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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第六幕 猫と剣と子どもと灰被り姫のお話
165/257

その8

 雷光が迸り、空は極彩の色へと。甲高い音と共に、高みで幾度も鎬を削る。鋭い刃を翼の如く、女達の舞いは続く。


 舞踏のリードを取るのは、金糸の髪に白銀の鎧を纏った少女。心威が発する光を纏って、理想の騎士は常に敵手の先を取る。

 相対する外套の女は、片手に細剣。もう片方には黒光りする銃口。二つを以って少女の大剣を弾き逸らし、されど追われ続けている。


 どちらが優位か、それは明白だ。戦の素人でさえ一目しただけでも分かる程、一目瞭然なその状況。

 常に攻めているのはエレノアだ。疾風怒涛の連撃を前にして、サンドリオンは受けに回る事しか出来ていない。


 だがしかし、互いの表情は真逆である。険しい顔を崩さないエレノアに対し、サンドリオンは嗤っている。受けて躱して弾いて流して、それしか出来ていないと言うのに嗤っている。


「何が、おかしい」


「いぃや、なに。大したことじゃねぇ。――そろそろ、あいつら負けてる頃かねぇってよ」


 腕力差。速力差。彼我の差異は余りに大きく、サンドリオンの対応力を以ってしても後手に回るよりほかにない。

 ぶつかり合う度に刃は撓み、迎撃する度に弾丸は減っていく。躱し切れない刃は頬を掠めて、赤い血が滴り落ちている。


 少しずつではあるが、確実に追い詰められている状況。それでもサンドリオンは嗤って語る。

 少しずつではあるが、確実に勝利へと近付いているこの状況。エレノアは攻勢を緩めず、雄叫びと共に剣を振るった。


「駄猫やセシリオが、テメェの奴隷に負けるかよッ!?」


 仲間が負ける筈はない。己が負ける事はない。そう信じて振るわれる刃を前に、サンドリオンはクスクスと嗤って弾丸を放つ。

 銃弾の目的は被害を与えることではなく、刃の流れを僅かに乱すこと。そうして生まれた極小の隙間に、紙一重の回避を重ねて、それでも外套の一部が切れて空へと舞った。


 能力値が違っている。まるで大人と子どもの如く、真面にぶつかり合えばそのまま潰されてしまう程に膂力が違う。

 それでも守勢を保てているのは英雄と呼ばれる程の技量であって、だがそれでも覆せない程に今のエレノアは強かった。


 それを確かに認めながら、嗤い続けるサンドリオン。少女の怒りに対して彼女が口にした言葉は、その前提の否定であった。


「あ? ああ、そっちじゃねぇよ。ってか、ルシオやアマラじゃ勝てねぇだろ」


「なっ!?」


 予想外の言葉に思わず、剣閃がぶれた。その隙を逃す者が英雄と呼ばれる筈もなく、一息の内に無数の鉛が降り注いだ。

 混乱しながらもエレノアは、迫る弾丸を薙ぎ払って撃ち落とす。エレノアは被害を一切受けずに防いで、だが元よりそれは灰被りも承知の上。今の一瞬で彼女は距離を取り、開いた間合いに舌打ちしながらエレノアは思考した。


(コイツ、何言ってやがる。……自分の配下が、最初から負けると分かっていた!?)


