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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第三部第一幕 竜と処刑人のお話
179/257

その2

 無数のステンドグラスから差し込む光が照らし出す室内で、巨大なパイプオルガンが一人でに音を奏で続ける。

 中央に座す巨大な円卓に、並べられた席は十三。十二宮のサインが記された席次の半数以上が、その時既に埋まっていた。


 遅れたかと僅か案じて、最奥にある白羊宮の座を見やる。第一位に当たる其処に、人の影はまだ見えない。どうやらまだ始まってない様だと、デュランは小さく息を吐いた。


「あ、デュラン」


 マキシムとブリジットの二人と連れ立って、己に与えられた席へと向かう途中。十の座に腰掛けていた幼い少女が、デュランの名を弾んだ声で呼ぶ。

 黒曜石を思わせる瞳に、腰まで伸びた黒い髪。装飾華美な黒のドレスと、全身黒一色の特徴的なその姿。椅子から飛び降りた彼女は、小さな足で青年の下へと駆け寄って来た。


「久し振りだな、サラ。少し、背が伸びたか?」


「えぇ、そうよ。これでまた一段と、大人のレディに近付いたわね。どうかしらデュラン。サラと付き合う気になった?」


「十年早い。もっと大人になってから、それでも気持ちが変わんなかったらな」


 己の何処が気に入ったのか、顔を合わせる度に求愛して来る小さな子どもにデュランは苦笑する。十一に成ったばかりと言う幼子に、恋情を抱ける様な特殊な趣味はしていない。

 幾ら容姿が整っていようと、この年齢では対象外だ。十年後に期待していると嘯きながら、絹糸の様な髪をやや乱暴に撫で回す。漆黒の幼女は一瞬嬉しそうにはにかんで、直後に気付くと不満そうな表情を作って返した。


「むー。サラはもう大人だわ。立派なレディなのよ」


「はいはい。そういう台詞は、ぬいぐるみなしで寝れる様になってから言おうな」


 膨れ面で自分は大人だと主張する子どもに、デュランは彼女が両手に抱いたテディベアを指差しながらに告げる。

 少女がくーと呼ぶ熊のぬいぐるみ。会議の時でも寝る時でも、どんな時でもそのぬいぐるみを手放さない事を知っている。そんなサラは年齢以上に、幼く見える儚さを持っていた。


 少なくとも、この場所には場違いだろう。此処は十三使徒が集う円卓会議場。聖教が最高戦力にして、教会の敵を打ち滅ぼす事を生業とする者達が集まる場所だ。

 其処にこの小さく儚い黒の少女は、余りに浮いた存在として見受けられる。それでも、この場に居て良い資格があるのは十三使徒の一員のみと言うのは変わらぬ事実。


 そうともこの少女もまた、聖教が誇る最高戦力の一人。第十の聖典を授受した十三使徒なのである。


「……まぁ、良いわ。サラは大人のレディだもの。良い女はその位じゃ怒らないって、くーも言ってるわ」


「それは良かった。機嫌を損ねたお姫様の相手をするには、どうにも時間が足りていないからな」


「皮肉気ね。デュランの事は好きだけど、そういう所はどうかと思うわ」


「そいつは悪い。だが、性分でな。そう簡単には治らんさ」


 そも、十三使徒とは全員が戦闘者と言う訳ではない。教会の最高戦力ではあるが、彼ら彼女らの誰もが異端審問官と呼ばれる戦士なのではない。

 戦場を行くが、戦士ではない。ならば十三使徒とは何か。その資格、その条件は唯一つ。聖典と呼ばれる奇跡の担い手に選ばれること。神の力である聖典を授受された者こそ、聖教会の十三使徒だ。


 聖教会の発足は古く、生き証人はもう居ない。聖王国建国とほぼ同時期に、国教として定められた。それ以前にもあったと語られているが、今では伝承すらも残ってはいなかった。

 いと高き人々が生きていた時代からあったと、語られているこの宗教。国教と成る程に強い影響力を持てたのは、聖典と言う名の極めて分かりやすい奇跡が其処に存在していたからに他ならない。


