その8
◇
ヒビキが作る朝食に相伴預かり、二人で食事を終えてから向かったのは町の小さな教会。その裏手にある、少し寂れた孤児院だった。
出迎えた修道服の女性は、セニシエンタを見た瞬間に満面の笑みを浮かべて歓迎する。其処には一切の偽りなく、再会を喜ぶ素直な情だけが存在していた。
「お久しぶりです。セニシエンタさん。本日はどうされましたか?」
「やあ、久し振りだね、シスター。いや、特に理由はないんだが、折角この町に来ることになったからね。久し振りに、幾らか浄財しておこうかとね」
そんな彼女の前で影の倉庫を開くと、セニシエンタは幾つもの物資を取り出す。食料品から生活物資に至るまで、その量を見てシスターは恐縮しながら頭を下げる。
「こ、こんなに頂けません。唯でさえセニシエンタさんには、何時も何時もお世話になっているというのに」
「それは困った。余り日持ちしない物もあるんだ。受け取って貰えないと、駄目になってしまうかもしれない。それは僕が困ってしまうよ」
「……その言い方は、卑怯です」
全く困っていない様な素振りで、そう嘯くセニシエンタ。受け取る側の修道女が寧ろ困っている様な様子で、ヒビキは小首を傾げている。
そんなやり取りを孤児院の門前で行う両者の姿に、庭で遊んでいた小さな子ども達が気付いた。そうして目を輝かせると、彼らは次から次へと寄って来る。
「あ、セニシエンタだー!」
「やったー! 今日は御馳走の日なんだー!」
「セニシエンター! 久し振りに遊んでー!!」
十にも満たぬであろう、孤児院の子ども達。建物の古さに反して、着ている衣服の質も、その血色や体格も決して悪くは見えないもの。
寧ろ孤児院としては優良であろう。比較対象を知らぬヒビキにもそう想える程に、此処には温かさが満ちていて、彼らは愛されている様に見えた。
「あ、貴方達。何時もお世話になっている方に、その口の利き方は! それと、そんな風に強請ってはいけませんっ!!」
「ははっ、構わないさ。子どもは元気で素直なのが一番、ってね。僕としても、こういう反応は嫌いじゃない」
育ての親として叱るシスターを、軽く抑えてセニシエンタは微笑みを絶やさない。そのまま彼女は膝を屈めると、取り出した飴を子らへ一つずつ手渡して語る。
「ごめんね。僕は少し、君達の先生と話があってね。けど、安心すると良い。その間、こっちのお兄ちゃんが遊び相手になってくれるからさ」
「え、僕?」
「ああ、君だよ。ヒビキ君。……シスターはこれで中々潔癖でね、何時も貰ってばかりじゃ悪いと、少し説得に時間が掛かるんだ。だからそれまでの間、彼らの遊び相手をすること。そして、その後の荷物運びの手伝い。それが君にして貰いたい、ボランティアと言う訳さ」
唐突に話を振られたヒビキが困惑するが、セニシエンタは笑みを絶やさず返す。悪びれもしない爽やかな態度に、拒絶を示す余地もない。
混乱したままのヒビキは、セニシエンタの言葉に従った子ども達に手を引かれて孤児院の庭へと。半ば強制的に子どもの相手をさせられるのだった。
「んじゃ兄ちゃん! 鬼ごっこしようぜー!」
「……追い掛ける時、音速を超えるのはアリ?」
「鬼ごっこなんて子どもの遊びだよー。お兄さんも、サッカーの方が好きだよねー」
「……ボールが爆発するけど、良いの?」
「いーえ、お兄さんは女の人みたいに綺麗だもの! きっとおままごとの方が似合うわー」
「……確かに、一番上手く出来そうな気がする」
『えーッ!?』
子どもが沢山集まれば、騒ぎも大きくなっていくもの。それでもその騒がしさは、内に入れば決して苛立つだけの物ではない。
次々提案される遊びの内容に、一つ一つと付き合っていく。自分が力加減出来ないと自覚しているヒビキとしては、肉体を動かす遊びは極力避けるべきだと一応自重もしていた。
