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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二幕 竜と魔剣のお話
18/257

その1

 砂が巻き上がる。砂漠が荒れ狂う。

 熱を孕んだ暴風が吹き抜ける中、巨大な怪異が顎門を広げる。


 それは巨大な砂の巨人。

 数十か、或いは数百か、空の雲さえ突き抜ける巨大な人影。


 接触禁忌と言われる魔物。その一歩手前に属するAAA級モンスター。

 砂漠と草原を結ぶ果て、その領域に君臨するのは砂の巨人。名をサーブロム。


「■■■■■■■―――――ッ!!」


 数万トンと言う砂の塊が咆哮を上げる。

 この領域は超えさせぬと、絶対たる守り人は叫んでいた。


「……うる、さい」


 その世界が震える大音量を、ただ煩いと切って捨てる。

 大量の砂を前に空を跳躍する悪なる竜は、その微睡む瞳に不快な色を見せていた。


「邪魔」


 その拳が振るわれる。巨大な魔竜の爪が飛ぶ。

 空気の壁すら切り裂いて、飛び散り向かうは風の衝撃波。


 飛来する爪が確かにサーブロムの巨体を切り裂いて、無数の砂が地面に落ちた。


 だが――


「……手応え、ない」

「■■■■■■■―――――ッ!!」


 その爪が切り裂いた砂が、再び集まり巨人の器を形作る。

 絶対的な破壊の力に砕かれた器が、何事もなかったかの様に元に戻っていた。


 そして襲い来る砂の雨。

 津波の如く押し寄せる大量の砂が、宙を舞う竜を飲み干していく。


「ヒビキっ!」


 遠く離れた場所で見守るネコビトが、その姿に声を上げる。

 大量の砂に飲まれた以上、悪なる竜と言えども無傷では居られないのでは、と。


「……大、丈夫」


 されど、そんな不安は的外れ。

 深海であろうと、火山口であろうと問題なく生存できる悪竜王。


 魔を統べる竜王に、窒息死などはあり得ない。

 無数の砂に埋もれたとて、障害にさえなりはしない。


 ヒビキは大量の砂を片手で吹き飛ばすと、無傷な姿を其処に見せた。


「ヒビキ、良かったにゃ」


 ヒビキの健在な姿に、ミュシャは安堵の息を吐く。

 そうしてふと気付いた様に顔を上げると、己が知る限りの知識を叫んだ。


「ヒビキっ! サーブロムは、砂の塊だにゃ! 物理的な攻撃手段じゃ、意味なんてないにゃよっ!!」


 サーブロムは砂の魔物。

 全身が瘴気を帯びた砂で構成される大地の巨人。


 故に、物理的な攻撃手段は通らない。

 故に、唯拳を振り回しただけでは、この巨人は倒せない。


 砂の一粒でも残れば、それが砂漠の中へと戻る。

 その砂漠全部がこの怪物の身体なのだから、幾ら爪で傷付けたとて意味がないのだ。


「砂の、塊。……この砂漠全部が、コイツの身体」


 その巨体を見上げながら、ヒビキは思考する。

 蒼と黄金。二色の瞳は未だ微睡みの中にあり、確かな解を出せる程には目覚めてない。


「雨にゃっ! サーブロムは水に弱いにゃっ! 伝説の勇者たちは、水の精霊術でサーブロムを撃退してるにゃっ!」

「雨」


 大量の砂となって襲い掛かる巨人を躱しながら、ヒビキはその瞳で空を見上げる。

 見上げた空はカンカン照り。雲一つない青空は、幾ら待とうとも雨水一つ零しはしないだろう。


「降りそうに、ないね」

「ふにゃーっ!?」


 降り注ぐ砂を邪魔だと弾きながら、それでもヒビキは決定打を持ちえない。


 弾き飛ばした砂が集まり、すぐさま元通りに修復する。

 砂の巨人に消耗はなく、このままで進んだ先に待っているのは終わりのない千日手。


「なら水、水とか出せないかにゃ!? ミュシャの精霊術で……ってしょっぱいにゃ!?」