 気狂いだとは分かっていた。イカレテいるとは知っていた。それでもその発言は予想の外だ。

 一体どうして、自分に忠実な配下の敗北を願う主が居るか。負けると分かって使い捨てる。其処に一体、如何なる意味と理由があるか。


 疑念を抱いて、それでも両手に剣を構える。そんなエレノアの揺れる視線に気付いて、サンドリオンはため息交じりに答えを返した。


「何不思議そうにしてやがる? 少し考えりゃ分かることだろうが」


 構えを取って、攻勢が緩んだ。今こそ反撃の好機であるが、だからと攻め込むのは無粋であろう。

 先ずは無知な少女に分からせるべきである。その為に好機を逃しても、それが灰被り姫の流儀であった。


「ルシオは確かに暗殺者としちゃ完成してるが、戦士としては三流以下だ。ナンセンスが足りてねぇ。杓子定規とし過ぎて、読み安いからよ」


「お前は……」


 ルシオの敗北は読めていた。態々逃げるなと言い付けておいた。影から襲うのを得手とする暗殺者に、それを禁じて送り出したのだ。

 相手が何か対処をしていれば、先ず間違いなく勝てないだろう。ルシオには致命的な弱点があって、それは影に潜む限りは表に出ない物ではあるが、真っ向からぶつかり合う時には決して隠せない類の物だから。


「アマラはもっと分かりやすいな。アイツはぜってぇ舐めて掛かる。敵が挑んでくるって時は切り札を持ってくるだろうによ、それを慢心故に過小評価する。本気の奴を相手にして、それじゃ勝てる訳がねぇ」


「お前は本当に……」


 アマラの敗北は読めている。どれ程優位に立っていても、いいや優位に立つからこそ相手を舐める様な女である。

 相対する者に秘策の一つや二つがあれば、実力の一端も発揮できずに潰されよう。元よりとうの昔に心が折れていた女である、戦闘では然したる役には立たないと最初から知っていた。


 だから――


敗北(ソレ)が分かって、自分の部下を捨て駒にしたのか!!」


「自分の部下だからこそ、捨て駒にしてやったんだよ!」


 サンドリオンは分かって、彼らを捨て駒として使った。負けることを前提に、彼らに一騎打ちを強いたのだ。

 己を信じる者に対して、そんな行為を強いる者。其処に怒りを向けるエレノアが刃を振るい、サンドリオンは嗤ってそれを受け止めた。


 膂力の差により、金属が疲弊していたのだろう。撓んでいた刃が遂に限界を迎えて、軽い音と共に砕け散る。

 雷光を纏った剣をサンドリオンは受け切れず、袈裟に切られて蹈鞴を踏む。だが、浅い。致命傷には程遠く、失血しながら嗤う女は後方へと跳躍した。


「もっと視点を広く持てや。此処で負けた方が、アイツらの為になる」


 同時に風の精霊を操って、大気の壁を生み出しながらに語る。己の配下に負けさせて、そうして彼女が得た物を。

 そうともそれは彼らの為に。己を盲目的に信奉する猟犬達を愛するが故に、彼らが負けるであろう状況を作り出したのだ。


「ルシオのガキは俺の後を追っている。此処に来たい。其処に行きたい。そんな風に生きてみたい。子どもが親の背を追う様に、アイツにとっては俺が父親で母親だからよ。なら、叶えてやるのが子に向ける親の愛って奴だろう?」


 西方北部のある村落で拾った子ども。凶兆の象徴と言われ、幼くして親に捨てられていた子ども。拾ったのは、可哀想だと思ったから。結局唯の気紛れだ。

 偶々偶然、才能があった。使えると思ったから、使ってやった。そんな子どもが、己の背中に親を見ていると知ったのは何時の頃か。だから気紛れに、彼が望む様、愛してあげようと思ったのだ。


「この敗北はアイツの糧になる。灰被りの後を追うなら、唯の暗殺者で終わって貰う訳にはいかねぇよ」


 暗殺者としては、もう十分に過ぎるだろう。だが己の背を追うと言うのなら、それでは全く不足である。

 そうとも灰被りの名を継ぐのなら、不利を飲み干し覆して貰わねば困ると言う物。彼が成りたいと言うのなら、その道を拓いてやるのが己の愛だ。


「アマラの馬鹿は、アイツ甘やかされたいのさ。誰がどうなっても良いから己を愛して欲しいと、だから俺が慰めてやる。もう進歩がないのは残念だがよ、人間の魅力ってのは輝く物だけじゃないだろう? 未熟さも醜さも汚さも、全部ひっくるめて抱き締めてやれば良い」