そんなヒビキの超性能を、子らも付き合っている内に理解していく。それで怖がるのではなく、ちゃんと遊べる遊びは何であろうかと考えてくれるのは彼らが善良だからだろう。
内に一片たりとも悪意を宿さぬ純粋さ。無垢な子らとの遊びの時間は、今のヒビキにとっても癒しとなる。そんな子らと共におままごとやかくれんぼ、けんけんぱなどして遊んで過ごした。
何時しか自然と笑い合える時間が過ぎて、そうして日は中天へと。昼食の時間に子らは家屋へ戻っていく。その直前に花壇で作った花冠を、ヒビキにお礼と手渡してから。
彼らの背中を見送って、ごろんとその場に横たわる。砂利に衣服は汚れるが、それさえ気にならないのはきっと心に満ちているから。優しい時間と優しい熱が、此処には確かにあったのだ。
「思ったより、仲良くやれてたみたいだね。うん。良かった良かった」
「セニシエンタ」
花壇の前で横になったヒビキの傍へと、歩み寄って来た麗しの貴公子。微笑みを絶やすことない男装の美女は、花壇の囲いに腰を下ろした。
そうして、互いに何を言うでもなく。共にぼんやりと家屋を見詰める。古びて所々に補修が入った建物は、とても豪勢とは言えないだろう。それでも寂れているとは、言えない温かさに満ちている様に見えていた。
「此処の孤児院には、何時も?」
「此処だけじゃないから、何時もではないかな」
「他の孤児院でも、同じことをしているの?」
「正確には、他の町でも、だね。この町では此処を入れても、定期的に顔を出すのは三つか四つと言う所さ。流石にそれ以上となると、今度は僕が破産してしまう」
「……それでも十分、凄いと思う」
罅が入った壁の隙間から、溢れ出して来る子どもの笑い声を聞きながらに問い掛ける。何時もこんなことをしているのかと。
それに返る答えは何時もではないと言うもの。他にも手広く伸ばしているから、何時も何時もと繰り返せない。個人が稼げる、富には限りがあったから。
結局その程度でしかないのだと、セニシエンタは薄く笑う。その程度でも凄いのだと、ヒビキは本気で感心しながら言葉を返した。そして、彼は気付いた様にそう口にする。
「セニシエンタは、良い人なんだね」
「……ふふっ。僕が良い人? それは違うさ」
「どうして?」
「これは結局、自分の為のことだからだよ」
少年の心はまだ幼い。ヒビキにとって世界とは、とても単純な物である。だから素直に、彼は思った。貴女は良い人なんだろうと。
西で最強のA級冒険者。誰よりも美しく戦うと言われる姿は、誰とでも正々堂々全力で向き合っていると言える物。
皆のヒーローと称される程の名声と実績。私的な部分でもこうして、恵まれない人々への援助を自費で行っている。そんな人物が善人でなくて、一体何だと言うのであろうか。
そんなヒビキの問い掛けに、セニシエンタは苦笑しながら否と返す。彼女の行為は純粋な善などではなく、見返りを求めた合理の一種であるのだと。
「使い道のない富を消費して、誰かに貢献しているのだと自己満足に浸る為。それが半分なら、もう半分は実利の為。……こうして助けて上げた人の内、何人かが恩を抱いて何時か役に立ってくれる。それに期待しているのさ。だから、純粋な善意と言う訳じゃない」
「……だから、自分のため?」
「そうさ。だから、自分のためなのさ」
元より既に稼いだ額は、一生豪遊して過ごそうとも使い尽くせぬ程に。世界を救うにはまるで足りない額ではあるが、少しの節制で多くの人を救い上げる要素には十分成り得る。
そうして救った人々は、セニシエンタに感謝をしよう。何時か恩を返そうと、思う者も零ではない。そうした人々の助けが、何時か己の役に立つ。確立としては少なくとも、分母を増やせば無視できない程度の規模にはなる。
