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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第六幕 猫と剣と子どもと灰被り姫のお話
170/257

その13

 巨竜が吠える怒りの咆哮を前にして、白き衣の美女は浮かべた色を塗り替える。勝ち誇った笑みから茫然と、留まったのは刹那に満たない一瞬だ。

 元より想定していた事象の一つであろうと、即座に思考を切り替え残弾を放つ事なく後退する。津波を伴い迫る魚竜を見据えたまま、一歩二歩と跳躍する。


 彼我の速度差は圧倒的だ。如何に英雄と称される者であれ、所詮は人間なのである。六武の神威法の様に、存在が有する格を強化している訳でもない。大魔獣を相手に競い合って、先ず真っ当な手段では敵わない。

 故に当然追い付かれて、その巨体に押し潰される。それが条理と言うならば、これは如何なる不条理か。


 いいや、これは英雄の技巧である。敵手の動きをその前兆から予知し切って、影から取り出した無数の爆薬を破裂させ、手傷を追いながらも致命傷は避け切って見せる。それは彼女が英雄なればこそ、人外の域を踏破してこそ英傑だ。


 風の精霊術だけでは足りず、故に自傷をしてでも致命傷を回避する。そうしてサンドリオンが着地したのは、海に浮かんだ大きな瓦礫の一つ。エレノアの居る直ぐ傍だった。


「さって、と。いやー、空気読まねぇ大魔女にも困ったもんだなぁ。こう来るかもとは思っていたがよ、マジでやるか普通」


「……これも、読んでたってのかよ。なら、これも覆せるって訳か? 一体幾つ、切り札隠してやがんだよ」


 血に濡れた白き美女は薄く笑いながら、滴る血潮を舌で舐めとる。何処か淫靡さを感じさせる仕草で語る言葉を理解して、エレノアは呆れたように言葉を紡いだ。

 ルシオやアマラが誤解するのも頷ける。彼女は未来など読んでないと語っていたが、その割には対処能力が高過ぎる。底知れないにも程があるだろうと、そんな言葉にサンドリオンは苦笑を零した。


「いいや、無理さ。アレが正真正銘俺の切り札。しかも、使い尽くせば真面な体力も残らねぇ類の代物でな。だから、サンドリオンにはもう無理だ。後二回殺してそれで打ち止め、出涸らししか残らねぇって寸法よ」


「おい!? 予想してたんじゃねぇのかよ!!」


「予想はしてたさ。だからって、たった一人で何にでも対応できる訳がねぇだろ?」


 虚言の魔女が居る時点で、全てが嘘にされる可能性は考慮していた。最悪は自身の消滅で、それに比べれば幾らかマシか。いいや、五十歩百歩でしかないのかも知れない。そんな状況。

 起こり得るとは考えていて、だから直ぐに行動出来た。とは言え即応できるからと言って、処理し切れるかと語れば否だ。サンドリオンは既に全てを出し尽くしていて、残る攻撃回数は二度で打ち止め。他に切り札は一つもない。


 最早勝敗は決している。例え彼女が二度に渡ってリヴァイアサンを殺したとして、アリス・キテラは三度蘇らせるであろう。それで十分、対処されてしまう。

 状況は既に詰んでいる。サンドリオンに現状を覆せるような隠し玉はもう一つもなくて、リヴァイアサンは迫っている。あの巨体から逃れ続けることですら、そう何度も出来る事ではない。