 才に溢れていたが故に、迫害されていた西の魔女。その噂を聞き接触したのは、魔法を専門に使える手駒が欲しかったのと、その異名に興味を惹かれたから。

 直接会って思ったのは、期待と違うと言う落胆。皆に迫害されても尚、進歩し続ける様な魔女だと期待していた。その実態は既に心折れていて、後には何時魔物に堕ちるかと言う残骸だけ。


 だが、それでも、彼女を見てその望みを理解した。積み重ねた全てが摩耗していた女の最期を、せめて愛してやろうと思った。抱き締めて欲しいと叫んでいたから、抱き締めたいと思っただけだ。


「だからまあ、アイツは負けようが勝とうがどっちでも良くて――ああいや、前言撤回。もしかしたら初心を想い出せるかもしれないからな、負けてくれた方が良いな。鬱も熱血もどっちも好きだが、どちらかと言うと後者の方が俺の好みだ。悲劇で感じるのは被虐的な快楽だけでよぉ、やっぱ明るい話の方が嬉しいのよ」


 このまま行けばそう遠くない内に、唯の魔物に成っていただろう。だからそうなるまでは抱き締めて、そうなったら抱いたままに殺してやる。それが灰被り姫の愛だった。

 けれど悪竜王の一行に精霊の民が居るのだと知って、もしかしたらと期待した。もしも精霊に纏わる何かを持っていて、それで彼女の中に巣食う魔性を浄化してくれたのならと。


 だからアマラが負けたなら、己はもっと彼女を愛せる。もしもアマラが勝ってしまったのなら、残念だがそれはそれで愉しいだろう。抱いた女と死別するのは、何時も胸が張り裂けそうになるから大好きだ。


「つー訳で、感謝してるぜ。お前らが甘ちゃんでよ。負けても次がある。そんな機会は貴重だ。……もっとも、俺の読み違いで死んじまったらそれまでで、まあそれもそれで俺は愉しいから良いんだけどよっ!」


