表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第六幕 猫と剣と子どもと灰被り姫のお話
159/257

その2

 永久氷石と呼ばれる精霊石の一種が嘗て、ウナマジェリトの主力商品としてあったことを知る者は多い。少し調べれば、直ぐにも分かる事実だからだ。

 故に当然、多くの者が推測する。採掘場が山間にあり、其処へと繋がる坑道の一つ二つはあるだろうと。叡智の瞳の保証もあって、ミュシャはその坑道の一つを使うと決めた。


 ピコデ・ニエベ山脈最南端の山。眼下に巨大な都市を見下ろす霊峰の内側に、人為的に作られた最も古き坑道。

 最初期に閉鎖された為、ノルテ・レーヴェすらその存在を知らぬ場所。草臥れたたった一人の村人が、教えてくれたこの通路。


 三人は駆ける。迷わず、躊躇わず、駆け抜ける。悩むこと時間などありはしない。戸惑う余裕など何処にもない。

 日が明ける迄の一瞬、その場に辿り着いている様に。それこそが彼女達が視た、か細い未来へと繋がる第一手。立ち止まる暇などない。


「あのオッサンの情報通りにゃら。此処の出口は都市内部、旧庁舎の裏手に繋がっているにゃ」


 彼が真実を語っていればと、口にしてはいるが疑ってなどはいない。彼らの関係を、その目は確かに捉えていたから。

 故にその言葉に対した意味はなく、走りながらに語る言葉の接頭語にでしかない。猫人の少女は傍らを駆ける仲間達へと、更に言葉を続けていく。


「ノルテ・レーヴェが都市を買い取ってから、まだ十年と経っていにゃい。だから恐らく――」


「都市構造は、余り変わってねぇ。旧庁舎の跡地が、現庁舎の直ぐ傍って考えても問題ねぇってことだよな」


 多くの改革を齎した若き獅子だが、だからこそと言うべきだろう。都市の形を明確に、変えてしまう程の余裕も理由もなかった筈だ。

 他に優先するべきことが残っているのに、余計な仕事をするのは合理的ではないのだと。そういう思考が西の主流であるからこそ、都市内部は然程の変化が存在しない。


 旧都の象徴であった庁舎は潰れているだろう。ならば潰したその後に、何を作るかと問えば恐らくそれに代わる機構だ。

 そう結論を付けていて、故に此処を抜けた先は敵地中枢。周囲を敵に囲まれた、不退転の場所へと出る。そう予測しているから、ミュシャは二人に問い掛ける。


「準備は良いかにゃ!」


「何時でも」


「何処でも、ってか!」


 駆け抜けた先にある古びた昇降機。嘗ては大量の物資を輸送したのであろうそれも、今は錆びついてしまっている。

 もう使うことは出来ないだろう。そうとあれば、迷うことなく叩き壊す。揃ってリフトに飛び乗ると、エレノアは鉄の縄を刃で切った。


 昇降機を動かす機構が断ち切られて、飛び乗った板は支えを失い下へと向かって落下する。

 歯を噛み締めねば、舌を噛むであろう速度。落下を感じる浮遊感。底まで落ちれば砕けて散ると、確信出来る移動距離。それら全てが、恐れる理由に足らぬ物。


「全員、衝撃が来るぞッ! 跳べッ!!」


 前に道が見えた瞬間、叫んで跳び出すエレノア。彼女に僅か遅れて、ミュシャとセシリオがその背を追う。

 殻を破ったエレノアは当然。星の光を注がれたミュシャも危なげなく、少し危険だったのはセシリオか。けれど誰も巻き込まれず、確かに先へと進んで行く。


 再び駆け出した彼らの背後で、大地を揺らす轟音が響く。砕けた残骸が飛び散り背を浅く傷付けるが、立ち止まる者など一人も居ない。

 走る。走る。走り続ける距離は遠く、それも当然な話であろう。山間にある村と麓にある大都市とでは、相応以上に距離の開きがあるのだから。


 それでも休むことはなく、闘気で四肢を強化しながら進み続ける。そうして、十数分。彼らは大きな扉の前に辿り着いていた。


「このまま進むぞ! サンダーブレイカー!!」


 扉を手で開ける時すら惜しいと言わんばかりに、雷光の剣で切って捨てる。

 斬撃の瞬間すらも、足を止めることはなく。エレノアを先頭に、揃って扉のその先へと――


「バーラ・ムエルト」


「――っ!」


 踏み込んだ一瞬に、死の弾丸が襲い来る。確実に殺すと言う意志だけが込められた一撃が、セシリオの右目へと吸い込まれる様に。

