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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第五幕 竜と猟犬と遺跡のお話
156/257

一時閉幕

 瞼を開いたその先には、遠く高く蒼き天蓋。煌めく光に満ちた此処は何処か空想的で、けれど透き通った水のせせらぎと冷たさが確かな現実感を与えて来る。

 思わず感嘆を零してしまいそうに成る程、純粋に美しいその景色。だが今の少年に魅入っている様な余裕などはなく、此処が何処かと理解するより前に、飛び起きた彼は己にとって最も重要な少女の名を叫んだ。


「キャロ!!」


 彼女は一体何処に居るのか。今この場所で、無事で居てくれているのか。そんな自分でも信じられない妄想。

 飛び上がる様に跳ね起きて口を開いたセシリオに、彼の容体を近くで見守っていたミュシャは端的で非情な答えを返した。


「此処には居ないにゃ。アイツらに、連れ去られた」


「猫の、姉ちゃん」


 此処にはいない。言われてフラッシュバックする光景は、両手足を切り落とされた彼女が黒き白貌に連れ去られたその瞬間。

 助けを求めて伸ばせる手はなく、救いを望む声は潰され、それでも瞳が何より雄弁に叫んでいた。だから助けようと手を伸ばして、結局届かず奪われた。


 そうと思い出したなら、立ち止まっている暇はない。己の身体に傷がないことすら、今の彼は気にならない。

 愛する人を、助けに行きたい。恋した少女を、助けに行かねばならない。セシリオはその一心で立ち上がり、そうして彼は訴える。


「なら、何落ち着いてんだよ! 今直ぐ助けに行かねぇと!!」


「……それでまた、同じ様な目に合うかにゃ?」


「なッ!?」


 けれど、やはり返るのは無情な事実だ。血気に逸って進んだところで、結果は全く同じであると。猫人の少女は感情の籠らない声で静かに語った。


「無策で追い掛ければ、そうなるにゃ。質も量も経験も、全部相手の方が上。ヒビキがもう動けにゃい以上、ミュシャ達はアイツらに勝てないにゃ」


「……兄ちゃん、が?」


 その事実は冷や水の様に、逸っていた頭を冷やした。セシリオにも分かっていたのだ。自分では勝てない。自分達では勝てないと。

 それを覆せる唯一無二の存在は、あの何処か呆けた悪竜王。地面を殴るだけで星を真っ二つに砕ける様な彼が居るから、何が起きても結局最後は如何にかなる。そう思い込んでいた。


 故にこそ、ミュシャが語る言葉に立ち止まる。ヒビキが負けるなんてあり得ないと感じていたから、もう動けないと言う事実に動揺している。

 そんなセシリオは猫人の言葉を反芻して、彼女が見詰める先へと視線を向ける。其処には己に戦い方を教えてくれた師と、眠る竜王。そして、蒼き輝きを纏った精霊が居た。


「ヒビキ」


「エレノア・ロス。貴女が嘆く必要などはありません。結果を残した者の後悔程、無意味で非合理な物などないのだから」


 蒼く長い髪で、裸体を隠した美しい美女。人の形をした上半身と異なって、腰から下は魚の鱗に覆われている。

 まるで人魚と、そう語るのが相応しいその姿。星と繋がる為に水の獣と同化した彼女こそ、漸くに目覚めた水の精霊王。

 

 水の王は何処までも沈み込んだ冷たく深い声で語る。淀んでいると感じる瞳に、冷たいとしか思えぬ声音。

 それでも、その本質は情愛に満ちた物なのだろう。巨大な魚の半身を折り曲げて、膝に当たる部位に竜の頭を乗せて撫でる。その手つきは何処までも、優しいと思える物であったから。


「我々にとっては嘗て、効率が悪いと否定した技術の一つである第三の火。それでもアレは、一国を滅ぼすに十分過ぎる力でした。アレを今の悪竜王が防ごうとすれば、最後の一線を踏み越える必要があったでしょう」


 氷の様に冷たい声は、染み込む水の様に溶けていく。触れる指先でヒビキの内を暴きながらに、メアリーは何処までも冷静に現状を口にする。

 この今に意識を閉ざした悪竜王は、自分の意志で眠っている。目を覚ませば暴走するしかないからと、それ程に追い詰められていた。そんな彼の内なる魔に、聖なる水は溶けていく。