「水」


 水の初級精霊術である放水呪文。

 アクアが生み出したコップ一杯分の水を見て、ミュシャが悲鳴を上げる。


 そんなネコビトの行動を横目に見ながら、ヒビキは己の手札を確認した。


「火や風は覚えたけど、水は見てない」


 千の魔法を使い熟すと言われる悪竜王。

 その性質を引き継ぐが故に、ヒビキは一度見た魔法を完全に学習する。


 だが、彼が見たのは死人の王が用いた呪文のみ。

 最上級呪文は風と土と火。そして闇の究極呪文。


 それは確かに強大な力ではあったが、現状では役に立たない物だった。


「こ、此処は一端退却にゃ!」


 そんなヒビキを見上げて、ミュシャが叫ぶ様に口にした。

 元より無茶だったのだ。晴れた日にこの渇きの砂漠を抜けようなどと。


 渇きの砂漠が意志を持った魔物であるサーブロムは、己の身体の上で死んだ生物を糧とする。故にこれは一度砂漠に入り込んだ生き物を、決して逃がそうとはしないのだ。


 例外は雨の日のみ。

 砂が固まり泥へと変わるその日だけは、サーブロムが現れる事はない。


 故にこそ、渇きの砂漠を行く人々は、常に雨の日に移動する。

 雨の日を待って人の街に移動しようとするのは、或いは当然の思考であった。


「人の街。マリンフォートレスは逃げないにゃよ! だから、今度は雨の日にっ!」

「……」


 だが、日数には限界がある。

 ヒビキは兎も角、ミュシャが砂漠で生きられる時間には限りがあった。


 ネコビトの村は滅んでいた。

 故に食料の補給できず、である以上、保存食か現物調達に頼るしか食料を得る術はない。


 だが運悪く、ここ数日食べれる物を見つけられていなかった。

 溜め込んでいた保存食は、間もなく底を尽きる。故に彼らは切羽詰まっていた。


 必要な食料が足りるかどうか、既に際どい状況なのだ。

 だからこそ二人は、ヒビキの戦力を頼りに強行軍をしようと思考していた。


 故に此処で退けば、次の雨の日まで命を繋げる保証はない。

 それでもこの場で千日手を続けるよりは遥かにマシだと、ミュシャはそう判断して――


「……その必要は、ないかな」

「はにゃっ!?」


 そんな当然の思考の帰結が、ヒビキの言葉によって否定された。

 物理的な方法では傷一つ付けられない砂の魔人を前にして、ヒビキは確かにそう言い放ったのだった。




 それは確かな勝算があった、と言う訳ではない。

 絶対に勝てると言う方法が、脳裏に浮かんだ訳でもない。


 唯、本能で理解した。

 これはもう、何時でも殺せる、と。


「少し、調子に乗り過ぎだよ。お前」


 その二つの瞳が黄金に染まる。

 不快と苛立ちに満ちた今、微睡む瞳は悪意に染まって――


「消えろ」


 振るう爪は、先と同じく物理攻撃。

 吹き飛ばされた砂粒は、先と同じ様に砂漠に落ちる。


 だと言うのに、今度は砂の巨人が再生する事はなかった。


「え、何で?」


 思わず、と言った体で呟くミュシャ。

 そんな彼女に背を向けたまま、悪なる竜は思考する。


 感覚的に揺るがぬと思った勝利。

 結論から過程を思考して、恐らくこうだと辺りを付けて理屈を口にする。


「砂漠の砂の塊でも、魔物は全部瘴気を持ってる」


 アンデット。ゴーストが瘴気によって動いていた様に、この砂の巨人も瘴気によって動いている。


 如何に砂漠の化身であれ、そも動く為の力がなければ動けない。

 生きる為には、生命を繋ぐ力が必要となる。魔物である限り、全ての魔物は瘴気を宿しているのだ。


「なら、話は簡単。……瘴気そのものを壊せば良い」


 少年が出した答えは、そんな屁理屈。

 魔物を生かす瘴気そのものに、膨大な瘴気をぶつけて吹き飛ばすと言う力技。


「物理攻撃が効かない? 知らないよ、そんな法則」