 聖典とは、神の奇跡だ。選ばれし者が祈りを捧げる事で、その力の一端を世に具現させる。其れは神の奇跡であるが故、誰にも防ぐ事など叶わない。

 精霊術師も、魔法使いも、心威使いも、大魔獣や魔王でさえも、その理には抗えない。何故ならそれは神の欠片であって、それに抗うと言う事は全能の神に抗うと言う事と同義であるから。


 それ程の奇跡だ。手にした者が唯の村娘であれ、英雄英傑と呼ばれる者らを凌ぐ程に至るであろう。小さな子どもでさえも、巨大なる魔を討てる奇跡の力。

 故にか扱える者は酷く限られ、選ばれた者らは半強制的に十三使徒へと名を連ねる事と成る。そうであるが故に、十三使徒に属するまでは戦場を知らなかったという者も少なくない。


 今代の十三使徒が内、審問官上がりはデュランを入れても全部で九人。残る四人は戦闘経験すらもなく、中には聖典なしでは全く戦えないと言う者すら居る。

 このサラと言う少女は、その最たる者だ。テディベアを抱いた少女はその見た目同様、儚く幼くとてもか弱い。だがその分、所持する聖典は極めて厄介で悪質だった。


「久し振りに会ったんだもの。サラもくーも、沢山お話したいことがあるわ」


「あぁ。今は時間がないから、終わった後でな」


「絶対よ。嘘吐いたら、許さないんだから」


 そんな少女を前に片膝を付いて、目線を合わせると小指を差し出す。サラは表情を明るくすると、その指に小さな指を絡めてみせた。

 指切りげんまん。姉から教わったその誓いを、サラに教えたのはデュランだ。こうして居るのは、代替行為か何かであろうか。理由はどうあれ、こうすれば寂しそうな子どもの表情が晴れやかになる。だからデュランは、この瞬間が好きだった。


 指を切ると同時に、笑顔で己の席へと戻っていく少女を見詰めて立ち上がる。そうしてデュランは、皮肉気な口調で呟いた。


「やれやれ。背伸びしたい年頃なんだろうが、どうにもお姫様は気難しい。相手をするのも、中々に疲れる」


「ぐ、ぐぬぬぬぬ。あんな美ロリに言い寄られるとか、羨ましい。ワタクシがその立場なら、あんなことやこんなことを」


「しかし、悲しいね。あの子の恋は、悲恋に終わるんだろう。だってデュランは、この僕が男色に目覚めさせるんだからね」


「……お前らは、本当。お前らだよなー」


 小さな皮肉に反応して、変わらぬ言葉を返す同性愛者達(ホモとレズ)。偶には真面目に出来ぬのかと、嘆息しながらデュランは己の席へと腰掛けた。

 その左右に、マキシムとブリジットが座る。黄道十二宮を模した円卓に、十三の席は本来ない。後から追加された位置は、天秤と天蠍の間。サインもないこの席は、十三使徒内でも例外であり特別だ。


 席次は強さの順ではない。該当する聖典の位置によって変わる物。内十一の聖典には、特別な意味がある訳でもない。必ずしも、逸話に則った力があると言う訳でもなかった。

 唯、一番と十三番だけは特別だ。故にこそ、それらが対面に座すこの位置。第一席が皆を統べて率いる証であれば、十三の席は裏切りの証。円卓と言う場の為に、円卓に座す者らを刈り取る者の証である。


「は、毎度毎度。ガキを相手に、ご苦労なこったなぁ。デュラン」


「カルヴィン」


「全く以って、一体何時から十三使徒はガキのお遊戯会に成ったんだか。下らねぇ雌が戦場に出るだけでも気に入らねぇって言うのによ。こいつはもう嗤えてくらぁな。そう思うだろ、お前もよ」


 裏切りの席に腰掛けたデュランに向かって、言葉を掛けて来たのは短髪をオールバックで固めたガタイの良い男。

 筋肉質な五体を包むのは、高価な僧服ではなく安い布地の衣服。野盗の頭かチンピラの纏め役か、底意地の悪い笑みを浮かべてカルヴィンは大声で語る。それは明確に過ぎる挑発行為。


