その14
◇
地平線の果てまでも、無数の海竜によって埋め尽くされた大海原。天の星々と見紛う程に溢れる鱗に押し出され、水の中から押し出される。
流木に縋らずとも沈まぬ事は幸いだろうが、それを素直に喜べないこの状況。蛇行する魚鱗の上に押し上げられた猫人は、覗き込むように見詰めて来る魔女の声を聞きながらに思考する。
【あれあれあれあれあれあれあれれ♪ 猫さんお目々はどうしたの♪ 綺麗なお目々はどうしたの♪】
今の自分に何が出来るか。酸素が求めて荒れる呼吸を整える余裕もないままに、それでも鈍った思考を如何にか回す。
先の呪術師との戦いで、己の全てを吐き出した。備えなどは何一つとして出来ておらず、打開の術を視る為の体力なども残っていない。
未来を視る瞳をたった一人に使った結果、それ以外を視る余裕などはなかったのだ。故に天空王の瞳を持った少女にも、この状況は全くの予想外。予想が外れた状況で、一体何が出来ると言うのか。
【お色が違うね♪ お化粧変えた♪ 白粉塗ったら真っ白白目♪ 白目の裏には黒目があるから、そっちは綺麗なままだと思うの♪ だからアリスは考えた♪ だからキテラは聞いてみる♪ お目々を繰り抜きひっくり返せば、綺麗なお目々は見つかりますか♪】
「ざ、残念だけど、ひっくり返しても、見付からない、にゃよ」
口から塩水を吐き出しながら、魔女の言葉に答えを返す。アリス・キテラはミュシャの眼球に向かって伸ばした指先を、直前で止めて小首を傾げた。
後少しでも発言が遅れていたのなら、このまま繰り抜かれていたのであろう。その結果が余りにも簡単に想像出来て、ミュシャは悪寒に身を震わせる。
現状で、出来ることなど何もない。そう確信出来る程に状況は詰んでいて、けれど断言する訳にはいかない理由が此処に在る。
これは子どもだ。目の前に居る大魔女は、その精神性が余りに幼い。捕えた蝶の羽を捥ぎ取るような幼さで、何をされるか全く予想が付かぬのだ。
【どうして何で何処行った♪ 亡くした私は此処何処だ♪ 貴女のお目々は見つかりますのに、見付からないならどうしましょ♪】
「さぁ、にゃぁ。探せば、良いんじゃ、にゃいか」
【探せば見付かる? 探せば見付かる♪ 探そう見付かる♪ 探した見付かる♪ 瞼の裏にないのなら♪ 頭を開けば見付かるかしら♪ それとも海に流された♪ 流れて流れて砂の下♪ 覗けば何かが見付かるかしら♪ キテラは何でも探せて見付けて、アリスは何にも分かりません♪】
だから先ずは煙に巻け。言葉を弄して興味を誘って、少しでも時間を稼がねばならない。魔女が幼い子どもであるなら、些細な物にも惹かれる筈だ。
だから今は如何にか時間を稼げ。そうして稼いだ時の間に、打開の策を考え出せば良い。
「あ、頭の中より、海の下に一票。……それとももしかしたら、空に羽搏いて月になってしまったのかもしれないにゃよ?」
【オソラー?】
ホルスの瞳は月と太陽なのだから、空の上にあるのではないだろうか。そう嘯くミュシャの言葉に小首を傾げて、アリスは言われるままに空を見上げる。そして太陽を直視して、その眩しさに思わず瞼を抑えていた。
(……こいつがお馬鹿で助かったにゃ。けど、これ、ストレスで胃がやられる。寿命が縮むにゃよ、こんなやり取り続けるのは)
日差しを目にして目を閉じる。そんな単純な反応を見せる大魔女は、煙に巻くだけでも如何にかなりそうにも見える。それでもやはり、こんな対応を何時までも続けるのは現実的ではないだろう。
千夜一夜物語と同じでは、きっと途中で終わるだろう。シャフリヤールと違って、アリス・キテラは小さな子どもだ。子どもは総じて飽き性だから、途中で飽きて気紛れを起こす。或いは好奇心で、とんでもないことをやらかしてくる。そうなる前に、如何にかせねばならないのだ。
【邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔しちゃ嫌よ♪ 意地悪お日様キテラは嫌い♪ ぽかぽかお日様アリスは好きよ♪ 背中に隠したお月様、邪魔せず見せて下さいな♪】
アリス・キテラの言葉は世界を歪める。あらゆる全ての嘘と真実、彼女は望んだままに引っ繰り返す。それは限定的な無知全能。
