも向き合おうとしていた事。ならば僕も、同じ様に成りたい。僕は、強く成りたいんだよ。だったらここで、背を向けるなんて道はない」


 例え裏で暗躍する者が居るのだとしても、デュランの行動の全てが彼に利用された物であったとしても、デュラン自身の想いとは全く関係ない。

 だから、向き合いたい。だから、背負いたいのだ。それが嘗て戦った王の持っていた強さだと信じるから、龍宮響希もそうなりたい。成る為に、背中なんか向けてやらないのだ。


「だから、先ずは場所を変えよう。桃源郷(ココ)じゃ、僕も君も全力を出せない。それは互いに、本望なんかじゃないだろう?」


「……恩に着る」


「要らないよ。だって――これから僕は、君の全てを踏み躙るんだから」


 守るべき者が居る。壊してはならない者が居る。この怠惰に停滞した箱庭の中では、響希もデュランも全力なんて出せはしない。桃源郷が壊れてしまう。

 場所を変えようと立ち上がった響希の姿に、デュランは唯々頭を下げる。口にした男の感謝を、響希は頭を振って拒絶した。己が勝つと、彼は確信しているからだ。


「エレン。ミュシャを頼むよ」


「あ、ああ。分かった。……負けるなよ、ヒビキ」


「うん、勿論。負けはしない」


 眠る猫人の少女をもう一人の友人に託して、響希はデュランの肩に触れる。パチンと右手の指を弾いた瞬間、二人はまるで違う場所に居た。


 桃源郷と言う位相空間から、自身とデュランを転移させたのだ。人間にとっては途方もない大魔法の一つであるが、響希にしてみれば欠伸が出る程容易い事。

 ミュシャの身体に刻まれた呪詛が精霊術で無ければ、今直ぐにでも治せていたであろう。あらゆる魔法を自在に操る怪物は、全能に限りなく等しい万能性を有している。




 初めて出逢った、風の森。野営地近くに広がった、開けた空間に向かい合う。響希は内なる魔力を解放すると、その圧だけでデュランの身体を木っ端の如くに吹き飛ばしてみせた。


「さぁ、来るが良い聖教徒。暴虐を司る五大魔王が一つ、悪竜王ヒビキ・タツミヤ=アジ・ダハーカが相手をしよう。初手より全力で来なければ、その瞬間にも潰してしまうぞ」


 同時に纏う衣を入れ替える。南方で身に纏っていた魔導騎士の外装。白き軽鎧を伴う術士のローブを、彼が魔法で作り変えていた物だ。

 赤きローブに、黒き鎧。旅路の途上で仕留めた魔物の死骸を混ぜた姿は、まるで物語に出て来る悪役の如く。利便性を追求した果てに作り上げた物が、魔王然としてしまったのは如何なる皮肉か運命か。


 何ともらしい笑みを浮かべて、己の敵へと向かい合う。態々鎧を着込んだのは、彼の力を警戒しての事。全力で挑まねば、首を落とされるのは己であると分かっているのだ。


「嗚呼、征かせて貰うぞ! 乗り越えさせて貰うぞ! 悪竜王!」


 吹き飛ばされて着地したデュランは、笑みを浮かべて啖呵を切る。まるで己に合わせる様に、これぞ魔王と言うべき姿を見せてくれる少年に感謝しながら刀を握る。

 黒き鎧に赤き衣。巨大な四肢と尾と翼。美しい風貌以外は完全な異形と化した少年は、大地を蹴って駆け進む。感謝を思う暇があるなら言葉の通り、初手にて潰してしまうぞと笑いながら。


「聖教会十三使徒が第十三位、デュラン=デスサイズ! この身が進むべき未来へ至る為、お前を此処で踏み台とさせて貰う!! 鎖せ――十三聖典!!」


 響希の牙が届く直前、広がる世界は無力なる罪人の法則。急速に失墜する異形に向けて、デュランは即座に居合を抜く。

 振り抜いた刃が、切り捨てる前に止められる。驚愕はどちらか、納得はどちらか。互いに僅かな傷しか残さず、初手はこうして凌がれる。


 即座に距離を取った少年の、拳の先には血が滲み出る切り傷が。同じく距離を取った青年の、握る刀には僅かな亀裂が走っていた。






〇おまけ・ホモさんとレズさんのやり取り

ホモ「聖教と桃源郷。君はどちらを選ぶんだい?」

レズ「そんな事よりヒビキたんの性別の方が重要ですわ! 本当に男なのか、確認しないと! いえ、男でも、アレならイケるんじゃないかしら!? けど! でも! それではワタクシのアイデンティティが!?」

ホモ「……まぁ、うん。別に(どうでも)良いんじゃないかなぁ」


レズ「時に同志マキシム! ホモ的に見て、ヒビキきゅんはアリですの? ナシですの?」

ホモ「ナシだね。アレは男じゃない。男の娘は、男じゃないんだよ。同志ブリジット」

レズ「男じゃないなら、消去法的に考えてヒビキたんは女の子!? ワタクシ、レズ信仰に反していなかったのですか!? 世界って広いですわね!?」

ホモ「……そうだね。君がそう思うんなら、きっとそうなんだろうね。君の中ではさ」




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