それをセニシエンタは知っていて、それをセニシエンタは求めていて、だから純粋な善意と言える筈がない。微笑みの下に感情を隠して、それでも彼女が語った言葉は本心だった。
「……でも、そのお陰で、此処の子たちは沢山助かってる。それは良い事だと、僕は思うよ?」
しかし、そんな理屈などヒビキには分からない。難しい理由など、今の彼には理解が出来ない。
だがだからこそ、彼は時に真理を射抜く。無垢なる子どもが無意識に物の道理に至るかの如くに、ヒビキも同じくそんな答えに至っていた。
其処に如何なる思惑があれ、結果として救われている人々が居る。ならばきっと、その行いは善行なのだと。
「そうかな。君がそう言うのなら、そうなのかもしれないね」
「うん。だから、セニシエンタは良い人なんだと思う」
「良い事をするから良い人、か。けどね、ヒビキ君。……善人が良い事しかしないと言う道理はないし、悪人が悪事しか起こさないと言う道理もまたないんだよ」
そんな少年の純粋な言葉を耳にして、セニシエンタは何を思ったのか。逆行が遮り、その瞬間の表情は映らない。
唯軽く、彼女は少年の頭を撫でた。まるで羽が触れる様に一瞬だけ、驚いて上体を起こした少年を余所にセニシエンタは一人立つ。
そうして、振り返ることなく。誰に伝えようと思う意志もなく。掠れる様な小さな声音で、届かぬ音を紡いでいた。
「Nihil est ab omni parte beatum. Libenter homines id quod volunt credunt. Fere libenter homines id quod volunt credunt. Mundus vult decipi, ergo decipiatur」
「セニシエンタ?」
「――さあ、どうやら昼食の時間も終わったようだ。常なら昼寝の時間まで、ゆっくりしている筈なんだがね。彼らは君のことが、余程気に入ったらしい」
統一言語にならない言葉で、何かを言った後に指し示す。問い掛けるヒビキの言葉には応えず、彼女が指差したのは古びた建物の扉。
錆び掛けた蝶番が鈍い音を立てながら、内側から開かれていく。次から次へと姿を見せるのは、先まで遊んでいた子ども達。彼らはまだ、満足していない。
もっと遊ぶのだと、子どもらしい元気さで。それを見送るシスターも、笑みを浮かべながら懐に片腕を押し込んで――――そして、全ては一変した。
――そう。良い夢は十分見ただろう? なら次は、そろそろ悪夢を始めようぜぇ――
誰かが嗤った。誰が嗤った。言葉は音に成ることなく、猟犬の悪意は牙を剥く。惨劇は此処に今始まった。
「え?」
乾いた音が響いた。立ち込めるのは硝煙の臭いと、地面を染める鉄の臭い。弾けたのは子どもの頭部と、修道女が手にした煙を噴き上げている硬質な銃口。
頭がなくなった子どもが倒れる。周りにいた子どもが立ち止まって振り向く。その瞬間にはもう一人の頭が飛んだ。まるで割れた柘榴の実を思わせる程にあっさりと、命の灯が消えて行く。
「何で……? 何、してるの……?」
「何、してる? 決まっているでしょ? 見て分からない? 育てた子を、殺しているのよ?」
分からない。分からない。分からない。分からない。何が起きているのか、見ている筈なのにその現実が分からない。
狂気に壊れた笑みを浮かべて、次から次に屍を量産している育ての親。死と言う結果を理解出来てはいないのであろう、困惑しながら減っていく育てられた子どもたち。
理由を問われて、答える声は平然と。まるで空の天気を聞かれて、今日は晴れですよと答えているかの様に。其処には悪意も敵意も殺意も何もない。
唯必要だからと、義務的に処理を続けている。確かに愛情や優しさがあった筈なのに、壊している子どもを見る目は全く変わっていないのに、機械的な作業が止まらない。