 ああ、だが、しかし――


「……もっとも、俺には出来ねぇってだけの話だけどな」


 己に出来ないからと言って、誰にも出来ないと言う訳ではない。態々少女の下へと来たのは、其処にもう一つの布石があるからなのだ。


「アンタに出来ないって、なら――」


「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っっ!!」


 サンドリオンの呟きに反応して、問い掛けようとしたエレノア。彼女が言葉を紡ぎ終えるより前に、リヴァイアサンが咆哮する。

 魚竜は怒りと共にその顎門を大きく開いて、其処に激しい光が集う。核熱と呼べる程の極光が放たれる前兆で、撃ち放たれれば全滅する他道はない。


「そうらぁ、喰らっときなァ!」


 故に、十一番目の弾丸で機先を制する。それしか生き残る道はないから、サンドリオンは一瞬たりとも迷わない。

 轟音と共に、力を貯めていた魚竜の頭部が吹き飛ぶ。砕け散った残骸を海にばら撒きながらに沈む竜の身体は、数秒後にはビデオを逆回転する様に再生していき――――だが、数秒程度の時間は稼げた。故に、サンドリオンは振り返って告げるのだ。


「コイツで後は、ラストの一発。使い果たす訳にはいかねぇとなりゃ、話は一つ。……お前の出番だぜ、エレノアちゃん」


「……は?」


 ポカンと、唐突な言葉に唖然とする。この女は一体何を言っているのかと、そんなエレノアを前にサンドリオンは嘆息する。其処まで説明してやらねばならぬのか、と。


「おいおいおいおい、頭の巡りが悪いなおい。俺が一体態々大声で、誰に説明してやったと思ってる? 戦い方を見てろって言ったろうが、ならしっかりと見たもん自分で真似てみろ」


「――っ! 理想騎士でアンタを模倣して、その魔法を使ってみせろってのか!?」


 そうとも、先の行動はこの時の為に。己ならば一度は必ず殺す手段を見付け出すと、絶対の自信と共にサンドリオンは布石を打った。

 虚言の魔女が居る限り、一度殺しただけでは終わらない可能性がある。だから二度目以降はこの少女に模倣させ、彼女にやらせれば良いのだと。


 その為に貴重な回復剤を、投げ捨てる様に与えたのだ。その為にしっかり見ていろと、自ら率先して見本を見せた。その為に態々口に出しながら、分かりやすく解説してあげたのだ。

 故にサンドリオンは、潮風の中で笑って語る。外道の嘲笑ではなく、悪鬼の冷笑ではなく、英雄としての清々しい笑みを。誰もが振り返ってしまう程に美麗な笑顔で、セニシエンタとしての言葉を紡ぐ。


「信じてあげるよ。君は騎士だ。美しい白き花の姫騎士。その光輝く雷の剣と共に、悪しき竜を打倒すんだ」


 そうとも、少女は騎士である。そう信じるのは、必ずしも敵対者である必要はない。誰かが傍で、彼女を信じてあげれば良い。

 恐らくは其れこそが、最果てで輝こうとする理想騎士の正しい使い方。ほんの僅かな時間で其処まで見抜いて、故にセニシエンタは挑発する様に笑って告げた。


「出来ない、とは言わせないよ。君が出来なければ、皆が命を終えてしまう。そんな展開は、お互い御免だろう」


 此処で彼女が出来ないと、そう口にすれば全てが終わる。真実これがセニシエンタの最後の手札で、成し遂げられるのはエレノアだけ。

 この状況に、重圧を感じる。手が震えるし、足が震える。大勢の命を背負っている状況で、武者震いだと強がれる意志はない。自分が失敗すれば自分以外も終わるのだと、それは紛れもない恐怖である。


