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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第六幕 猫と剣と子どもと灰被り姫のお話
169/257

その12

 少女と青年は手を取り合って、共に危機へと挑んでいる。海に飲まれる町中を、飲まれた皆を守るため。だがそれは結局の所、解決策にはなり得ない。

 彼らの行いは犠牲を減らす役には立つが、今此処に迫る危機を打破することには繋がらない。全ての民を守れたからと言って、迫る脅威である巨大な魚龍を止められる訳ではないのだから。


 無数の鱗に覆われた海蛇が蠢き、唯それだけで海に津波が生じている。その巨体の一部が軽く触れただけでも、残る建物など海の藻屑と化すであろう。

 怪物に敵意は見えず、遊覧する様に蜷局を巻いて移動を続けている。唯それだけ無数の飛沫は津波となって、人の残滓を押し流すのだ。この今に至る数瞬だけで、どれ程に被害が出ているか。


 それさえも狙って為した事ではないと言うのだから、あの怪物が本気になれば一体どれ程の災厄が巻き起こるであろうことか。エレノアは一人歯を噛み締める。

 今の彼女に、残る力は極めて微小だ。最果ての騎士は破られた際、多大な消耗を使用者に強いる。二度に渡って破られた今、彼女はもう起き上がることすら満足に出来やしない。


 仮に全力であったとしても、この怪物を如何にか出来たとは思えない。それ程に三大魔獣は強大で、けれど何かは出来たであろう。

 だからエレノアは瓦礫と化して海を漂うビルの屋上に一人、情けないと歯を噛み締める。今の彼女にはそんなことしか、出来ることはなかったのだ。


 それを更に情けなく思って、それでもどうしても立てなくて、だから諦めるしかないのかと――そんな彼女の顔へと、何かが飛来しぶつかった。


「痛――っ! って、これは?」


回復剤(ポーション)さ。そいつを飲んで、暫く見てな」


 投げ渡された瓶の中には、透き通った緑の液体。一瞬毒か何かかと疑うが、それをする利点がない。

 先にエレノアが津波に飲み込まれる瞬間を、見捨てていればそれで済んだ話であるから。少女は訝しみながらも、渡された回復薬を飲み干した。


 植物が持つ生命力を維持しながらに溶かした液体は、接種した者の身体に溶けてその生命力を補填する。

 薬草の様に傷口を塞ぐ効果はないが、疲労回復への即効性と言う一点においては実に優秀な薬品だ。比較的安価な量産品でも、立ち上がるには十分だった。


「……セニシエンタ。アンタ、何で?」


 瓦礫と化したビルの屋上。流される鉄を足場にして、エレノアは問い掛ける。何故と問う言葉には、無数の思いが混じっている。

 何故にあの一瞬、敵対していた自分を助けたのか。何故に先の一瞬、倒れていた自分に回復薬を与えたのか。そして何故にこの今、少女の前に背を向け立っているのか。


 まるでそれは、少女を己の背に庇うかの如く。まるでそれは、勇者が竜に挑むかの如く。まるでそれは――


「なぁ、エレノアちゃん。英雄の条件って奴を知ってるかい?」


 英雄と呼ばれる者として相応しく、この外道には余りにも不釣り合いな姿。それでも、彼女は嗤って語る。我は英雄なのである、と。


「英雄とは、常に人の前に立つ者。英雄とは、常に人を護る者。英雄とは、常に人の敵を相対し、そしてそれに打ち勝ち倒す者。……何の因果か、誰が呼んだか、俺は英雄なんだそうだ。全く以って似合わねぇにも程があることだが、そう呼ばれちゃぁ仕方ねぇ。愛する人にそう望まれて、ならそう生きねぇと嘘だろう?」


 サンドリオンは唾棄すべき外道だ。己の欲望に忠実で、歪んだ愛情と欲求を満たす事だけを常に重視し続けている。自己中心的な破綻者だ。

 気紛れに人を殺し、遊び半分で人を壊し、悪辣なる罠で誰も彼もを破滅させる。そんな下劣畜生だが、しかしそんな彼女を人々は英雄と呼んでいる。それは何故か。


 単純な話、彼女が人の味方であるから。サンドリオンは常に己自身の味方であって、だがそんな己が人であると知っている。人でしかあれないと、彼女は知っているのだ。

 だから人の敵は彼女の敵だ。生きとし生ける者全ての敵は、彼女にとっても敵なのだ。それを打倒する事は、己の欲よりも優先すべき、生きているからこそ持つ使命。それを必ず果たして見せるから、サンドリオンは英雄だ。