 だからお前の怒りは的外れなのだと、灰被り姫は嗤って大気を操り毒を纏った花びらを舞わせる。

 触れれば痺れる毒を含んだ花弁はまるで、サンドリオンの愛が如く。颶風を操るサンドリオンは、彼らの怒りの代弁などと、言ってくれるなと嗤う。


 灰被り姫の予想通りに進めば、それこそ両腕の為に成る。そうでなくとも灰被り姫は喜ぶのだから、彼ら猟犬にとっては本望なのだと。


 雷光で花弁ごと風を切り払うエレノアには、その言葉が理解出来ない。いいや、出来ない訳ではない。したくないのだ。

 その愛情は余りにも歪んでいて、その絆は余りにも破綻していて、それでも其処には確かな情があるのだと思えてしまうから。


「気狂いが。俺達を利用して、一体何様の心算だッッ!!」


「ははっ、嫉妬か? 利用してるだけじゃねぇから、安心しろ! テメェの輝きもしっかりと、一つ余さず見届けてるからよぉっ!!」


 一閃二閃と、翻る雷光に高層ビルが切り落とされる。人払いの影響で無人となった町並みが、音を立てて崩れていく。

 彼我の実力差は既に大きく、それは距離を取っただけでどうこうなる物ではない。寧ろ逆、距離を取れば取る程に優劣は明白となってしまう。


 傷口は増えていく。疲弊は増していく。動きは鈍くなっていく。それでも、嗤い声は高く大きく成っている。

 風を操り後退を続けるサンドリオンを、雷光と成って追い掛ける。迫る弾丸を切り払いながら、その刃はチェックを掛けた。


「そうさ、そうとも、そうともさァ! 全部余さず見詰め続けて、漸く読めて来たぜ? お前さんの心威の本質!」


 己の首に迫った刃から、目を逸らさずに女は嗤う。キャスリングと、彼女が小さく呟いた途端に入れ替わる。

 雷招剣が刎ねようとしていた首が、見ず知らずの男性の物に。サンドリオンは遠くに居た通行人と立ち位置を変えたのだ。


「――っ!?」


 流れる腕が止まらない。このままでは、敵対者ではない者の首を刎ねてしまう。その事実を前に、嫌な汗が背を流れる。

 見知らぬ他者など知ったことかと、どうせこの町の人間は全て敵なのだと、開き直れる様なエレノアではない。故にこそ、このままでは不味いと理解する。


 悩んだのは、数瞬だ。止められない腕が血を撒き散らす前に、エレノアは意を決する。それが罠と分かって、彼女は確かに踏み込んだ。


「キャスリング!!」


 握った剣を手放して、目の前の男と位置を入れ替える。慣性のままに飛来する雷招剣が己の首を刎ねんとするが、闘気を一点に集中してどうにか耐える。

 だが、それは明白な隙である。人払いの範囲外の路地に立つ女はニィと嗤って、その手に握る銃を向ける。数キロは離れた長距離から、風で加速させた弾丸を撃ち放った。


 咄嗟の防御は、如何にか間に合う距離である。被害の全ては防ぎ切れずとも、回避に専念出来れば避けられる。だが、それで助かるのは己だけ。

 位置を入れ替えたと言うことは、見知らぬ他人も空中に飛ばされたと言うこと。数メートルの位置から落下すれば、普通の人は傷を負う。場合によっては、命に関わる結果となろう。そしてサンドリオンの弾丸は、そんな彼をも狙っている。


 さあ、どうすると。銃弾を放ったサンドリオンは嗤っている。顔を見る暇がなくとも、何となくそうだと理解できる。

 自分だけが助かる偽善か。他人だけを救おうとする献身か。二者択一を選択されて、エレノアが選ぶべき選択はたった一つだ。


「それ、でも――守り通すのが、理想の騎士だッ!」


 雷光を纏って落下する。着地のことなど考えずに、最速で地面にぶつかり止まる。大地にクレーターを作る痛みに震える暇もなく、少女は確かに叫びを上げる。

 キャスリング。追突の衝撃全てを己の身で受け切った上で、今も空中から落下を続けている男と位置を入れ替える。再び空中へと、浮かんだエレノアの身体を弾丸が射抜いていた。


 手足の関節部に感じる衝撃と激痛。遠い距離から鎧の隙間を的確に射抜いてみせたサンドリオンに、エレノアもやられるだけでは済まさない。

 地面に転がり落ちて受け身を取ると、位置交換の魔法をまた使う。転移先は、サンドリオンが跳んだ先の直ぐ近く。刃を振って狙ったのは、彼女が今も持つであろう“キング”の刻印。


 写し取った知識から、何処にあるかは分かっている。血に濡れた外套の背に刻まれたそれを、擦れ違い様に切り裂いた。


「これで――」


「お前さんの底は知れたぜ?」


 知る筈のないことを知り、出来る筈がないことをしてみせた。今起きた一連の出来事こそが、エレノアの心威が性質を明かしている。

 底が読めたと嗤うサンドリオンは擦れ違い様に、エレノアの胴を蹴り飛ばす。外套を切ることに専念していた少女は防げず、数度大地を跳ねて倒れ込んだ。


「本来、キャスリングと言う魔法は準備が面倒なんだ。使用者が直接術式を刻んだ物を予め生物に持たせておいて漸く、その生物と場所を入れ替えることが出来る魔法。……ま、細かく言えば条件はもっとあるんだけどね」


 外套の下に纏っていた王侯貴族を思わせる軍服は、セニシエンタと呼ばれた頃の男装姿。初めて出会った時の表情で血に塗れた美女は、土を舐めるエレノアを見下ろし語る。


 位置を入れ替えるだけとは言え、本来は最高位の魔法使いでなければなければ扱えない転移魔法。それを軽々と使ってみせるその裏には、当然仕込みが幾つもある。

 キャスリングと言う魔法。その発動条件の一つは、発動者と対象者の其々に“キング”と“ルーク”を意味する刻印を持たせておくこと。その刻印も発動者自らが魔力を込めて作らねばならず、大量生産できるような物ではない。