「……戦場に出る下らない雌。獅子宮。それは私の事を言っているのか?」


「何だ? そんな事も分かんねぇ程、耄碌したか? 使ってねぇ羊水が、もう腐っちまってんじゃねぇの?」


 そんな安い挑発に、一人の女が釣られて見せる。薄っすらと青み掛かった髪をポニーテールで纏めた、端正な顔に残る刃物の傷痕が特徴的な聖騎士鎧の女である。

 名を、オードリー。女伊達らに異端審問官として名を馳せた、十三使徒の中でも一二を争う武断派が一人。そうであるが故に彼女は、己を侮辱する言葉に対し苛立ちを見せた。


「下種が。目障りだぞ、貴様」


「そいつはどうも。こっちも同じだ」


 戦場を行く者として、舐められる訳にはいかない。安い挑発であれ、軽く流す事など出来ない。オードリーは己が望む願いの為にも、軽んじられる事を許容出来なかった。

 故に鋭く睨み付ける女に対し、カルヴィンはにやつく笑みを隠さない。来るなら来いと、笑って迎え撃つ。常在戦場。何処であろうと誰であろうと、敵対するなら殺すだけ。それが彼の流儀である。


「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


 視線に重量があるのなら、それだけで人が圧死しそうな冷たい攻防。晒されて弱音を吐くのは、巻き添えを喰らう女である。


 泣き黒子が印象的な、修道服姿の美女。貞淑さを前面に押し出した装束なのに、淫靡さを感じさせるのはその豊満な恵体が故にか。

 第二席である女と第五席である男。間に挟まれた第四席に座る彼女は、もう止めてくれと二人に向けて声を掛ける。彼女は戦士でない為に、こんな空気が苦手であった。


「あ゛? テメェ。誰に許可とって口を開いてやがるこの淫売が」


「……貴様こそ、誰に許可を得て物を言っている。そんなにもその首、惜しくはないか」


 だがしかし、女の言葉は逆効果に終わってしまう。それは偏に、カルヴィンと言う男にとって、第四席であるメリッサと言う女こそが最も気に入らない人種であるため。

 男に媚びるその態度が気に入らなければ、戦う者としての鍛錬すら積んだ事のない身体で戦場に出る事もまた腹立たしい。聖典授受者でなかったのなら、真っ先に首を捩じ切っているであろう程。


 そんなカルヴィンの言動に、オードリーは激発する。元より戦場においての男尊女卑が過ぎる男の事は気に入らないが、何よりの理由はこの今に。彼は彼女の逆鱗に触れたのだから。


「はっ、テメェが、俺を? 不可能な事を言って、笑いでも取ってんのか? 笑えねぇぞ、全然よ」


「生憎、洒落は苦手でな。不可能かどうか、その身で確かめてみるが良い」


 細身の剣を抜刀し、全身から冷気を発する女。この一瞬で室内の気温が十度は下がり、女の周囲は凍っていく。

 対して男は笑みを深めて、拳を握り構えを取る。元より気に入らなかった女の一人だ。ここで来ると言うなら、迎え撃って潰すのみ。


「はぁ、其処までにしとけよ、お前達。本気でやり合うなら、俺も仕事をしないとならなくなる」


 一瞬即発と言う空気の中、デュランは溜息混じりに立ち上がる。これ以上は戯れ合いで済まないと、ならば此処から先は彼の役目だ。

 そうとも、だからこその十三席。此処に座す意味はこの様な状況でこそ、これ以上の状況でこそ発揮される。だから、させてくれるなとデュランは語る。


「分かってるよな。十三の意味を。処刑の刃を、軽々と抜かせるんじゃない」


「はっ」


「ふんっ」


 知っているとも、分かっている。此処に座す誰もが、その特別性を理解している。十三の数字は裏切りの証。同胞こそを殺す者。

 デュランの役目は内部粛清。彼の手にした聖典は、他の授受者を殺害する為の力を持つ。十三使徒で最も醜く薄汚いと、彼自身が嫌悪しているその行為。だからこそ、刃を抜きたくなどなかった。