「そして目の前には敵がいる。腐り掛けは美味いが、腐り切っちまったら食べられねぇ。そんな腐敗の極みみてぇな、見所一つない化け物が前に居る。俺が嫌いな、糞ったれな敵が目の前に居るんだよ。だったら、やらねぇ理由は一つもねぇ」


 目の前の海を蠢く怪物は、人類を滅ぼし得る敵だ。この怪物を呼び寄せた虚言の魔女は、人の世を蹂躙する災厄だ。人間の敵を前にして、人間(オノレ)の味方は笑みを深める。

 人の輝きが愛し過ぎて、それを見たいと言う欲求を我慢する理性がなくて、数多くの悲劇を齎した灰被り姫。そんな女が己の欲求を抑え付け、戦うと言う意志を決める。人類の敵を前にした時、この女は必ずこう成るのだ。だからこそ、サンドリオンは英雄なのだ。


「つー訳で悪いが、お前は後だ。エレノアちゃん。暫く其処で膝を抱えて、その目でしっかり見ておきな。――英雄の戦いって奴をよ」


 瓦礫の山を蹴り付けて、サンドリオンは高く跳ぶ。空を飛べる訳でもなくて、海面を歩ける訳でもない。なのに彼女は、怖気付く事なく跳び出した。

 さながら源氏の八艘跳び。海の上に浮かび上がった町の残骸。小さな欠片を足場にして、魚竜に向かって跳んで行く。そして手にした銃の射程に入ったその瞬間、彼女は即座に発砲した。


 閃光は三度。選んだのは精霊石の弾頭で、雷光を纏った鉛の塊が敵を打つ。相手は巨体だ。何処を撃っても当たるだろうと、故に一発も外さない。

 だがしかし、変化は何も起こらない。雷を纏った弾丸は魚の鱗に弾かれて、何の変化も起こせず落ちる。蛇行を続けるリヴァイアサンは、己が撃たれたことにも気付いていない。


「はっ、こいつは結構高ぇんだけどなぁ」


 炎弾、氷弾、地弾に風弾と、試しに属性を変えてみるが意味がない。ほんの僅かな痛み所か、触れられたと言う程度の刺激すらも与えられてない。

 リヴァイアサンは何も変わらぬまま、唯々蛇行を続けている。魔女から指示を与えられている訳でもない怪物は、何もしないで蠢いているだけである。


 なのに、これは脅威だ。唯其処に居るだけで、人の世を壊し尽くしてしまう。その巨体が海を蛇行するだけで、巨大な衝撃が津波を引き起こすのだ。

 津波だけが危険な訳ではない。鋼は愚か金剛石の数百倍は上であろう硬度の巨体は、その重量も相まって触れるだけで押し潰される。海に沈んだ町の残骸が、瞬く間に磨り潰されていく。


 敵意も悪意もなく、唯蜷局を巻いて蛇行している。それだけで、国の一つ二つは容易く滅びる。それが三大魔獣と言う怪物だ。

 そんな脅威を前にして、サンドリオンは怯えない。狂った笑みを浮かべたまま、弾を撃ち出し刃を手にして駆けていく。蠢く巨体へ飛び乗って、左手の銃を零距離で撃ち続けながら、右手の刃を振り下ろす。


「はっはー! くっそ硬ぇな、魚野郎!!」


 甲高い音と共に、圧し折れたのは彼女の握った剣である。嗤いながらに詠唱破棄で幾つか精霊術をぶつけるが、やはり巨体は揺らぎもしない。

 そのまま海へと沈んでいく怪物から飛び降りて、風を纏って海に浮かんだ瓦礫の上へと着地する。折れた細剣を海へ不法投棄して、空にした両手を広げながら演じる様に大きな声で嗤って騙る。


「弾も無理。剣も無理。精霊術も通らねぇ上、魔法は当然論外か。いやー厄介厄介、厄介だねぇお前さん!」


 今も何をするでもなく、周囲を蛇行し続けているだけの魚竜。それを見上げて語る言葉に、弱さの類は一切ない。そんな物は必要ないのだ。

 何故なら、己は人間だから。そうとも、人は輝きに満ちている。そして己は、そんな人間なのだ。だからきっと必ずや、己は試練を乗り越えられると信じている。


 それが彼女の理屈であるから、サンドリオンは嗤っている。例えそのまま死したとしても、失敗したなと嗤い続けて逝くだろう。そういう類の狂人だから、絶望などとは無縁である。