 サンドリオンはその条件を、手間と時間を掛けることによって満たしていた。日々手慰みに無数の刻印を作っておき、それを好機と見た時にばら撒くのだ。

 例えば今回の様に大規模な組織から依頼を受ける際、その企業が販売する全ての商品に刻印を混ぜることを条件の一つとする。故にノルテ・レーヴェ社製の物を持つ誰もが、サンドリオンにとっての身代わり(ルーク)となってしまう。


「少なくとも、その条件を君は満たせていなかった。その筈なのに、今確かに入れ替わった。詰まり僕が用意していた術式を、君が勝手に使ってみせたと言う訳だ」


 態々セニシエンタとしての口調で、その発言は演技と言う訳ではない。今までの下劣な言葉や態度こそが、彼女の本質と言う訳ではない。

 どちらも本質であり演技。使い分ける仮面の一つに他ならず、その時その場の状況で相応しいと感じた物を選んでいるだけ。故にこの今、指摘するのはこちらの方が相応しいと彼女は考えている。


 圧倒的な性能を発現した能力。知らない筈のことを知ることが出来た能力。出来ない筈のことが出来た能力。それをたった一つの心威で為せたと言うのならば、その本質は即ち――


「君の異能の本質とは、相手の能力、経験、知識の全てを己に加算すること。言い換えてしまえば、相手の全能力をコピーして、己の地力の分だけ必ず上回る能力」


 他者の模倣とその超越。相手が持つ全てを己に加算すること。それこそが、エレノアの至った心威の力。理想騎士の能力だ。

 そしてこの能力の恐るべき所は、他人が所有する物すらも効果の範囲とすることだろう。リントシダーの一件こそが、その規格外な性能を確かに示している。


「リントシダーでは、僕が使った兵器に対応したのだろう? それを乗り越える為に、その出力をコピーした上で上回った。……確かに反則だ。発動している間は、誰の手にも負えない。理想の騎士は、絶対に勝利するだろう」


 したり顔で底が見えたと語るセニシエンタ。その顔を見上げるエレノアは、模倣した治癒の精霊術を使いながらに立ち上がる。


「だから、どうした」


 彼女の語る様に、理想騎士の異能は他者の模倣と地力の合算。そうであるが故にこそ、分かったからと言って如何にかなる様な物ではない。

 奇策や罠である程度は凌げるだろうが、それとて相手の知識を写せば全て暴ける。発動している限りは決して、誰にも負けることがない。これはそういう力である。


「アンタが劣勢なのは、変わらない。理想の騎士は、誰にも敗れない」


 一連の攻防で受けたダメージは確かに、エレノアの方が大きかったと言えるであろう。セニシエンタの方が傷は少ない。

 それでも、回復力にも大差がある。既に完治しつつあるエレノアを前に、傷を塞ぎ切れていないセニシエンタ。仕込んだ罠を潰された以上、追い詰められているのは彼女だ。


 だがしかし、余裕を崩さず女は語る。風雅で典雅で美麗な仕草で、セニシエンタは告げるのだ。

 エレノアが持つ心威。最果てにて輝く理想の騎士が抱いてしまった陥穽と、其処に隠れる彼女の抱いた痛みと影を。


「そうだね。だが、同時に見えた。その異能の陥穽も。君の輝きが生んだ、その醜い影も」


 言わせてはならない。直感を超えた域でそう理解するが、それで踏み出すことは許されない。何故ならそれは、理想の騎士にあるまじき行為であるからだ。

 故に踏み込む一歩は言葉に遅れた。エレノアが動けなかった一瞬に、セニシエンタは指摘する。痛みから逃げることを許されない少女に対し、根本的な問題点を提起した。


「そもそもの話。自己を強化する願いを持つのに何故、外功の想行なんだろう?」


 サンドリオンは神威法を深く知る訳ではない。東の秘奥と言われる技術の真髄を知るのは、六武衆でも一部の者達くらいであろう。

 だがそれでも、触り程度には知っている。小耳に挟んだと言う程度であるが、確かに聞き知っている。東の者らは、心を隠そうとはしないから。神威法とは、心を明かす物だから。