「……良いだろう。私は退こう。だが、そこの獣はまだやる気の様だぞ?」


「誰が獣だ、紅蓮の騎士(コールドブラッド)。俺は戦士だ。戦場を行く者だ。矜持の一つや二つはあって当然。それを舐められたんならそれは、殺し合う以外にねぇだろうが」


 デュランの言葉を受けて、オードリーは剣を引く。それは恐れたからではない。彼女はデュランの心情を汲んだから、怒りを抑えようと決めたのだ。

 そうとも、つい先日にもその役目を果たしたばかり。精神的に不安定な今、更にと押し付ける気になれない。だからこそ、彼女は剣を鞘に納めて着席した。


 対して、退く意志を見せないのがカルヴィンだ。彼にとって処刑の刃は、退く理由になりはしない。それは何時か必ず、借りを返すと決めているから。

 過去に一度、カルヴィンはデュランに敗れている。一矢報いた形であるが、惜敗も惨敗も変わらない。己は彼に劣っていると、その事実がカルヴィンには気に食わない。


 そして、それだけでもない。戦士として己より上だと認めた男との決闘。それも辞さない程に、気に入らないのだ。戦場に出て来る、女と言う存在が。


「戦場に女は必要ねぇ。お前ら命を産む者だろうが、奪う仕事に出しゃばんな。其処は俺ら男の居場所で、何より穢れたこの世の地獄だ」


 其れは男尊女卑な思考であろう。男の仕事、女の仕事と言う決め付け。女権拡張論者が聞けば、批難を浴びせるであろう言葉。

 だがしかし、同時に其処にはある種の敬意がある。男に出来ない仕事を成せる。子どもを産める女への敬意が。だからこそ、彼は気に入らないのだ。


 戦場と言う穢れた地獄に出て来る騎士気取りも、命を孕めると言う素晴らしさを穢している淫売も、カルヴィンと言う男にとっては共に嫌悪の象徴だった。


「野蛮だね。世の真理を知らぬ猿の言葉だ」


「あ゛? んだと、芸術狂い(アーティスト)


 そんな彼の拘りに、異論の声は傍らから。処女宮に該当するその男は、カルヴィンとはまた違った美学を持つ。故にこそ、その発言に耐え兼ねたのだ。

 美しい男だ。繊細な美人だ。儚く軟弱とさえ見えてしまう美男子は、戦場の道理を語る獣に向かって諭す様に言葉を紡ぐ。芸術狂いと呼ばれる男の、語りは当然美について。


「戦場とは、美しいものだ。命が儚く散華する姿には、無情の美と言うべき物がある。其れらを演じる役者にとって、男女の違いなど然したる意味を持たないよ」


 彼にとって、戦場とは美しい者。人と人とが、或いは人と怪物が、共に向き合い命を賭ける。本気に満ちた闘争の場。

 其処には当然、無数の輝きが散らばっている。一つ一つの場面を切り出しただけでも、描き奏でるべき美しさには事欠かない。


 そうとも、彼――アイザック・フォーサイスにとって、戦場とは芸術の温床。美しい調べが踊る天上楽土に等しいのだ。


「は、お綺麗な服でも着てりゃ勝てると? そいつは何とも夢見がちな話だわなぁ。全く以って下らねぇ、戦場に美意識なんぞ持ち込むな。戦の場なんて、何処をとっても薄汚い汚物だろうが」