 けれど――


「……くそっ! ああ、もう、腹は括った! やってやろうじゃないっっ!!」


 ああ、この状況。何もせずに逃げ出すなんて、自分に出来る筈がない。理想に至ると、己はもう決めたのだ。


 そして、少女の瞳は確かに見ていた。英雄の戦い。その背中が示す生き様を。如何に外道であっても、セニシエンタは英雄だった。

 そんな英雄が、少女に任せると語るのだ。後を託すと、敬意に値する英雄が語るのだ。此処で燃え上がらずにして、一体何が騎士道か。


――外功想行・以って我は心威を示す――


 言葉を紡ぐ。心を紡ぐ。それは己で考えた呪文じゃなくて、気付けば脳裏に浮かんでいた言葉の羅列。


――白き十字の盾はなく、偉大な王の遺物も我になし――


 エレノア・ロスは、神話に詳しくなどはない。仮に造詣深い者であったとしても、この世界の民ではその神話には至れぬだろう。

 何故なら当時の文献は散逸していて、多くの知識が失われたから。この幻想の世において、アーサー王伝説を知る者など先ず居ないのだ。


 ならば何故、この言の葉が浮かんでくるのか。ならば何故、心威の多くが神話になぞる形となるか。一体これは、誰が与えた呪文であるのか。


――血に濡れた槍は、必ず我を呪うであろう。十三の座は、この身に相応しくはないであろう――


 其は人の意志。其は集合無意識。総意と呼ばれる人の命が生まれいずる場所にして、何時か還るべきその場所。


 総意は群として存在する。だが心威に目覚めた者は、其処から外れ個として独立する。しかし総意は、己の内に生まれた者が己の内から外れる事を好まない。

 故に其れは人の群れの内に止めようとして、彼らに枷を与える。人の型に収まらぬ程に肥大化したと言うのなら、人以外の存在として枠に嵌める。そうする事で、彼らを制御下に置こうとするのだ。


 幻想の世と、現世は繋がっている。其処に生きる命は地続きで、故に全ては同じ場所へと還っていく。だからこそ、この地では失われた筈の神話すらも其処にはある。

 エレノアが騎士の理想と、知りもしない神話を此処に紡ぐのはそれが理由。全ては人の総意が、彼女に相応しいと定めた形。その心の在り方を、理想騎士と言う形で縛っている。


――だけど、夢見る事は許して欲しい。例え至らぬ我が身であれど、この願いだけは真実だから――


 そう、心威使いとは概念神に似て非なる者。心を開いたその一瞬に、神域の奇跡を起こさんとして総意に抑えられる者。集合無意識に縛られたまま、それでも己の想念だけで世界を歪めんとする者。

 人に与えられた枷を砕き千切り、真実個で在れる者となった時――それこそが神威法の到達点と言えるだろう。己の意志だけで、世界全てを自由に歪めてしまえる存在。故にこの秘術は、人を神へと至らせるのだ。


 とは言え、其処まで至れる者など先ず居ない。少なくとも、エレノア・ロスでは決して至れないであろう。それは、彼女の願いの形が示している。

 真実神に至れる者とは、己だけで在れる者。揺るがぬ芯は唯己の内にのみ、他者など必要としない者。誰かに認められたいと、この願いはその真逆。誰かを求め続ける限り、此処から先へは踏み込めない。


 だが、それで良いのだろう。神に至るなど、碌なことではない。神威に到達した者は須らく不幸で孤独で、何時か破滅するに決まっている。だから、エレノア・ロスはこれで良いのだ。


――心威・解放――


「最果てにて輝け――理想騎士(アルケイディア)!!」


 潮風が吹き付ける中、エレノア・ロスは心威を発現する。誰かが居なければ何も出来ないけれど、信じてくれる誰かが居れば何でも出来る。そんな力を、此処に示す。

 セニシエンタは語った様に、確かに少女を信じている。だからその内側には知らない筈の知識も流れ込んでいて、故に彼女は出来ると信じる。復元した魚竜を睨み付け、その手に強く剣を握った。