 毒を以て毒を制す。そんな言葉すら生温い無理無茶屁理屈。

 瘴気は魔物の糧となるのだから、道理で考えればそれは敵に塩を送る様な行為だ。


「水属性がないと死なない? だからどうしたんだよ、砂団子」


 だが、それでも現実に、砂の巨人は崩れ落ちた。

 その理由は単純、放たれた力の総量が余りにも違い過ぎたから。


 水を与え過ぎた花が枯れる様に、余りにも膨大過ぎる瘴気の量は、あっさりと巨人の許容量を超えたのだ。


「力の桁が違えば、そもそも話にならない。お前の守りなんて、紙切れ以下の塵屑なんだよ」


 吸収し切れぬ程の瘴気に、生きるのに必要な瘴気を散らされる。

 許容量を遥かに超えた力の嵐に、砂の巨人はその体積を少しずつ減らしていく。


「そんなちっぽけな小石風情がっ」


 最早、結末は定まった。

 暴虐なる大邪竜を前に、砂の巨人など役者が不足していたのだ。


「僕らの道を邪魔するなっ!」

「■■■■■■■―――――ッ!!」


 振り下ろした魔竜の顎門。

 膨大な瘴気を纏った五指が、巨人の身体を引き裂いた。


 生きる為の命その物を蹂躙された砂の巨人は、断末魔の悲鳴を上げながら唯の砂へと返っていった。






 そして砂漠を超えた先、一面を緑に覆われた風吹く草原。

 その更に先に街はある。南方大陸に唯一つ存在する人の作った街。


 海に接した砂浜沿いに広がる城壁の中に、その街はある。

 未だ開拓されていない南の大地と、中央大陸を繋ぐ臨海都市。


「此処が海上都市。人類の最前線。マリンフォートレスだにゃっ!」

「マリン、フォートレス」


 その街は正しく、城砦であった。

 人類が切り取った領土を守る為の、魔物との戦いの最前線。


 五大大陸において、最も武力を保持した都市。

 マリンフォートレスとは、そう呼ばれるに相応しい城壁都市である。




 ヒビキとミュシャは、検問を乗り越えて街へと入る。

 幾度となくこの街に出入りしているミュシャは当然の如く身分証を持っており、それに保障を受ける形でヒビキもまた同行を許されたのだった。


「ここはにゃ~、中央大陸のシィクイード聖王国。その統治下にある都市なんだにゃ~」


 二重の城壁を越えた中に、建てられているのは無数の煉瓦の建物。

 区画整理されて整った街並みを、潮の匂いが混じった風が吹き抜ける。


 露店が店を構える中、大通りをヒビキとミュシャは並んで歩く。


「っても、中央と比べると亜人差別なんて全くないにゃね」

「……何で? 同じ国、じゃないの?」


 行き交う人々は、竜の亜人と言う見た目のヒビキを興味深そうに眺める。

 だがそれだけ、蔑視の色など欠片もない瞳で彼を見詰めた後、再び流れに戻っていく。


 そんな予想外の反応にヒビキは首を傾げ、ミュシャは何処か苦笑交じりに口にした。


「言ってしまうと、余裕がにゃいからにゃ」

「……余裕」


 淡い青に輝く精霊の力。

 それによって、周囲を浄化している街灯。


 無数の花が植えられた花壇。

 色取り取りの花弁はまるで絨毯の様に、美しい景色を織りなしている。


 行き交う人の活気の良さに、街に漂う爽快な潮風の香り。

 識字率は高いのか、看板には絵柄と文字が一緒に書かれている。

 露店商の傍には両替商などもおり、本日の貨幣価値と書かれた文字が躍っていた。


 そんな街並みを見詰めるヒビキの目には、余裕のなさなどまるで見えない。

 更に小首を傾げた少年に、ネコビトの少女はこの都市に余裕がない理由を口にした。


「南方大陸は、今尚魔王の影響が大きいにゃ。大陸の八割以上が未開の地、強力な魔物の襲撃だって頻発してる。そんにゃ中で、南方大陸の先住民族である亜人種を拒絶してる余裕なんて、何処にもないんだにゃ」