 だがしかし、カルヴィンにとっては違う。彼にとって、戦場とは醜い場所。尊い命が塵へと変わり、腐臭を漂わせているこの世の地獄。

 其処には当然、無数の嘆きしかありはしない。雄々しく気高い英雄譚も、裏では誰かが涙を零す悲劇である。其処に美しさなど、在って良い筈がない。


 そうとも、彼――カルヴィンにとって、戦場とは凄惨にして醜悪でなければならない場所。罪人達の悲鳴が木霊する地獄の底に等しいのだ。


「これだから、脳筋は。命が儚く散りゆく美と、凄惨なる退廃に宿る芸術を解さぬとはね。獣に絵画を語る程、無意味な行為もないのだろうか」


「腸や糞尿をぶちまけた荒野が芸術ねぇ。嗤える事を言うなぁ、お前。気取った言葉で飾る程、見っとも無く見えるぜ。なぁ、おいおい」


 カルヴィンにとって、最も気に入らない女は第四席であるメリッサ。そして最も気に入らない男が、第六席であるアイザック。

 席次の関係上、皆が揃うとその二人に挟まれる形と成ってしまう。そうであるが故に、全員が集まる場でカルヴィンは何時も不機嫌だった。


 こうして周囲に喧嘩を売るのも、毎度の如き恒例行事。時折此度の様に地雷を踏み抜き、派手に爆発させてくれるのだ。


「だから、もうその辺にしておけ。お前は誰かを挑発していないと気がすまないのか」


「……カルヴィンは野蛮ね」


「ふん。それが性分でよ。気に入らねぇもんは、気に入らねぇと言いたくなるのさ」


 それでも、やはり何時もの事だ。デュランが苛立ちと共に刀を抜く素振りを見せて、サラが呆れる表情を隠さなければ下火となる。

 デュランが動けばカルヴィンは退かないが、彼と相対している者が退いてくれる。そのカルヴィンにした所で子どもは例外なのか、サラに対してだけは敵意を余り見せないのだ。


 これもまた、彼の拘りだろう。女が戦場に出るのと同じく、子どもが戦場に立つのは気に入らない。だがしかし、子どもは居場所を選べない。

 少女が此処に居るのは、大人達の所為であろう。責任を取れる年齢ではないのだ。ならば怒りを向けるべきは、この状況を作ったであろう者に対して。その程度の分別ならばあるのだから。


 苛立ちながらに音を立て、己の席に背を預ける。最大の問題児が黙ったタイミングで丁度、背後の大きな扉が開いた。


「あ、あの、本日より、十三使徒に配属されました! リースと言います。諸先輩方、これから、よろしくお願いいたします!」


 立ち入って来たのは、そばかすを浮かべた三つ編みの少女。サラ程ではないが、場違い感の隠し切れない姿に視線が集まる。

 何処ぞの農村にでも居るのが心底から似合っていそうな、素朴な雰囲気を纏った少女。噛みながらも元気良く、話す言葉に返るは白けた反応。


 目を白黒させるリースに、他の者らが抱いているのは嫌悪じゃない。唯、急に空気が変わり過ぎて、誰もが戸惑っていたのである。


「おや、この空気は、外しましたかね?」


「いや、アンタの所為じゃないさ。カルヴィンの野郎が、揉め事を起こしてな」


「成程、何時ものですか」


 修道服が似合っていない少女に続いて、室内に入って来たのは穏やかな表情を浮かべた中年男性。

 口髭が特徴的な紳士然とした男の言葉に、デュランは肩を竦めて答えを返した。新入りと共に来たと言う事は、彼が教育役かと内心で当りを付けながら。


「では、リースさん。貴女は双魚宮ですので、こちらの席へ」


「あ、はい。チェイスさんは?」


「私は双児宮ですから、オードリーさんとメリッサさんのお隣ですね」


 さり気なく席を引いて、先導した少女を座らせる。そうして姿勢良く歩を進めると、第三の席に彼は付いた。そうしてニコニコと、温和な笑みで口を開く。


「いやー、皆さんギスギスしておりますねぇ」


「と言うより、カルヴィンの問題だろうね。彼は好き嫌いが激しいから」


「全く、女性が増えるのは良いことではありませんの! だって、目の保養になるんですわよ! リースさん、と言いましたわね。傍に居ると安心する系。素朴な感じの美少女も、閨で鳴いた姿のギャップを思えばまた中々」


「……ぶれないな、お前。ぶれてくれよ、お前」


 チェイスはマキシムやブリジット、ティモシーと言った面々と同じく十三使徒内のムードメーカーと言うべき立ち位置に居る者だ。

 特に酷いのはカルヴィンだが、十三使徒内で相性が悪いと言う者は他にも居る。そう言った者らが本気で争っていないのは、彼らの功績も確かに在るだろう。


 それでも、こういう席で位はぶれて欲しい。マキシムですら皆が揃えば比較的真面に成るのに、ブリジットはどうして何時もこうなのだろうか。デュランは頭を抱えて呻くのだった。