「今宵零時の鐘が鳴るまで、主役は一人連れ子の娘! 南瓜の馬車に鼠の馬を。継ぎ接ぎの服は純白のドレスへ、ガラスの靴で駆け出そう! シンデレラ・ドレスアップ!!」


 写し取った力を使う。少女の姿は美女と同じく、だが彼女とは違う衣装に変じていく。それはきっと、願った形が違うから。

 憧れたのは、王子と踊る絢爛豪華な舞踏会などではない。求めたのは、鮮烈な戦場で守り抜く騎士の剣。故に身に纏うドレスは、白銀の鎧と同化した形へと。


 白と青。二色の輝きに彩られた鎧とドレスは、詩人の語る姫騎士が如く。麗しさの中にも力強さを感じさせる。そんな意匠となっていた。


「時計は回る。無情に回る。連れ子の娘が主役な時間はもう御仕舞い。今宵零時の鐘が鳴るまで後僅か、さぁ舞踏会の幕引きだ!」


 英雄の模倣は続く。少女自身にそれ程の力はまだ無くとも、英雄が信じ力を託した。故に模倣は真に迫って――いいや否、彼女の模倣は真すら超える。

 背に展開した十二の文字盤。時を告げる鐘の一つに一つに、感じる力はセニシエンタのそれよりも膨大な物。使い手だからこそそれが分かって、セニシエンタは笑みを深めた。


「純白のドレスを脱ぎ捨てて、ガラスの靴も忘れるな! 何も残さず何も為さず、全てを此処に終わらせよう!!」


 エレノアの展開した究極魔法は、初撃が既にセニシエンタの十二発目と匹敵する程の力を内包している。それは今のセニシエンタを、彼女が模倣し写し取って上回ったからに他ならない。

 想定以上だと、これならば確実に十二回は彼の怪物を打倒せる。それを魚竜も感じ取ったのか、咆哮と共に光を放とうとするがもう遅い。リヴァイアサンが攻撃するより、エレノアが初撃を放つ方が早かった。


終焉の鐘(シンデレラステージ)――夢見る時(ラスト・)間は此処に終わる(カウント・ダウン)!!」


 先に見た英雄の背を思い浮かべて、その記憶をなぞる様に雷招剣を振り下ろす。雷光と共に第一の弾丸は飛翔して、リヴァイアサンの身体を吹き飛ばす。

 首から上だけと、そんな威力では済まさない。如何なる守りすらも貫く程に、既にこの一撃は高出力。巨大に過ぎる魚竜の三分の一程が、唯一振りと共に消し飛ばされた。


 即座に成した結果が嘘となり、リヴァイアサンが蘇らんとする。だがそれすらも想定内ならば、完治の前に二撃が飛ぶ。

 復元し掛けていた巨竜は、第二射に晒され砕け散る。崩れ落ちる魚竜を前に、エレノアは油断しない。その剣を肩に構えて、既に三射目の姿勢を取っていた。


「永遠に死なねぇって言うなら、何時か死ぬ時が来るまで倒し続ける。それが――英雄の戦い方だ!!」


 三度、魚竜の身体が粉砕される。一撃毎に乗算される超火力は、既にリヴァイアサンの全長すらも飲み干す程に。跡形も残さぬ程に、大災厄を破壊する。

 それですら、まだ三度目だ。残る弾数は九発。四の文字を輝く光に作り変え、雷招剣に纏わせ待つ。粉々に砕いた魔獣が蘇り、また己の手で討たれるその時を。




(僕の見込んだ通り、エレノアちゃんの本質はこれだね)


 リヴァイアサンを倒し続けるエレノアを見て、セニシエンタは確信と共に結論付ける。

 敵より必ず強く成ると、そんなのは彼女の本質ではない。理想騎士の正しい使い方。エレノアの真価を発揮する方法はこれなのだと。


(仲間の最高パフォーマンスを、最低限の消費で再現出来る。……気力が底を尽いた状態から、回復剤一本でこれだ。効率が良い、なんて域の話じゃない)


 彼女が騎士に相応しいと、信じる仲間の力を借りる。その為に必要なのは、心威を使う為に消費する最低限の気力だけ。数秒だけでも維持出来るだけの、闘気があれば十分なのだ。

 何故なら、発動した直後に仲間の有している力をそっくりそのまま写し取れるから。底を尽いた状態から、一気に全開以上にまで膨れ上がる事が出来る。それは実質、安物の回復剤一本で全回復出来る事と同義だ。