「けどよぉ、俺もまだ全部は見せてねぇ。腹の底の底まで見せて、それでも結論付けんのは早ぇわなァ!!」


 そうとも、先ずは全てを見せてから。底の底まで曝け出して、それでも届かなかったら次は進化すれば良い。出来なかったら、嗤って死のう。それがサンドリオンと言う女の理屈。

 そうして嘗ては、リヴァイアサンと並ぶ三大魔獣の一体。天空を統べるジズを追い落として見せたのだ。手にした札の全てと引き換えに、成して見せた過去がある。ならばこの今にもう一度、成してみせれば良いだけだ。


「今宵零時の鐘が鳴るまで、主役は一人連れ子の娘。南瓜の馬車に鼠の馬を。継ぎ接ぎの服は純白のドレスへ、ガラスの靴で駆け出そう!」


 直接攻撃系の魔法は軽減されるか吸収されるか、大した成果を出せずに終わるだろう。だが自己の強化に限るなら、瘴気だろうと精霊力だろうと大差はない。

 花開く白亜の城は展開しない。あの世界は魔力に満ちていて、魔物の糧となってしまう。だからその分も自己強化に回して、灰被りは姿を変える。中世の軍服を模した物から、社交界のドレスへと。


「シンデレラ・ドレスアップ!!」


 美しい華が舞う。その本性の欠片も知れば似合わぬと断じられる白き装束も、中身を知らなければ相応以上に輝く美麗な物だ。

 過剰強化の影響か、長く伸びた髪を風に靡かせ前へと跳び出す。先より足場が減った事などお構いなしに、サンドリオンは再び魚竜に接敵した。


「さぁって、今度はどうかなァ!!」


 普段使いの細剣とは違う、頑丈さを追求した究極鋼製の斬馬刀。影から直接居合の様に、引き抜いた剣の構造を一瞬で強化して、後は膂力と技量で叩き付ける。

 一連の動作は流れる水の如くに無駄がなく、その威の一切全てを敵の巨体に押し付けた。与える衝撃は最早言語に絶する程で、だがやはり魚竜の鱗を貫くには至らない。


 何せこの怪物は、全ての魔物の中でも最も防御に秀でた存在だ。ベヒーモスが最高火力を、ジズが最高速度を、リヴァイアサンが最高硬度を誇るのだ。


 その総身を覆う鱗は一枚だけでも、究極鋼より遥かに硬い。モース硬度で例えるならば、ダイアの数百数千数万倍か。更に樹脂にも等しい柔軟性と温度変化への耐性も伴っているから、物理的な手段では傷一つ付けられない。

 その上この怪物は全身に、特殊な魔法を常に纏っている。あらゆる武器を受け付けないと、あらゆる被害を遠ざけると、そういう呪詛に覆われている。これを貫くには単純な破壊力だけでは足りなくて、その概念防御をも上回らなければならない。


 こと防御と言う一点に限るのならば、これは魔王以上の怪物。先ず人間には突破など不可能で、ならばこの怪物は其処に漂うだけで全てを滅ぼし得る脅威と化す。

 深海に沈んだ部分も含めれば、その全長は一千キロにも届くのだ。あらゆる手段を以ってしても傷付かない程の硬度を誇る巨体が蠢けば、周囲は磨り潰されるのが道理である。


 そして、この怪物はそれだけではない。先の一撃で刺激を受けたリヴァイアサンは、漸くにサンドリオンを認識する。故に魔物の性を以って、命ある者を排除する為に動くのだ。


「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っっっっっ!!」


 山より巨大な顎門が開く。無数の牙が並んだ口内に、紅く輝く熱が集う。それは火と呼ぶには熱があり過ぎて、炎と語るにはエネルギーの総量が多過ぎて、それでも敢えて呼び名を付けるのならば核熱と呼ぶのが相応しい滅びの光。

 それを、放つ。咆哮と共に放たれた破壊の光は、空に軌跡を残しながらに女へ迫る。さしものサンドリオンも、光を前には速度が足りない。予兆が見えた瞬間から回避に動いていたが、その破滅の余波に飲み込まれる。そして光は、地平線の彼方に着弾した。


 激震。そうとしか呼べない程の轟音と共に、膨大な量の蒸気が空へと舞い上がる。破滅の光が過ぎ去った途上にあるだけの海水が蒸発していて、ならば着弾地点には一体どれ程の被害が出ているか。