 最後の一線は超えていないと。詰まりこれなら、今のメアリーでも如何にかなるのだ。その程度で済んだのは、エレノアが守る為に奮起したからである。


「仮にあの場で私が動いたとしても、それでは私の力が大きく削がれていた。こうして、この竜の子が内に眠る悪しき魂を抑え鎮める余裕などはなくなっていたことでしょう」


 ヒビキがもう少し多く力を使っていれば、或いはメアリーに残る力がもっと少なければ、至れなかった可能性。

 それでも、条件は今満たされている。まだ内なる魔を抑えられるだけの力を竜は残していて、抑えられたアカ・マナフを鎮める力を精霊王は残しているから。


 悪竜王は救われる。彼は元の状態へと、確かに戻ることが出来るであろう。それは紛れもなく、エレノアが立ち上がり守ろうとした結果である。彼女の功績であるのだ。


「故に嘆くのを止めなさい。そして己を誇りなさい。貴女は確かにこの子を守り、破滅の可能性を一つ退けたのですから」


 メアリーは断言する。冷たい声で、沈んだ瞳で、それでも優しく励ます様に。貴女は誇るべきなのだと、精霊王は告げていた。

 そんな女と彼女が抱く眠る竜を見詰めた後、エレノアは無言で頷いた。彼女の言葉は納得出来る理屈であったし、守りたい人は救われるのだと分かったから。


「水の精霊王、メアリー。アンタなら、今のヒビキを何とか出来るんだよな」


「時間は相応に掛かるでしょう。我が身も当然消耗しましょう。次なる戦いに間に合うかどうかは定かでなく、それ以外の支援を行えなくなるでしょう。……それでも、この少年の内に蠢く闇の魔王(ヤツ)だけは完全に封じてみせます。水の精霊王が名に賭けて」


「……頼む」


「ええ、頼まれました。これも一つの誓約。決して、違えることはありません」


 蒼き王を見ていると、何とはなしに思う。人であった頃があるとは知らずとも、悠久を生きる前はもっと感情的な女であったのではないかと。

 水の性質は冷湿。上昇する火に対し、深く沈み続けるモノ。重く形を変えた状態でもこれ程に分かりやすいのだから、精霊となる前は想像するに容易いだろう。


 そんな精霊王に頭を下げて、眠るヒビキを彼女に託す。そうした後でエレノアは、ミュシャ達の下へと歩いて来た。


「つー訳だ。取り敢えず、状況を共有しようぜ」


「了解。ってか言われなくても、せっしーに現状説明する気だったにゃよ」


 三人揃って、現状の共有を此処に始める。セシリオが倒れてから後にあったことを。散々に敗北した先の一戦を。その結末を、此処に告げた。


「お前らが無力化された後、セニシエンタが切り札を使った。んで、俺が迎撃した。けど、馬鹿火力を馬鹿火力で吹き飛ばすような対応だったからよ。…………リントシダーの町は、跡形もなく消し飛んだ」


「そして力を掠め取ってたサンドリオンが撤退したことで、星還りの儀が本来の効果を発揮したんにゃ。結果として力を取り戻したメアリー様が、爆心地に居たミュシャ達を此処に退避させてくれたと言う訳にゃ」


 エレノアの目覚めた力は、誰かを守る為の力ではない。誰かを守れる理想の自分になる為の、そんな性質を有した心威。

 そうであるが故に被害の軽減などは出来ず、それ以上の火力で押し返すと言う対応しか出来なかった。そしてそんな大火力がぶつかり合えば、大地も唯では済まなかったと言う訳だ。


 町は崩れて壊れ果て、大地は砕けて沈下して、津波と共に海に飲まれた。リントシダーと呼ばれた町はもう跡形もなく、土地の全てが海に沈んだ。

 そんな中で生き延びていた彼ら四人が海に飲まれる直前に、目を覚ました精霊王が退避させたのだ。そうして今、彼女達は海底迷宮の最下層である此処に居る。


「そんな現状を纏めると、ヒビキが行動不能で、ミュシャ達は襤褸負けして、キャロっちが攫われた。んでもって、リントシダー壊滅の影響で、混乱状態の冒険者ギルドは頼れない。精霊王様も、ヒビキの治療で動けにゃいと言う散々な有様にゃ」