 セニシエンタの切り札である終焉の鐘は、発動時に究極魔法と言う呼び名に相応しいだけの魔力を消費し、使い切った後には残る生命力のほぼ全てを消費すると言う制限がある。

 それは強力な力に相応しい縛りであるが、エレノアの理想騎士はそれさえも踏み倒せてしまう。彼女はたった一本の回復薬で、セニシエンタの切り札を連発することが出来るのだ。


 彼女が同じことをする為には、一体幾ら回復剤が必要になるか。少なくとも、十や二十ではまるで足りていないだろう。

 それを理不尽だと思わなくもないが、この状況では実に使える異能である。回復剤の在庫は山程あるのだ。これで実質、リヴァイアサンは封殺出来る。


(影の倉庫に、残る回復薬は97本。たった一本で心威を発動できるんだから、実質残弾数は1164発。それだけの回数、この子は一人でリヴァイアサンを倒し続けてくれる)


 冷静に思考を進める。己の手札と、敵の伏せ札。如何にしてこの状況を打破するか、現状のままでは根本的な解決には至らない。


(なら、僕はもう一つの仕事。元凶の排除に専念できる。これが正真正銘、最後の一手って所だろう)


 故にこそ、後一発を残してある。何処かに居るアリス・キテラと言う元凶に、叩き付けてやる為に。


 何時しか魔女は、姿を消していた。それでもリヴァイアサンの蘇生が続いていることから、近くに居るとは分かっている。

 この一撃が大魔女に通じるかと言う疑念はある。当然、届かなければ意味がない。だがそれでも、これが現状で望める最適解。最も踏破出来る可能性が高い、勝利へ続く道筋だった。


「……だが、何故だろうね。嫌な予感が拭えない。これは、まだ何かあるかな」











 セニシエンタが予感している頃、彼女は実感としてそれを感じていた。感じざるを得ない程に、魔女はミュシャの至近に居たのだ。


(最、悪にゃ)


 戦い終えて疲弊し切って、倒れそうになった身体では突然の事態に何の対処も出来なかった。

 襲い来る津波に飲み込まれて、海水を飲みながらも必死に足掻く。流れに流され続けた先で、漸く辿り着いた海面で荒く喘いだ。


 周囲を見回す余裕もなくて、必死に縋ったのは小さな流木。荒い息を整えて、如何にか思考に一抹の冷静さを取り戻したその時既に――魔女は少女の前に居た。


【猫さん猫さんお元気ですか♪ 猫さん猫さんアリスは病気♪ キテラは何時でも壊れているから、アリスはとっても元気なの♪】


 息が掛かる程の至近から、じっと瞳を見詰めている。きらきらぎらぎら、何かを期待する様に見詰め続けている。

 甲高い声に意識が遠のき掛けるのを感じながら、それでも手放す訳にはいかない。酸素の足りない鈍った頭脳は、それでも最悪と理解していた。


 アリス・キテラ=ドゥルジ・ナス。この大魔女は、ミュシャと言う少女しか見ていない。他の誰もを、個として認識してすらいないのだと。


【猫さん猫さんお魚好きよね♪ だからアリスは持って来た♪ だからキテラは持って来た♪ 貴女に貴女にプレゼント♪ なのに皆で取り合って、アリスはキテラは悲しいの♪】


 本来、魔王には縛りが存在している。人と言う種を一方的に滅ぼしてはならないと言う枷がある。決して乗り越えられない試練を与えてはならないと、其処に隙は常にあるのだ。

 だがしかし、この今だけは話が違う。何故ならアリス・キテラは今、エレノアやセニシエンタを初めとする西の者達を人間として認識してない。彼女らに試練を与えていると、そんな自覚が全くない。


 それが何を意味するか、答えはたった一つである。結論から語れば、この今に魔王の縛りは成立しない。西の全ては滅ぶ他になく、この現状を打破する術は此処の何処にも存在しない。

 何故ならこれは試練でなく、少女に向けた贈り物。だから態々超えられる要素を用意する必要などなくて、相手の戦力を計ることすらしてなくて、その贈り物に何処かの誰かが巻き添えを受けて潰れたとして大魔女は認識さえしないであろう。