 寸分違わず撃ち抜いて、褐色の少年は血を撒き散らしながらに後ろに倒れる。そんな仲間の姿を前にして、しかしミュシャもエレノアも止まらない。


「コイツが此処に居るのは、想定通りッ!」


「後は任せたにゃよ! せっしー!!」


 知っていた訳ではない。だが予想は出来ていた。恐らく此処に居る可能性が高いのだと、彼女達はサンドリオンの怖さを知っている。

 英雄と呼ばれる人界の超越者としては最弱で、だが最悪と語れるその性質。その最も強いと言える部分は、凡そあらゆる可能性を切り捨てない先読みだ。


 サンドリオンの裏は掻けない。読み合いになったら負けるだろうと、叡智の瞳を以ってしても断言出来てしまう。

 だが、そもそも隠す必要などないのだ。何故ならばサンドリオンは相手の全てを読み切って、それでいてそれを全く活かさない。絶対的な優位より、自己の快楽を優先する狂人だから。


「…………」


 それを証明するかの様に、ルシオは彼女達を追い掛けない。横を通り抜けていく者らを素通りさせて、倒れたセシリオにのみ意識を向けていた。

 坑道を来ると読み切って、その途上に物資の一時保管をする為の部屋と言う迎え撃つのに最適な場所があると知っていて、それでもルシオ一人を配置している。


 そうとも、防衛網の穴に気付いていて、其処に全戦力を配するのが最上と分かっていて、それでいて敗因を潰そうとしていない。

 いいや、敢えて己の下へ辿り着かせようとしているのだろう。エレノアならば勝機があると、サンドリオンもそれを理解した上で、挑んで来いと嗤っているのだ。


「任、された」


 そしてミュシャもまた、そう来るだろうと読んでいた。元より隠密行動は、ディエゴにギリギリまで見付からない為だけにだ。それ以上の利などない。

 そうであるが故に、セシリオも聞いていた。このルートを行くと決め、その途上に開けた空間があると知った。その時からこうなる可能性は高いのだと、直接教えられていた。


 だからこそ、全身を満遍なく気で強化していて、右目一つの被害で済んだ。黒き白貌の奇襲を前に、これは十分過ぎる戦果であろう。

 夥しい血を流す傷口を右手で抑えたまま、左手に切り札を握り締める。初撃で死ぬこと。それが一番、怖かった。それさえ乗り越えた今ならば、一世一代の博打を始められるのだから。


「我が身を呪え。我が身を喰らえ。この意を対価に誓いを果たせッ!」


「……死ね」


 坑道内の物資保管所。広く開けた空間で、二人の子どもは互いに向き合う。古びて腐った木箱の山の隙間から、吹き付けて来る黒い殺意。

 予め口に仕込んでいた物を飲み込んでから、必要な呪文を唱え始めたセシリオ。その身体へと、無数の銃弾が叩き込まれる。咒を唱える為に息を吸う、その一瞬でさえもルシオは決して見逃さない。


 絶死の一撃。黒き白貌の弾丸は、誰であろうと躱せない。そういうタイミングで放たれるから、当然の如く最も脆い場所に必ず当たる。

 そんな致命の一撃を、彼は絶え間なく続けるのだ。一撃で確実に殺せるだろうに、死を確認する前に更にと追撃を加える姿は最早偏執的と言える程。


 当然、褐色の少年に耐えられる筈もなく。初撃で命を落とすことが確実であった彼は――否。


「天を穢せ。地を毒せ。這う害悪よ。我を穢し悪なるモノへとッ!」


「……フォリクロウラーの、葉石? まだ、持ってたのか」


 致命傷を受けて尚、呪文の詠唱を止めない少年。致死量を大きく超える傷を受けた彼を生かしているのは、ルシオも先に見た光。

 西方南部で戦った、巨大な芋虫を思い出す。そう言えば彼の仲間達は南方から来たのだと、ならばその内の一人が持っていてもおかしくないと。


 そうとも、それは嘗てミュシャが懐に収めていた物。何時か換金しようと思って、けれど機会に恵まれなかった。フォリクロウラーの葉石だ。


「けど、関係ない。そう簡単には死なないなら――死ぬまで壊して、肉片一つも残さなければ良いだけだ」


 葉石の本質は命のストック。因果応報の獣が喰らったその数だけ、死を覆すその性能。其処には必ず、底がある。

 故に殺し続ければ、それで勝てる。ルシオは影から取り出した武器を持ち替え、撃ち放ちながらに接近する。右手に構えたのが数を殺せる機関銃なら、左に構えたのは究極鋼(アダマンタイト)のナイフであった。