「…………」


 冒険者ギルドの本拠地がある西大陸で、第二位の拠点であったリントシダー支部。その壊滅は冒険者ギルドに、多大な被害を与えている。

 これもまた、彼らの策略が一つであるのか。A級冒険者四人の内二人が死んで、一人が裏切り者だった。その上、第二位の規模を持つ支部を失くしたのだ。そんな今のギルドが、灰被り姫を有するノルテ・レーヴェ社に敵う筈もない。


 当初の目論見は全て破綻した。今更、A級に昇格しようがギルドを味方に付けようが、勝てる目などは残っていない。正に最悪と言って良い程、今の現状は詰んでいる。


「今回の敗北は、ぶっちゃけミュシャの責任にゃね。時間がないかもしれないと深読みした結果、付け入る隙を作り過ぎた」


 そうなった原因は自分にあると、ミュシャは自責の念と共に口にする。時間がないかも知れないからと、二手に分かれたのは下策であった。

 その上、海底迷宮の中でもまた戦力を分散した。狙われているとは知っていた筈なのに、如何にかなると過信していた。その隙を、灰被り姫に突かれたのだと。


「……猫の姉ちゃんの所為じゃねぇよ。俺が、キャロを守れるくらい強ければ」


 ミュシャの言葉にセシリオは、同じく自責しながら返す。隙があったのだとしても、自分がもっと強ければ対処出来た筈なのだと。

 友と呼んだ相手。己とそう年が変わらない少年。そんな黒き白貌相手に何も出来ず、無様に負けて大切な人を奪われた。それは彼が、弱かったからに他ならない。


「いや、誰かの所為って訳でもねぇよ。言っちまえば、俺ら全員の責任だ」


 そんな風に自責の言葉を吐き出す二人に対し、否定を返したのはエレノアだ。

 自分の芯を見付けられた彼女だからこそ、先の過ち――その本質に気付いていた。


「要はさ、俺らはヒビキの力を過信し過ぎていた。アイツに頼り過ぎてたんだよ。ヒビキが居りゃ、何とかなるってさ」


 結局のところ、それなのだろう。ミュシャが戦力を分けたのも、セシリオに必死さが足りなかったのも、其処に彼が居たからだ。

 絶対的な力を有し、死者すら蘇生出来ると言う万能性を併せ持つ。最強の魔王と言う仲間が居たから、最悪の場合でも彼に頼れば如何にかなる。


 そう誰もが慢心して、妄信していただけなのだ。だからあっさりとその隙を突かれて、こうして追い詰められている。

 今直ぐに追い掛けてもどうしようもないと、そんな状況に至ってしまった。この今も無様を晒し続けていて、けれどそれに気付いたのだ。


「だからこんな無様を晒して――けど、それで私は終わりたくない。それは、お前達もそうだろ?」


 ならば、このままで居て良い筈がない。彼が居なければ何も出来ないと、それで良い筈がないのである。語るエレノアの言葉に対し、二人は強く頷いた。


「ああ、当たり前だよ。師匠」


「にゃね。落ち込んだり、反省したりは後で出来る。今は、今出来ることをするべきにゃ」


 やられたのなら、やり返す。奪われたのなら、奪い返して取り戻す。此処に今、自分達は生きているから。まだ終わってなど居ない。

 今度は油断も隙も無く、必死な想いで進んで行く。彼が居なくとも、彼に頼らずとも、確かに出来るのだと示す為。人間だけの戦いへと、彼らは向かって行くのである。


「先ず第一に、急ぐ必要はあるけど、焦ってはいけないこと」


 彼らは人だ。星を砕くような腕力も、時を戻す様な魔力もない。所詮はちっぽけな人間だから、血気逸って突き進むだけでは届かない。

 急げど焦らず、一歩一歩と確実に。先ずは足元から固めて行かなくては、また同じ結果になると分かっている。故にこそ、進む前に進む道を確認するのだ。


「キャロっちは生きたまま攫われた。詰まり、生かしておく理由があるにゃよ。……生贄として使う儀式に必要な要素があるのか、呪詛として加工するのに時間が掛かるのか。理由はともあれ、今直ぐに如何にかなる訳じゃない」