彼女は月を見たいと望んで、太陽は要らないと口にした。故に昼と夜は引っ繰り返って、空には一面の星景色。輝く無数の星々を、輝く瞳で見詰めて無邪気に笑う。
(……やっぱり、戦って如何にかなる存在じゃにゃい。口先三寸で逸らせる内に、突破口を見つけにゃいと)
【キラキラ綺麗ねお月様♪ ピカピカ素敵よお星様♪ 織姫彦星何処かしら♪ 年に一度じゃ可哀想♪ 折角なので動かしました♪ 織姫こっちで彦星あっち♪ 残念どっちも動いた結果♪ やったねどっちも逢えないの♪】
月を探していたのに星の綺麗さに目を惹かれて、目的を忘れた魔女は指を振り上げ動かし回す。その指先に従う様に、空の星々はくるくる位置を変えていく。
余りに膨大過ぎる力を、無駄に無暗に浪費し続ける虚言の魔女。例えどれ程に消費しようと、枯渇する事など在り得ない。人がどうこう出来る領域に、彼女は存在していない。
故に、挑むのは間違いだ。だがさりとて、唯逃げるだけでも苦難の極み。今こそ星に目を惹かれているが、ミュシャが動けば直ぐに反応して来るだろう。それ程にアリス・キテラは、この猫人に執着している。
(可能性は、ミュシャの頭じゃ一つだけ。見付かるか、どうか。会えるか、どうか。可能性は、零じゃにゃい。寧ろ、高い方。だから、運に見放されてなければ――)
それでも、一つ手が思い付く。実際に可能か、他に術がないか、思考を回して結論付ける。直ぐに浮かぶ限りにおいては、これが一番可能性が高いであろうと。
流され始めた場所はとても近くて、建物に空いていた穴から流れる方向は推察出来る。見付け出すのはきっと、不可能ではないだろう。ミュシャはそう思考して、気付かれぬ様に視線を配る。
大きな動きなどは出来ない。魔女が気付くよりも前に、己が見付けなければならない。そして見付け出したら直ぐに、駆け抜けなくてはならない。
手を軽く握り開いて、己の感覚を確かめる。影から回復薬を二本取り出し、一つを何時でも飲み干せる様に蓋を開けて待つ。探し続けて見付かる時を、待った少女は最初の賭けに勝利した。
「見付けた! 今日のミュシャは付いてるにゃ!!」
【ララ? 何処何処何処何処何処あった♪ 隠れたお日様どこ行った♪ キテラはとっても頭が良い子♪ だからアリスじゃ分からない♪ 隠した場所を忘れたの♪ 探したものも忘れたの♪ 一体何を忘れたの♪ 結局全部を忘れたの♪】
見付けた直後に大きく叫んで、薬を飲み干し走り出す。行き成り上がった大声に驚いている魔女を置き去りにして、魚鱗の道を駆け抜ける。
目指した場所には、少女と同じく魚竜に押し出された海難被害者。溺れた彼女は流されて、打ち上げられて其処に居る。それを見付けた猫人は、駆け抜け近付き拳を振るった。
「起きろにゃっ! 呪術師!!」
「げっふっ!?」
【アララララララ♪】
卑猥で露出の激しい服装も、この時ばかりは役に立つ。そう思いながら、横隔膜を拳で打って気付けとする。気絶していたアマラは海水を吐き出しながら、痛みと共に目を覚ます。
水を吐き出す為に開いた口へと、ミュシャは即座に回復剤を流し込む。無理矢理飲まされた呪術師は混乱しながら、一体誰がこんな真似をと残る片目で睨み付け――ニコニコと追い掛けて来ている大魔女の姿を直視した。
「あ、アンタ。行き成り、何、を…………なーんで、大魔女様が居るんですかねー。これは夢? 私は夢? ってか目が痛い。奥が痛い。痛過ぎてテンション下がるわー」
「だらだら抜かしてにゃいで、さっさと飛べにゃ!」
「へ? え? な?」
「もういい、兎に角右手を上げろにゃ!!」
求めていたのは、己と死闘を演じた女。天空王の瞳は彼女の全てを読み解いていたから、その右手首に嵌めた腕輪に刻まれている術式の存在もまた知っている。
それを無理矢理外部から、起動させて虚空へ飛ぶ。緊急時用の魔道具に刻まれているのは、この場から脱出する為の転移術式。それを用いて異空間へと、大魔女の手から逃れようと言うのだ。
(コイツを使った空間転移。これで、此処から逃げられる。戦って勝てにゃくても、逃げ回るんなら死にはしにゃい!)