 その意図は明白。命のストックを減らしながら、接近するのは呪文の詠唱を止めるため。

 既に七小節、それでもまだ終わってないのだ。ならば、セシリオの狙いもまた明白なのだ。

 

 十小節の大禁呪。それが今のセシリオに使えるとも思えないが、それでも念には念をと言うだけの話。

 呼吸の隙間に近接技術で、詠唱を止めるなど容易いこと。殺し続ける片手間で、ルシオはそれを為そうと言うのである。


「人の殻を捨て」


 言葉を紡ぐ度、横隔膜に一撃を。或いは喉を裂かれて、物理的に止められる。或いは大地に叩き付けられ、銃で頭を吹き飛ばされる。


「今こそ堕ちよう」


 それでも、途切れ途切れになっても、呪文の詠唱を唯続ける。意識が途切れる程の痛みも、死なないならば我慢が出来た。

 ルシオにとっての想定外は、その諦めない意志であろう。並みの術師であれば詠唱を続けられない程の痛みにすら、彼は耐えきって見せるのだから。


「これぞ真実」


「ち――ッ!」


許さ(The sin)れざ( of )(Una)罪で(ccept)ある(able)――!!」


 この詠唱は止められない。舌打ちと共に理解すると、ルシオは即座に意識を変える。

 距離を取りながらに己の影から、無数の爆薬を叩き付ける。兎に角多くを殺せる火力で、先に命を終わらせようと言うのだ。


 白貌の選択は確かに、間違った物ではなかった。命のストックは此処に尽き、少年の身体を癒す翠の光が消えて行く。

 だが白貌の選択は、僅かに少し遅かった。爆風に巻き込まれて身体を燃やされ、腕の先が炭化する。それでも喉と口は残っていて、焼かれた肺でも音は出せた。


 故に、その詠唱は間に合った。此処に、真に許されざる罪がその形を示す。


我が纏うは(アルマデュラ・デル)――――王蠍の甲鎧(ギルタブルール)ッッ!!」


 膨大な瘴気が津波の如くに溢れ出す。天さえ覆えと言わんばかりに、染め上げられた坑道の天蓋が腐り始める。

 其れは毒。其れは呪詛。我こそ呪えと、語る言葉に応じて暗く輝く。一秒先には死んでいた筈の少年が、此処に変異を起こしていた。


(何故、セシリオが大禁呪を使えた……?)


 蠢きながら変じる異形を見詰めて距離を取りながら、ルシオは発砲と共に思考する。

 変身の瞬間に狙わないと、そんな理屈はありもしない。それでも、無数の弾丸全てを無駄にした。


 鉛の弾が腐って堕ちる。その猛毒を前にして、形を保てず消えて行く。その桁違いの出力は、間違いなく大禁呪と呼べる域。

 だが本来セシリオに、そんな技能はなかった筈だ。悪竜の爪を奪われた今、その加護だって既にない。なのに何故、この領域の魔法を行使出来たのか。


(いや、まさか――)