「とは言え、余り余裕がないのは事実っぽいがな。精々二日か三日が期限と、短めに想定しといた方が良さそうだ」


 先ず第一に、時間がどれだけあるかと言うこと。攫われた少女が何時まで持つか分からずとも、今直ぐ終わると言うことはないだろうと予測が出来た。

 とは言え、それも余り長くはないだろう。時計の針が進めば進む程、手遅れになる可能性は増えていく。丸一日でどうこうなることはないだろうが、一週間とは持たない筈だと。彼らは一先ず、それを一つの期限と定める。


「そして第二に、連れ去られた場所について。……十中八九、ノルテ・レーヴェ社の本拠地。北部最大の都市。旧ウナマジェリト、現ノルテ・レーヴェにゃね」


 そして次に思考するのは、果たして何処に連れ去られたのかと言うこと。ミュシャは即座に答えを出して、二人もそれに賛同した。

 態々連れ去ったのだから、其処は敵の本拠地である筈だと。冷静に考えても、他に選択肢がないのである。ノルテ・レーヴェ社を選ぶ利点は無数にあって、選ばぬ利は殆ど存在しないから。


「理由としては幾つかあるけど、一番はやっぱり其処が奴らの本拠地であることにゃ。西大陸は愚か世界に大規模な影響を齎すであろう精霊殺し。その大望を果たす為に全霊を尽くすと言うのにゃら、他の場所なんて先ず選ばにゃい」


 無論、それを見せ札とする可能性もなくはない。それでも、その可能性は極めて微小だ。何故ならば、彼らはヒビキを無力化したから。

 悪竜王を封殺し切った英雄に、残った者らが抗える筈もない。アマラやディエゴはそう捉えていたし、ルシオはサンドリオンの判断に従うだけだ。


 恐らく唯一、現状を読み切っているであろう姫君は戦いに乗り気だ。去り際に彼女が語った様に、追い縋って来れば遊び相手を務める心算だ。

 彼の狂人は己の愉しみの為だけに生きていて、だから本拠地以外に引き籠る予定ならば去り際にでも暗に語っていたであろう。そういうある種の信頼が、エレノアの中には確かにあった。


「ノルテ・レーヴェ社が町ごと買い取って、名前を変えた奴らの本拠地。ピコデ・ニエべ山脈を背にした大都市、だったよな。……確かこっからだと、鉄馬車でも二日は移動に掛かる」


 場所はまず間違いなく、故に問題となるのは距離だ。旧名ウナマジェリト、現ノルテ・レーヴェ。そう呼ばれる都市は、西方大陸北部の中央に存在している。

 東端にあるリントシダーからでは、どれ程に急ごうと二日は掛かる。このままでは間に合わないと、歯噛みするセシリオ。焦ってはいけないと分かっていても、焦燥する想いが隠せない。