 魔王が人類を滅ぼす為には、試練と言う体裁を取る必要がある。星を片手で砕くことも、嘘にして消滅させることも許されない。魔王に挑む者らが試練を乗り越えられなかったから、人類は滅びるのだと言う過程を経ねばならないのだ。

 だが人間を滅ぼす結果に繋がらないなら、認識しないままに踏み潰せてしまえる。そして此処に今生きる全ての者が死に絶えたとしても、被害は幻想世界の五分の一。人と言う種が滅びる結果に繋がる事などあり得ないから、試練でなくても問題なかった。


【だけどアリスは考えた♪ だからキテラは考えた♪ アリスは良い子よキテラは悪い子♪ 皆が皆が取り合う訳は、お魚さんが少ないから♪ 皆お魚大好きなのね♪ アリスはそれに気付いたの♪ だから皆に沢山上げるわ♪ お魚一杯プレゼント♪】


 冷たい海水の中で疲れ切った身体は、理解することを拒絶している。青褪めた表情の少女には天空王の瞳を使う余力もなくて、それでも確かに分かってしまった。

 アリス・キテラが何を為そうとしているのか。少女の為に用意した贈り物が届かない現状に、膨大な力を持っただけの幼子が何を為す心算なのか。アリスは微笑み、答えを示した。


【フエナイナンテウソ】


 そうとも、他の人が贈り物を奪ってしまうのなら、贈り物の数を増やしてあげれば良い。誰もが手を伸ばしても掴み切れない程、沢山沢山あげれば良いのだ。

 贈る荷物は両手に一杯。それでも全く足りてない。三大魔獣は常に一体しか存在出来ないと、そんな理屈は全てアリスが嘘がする。如何なる道理も現実も、全ては幼い子どもの思うが儘だ。


【出席確認、はいどうぞ♪ 一番十番百番千番♪ 全員皆お魚さん♪ お魚大好き皆の為に、今日はお魚パーティよ♪】


 ザバンと水の音がする。巨大な尾びれが海面を叩いて、津波が起きる音がする。音の発生地点は四方八方、見渡す限りのあらゆる全て。地平線の果てまでも、海を魚竜が満たしている。

 エレノアは硬直した。カロリーネは絶句した。ディエゴは絶望し、セニシエンタは開き直って笑い転げている。最早収拾などつかぬ程、新たに出現したリヴァイアサンの大群は数えることすら出来はしない。


 ミュシャはその優れた頭脳で理解する。西方は最早、終わる他にないのだと。この先には、絶滅しかないのだと。青く染まった表情で、寒さと恐怖にその唇を震わせた。


【ウフフ、フフフ、ウフフフフフ】


 果てなく広がる蒼海に、水の色など残っていない。まるで満員電車か鮨詰めだ。境界さえも分からなく成る程、身動きさえ出来なく成る程、巨大な魚竜が犇き合っている。

 海面の下は、一体如何なることになっているのか。一体何処まで、海はリヴァイアサンで埋まっているのか。押し流された人々は、一体どうなってしまったのか。全てに答えを出すことなんて出来なくて、分かっているのはたった一つ。


【それじゃあ猫さん♪ 何して遊ぶ♪】


 楽しげに、嬉しそうに、にこやかに問い掛ける虚言の大魔女。アリス・キテラが居る限り、西は滅びる他にない。この地は間もなく終わってしまう。

 そして、狂った大魔女を打ち破る術などない。英雄も、姫騎士も、当然、此処に居る猫人も――誰もが止めることすら出来ず、ならばその結末は避けられない。






〇101匹(以上)お魚さん大行進。



因みに魔王の縛りは主に二つ。

1.試練なしに人類を滅ぼしてはならない。

2.試練を与える際には、必ず乗り越えられる可能性を残さねばならない。


そもそも人類全てを滅ぼす気がなければ、割と何でもありのやりたい放題をやってくる。魔王とはそんな連中である。


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