挑んでも勝てないと言うのなら、挑まずに逃げ回るしか術はない。勝機は欠片も見付からずとも、この呪術師を使えば逃げ続ける事は可能である。
アマラが見付かるかどうか、其処が賭けだったがそれには勝った。ならば次なる賭けへと移ろう。逃げ回る鼠を追い掛ける様に好奇の色に瞳を輝かせるアリス・キテラから、逃げ続けると言う第二の賭けへ。
【アララララララ♪ アララララ♪ 間違い探しが終わった後では、しっかり身体を動かしましょう♪ 鬼ごっこかしら♪ かくれんぼ♪ どちらもアリスは得意なの♪ だからキテラも隠れるの♪】
「ぎゃー!? 何か、転移空間にまで追い掛けて来てるぅぅぅ!? なんまいだーなんまいだー!! 宗教作って崇め奉りまくるんでぇ、アマラちゃんだけは見逃してぇぇぇっ!?」
「うっさい! 黙って引き摺られてろにゃ転移アイテム!! 捕まったらお前も巻き添えにしてやるから! 必死で逃げ続けるにゃよぉぉぉっっ!!」
脱出用の転移術式は、二つの地点の間に存在しない道を作り上げると言う類の物だ。虚空に生み出した道は完全なる異界であり、発動者が望んだ者しか出入りできない。
そんな常識が、五大の魔王に通じる筈もない。閉じた筈の門を無理矢理開いて、何処でもない異界の中にまで追い掛けて来るアリス・キテラ。大魔女の姿を前にして、二人は必死に逃げ出し始める。
何処かコミカルさすら感じさせる無様さで、逃げ出す猫と踊り子服。キラキラ見詰めていたアリス・キテラは楽しげに、満面の笑みを作って追い掛け出した。
【最初の遊びは鬼ごっこ♪ 最期の遊びも鬼ごっこ♪ アリスが鬼ね、悲しいわ♪ キテラは鬼ね、嬉しいの♪ 鬼は鬼で鬼だから♪ 鬼は鬼で鬼らしく♪ 捕まえたのなら頭から、バリボリムシャムシャ食べちゃうね♪】
『ギャァァァァァァァァッッ!!』
捕まったら食べられる。比喩でも何でもない発言であるのだと理解して、揃って絶叫しながら逃げ出す二人。命懸けの鬼ごっこに、終わりの時はまだ見えない。
◇
唯一匹でも一千キロと、余りに巨大な魚竜の数は際限なく。数え切れない程の総数に、集う光も数知れず。
その内が一つだけでも、国の一つや二つは滅びる程。正しく絶体絶命と、そう語る他にない景色がこの今此処に在る。
「はは、ははは。これはまた壮観。何かあるとは思っていたけど、此処までやられるともう笑うしかないね」
「――っ! 言ってるような場合かよ!?」
そんな絶望的な光景を前にして、笑って済ませる女が一人。彼女と轡を並べる姫騎士は、苛立ち混じりに剣を握り締める。
こちらを向いた魚竜の首は幾百か。其処に集った破滅の光は幾十か。迎撃出来るかすらも定かでなくとも、これはもう間もなく放たれてしまう。
だと言うならば、そうなる前に。機先を制して減らす事こそ正答だろうと、エレノアはその剣を振り上げて――
「くっそ、こうなりゃ――」
「攻めては駄目だよ。エレノアちゃん」
セニシエンタに止められる。その言葉を怪訝に思い、伸ばされた腕に捕まり止まってしまう。振り抜けなかった時間は僅か一瞬だが、その一時が迎撃のチャンスを奪っていた。
「ま、ず――!?」
「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っっっっっ!!」
核熱の光が数十と、四方八方から放たれる。唯の一発でも掠れば終わりと、そんな死を必定とする光が雨と錯覚する程の量で降り注ぐのだ。