 ならば当然、余波とは言えそれに飲まれたサンドリオンの状態も想像するに容易いだろう。死体も残らぬ程に焼き尽くされて、血肉の一片までも蒸発するのがその道理。ならば一体、これは如何なる不条理か。


「は、はは、ははははは」


 魚竜の動きが予測出来た時点で、回避の為に動いていた。間に合わないと悟った瞬間、防御の為に風を集めた。直撃を避けても致命傷を受ける状況に、だからどうしたと嗤って耐える。

 精霊術で火力を軽減して、更に魔法の盾を無数に重ねて、限界までに力を振り絞って被害を減らす。そうした上で消し切れなかった衝撃に、耐えると言う道を選んだ。己が人であるならば、必ずや乗り越える事が出来るのだと。


 結果は此処に、こうしてある。その衣服は破れ、その肌は焼け爛れ、今も塞がらぬ古傷を隠して居られぬ程に消耗して――それでも、サンドリオンは生きている。

 美麗なのは、首から上だけ。生皮は剥がされ、乳房は切り落とされ、全身には無数の拷問痕。臓器の一部が晒されて、血肉の一部は壊死した状態。風が吹くだけでも滂沱する程の激痛が、常に彼女を襲っている。だと言うのに、サンドリオンは嗤うのだ。やはり自分(ヒト)は輝くのだと、彼女は愉しげに嗤っている。


「成程成程、成程ねぇ」


 刺激を受けて、反射的に反撃した。そうした後で相手の生死を確認する事もなく、再び蛇行を始めたリヴァイアサン。

 これが同格ならば増長し過ぎと言えるのだろうが、この怪物にとっては慢心ですらないのだろう。そう断じられる程の性能さが存在していて、だがサンドリオンは嗤っている。


 彼女は気付いたのだ。リヴァイアサンと言う存在の性能と、それに対する己の相性。全てを出し切ったのならば、打倒の道は確かに在る。そう確信した傷だらけの女は、此処に嗤って語ってみせた。


「これがベヒーモスなら、俺は手も足も出なかっただろう。三大魔獣の最高火力は、真面な術じゃ防げねぇ。御自慢の耐久力に任せて死ぬ気で耐え続けて足止めし切った筆頭異端審問官が頭おかしいだけで、普通はどうしようもねぇ部類だろうよ」


 此処に居たのがベヒーモスならば、サンドリオンは何も為せずに敗れていた。デンダインの怪物が齎す最高火力は、全てを飲み干すブラックホール。一撃でも受けたらそれ即ち、即死を意味する回避も防御も出来ぬ技。

 其れを撃たせぬ様に立ち回ってみせた先代六武の将も、防御不可の技を受けても頑丈さだけで耐え抜いて意地だけで帰還してみせた筆頭異端審問官も、どちらも常人の理解からはかけ離れた存在だ。英雄の中で最弱な、サンドリオンには真似する事すら出来ない規格外な対処法なのである。


「これがジズなら、手数が唯々足りてなかった。三大魔獣の最高速度を前にして、真面な手段じゃそも攻撃が当たらねぇ。以前にやり合った際には、今より豊富な札を伏せてたってのに、手札の全てを使い切っても撃退するのが精々だったさ」


 此処に居たのがジズならば、今のサンドリオンに打つ手はなかった。三大魔獣で最も速い怪物には、真面に攻撃が当たらない。

 嘗ては猟犬達を犠牲に相手の動きを限定したが、今は使える捨て駒が手元に居ない。それでは己の切り札を当てられず、順当に嬲り殺されるだけが落ちであろう。


 だが、この怪物は違うのだ。三大の魔獣で唯一、このリヴァイアサンなら如何にかなる。先の攻撃で、灰被り姫はそれを確信した。


「だがなぁ、リヴァイアサン。お前の最高硬度は、正直どうとでもなる部類の物だ。この世で最も硬く柔軟で、傷付かないと言う概念を纏った鱗。確かに理不尽の一つであろうが、唯硬いだけならどうとでもなる。……詰まりはあれだ。相手が悪かったってことで。俺にとっちゃお前さんは、葱を背負った鴨と同じだった訳さ!」