「万年雪の山の麓までは、私が届けましょう。……それ以上の余裕はありませんが」


 そんな彼らに、助けの手を出すのは精霊王だ。星還りによって力の一部を取り戻した今、その程度の助力ならば可能である。


「十分ですにゃ。感謝いたします、メアリー様」


「不要です。これも我が身から出た、錆の一つであれば」


 礼は不要と、語る王は嘆いている。リントシダーの壊滅を、己の末が為した行為を、そして己が喰らった命を。

 それでも彼女は嘆くだけだ。それを元に戻そうとは考えない。何故ならば、奪うよりも戻す方が難しいから。喰らった命を還元しようと望めば、取り戻した力以上に消費する。


 この今、悪なる竜を抑え鎮めることが出来るのは彼女だけ。精霊殺しを防がんとする少女らに多少の協力が出来るのも、彼女だけしか存在しない。

 故にそんなメアリーから、力を奪うことは下策だ。効率的ではないと言う理由で、彼女はこの地に生きた人々を取り込むことを良しとしていた。


 そんな己に、嘆く資格などはない。涙を流すことなど、合理的とは言えない話。そうと知っていても、彼女は己の情を切り離せない。

 冷たい眼鏡で瞳の色を隠していた人間時代も、精霊となって深く沈むと言う性質を得た今も――メアリーの心は弱くて脆いから、その感情を切り離せない。


「ですが、そうですね。一つだけ、お願いできるなら。我が子を――――あの子たちを、救ってあげてくれませんか?」


 眠る悪竜を膝に抱き、その髪を撫でながらに思う。無辜の民を効率故に見捨てた女が、罪深き己の末の未来を願う。一体何と身勝手な話であろうか。

 精霊王となっても尚、そんな弱さを捨てられない。全てに諦めた今となっても、それでも慈愛と共に願ってしまう。愛しい子らに、幸いあれと。母は今も、そう祈る。


 そんなメアリーの言葉に、皆が揃って無言で頷く。見捨てる気など、欠片もない。伸ばせるならば、掴んで引き上げてみせるとしよう。

 大切な仲間だ。愛する少女だ。そしてそんな彼女の、替えの無い兄妹なのだから。倒すべきは灰被り姫。砕くべきは彼らの野望だ。その意志を挫けば、命を奪う理由はない。


「そうなると、残る問題は――セニシエンタ達をどうするかってことか」


「そうにゃね。こっちから攻め込めば、必ずアイツらが出て来るにゃ」


 そうとも、倒すべきは灰被り姫。誰かの悲願を鼻で嗤って、誰かの悲劇を戯れで踏み躙って、誰かの死に狂喜する。そんな狂って穢れた英雄。

 付き従う猟犬達。その両腕も含めた彼らは、決して避けては通れぬ脅威だ。そしてそんな彼らを失えば、ディエゴの野望も達成不可となる。故にこそ、倒すべきは彼女であるのだ。


「……駄猫。俺とセニシエンタを、一騎打ちに持ち込めるか?」


「質問に質問で返すけどにゃ。勝算があると、信じていいにゃか?」


「ある。アイツはもう嵌った。なら、一対一なら勝てる。……ううん、必ず勝つ。私は、そう決めた」


 西の英雄である灰被り姫に対し、三人の中で勝ち目があるのはエレノアだけだ。彼女の心威はこの今も、条件を満たし続けている。

 故にこそ、エレノアならばサンドリオンに勝る。彼女の心威は極めて特殊な型であり、それが成立している限り必ず勝利を掴める物。理想の騎士に、敗北などは在り得ない。


「なら、サンドリオンは任せるにゃ。となるとその両腕は、ミュシャ達で対応することになるけど――」


「……ルシオは、俺がやる」


「ま、そうなるにゃよね。あー、アリス・キテラに続いて、ミュシャの相手はまた同類項(あーいうの)かー。魔王に比べたら地力が弱い分だけ、マシと思うしかにゃいかにゃー」


 一対一でならば勝てると、ならば残る両腕を遠ざける必要がある。そして其処に互いの因縁が交わるならば、戦うべき相手は既に決まっている。


 セシリオは思う。ルシオに勝ちたいと。彼はルシオを恨んではいない。キャロへの仕打ちに怒っていても、憎んでいる訳ではない。

 何故ならその気持ちが分かるから。もしも己が猟犬の一人であったのならば、同じ行動をしていただろうと共感出来た。友だと呼んだ時の感情は、今も色褪せてはいない。


 だが、だからこそ勝ちたいのだ。己の最愛を奪った彼を殴り飛ばして、そして彼女を取り戻したい。そうすることで、初めて先に進めるのだと思うのだ。

 そんなセシリオの想いを、ミュシャは諦めながらに受け入れる。狂人の相手など魔女だけでも十分過ぎると言うのに、全く我ながら貧乏くじを引くものだと。それでも、異論を口にする気はなかった。


「結局、やること自体は簡単にゃ。ノルテ・レーヴェ社が支配している大都市に乗り込んで、各個に灰被り姫の猟犬団と戦う。誰でも良いから如何にか突破して、キャロっちを救出したら合流にゃ」