 この地は魔王の居城があった地。魔物は例外なく強力だ。

 大陸の半分以上が砂漠に染まり、未だ人の領域は二割しかない未開の地でもある。


 墓守部族であったネコビトの様に、この地に亜人種は多く居た。

 今はもうどの部族も殆ど残っていないが、それでも完全に外部の者である彼らよりもこの地を知悉しているのは確かであった。


 南の大地は他の四つの大陸に比べて、遥かに危険が多い場所である。

 故にこの地に来る者らは、皆死を覚悟して来る。中途半端な意志を持つ者。軟弱な差別主義者などが長生き出来る様な場所ではないのだ。


 マリンフォートレスは、中央大陸へ巨大な魔物が向かわぬ様にする為の防衛網。

 それ故に配属される兵士は皆一流以上。そんな彼らを統べる総指揮官は、世界最高の騎士 “最南端の騎士”と言う称号を継ぐ者。


 彼らが中央へ災厄が訪れる事を防ぐ中、未開の地を暴くのは浪漫に溢れる冒険者達。

 彼らは富の為、名声の為、そして何よりも未知に魅せられた為に、この最果ての地にやってくるのだ。


 そんな誇り高い騎士たちや、命知らずな冒険者たちを相手にする旅商人。

 彼らもまた誇り高い意志を持つか、大きな夢を持つ。そんな人々が、差別などと言う小さな事に拘る訳がないのである。


「危険が大きいから、聖教会の偉い人はこっちに来にゃい。危険が大きいから、利益を齎す亜人を差別なんて出来にゃい。……要はそういう事にゃよね~」


 故に、この南の地は危険であれど、差別と言う悪意がない。

 他のどの大陸よりも生き辛い危険地帯だからこそ、亜人種にとっては何処よりも生きやすい場所であった。


「……余裕があったら、差別してたのかな?」

「かも知れにゃい、にゃね」


 ヒビキがポツリと零した疑問に、ミュシャがそんな風に答えを返す。

 二人とも世界が綺麗なだけではないと知っているから、その可能性は否定できなかった。


「ま、でもミュシャ達、亜人種には有り難い環境にゃね。此処だと商人も信用を無くすと即死ぬから、ぼったくりとか一切にゃいしにゃ。利益さえ示せば、どんな人だって対等に扱ってくれるにゃ」


 収納空間からフォリクロウラーの葉石を取り出して、幾らで売れるかなと皮算用を始める猫娘。


 そんな彼女が涎を垂らしている姿に、ヒビキは溜息を吐いて指摘する。


「ミュシャ。涎」

「はっ! にゃ、にゃんでもないにゃね」


 慌てて涎を拭い、ミュシャは葉石を再び仕舞う。

 そしてゴホンと咳払いを一つすると、あからさまに話題を変えた。


「それに、此処は冒険者ギルドも活発なんにゃよ」

「冒険者ギルド」


 そんな言葉に、今度はヒビキが目を光らせた。


 彼とて元は十四歳の男の子。

 冒険と言う響きには憧れる物があるのである。


「にゃっ、興味出て来たっぽいにゃね~」


 そんな少年のキラキラと輝く二色の瞳に、ミュシャは笑いながら言葉を告げる。


「ギルドの本部は西大陸にあるんだけどにゃ。北や南みたいな未開拓な場所が多い大陸でも、その影響は強いんにゃよ」


 冒険者。探究者。

 戦士や精霊術師。盗賊や魔法使い。


 剣と魔法の世界で、確かに生きる英雄達。

 未開の地を冒険し、そして人の世に確かな利益を齎す夢追い人。


 冒険者ギルドとは、そんな彼らを支援する為に作られた巨大な組織。

 冒険者ギルドとは、その権勢を三大陸に存在する主要国家に保証された組織。


「中央の聖王国。西の商業者連合。東の大和国。三大陸が合同で支援する組織だからにゃ~、ミュシャ達亜人種でも冒険者資格を取れれば、身分の証明になるんだにゃっ!」


 冒険が出来る、だけではない。

 冒険者ギルドが発行するギルドカードとは、亜人種が得られる最高の身分証明手段でもあった。


「どうやれば、冒険者に成れるの?」

「にゅふふ~。ミュシャにお任せだにゃ~。……っても、ミュシャも手続きしたのは大分昔だから、知識的に割りと不安にゃんだけどね」


 今にもなりたいと、無表情ながらも瞳を輝かせる少年。

 そんなヒビキに、ミュシャは苦笑を浮かべて口にした。


 冒険者とは命懸けの職業。

 故に常に人手は枯渇し、だからこそ望めば誰でも試験が受けられる。


 冒険者ギルドと言う建物に向かえば、その道は開けるのである。




 大通りを抜けた先、街の中央にその建物は存在していた。

 貴族の屋敷や領主の邸宅と言われても、信じてしまいそうな程に立派な門構え。煉瓦作りの建物は、美しい白亜に染まっている。


 その大きな建物こそが、南方大陸にある唯一の冒険者ギルド。

 世界共通冒険者ギルド南方大陸支部。其処でヒビキの冒険者としての旅立ちは始まる。


「さぁ、ヒビキ! 冒険者ギルドに登録するにゃっ!」

「おー!」


 身分証明を求めて。そして夢を求めて。

 少年少女は足早に、建物の中へと進んで行った。







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