 其処で、ルシオは気付いた。一つだけ、可能性がある。魔法を学び始めたばかりの術者ですら、使える十小節級の禁呪がある。

 だがそれは、余りにも常識外れな外法。してはならないと、ルシオですら判断する方法。それ以外にはないと気付いて、だから彼は初めて友に戦慄した。


「……君は、正気か?」


【その面見ると、流石にこいつは、予想外だったみたいだな】


 起き上がったセシリオは、全身を鎧の様な甲殻に包んでいた。それが魔力を形に変えて、纏っていると言うなら常識内の方法だ。

 だが違う。これは外法だ。故にこそ、皮膚が甲殻に変わっている。バイザーの如く目の位置を覆う遮光版の下にある目は、単眼のままだが六つに増えた。


 そうとも、これは魔法使いならば誰にでも使える業。誰もが使ってはならないと、本能レベルで忌避する禁呪。

 魔とは命を間違ったモノへと堕とす為にあるモノ。瘴気とは、人を怪物に変える為に生まれたモノ。そうであるが故に、魔法使いは望めば容易く堕ちてしまう。


【黒き白貌のルシオ。お前は、人間の天敵だ。どんなに強くなっても、人じゃぁお前には絶対勝てない】


 どんな強者であろうとも、人である限りは必ず弱所が存在する。誰もの弱点を突ける存在を前に、人は決して死を免れない。

 例え英雄英傑でさえ、ルシオは一方的に殺せる暗殺者。サンドリオンの首とて、望めばルシオは容易く取ってしまえるだろう。


 この死神を相手にして、生き残れる様な人間は真に規格外と呼べるごく一部。それ程の才気を、この白貌は生まれながらに有している。


【だけど――】


「……確かに、俺は苦手だよ。寝ている時に柔らかい腹へ刃を突き立てても、刃が折れてしまう様な怪物って奴がさ」


 だが故にこそ、と言うべきであろうか。ルシオは規格外の存在を相手にした時、その才気故に無力を晒す。

 強大な魔とは、如何に無防備であれ人間の域を超えたモノ。必ず弱所に当たる刃を持とうと、その刃がそもそも無防備な相手の薄皮一枚すら切れないと言うなら、全く以って意味がないのだ。


 ルシオが対人特化であるとされる理由は、魔物を相手にした時に実力相応の戦闘しか出来なくなるから。

 そうとも嘗てエレノアが見抜いた通り、格上の英雄すらも殺せる暗殺者の本来の実力は、当時の彼女にも大きく劣る程度の物でしかない。


 故にこそ、黒き白貌の弱点がこれだ。人には絶対勝てるが、魔物には弱い。そんなルシオに勝つ為には、人を止めてしまえば良い。


「だからって、好き好んで人を止めるヤツが居るか。馬鹿セシリオ」


【此処に居るって、それだけの話だろ。俺は、お前に勝って、キャロを取り戻しに来たんだ!】


 怪物と化した少年が、人とは違う声音で咆哮する。それは見る者全てを恐怖させる程、音を耳にしただけでルシオの耳が腐り、睨まれただけで肌が腐る程の呪詛。

 余りに規格外の存在感だが、それも当然。触媒とした物が規格外なのだ。先に使っていた悪竜の爪には大きく劣るが、それを除けば間違いなく歴史上でも最高と断じられる発動媒体。


 南方にて、ミュシャが勿体無いと回収していたある魔物の残骸。セシリオはそれを、彼女から受け取っていた。そして、その魔物の力で己を変えたのだ。

 其れは天候すらも毒で染め上げ、最も強大な魔物が多く集う南方でも最強と呼ばれた砂漠の王。三大魔獣に次ぐと語られる接触禁忌種、ロアノールスコルピオンの尾であった。


(人間を止める魔法。彼の賢者も、果てに気が狂った大禁呪)


 堕ちることは簡単で、難しいのは己を保つこと。そして己を保てる程の技量を、セシリオはまだ持っていない。

 故に自我はもう直ぐ消え去って、彼は完全な魔物へと変わるだろう。砂漠の王と呼ばれた怪物に成り果てて、何もかもを彼が喰らい尽くしてしまう。それこそが、身の丈に合わない大禁呪の代償だ。


(兄ちゃんの助けもねぇ。精霊王の加護もねぇ。自我が持つのは、後何分か、何秒か――だから、この俺が消えちまう前に)


 けれど、それも直ぐにという訳ではない。成り果てる前に、踏み止まることが出来るなら、きっと帰ることが出来るから。

 己が全てを壊し尽くす怪物と成ってしまう前に、人の意識が残っている間に、ルシオを倒せるか否か。それこそが、セシリオにとっての勝利条件。


【さっさと倒して、帰るんだッ! 一緒に雪を見るって、俺自身に誓ったからッッ!!】


 蠍の王を鎧と纏って、さあ戦いを始めよう。初めての友達で、負けたくはないライバル。そんなルシオを打ち破って、キャロを迎えに行くのである。






因果応報の蟲さん「最強防具になってでも出番を求めるとは、貴様には魔物としての誇りがないのか!?」


砂漠の王(笑)さん「ふっ、所詮中ボスでしかなかった何処ぞの芋虫が吠えよるわ。別に意図した訳でもなく、第二部二部主人公の決戦装備に成ってしまう。これが王の持つカリスマと言う物だよ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