もう無理だ。そう思考するより前に、我が身を守ろうと両の腕が反射で動く。防御姿勢を取るエレノアに反して、彼女を押し留めた女は全く異なる動きを見せた。
「こっちだ。其処にある盾を利用するんだ!」
頭部を守ろうと動いた腕を無理矢理引いて、エレノアと共に移動する。目指した先は、最も近くに居た魚竜の背面。
水面から空へと伸びた首の裏へと回り込み、その巨体を盾とする。着弾した無数の光線は破壊を撒き散らし、しかし魚竜の鱗を貫けない。
リヴァイアサンの持つ能力の内、最も強大なのは堅牢なる防御力。彼の魚竜が持つ破壊の矛では、彼自身の鉄壁を打ち砕く事が出来ないのだ。
「これだけの巨体が、これ程に居るんだ。小回りなんて利かないし、身動き出来る空間も残ってない。アリス・キテラが考え無しに増やしたから、お陰で彼らを利用できる」
唯一匹でも、一千キロに迫る巨体だ。単純計算でも四十万弱。それだけのリヴァイアサンが居れば、星の海面全てを埋めてしまえる程に巨大であるのだ。
そんな怪物が目測でも数え切れない程に、溢れ返っているなら当然動けない。満員電車の中で自由自在に動けないのと理屈は同じ。そもそも動ける余地がない。
ましてやリヴァイアサンは防御に特化した怪物。そうであるが故に光線もその牙も、他のリヴァイアサンを傷付けられない。動けぬ彼らは、自ら減る事も出来ぬのだ。
「そんな盾があるからこそ、僕らは辛うじての生を繋げる。もう少し数が減り、動く余地が生まれれば終わりだ。圧倒的な物量を前に何も為せず、潰される結果となるよ」
リヴァイアサンを盾と使って、被害の全てを失くせる訳ではない。防ぎ切れなかった熱は海を蒸発させ、女と少女を吹き飛ばす。
共に白き意匠を纏った女達は、傷付きながらも踊る様に魚鱗の背へと着地する。乗られた竜が暴れるが、異なる竜を利用し飛び移りながらやり過ごす。
その都度手傷を増やしながら、それでも生きていられるのは敵の数が多いから。これより僅かでも減らしてしまえば、今の様な対処は出来なくなっていく。
だからセニシエンタは決して攻めるなと語り、そんな言葉にエレノアは反発する様に言葉を返した。それでは結局、このまま磨り潰されていくしかないのだと。
「って、言っても! 避けてるだけじゃ、何にもならないっ! このままじゃ、何時かは潰される!!」
「けれど、何時かは、だよ。今を引き延ばすことは出来ている」
「それじゃぁ、根本的な解決にはならないでしょ!?」
「なら逆に問うけどね。一体何をすれば、根本的な解決になるんだい?」
如何にかして、根本からの解決を。そう叫ぶ少女に対し、溜息混じりに言葉を返す。其処まで語ると言うのなら、如何にか出来る当てはあるのかと。
そして仮に、万が一にリヴァイアサンを如何にか出来たとして、それでは全く意味がないのだと。セニシエンタは冷たい声音で、既に詰んでいるのだと言葉にした。
「仮に限界を超えて進歩して、もしも奇跡が立て続けに起きてリヴァイアサンを壊滅させたとして、それで一体どうなるんだい? アリス・キテラが居る限りは元の木阿弥。言葉一つで振り出しからのリスタートさ」
根本的な解決を、と言うのなら先ず最初にアリス・キテラを仕留めなくてはならなかった。しかしあの大魔女は猫を追うのに執心していて、彼女達の前には出て来ない。