「神威法とは、心の形を力に変える気功術だろう? 結果を(オノレ)に求めるか、それとも(セカイ)に求めるか。大きく分けて、二種の区別が存在している」


 己に求めるのが内功で、世界に求めるのが外功。実際にある物を高めるのが実行で、其処にない物を生み出そうとするのが想行。

 故に自己強化の心威であるのなら、内功でなくてはおかしいのだ。己の強さとは、己に求めるべき物だろう。何かが足りぬと言うのなら、己を変えるべきものであろう。誰でもない誰かに、自己の強さを求めて何とする。


「自分を磨くのなら、変化は自己に求めねば意味がない。なのに何故、己の力を(ダレカ)に求めた? 理由は単純。君の願いが教えてくれる」


 それでも、エレノアの心は外に開かれている。彼女は理想の自分に成りたいと言う願いを、見知らぬ誰かに求めている。それこそがその願いが持つ陥穽だ。


「強くなりたい。騎士になりたい。彼を守れる己になりたい。だけど私は至れない。私だけでは、其処に辿り着けない。要は諦めているんだ。心が折れてる。自分で必ず至るのだと、そんな気概が足りていない」


 どれ程に探しても、自分の内にはないと思っている。現実にある己を高めようと、己の内にある理想を現実に貶めようと、自分だけでは至れないと思ってしまっている。

 だからこそ、エレノアの心威は外功想行。外に理想を求めた力。故にその理想が如何に光り輝く物であれ、彼女自身が輝いている訳ではない。その本質は諦めで、醜い形の結実なのだ。


 そうなってしまったのは、彼女が見て来た人々が特別だったから。彼女の理想が余りにも、彼女の身の丈に合っていないから。


「産みの親は、そんなに凄い人だったかい?」


 オリヴィエ・ロス。聖王国三将軍の一人にして、刀匠と呼ばれし最高位の鍛冶師。エレノアの実父でありながら、彼女とは違って才に満ち溢れていた人だった。


「名づけの親は、そんなに凄い英雄だったか?」


 ヨアヒム・マルセイユ。亜人の血を引くと言う立場にありながら実力だけで全てを黙らせ、王国の頂点に立っていた武の英雄。エレノアの名づけ親である彼は、彼女とは違って才に満ち溢れていた人だった。


「育ての親は、そんなにも凄い存在で、辿り着けない高みにあったか?」


 クリフォード・イングラム。伝説の勇者の仲間で、初代最南端の騎士。王国三将軍の一人にして、草臥れて尚大きかったその男。エレノアの育ての親である彼は、彼女とは違って才に満ち溢れていた人だった。


「周囲の誰もが優れていたから、抱え込んだのは劣等感。己の中を探しても、想像でさえ辿り着けない。誰かの理想に依って縋って、漸く至れる道が見えた。だから、(ダレカ)理想(チカラ)を求めたんだろう?」


 まだ蝶よ花よと愛でられていた日々に、己を見ていた彼らの瞳の色を覚えている。御伽噺に憧れて剣を握ったその日、振って見せた動きは土塊でしかなかった。

 宝石の原石には遠く及ばない。才能なんて欠片もない動き。それを見て目指した人達は、哀れみにも似た情を宿した瞳をしていた。当時は良く分かっていなかったそれに、己の限界を知った時に気付いてしまった。