 全力で武器を叩き付けても、傷一つは付けられなかったその魚鱗。だがしかし、全力で叩き込んだ時には気付かれたのだ。

 それは肩を叩く程度の衝撃に過ぎないだろうが、最初の牽制打では気付かれることすらなかったと言う事実が確かに示している。


 足りないのは、火力だけ。あの防御を上回る程の威力があれば、破壊の意志は通るのだ。

 そしてサンドリオンの切り札は、その火力に特化している。彼女が誇る最大技能は、速攻で出せる火力としては人界最高峰の一つであった。


「時計は回る。無情に回る。連れ子の娘が主役な時間はもう御仕舞い。今宵零時の鐘が鳴るまで後僅か、さぁ舞踏会の幕引きだ!」


 先ず最初に五小節。これは体系化された現代の魔法において、最上級とされる魔法。これ以上は既に失われていると、そう定められている領域。そんな物では、終わらない。

 一般的には知られていないが、十小節の禁呪も存在しているのだ。ならば五小節のその上に、禁呪に至るその前に、残る魔法も存在している。過去に失われたと言うそれを、サンドリオンは掘り起こす。


「純白のドレスを脱ぎ捨てて、ガラスの靴も忘れるな! 何も残さず何も為さず、全てを此処に終わらせよう!!」


 紡いだ呪文の数は九。小節が一つ増えれば倍以上に制御難易度が跳ね上がると言われる魔法において、禁呪の一歩手前にまで迫ったこれを扱う為の難易度は並大抵の物ではない。

 才能に溢れる者が、破滅を覚悟しなければ使えない大禁呪。才ある者が、破滅を覚悟すれば使えてしまう物。対してその一歩手前にあるこの究極魔法とは、才能がない人間であっても努力だけで辿り着ける到達点の一つである。


 そして究極魔法とは、禁呪よりも遥かに安定した物。才能だけでは使えぬからこそ、これを使える程にまで至った魔法使いが破滅する事は決してない。必要なのは、発動に十分なだけの魔力量だけである。

 禁呪と違って暴走のリスクなどは全くなく、しかしそれに迫る程の大魔法。過去の歴史でも使える者は片手に満ちる程にも居なかったと言うそれを再現して、しかしそれで終わらせないのがサンドリオンだ。


 再構成した白いドレスを纏って浮かび上がる。態々作り直したのは、それが必要となるから。これより放つ究極魔法は、先に用いた最上級魔法を発動の為の前提条件としている。

 シンデレラとしての姿をしている時のみ使用できると、条件を狭める事で更に効果を上昇させる。詰まりこれは五小節の最上級魔法と、九小節の究極魔法の重ね技。重複魔法なのである。


終焉の鐘(シンデレラステージ)――夢見る時間(ラスト・)は此処に終わる(カウント・ダウン)!!」


 膨大な魔力を放出しながら宙に浮かんだサンドリオンの背に、現れたのは巨大な時計の文字盤だ。淡く輝く白き文字は、頂点を十二と、底辺を六と、時計の数字を表している。

 不敵に嗤うサンドリオンは、取り出した細剣を指揮者棒の如くに振るう。一の数字が輝いて、弾ける様に光と変わる。巨大な光弾は灰被り姫の指揮に従って、空を飛翔し着弾した。