 精霊王の転移で一気に行けるかと、問えばそうはならないだろう。相手にも転移術者がいるのだから、対策の一つ二つはある筈だ。

 故に飛ぶのは都市の周辺まで、其処から隙を突いて侵入する。無数の罠を掻い潜って、猟犬団の目から逃れて、そのトップ三人を倒して囚われた少女を救出する。


「けど、問題はそれが出来るかと言うこと。無策で挑めば必ず負ける程、質も量も経験も全部相手が上。勝つにはそれをひっくり返す、確かな何かが必要にゃ」


 言葉にすれば単純で、けれど現実に出来るかどうかは話が別だ。このまま直ぐに乗り込んでも、出来ることではないだろう。

 だが己を磨くような時間はない。質も量も経験も、その差を埋めることは出来ないだろう。故に必要と成るのは、ひっくり返す要素か策だ。


「エレノア。せっしー。アイツらに関して二人の知っていること、全部教えて欲しいにゃ。ミュシャも可能な限り目を使って、如何にか勝機を導き出す」


 その内一つが、エレノアの目覚めた理想騎士。それでもそれだけに頼っては、先と同じ結果になろう。

 たった一人を妄信した結果、隙を突かれて負けたのだ。そうと認めた以上、同じ轍を踏む訳にはいかない。


 エレノアが新たな心威で、セシリオがその想いで、ならば残るミュシャに出来ることなど思考を回すことだけだ。

 叡智の瞳と、それを活かせるだけの頭脳。其処にもう一度火を入れて、本気で動かし打開の策を導き出す。それをやり遂げてこその仲間であろう。


「一度は失敗したミュシャだけど、もう一度だけ信じて欲しいにゃ。皆で勝って、仲間を取り戻すために」


 故に彼女は頭を下げた。一度は失敗したけれど、今度は失敗しないと。だから信じて欲しいのだと。


「は、愚問だぜ。駄猫。俺が肉体労働担当で、テメェが頭脳労働担当だろうが。手足が頭に従わなくてどうするよ」


「エレノア」


 そんな言葉に返るは失笑。最初から信じていると、エレノアは下らぬことを聞くなと笑って返した。


「悔しいけど、今の俺じゃあルシオの奴には勝てない。キャロを助けられない。……だから、こっちこそ頼むよ姉ちゃん。どうすれば良いか、一緒に考えて欲しい」


「せっしー」


 そんな言葉に返るは嘆願。自分一人じゃ勝てないと知っていたから、想いだけでは届かないのだと分かっているから、セシリオは逆に頭を下げて頼み込んだ。


「……うん。任せろにゃ」


 仲間二人の返しを前に、僅か言葉に詰まってしまった。如何にか絞り出せたのは、そんな言葉と確かな笑顔。

 ああ、そうだとも。今度こそは失敗しないと、確かに誓って瞳を輝かせる。心は決まった。為すべきは決まった。故に後は、進むのみ。


「もう一度、言うにゃよ。皆で勝って、取り戻すにゃ」


 この道を進んで、大切な仲間を取り戻す。誰かに頼るのではなくて、皆で共に進んで行く。

 そうとも、己達はちっぽけな人間なのだ。手を取り合って初めて何かが為せるようになる、そんなちっぽけな人間だから。


「向かうは、旧都ウナマジェリト。ノルテ・レーヴェが支配する彼の都市こそが、西で最後の決戦舞台にゃ!!」


 これより始まる二部決戦。其処に悪なる竜も、精霊の王も居はしない。世界最強とは程遠い、弱者達が最弱最悪の英雄に挑む戦い。

 其処に超越者の姿はなく、唯の人間同士がぶつかり合う。規模は小さく、振るわれる力もまた小さい。そんなちっぽけな戦いが、幕を開けようとしていた。






【悲報】ヒビキ君二部最終決戦で一回休み【主人公出番なし】


エレノアVSサンドリオン。セシリオVSルシオ。

ミュシャが残るアマラの相手をしている間、ヒビキ君はメアリーさんに膝枕されて安眠中と言う。


最強系主人公にあるまじき展開だが、作者が強敵好きで味方の劣勢が好きな上、設定上第一部程の強者を用意出来ないから仕方ないと強弁してみる。



今後敵がインフレするのは、邪神戦辺りからを予定しています。それまでは意地でもインフレさせない心算です。


因みに幻想界の魔王と言うか概念神は、覚醒した炎王一人で全員倒せるスペックでしかなかったりする。アカ・マナフもアリスちゃんも、炎王と戦うと100%負ける。襤褸負けする。


なので今後五大魔王がインフレしてるとしか思えない力を見せても、炎王には負けるから幻想界編での武力トップの敵が炎王なのは今後も変わらないしインフレはしていないんだと事前に言い張っておきます。


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