「諸君。揃っているようだな」


 そうこうしている内に、集合時刻を過ぎていた。扉から入って来たのは、二人の男性。まだ集まっていなかった十三使徒のメンバーだ。

 先を進む老人に付き従う付き人の様に、扉を開閉を行う茶髪の青年はティモシー。第十一位である彼は、敬虔に過ぎる教徒である事さえ除けば、十三使徒の良心とでも呼べる者。見た目同様、中身も爽やかな好青年だ。狂信者では無かったら、と言うのが前提ではあるが。


 聖教徒に在らねば、人に非ず。人に成る為に、改宗させてあげるのは優しさだ。爽やかな笑みでそう断じる性格をしている彼の前を行くのは、彼以上の狂信を持つ異端審問官。

 十三使徒の第一席にして、異端審問官の頂点。殉教者の多い審問官でありながら、数十年に渡り筆頭と呼ばれ続けている男であった。


『オスカー・ロードナイト卿』


「礼は良い。此処には、私達しか居ないのだから」


 二十年と昔には勇者達を育て上げ、十五年と昔には単身でベヒーモスを相手取って一歩も退かなかった生きる伝説。

 老境に差し掛かった年齢でありながら、衰えを感じさせぬ筋肉質なその五体。今も力強い声で男は、立ち上がって礼を示す者らに不要と返した。


 そして、皆を座らせると己も席に着く。誰もが己を見ている事を確認すると、一つ頷いてから十三使徒を集めた理由を口にした。


「では早速、本題から入る。聖王国の決定が下った。……此度の第二十七次北伐。結果の如何に問わず、これを以って最後の北伐とすると」


 北伐。それは毎年とは言わないが、数年に一度行われている大規模な亜人掃討作戦。その最終目的は、亜人の希望でもある獣人桃源郷の完全制圧。

 古くは聖王国が発足して、北の桃源郷が発見されて直ぐの頃。数十年以上に渡って続いていた、歴史ある討伐軍の派遣計画。その終焉が、聖王国上層部より明言された。


 現在進行中の第二十七次北伐を以って、北部遠征を終了すると。聖教会を代表してオスカーが何を語ろうと、彼らは既に決定した事だと譲らなかったのだ。

 其処に、オスカーは違和を感じる。今の聖教会が抱える戦力は、確実に王国軍より上だ。内実を知っていれば強気で出られる筈もないのに、王族からの主命だと言って揺るがなかったのだから。


「あのど腐れヨアヒムめ。一体姫殿下に何を吹き込んだか。全く以って忌々しい」


 恐らくは、あの空将の入れ知恵だろう。無能とまでは言わないが、国政への関与に消極的だった姫が意見を翻すなどあの男が関係していなければあり得ない。

 そう結論付けて、忌々しいと歯噛みする。ダリウス大臣も国庫の状況を理由にして、遠征継続には批判的だ。如何にか今回が最後だからと膨大な資金を捥ぎ取ってはみせたものの、変わらぬ決定を前に苛立ちは募るばかりであった。