「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っっっっっ!!」


「一発目じゃ無理か。まぁ、そうだろうなぁ。そうなるよなぁ」


 頭部に着弾し、魚竜の頭が海面を叩く。久しく感じる痛みに怒りを吠える魚竜の姿は、一体如何なる偉業であるか。

 それでも竜に傷はなく、それを当然と灰被り姫も受け止める。この程度で終わると言うなら、これを使った意味がない。


「見ての通り、コイツは一発撃つ度に背にある文字を一つ消費する。詰まり装弾数と文字数はイコール。全部合わせて十二発って訳だ」


 誰かに説明するかの様に、サンドリオンは此処に語る。装弾数は十二発で、残る弾数は十一発だ。

 それでも一撃で傷の一つ付けられない以上、後何発残っていようと無駄であろう。これがあくまでも、唯の弾丸であったのならば。


「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っっっっっ!!」


「一発目と二発目が同じ威力なら、結局テメェは倒せねぇ。けどな、コイツはちょいと特別性でよ。――二発目は、さっきの比較にならねぇぜ!」


 第二の数字が弾けて光と変わる。その輝きは傍目にも、先より大きく強いと感じる物。

 飛翔する光弾を前に、魚竜は熱線で迎撃する。口から放つ破壊の力が、空で光弾とぶつかり合った。


 拮抗は一瞬、結果は相殺。強大な爆発と共に魚竜の身体は僅かに傾いて、サンドリオンは風に舞う塵の様に大きく吹き飛ばされていた。


「はは、はははっ! こいつも防ぐか! だが、次はどうだい!?」


 文字盤諸共、大きく後退しながら嗤う血塗れの姫君。彼女は己の身体を顧みる事すらせずに、第三の文字を光に変える。

 相対する魚竜も先と同じく、口腔内に光を集める。膨大な熱量と輝きは再び宙でぶつかり合って、先とは全く異なる結果と成った。


 一瞬の拮抗すらせずに、魚竜の放った光線が一方的に押し負ける。その光を真っ向からに押し返して、魚竜の口内へと着弾した。

 そして、口内にて巨大な爆発が巻き起こる。さしもの魚竜もこれには堪えたのか、無数の牙と鱗を零しながらに海の中へと逃げる様に沈んでいく。


「こいつは一発撃つ度に、一つ前の威力を次の一発に乗算する! 撃てば撃つ程強くなるって、そういう魔法が灰被り姫(サンドリオン)の切り札だ!!」


 海中へと逃げ込んだ魚竜の姿を嗤いながら、第四の文字を光と変える。種明かしを告げるサンドリオンの言葉に、返る物など何もない。

 本能しかない怪物に期待出来る事などないかと、それを詰まらぬと感じながら、サンドリオンは見栄を切る。最早勝敗は定まった。此処から先は、詰将棋と成っている。


「残り八発! 強化に強化に強化に強化と、掛け算続けた果ての威力! 一体何時まで耐えれるか! どっちが先に音を上げるか! 勝負といこうか大魔獣!!」


 海を染める魔獣の体液。それが確かと示している。残る八発の弾丸は、その全てがリヴァイアサンの身体を傷付けるに足りる物。

 威力が軽減される筈の魔法であっても、その防御を抜ける程に過剰な火力。その分当てるのが難しいと言う難点こそあるが、この場でそれは当て嵌まらない。


 例え海の底に逃れようとも、必ずや当たると確信している。それは余りにも、リヴァイアサンが巨体に過ぎるから。

 鈍重な身体で逃れ切る程の速さもなく、三度乗算された光弾を力技で押し返す程の火力もない。硬いだけの怪物だから、この結末も当然だった。


「ひゅー。残り三発。結構持ったじゃねぇか、お前」


 残る文字盤の数字は三つ。海に浮かんだ魚竜は既に死に体で、身動ぐ事すら出来ぬ程。海に溺れて喘ぐ様に、海面へと浮上したその頭部。狙いを付けて、サンドリオンは凄惨に嗤った。


「けど、俺の勝ちだな。腐った汚物は、そろそろ此処で死んどきなァ!」


「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――」


 十番目の文字が光と変わって、魚竜の頭部を吹き飛ばす。大きく軽減されて尚、それは最硬の魔獣の頭蓋すらも砕く程の過剰威力。

 対人では全く使い道がないであろう程の火力特化な一撃は、しかしこの怪物にとっては天敵だった。弾けた脳梁を撒き散らしながら、頭部を失くした魚竜の身体は海に沈む。


 リヴァイアサンは、これで終わりだ。英雄は大魔獣を打ち取って、見事脅威を退けたのだ。かくして舞台に幕は降り、英雄譚は終わりを迎え――――否。






【コレデオワリダナンテウソ♪】






 もしも此処に居たのが魔獣だけであったのならば、これで確かに終わっただろう。だがしかし、此処には虚言の魔女が居る。

 第三を冠する魔王の力は虚構と真実の摩り替えだから、如何なる努力も奮闘も唯一言で嘘と成る。限界の果てに掴み取った勝利ですら、瞬く後には無かったことにされてしまう。


「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っっ!!」


 魚体が海に沈む直前に、その頭部が復元される。まるで時計の針を逆回転させたように、巻き戻った魚竜が怒りを吠える。

 小さき弱者が、よくもやってくれたなと。食われるだけの獲物風情が、我を葬ってくれたなと。故に次は、我が貴様を喰らう番だと。


「被害が嘘になって全回復ってか? おいおい、白けることしてくれんじゃねぇの」


 灰被りは肩を竦めて、しかし最早どうしようもあるまい。例え十一と十二の弾丸が唯一撃で魚竜を吹き飛ばすことが出来たとしても、幾度でも眼前の怪物は蘇るのだから。




 アリス・キテラの力に際限などはなく、どれ程に奇跡を重ねようと全てが嘘にされてしまう。

 故に、詰みである。最初から、この結末は決まっていた。虚言の魔女が居る限り、何を為そうと意味などなかったのだ。







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