眼中にないのだ。そうである以上、アレを倒すなど不可能。そもそも出会えもしない怪物を、一体どうすれば倒せるのか。その背を追おうと動いたならば、生じた隙を魚竜に突かれて終わるだろう。
かと言って、魚竜を倒し続けても意味はない。減れば減る程に状況は悪化し、仮に全てを倒し尽くせたとしてもまた全てが蘇る。永劫ずっと、それだけが繰り返され続けるのだ。
既に状況は詰んでいる。エレノアやセニシエンタの立場では、もうどうしようもない程に詰んでいる。それは何をしようと揺るがぬ事実であって、だから下手な手を打つなと語る女に少女は反発した。
「――っ! だからって、諦める心算!?」
「まさか! 寧ろ、その逆さ。諦めていないからこそ、この状況を継続させるべきだと言っているんだ!」
そんな少女の言葉に嗤う。そうとも、もうどうしようもないと知っている。けれど、まだ諦めてはいないのだ。
「今は無理だ。けど、百分後も無理なのだろうか? 十時間後ならどうだろう? 一日続けば、もしかしたら改善するかもしれない」
現状は詰んでいる。だが状況と言う物は、刻一刻と変わる物。拮抗状態が続いたのなら、きっと必ず違う形を見せるであろう。
それが良い方向に転ぶのか、それとも更に悪化をするのか。分からない。分からない。分かる筈なんてない。それでも、諦めないと言うのなら、可能性はもう其処にしか残っていない。
「どんなに限界を超えても不可能だって、零は何を掛けても零なのだから、ならばその道は切り捨てる。けれどそれはね、諦めると言うことを意味する訳ではないんだ。時間を掛けて引き延ばして、何かが変わってくれることを祈ろう。その為に前へ進み続けて、届かなければ前のめりに倒れよう。それがこの僕、セニシエンタの生き方さ」
英雄と愚者に違いはない。踏破出来れば英雄で、途中で終われば唯の愚者。賢い生き方など出来ないから、彼女は前に進む道しか知らない。
ならば嗤って、この道を進もう。未来が暗雲の中にあっても、一体どれ程に待たねばならないのだとしても、その窮地すらも愉しみながら生きる為に死にに行こう。
「さぁ、破滅の光が照らし出す舞踏会は此処に在る。着いて来たまえ、エレノアちゃん!」
それがセニシエンタの解答で、エレノアは僅かに息を飲む。認めるのは癪だがそれでも確かに、それしか今は道がないのだと理解した。
ならばグチグチと、語っているのはもう御仕舞い。前のめりに倒れてしまうその時まで、絶望の中で踊り狂おう。その先にこそ、希望があるのだと胸に信じて。
「……これでも公爵家の出で、ダンスには自信があるのよ」
再び集う破滅の光を前に、英雄の笑みに飲まれた己を隠す様に嘯く。心を開いているから伝わってしまう少女の若さに、女は笑みを深くする。
そうとも、嘯くならば嘯いて魅せるが良い。弱さを隠す仮面であっても、最期まで被って貫けたのなら本物だ。空元気から始まる強さも、確かに在ると知っていたから。
「だから、アンタが付いて来なさい! セニシエンタ!!」
「ははっ、その意気だ! 華麗に咲き誇るとしよう!」
気迫と共に光が降り注ぐ中を駆け出すエレノアの背を眺めて、これこそを愛しているのだと微笑みながら共に行く。
制する術はない。敵を減らせば窮地は近付き、そうでなくとも一分一秒毎に死地は近付く。そんな舞台の只中で、女達は踊り続けた。