「話がズレていますよ。筆頭殿」


「ああ、すまない。どうも、奴を思うと腸が煮え滾るようでな。全く、我ながら信仰心が足りていないな」


 荒れるオスカーに対し、隣に座るオードリーが声を掛ける。性格上は向かないが、席次の関係上、彼女か十二席に座る者しか抑えに回れない。

 前十二席は禁を犯してデュランに処刑されたばかりで、新任のリースは傍らの怒気に怯えるしか出来ていない。そんな状況では、オードリーが動くしかなかった訳だ。


 手間を掛けさせないで欲しいと、上司に対しても隠さぬ女騎士。そんな態度に怒りを示す事もなく、謝罪をしてから咳払い。気を取り直したオスカーは、話の続きを口にした。


「成功しようが失敗しようが、これが最後の北伐となる。そして、聖教会の名が掛かっている以上、失敗するなど断じて許容出来ない話だ。故に――」


 北伐は此度が最後。ならば決して、失敗などは許されない。だと言うのならば、可能な限りの戦力を配するのが道理。

 故に集めた十三使徒。聖都の防衛を考えれば、最低限の戦力を残さねばならない。だが、最低限だ。それ以外の全てを北に送る。それこそが、オスカーが下した決定だ。


「第六聖典、アイザック・フォーサイス=アーティスト」


「は」


 老人に名を呼ばれた美男子は、己に酔うかの如く髪を掻き上げながらに言葉を返す。

 最低限の一人は彼だ。その聖典は対集団相手の防衛戦に秀でた物。聖都を守ると言う点では、紛れもなく最も優れた物の一つであろう。


「第十聖典、サラ=テンプテーション」


「……はい」


 同じく名を呼ばれた黒き幼子は、慕う相手と離れ離れになるのだと理解して気を落とした。

 不承不承と返事をするサラの聖典は、搦め手に特化した物。物理的な手段ではどうしようもない穴を、塞ぐに必要となるだろう。


「お前達は私と共に、聖都に残留だ。そして、残る者らに命ず」


 そして、其処に己を配する。十三使徒で最も強き英雄。一対一の決闘に特化したオスカーに、この二人が合わされば凡そどの様な状況にも対処が可能となるだろう。

 だからこれが最低限。そして、これ以外の全てをぶつける。唯一人で町や城を落とせる者らを、合わせて九人。間違いなく過去最大規模の戦力と言えるそれを以って、北を制圧してみせるのだ。


「第二聖典オードリー=コールドブラッド」


 オスカーの言葉に、席より立ち上がったオードリーは強く答える。彼の勇者の旅路にて、彼らが見つけた“雷招剣”と“氷桜刃”。雷将が聖王に献上した氷の刃を、先王より下賜された誉れある騎士。

 それこそが、オードリー=コールドブラッド。彼の最南端の騎士シャルロットと武技を競い合い、五分の活躍を見せた同期の騎士。異端審問官を経て聖典授受された今、その実力は嘗ての比ではないだろう。


「第三聖典チェイス=ハンター」


 呼ばれて優雅に礼を取るのは、貴族の執事を思わせる様な素振りの男。嘗ては確かに、敬虔な信仰心を持つ伯爵家に仕えていたと言う過去を持つ人物。

 穏やかな笑みを作って、整えた口髭を軽く歪める。主家の没落後も一家を支える忠節と信仰からなる精神力は、オスカーをして見事と刮目させる程である。


「第四聖典メリッサ・ダグラス=ハーロット」


 泣き黒子の美女は一礼する。その水色をした髪は、西から流れて来た証。ダグラス家は数十年程前に西より亡命し、中央の貴族と成った家系だ。

 その成り立ち故に不安定な日々を過ごした祖が、伝え遺した口伝を今も守る歴史ある家。彼ら血族は皆、ある種の貪欲さと言う物に溢れている。それはこのメリッサ・ダグラスも変わらない。己が望む欲の為、彼女は必ずや武勲を上げてみせるだろう。


「第五聖典カルヴィン=ライオンハート」


 武骨な獅子は愉しげに嗤う。これより向かう戦場を、醜き地獄と分かって自ら進む。戦士を気取る獣の力は、この場の誰もが認めている。

 デュランとオードリーとカルヴィン。オスカーを除いた十三使徒の内、上位を争うのは間違いなく彼ら三人だ。中でも闘争への真摯さと勝利への貪欲さは、カルヴィンこそが頭抜けている。


「第七聖典マキシム=スピードスター」


 司教帽を目深に被った青年は、にこやかな笑みと共に頷く。その翡翠の瞳に何を映すか、底知れなさはオスカーですら見抜けぬ程。

 何よりも、彼の聖典は反則級の代物だ。真っ向から一対一で対峙する限り、打ち破れるのは極少数。相性が余程良くない限り、封殺される類である。


「第八聖典ブリジット・ブルクハルト=ヘブンズジャッジメント」


 聖典の反則さで言えば、彼女の第八聖典もまた中々だ。原理を知れば回避は容易く、知らねばどうしようもない類。だがその本質は、本人の資質にこそあると言える。

 無知な手弱女だった頃に、己の何倍も強力な僧兵達を壊滅させてみせたのだ。徒手空拳で武装した僧兵も居た修道院を制圧してのけると言う偉業。その結果を導き出した才覚と機転の良さは、紛れもなく十三使徒でも最上位。