 才溢れる彼らは、少女の才を憐れんだのだ。彼女では決して夢を叶えられないだろうと。

 或いは安堵したのであろうか。決して大成出来ないと確信出来たから、戦場に立つことなどはないのだろうと。


「可愛いな。可哀そうで可愛いな。捻くれてしまう程に才能がなく、それでも真っ直ぐに生きてしまった。そんな君はとても哀れで可愛い女性だよ。――だけど、それの何処が騎士道だい?」


 耳を塞いで、膝を抱いて、涙を流したくなってしまう。それでも、それは許されない。聞かないと言う道はない。それは逃避でしかないのだから。


「己の内から生まれた物でなく、他者の力に縋って至る。その過程の何処に、人が夢見る理想があるか? いいやそんなのありはしない」


 エレノアの心威が強力なのは、特殊な条件を満たす必要があるからだ。その条件とは二つ。

 彼女自身が想う騎士としての理想像。それに相応しい行動をし続けること。そしてその行動を見た相手が、それを騎士(リソウ)であると認めること。


 どれ程に目を逸らしたい事を前にしても、目を逸らしてはいけない。理想の自分に反する行動を、今のエレノアは行えないのだ。


「君の語る理想は即ち、他人のお零れを縋る行為だ。人に寄り掛かって楽をしようと、そういう汚い形だよ。……君が夢見る理想(キシ)とは、そんな汚物に過ぎないのか? だとしたら捨てた方が良いよ、そんな夢」


 故にこそ、その言葉だけで全てが終わる。絶対に負けない理想の騎士は、そもそも何処にも居ない夢でしかなかったのだ。


「君は、騎士なんかじゃない」


 噛み合っていた筈の歯車が、唐突に外れて空回りを始めた。己の内に満ち溢れていた筈の力が、その一言だけで霧散する。

 後に残るのは、力の多くを失い膝を付いた少女の姿。エレノア・ロスの心威は、夢幻であったかの如くに消え失せてしまった。


「はっ、はははっ! 成程、多少の劣化は予想してたが、完全に無効化出来るとは。騎士であることを否定されただけで消失するなんて、随分ピーキーな能力じゃないのエレノアちゃぁぁん」


 その本質を見抜かれた時点で、既に詰んでいたのだ。才能なんてない少女が求めた高望み。それは儚い夢でしかなく、現実を前にすれば砕けて消える。

 得ていた筈の力を得ていなかった事になったエレノアは、その差分だけ消耗している。本来の己が持つ力の総量以上に消費した今の彼女はもう、真面に立つことだって出来やしない。


「これでチェックだ。中々楽しかったぜ。背伸びしか出来なかった小娘ちゃん」


 向けられた銃口は、其処から飛び出すであろう悪意の弾丸は、もう躱せない。

 美麗な容姿に下劣な嗤いを浮かべて、サンドリオンは躊躇いことなくその引き金を引いた。




 そして、乾いた銃声が響く。少女の赤い血が飛び散って、土なき大地を染め上げた。






〇エレちゃんの心威の条件と能力

1.自身が想像する理想の騎士に相応しい行動をする。

2.相手がその行動を、確かに騎士に相応しいと認める。


上記二点が満たされた際、相手の能力全てをコピーして自身に上乗せする。

その条件が満たされなくなった時点で、強化されていた分と同等の力を消費する。



割と満たさないといけない条件が難しい上に、条件知られた時点で産廃となる能力だったりします。しかも条件を聞かれたら隠せないと言う。(隠し事をするのは理想の騎士じゃないと、エレちゃんが認識しているため)

因みに発動中は魔剣も使えなくなる。(魔剣を使うなんて理想の騎士じゃないとエレちゃんがry)


発動中に倒し切れない様な強敵には陥穽が見抜かれやすいし、格下相手なら普通に殴った方が早いと言う。てか格上でも魔剣で殴るべきじゃね? と言う。

……一応発動中は必ず相手を上回るので、瞬殺出来れば無敵に近いのが売りである。魔剣使っても勝てない様な相手にも効果が切れなければ勝てる。そんな中々にピーキーな能力です。



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