「第九聖典パトリック・ロングボトム=ジェノサイダー」


 呼び声に応えたのは、爬虫類の様な顔をした男。猫背の身体を折り曲げて、密かに嗤う彼の名をパトリック・ロングボトム。

 元は医療の現場に居たと言う事もあって、人体に関してこの場の誰より詳しい男。虐殺者の異名通り、多数を殺す事に特化した人物だ。


「第十一聖典ティモシー=マッドハッター」


 オスカーの名指しに、高らかな声を返す。爽やかな笑みを浮かべた彼の、信仰心の厚さに疑う余地などない。

 心優しい男であるから、必ずや亜人を皆殺しにしてくれるであろう。それが彼らの為になるのだと、紛れもない善意で必ずそう動く。


「第十二聖典リース」


 慌てて立ち上がり、頭を下げるそばかす娘。三つ編みの少女は、三日前にとある寒村で見付け出した人物。聖典に選ばれたばかりで、真面な教育すら出来ていない状態だ。

 彼女を思うと少し不安が残るが、その聖典が持つ力は確か。防衛に特化した十二聖典ならば、生きて帰って来るだろう。そして、更なる成長を望める。オスカーはそう信じている。


「第十三聖典デュラン=デスサイズ」


 最後、立ち上がった彼こそが最も信頼する男。偉大な聖女と同じ血を宿し、同胞殺しと言う厳しい任にも耐えてみせている。

 その実力も、オスカーに次いで第二位。聖典抜きの技量なら、オードリーやカルヴィンよりも頭一つは上である。彼ならば、どんな任務すらも遂行してくれるだろう。


「殺しに行け。唯一匹たりとも穢れを残すな。刈り取り、根を絶やし、滅ぼし尽くせ。それがお前達へのオーダーだ」


 以上、九人。以って北への刺客とする。不遜にも楽園を求める穢れた血の亜人を絶やし、愚行を続ける風の精霊王に罰を下し、彼の地を王国が手中に収める。

 亜人など、絶えてしまえば良いのだ。穢れた血など、全て滅んでしまえば良いのだ。仮に生きているのだとしても、それが許されるのは人の下にある時だけ。其れこそが、聖なる神の教えである。


「全ては、聖なる神が御心の儘に」


『全ては、聖なる神が御心の儘に!』


 さぁ、蒙を啓いてやるとしよう。その無知が恥ずべき物だと、その血は許されぬ者だと、彼らに教えてやるとしよう。

 戦乱を、殺戮を、果てに亜人の地獄と人の楽土を。全ての人間が尊く繁栄し続ける為、獣は地獄に堕ちねばならない。それこそが、この世を作りし全能なる神が望んだこと。


 彼ら十三人は、神より奇跡を賜る御使い。そして、この世を回す舞台装置。故に、その役を果たすのは今なのだ。






〇十三使徒紹介②

・デュラン――ロリとホモに狙われる宿業を背負った男。普通の美女には基本モテない。

・サラ――デュランを狙うロリ。誘惑者の二つ名を持つ。テディベアのくーさんがいないと夜も眠れない。トイレにも行けない。でも立派なレディ。

・カルヴィン――全方位に噛み付く狂犬。男尊女卑思考で、デュランの事は気に入ってる。だから絡む。けどホモは嫌い。皆大好きチンピラ枠。

・オードリー――顔に傷がある女騎士。紅蓮の異名は、大紅蓮地獄的な意味。実力は聖典抜きで、初期シャルロットより上。総合的には、現シャルロットよりも勝る。

・リース――見た目は村娘。中身も村娘。教育する時間はなかった模様。



暫くはデュラン視点で進行。最低でも後二話か三話か、ヒビキ君は登場しない予定です。


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