「――っ!? 還れ! 還れ! 還れ! 時よ回帰し、命よ還れ! 我は竜王! 如何なる時も法則も、我に従い望むままに全て歪め! オールレイズデッド!!」
そんな狂気溢れる光景に、ヒビキは混乱しながらも魔法を展開する。訳が分からないし意味も分からないが、この子ども達が死んで良い筈がないのだと言うことだけは分かったから。
死者蘇生。限定的な時間回帰。大量に消費した魔力に、内なる魔王が暴れ出す。今にも吐き出しそうに成る程、それでも成さねばならぬと思った。だから躊躇うことはなく、魔法の陣は此処に奇跡を成してみせる。
弾けた柘榴が塞がって、木の枝へと戻っていく。それはそんな異常溢れる光景で、だがそれすら為すのが悪竜王。膨らむ悪意を制御しながら、彼は狂った女を睨んだ。
「あら、弾き飛ばした筈の子どもの頭が、巻き戻っていったわ。仕方がないわね。また殺しましょう! うふ、ふふふ、アハハハハハハハハハハハハッッ!!」
「お、まえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
また殺す気だ。そうと理解した瞬間、膨らみ続けていた悪意が溢れた。この女を排除しなければと、ヒビキは大地を駆けた。
既に限界寸前だ。暴れ狂う内面の闇を抑えながら、全てを壊し尽くそうとする暴虐を耐えながら、それで既に限界だったのだ。
なのに暴走を始めたシスターを、原因究明の為にも殺さず無力化させる。其処にそんな余分を加えてしまえば、隙が生まれぬ筈がない。
「――がっ!? ぎィィィィィィィィッッッ!?」
熱い熱い熱い熱い。跳び出した直後に感じたのは、そんな背中を焼く熱さ。まるで硫酸を浴びせられたかの如く、背中が酷く熱く痛む。
振り向いた先、その背に立つのは風雅美麗。彼女は手にした消音機付きの拳銃で、先に投げ付けた一つの容器を撃ち抜いた。その中身が、ヒビキの背に掛かったのだ。
「ああ、此処までやって漸くか。一手撃ち込むだけでこれでは、真面にやっていたら話にすらならなかっただろうね」
「……セニ、シエンタ?」
「ん? 何を掛けられたか気になるかい? アマラが作った精霊王殺しの呪詛だよ。あれは超常存在を殺害すると言う概念と濃密な瘴気を合わせた特別品だからね。背に浴びるだけでも、中々に効くだろう?」
飛び出した勢いのまま、大地に倒れ込んだヒビキ。彼には何も分からない。頭の中は混乱し切っていて、一体何が起きているのかが分からない。
そんな彼へと彼女は微笑む。何時も通りに爽やか過ぎる笑みを浮かべて、誰より美しいと謳われる女は倒れたヒビキに近付いていく。そうして、その足で少年の頭を踏み付けた。
「あ、ぐ――っ」
「吐きそうかな? 溢れ出しそうなのかい? もう少し頑張ってくれ。そうじゃないと、僕も含めて皆が死んでしまうじゃないか。なぁ、アジ・ダハーカ」
砂利が目に入る様に、砂を噛んでしまう様に、踏み付けた頭を踏み躙る。精々苦しめと、頑張って耐えろと、相反する意志を込めて女は嗤った。
常の微笑みが異様に歪む。誰かを安心させる様な作り笑いが、誰かの不幸を嘲笑う彼女の本質的な笑顔へと。世界で最も醜悪な人間は此処に、魔王を無様と嗤っている。
「アァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
「おや、まだそんなに動ける元気があったか」
何故、子ども達が殺されたのか。何故、シスターは狂ったのか。何故、セニシエンタは急変してみせたのか。分からない。分からない。分からない。
ヒビキには、分からないことだらけである。それでも、このままでは済ませるものかと歯を食い縛る。大魔法の使用に、精霊王殺しの呪詛に、セニシエンタから叩き付けられた悪意の総量。既に限界を迎えて壊れ掛けながら、それでも彼は足掻いてみせた。
倒れたまま、身体を捻って拳を振るう。己を足蹴にする女を殴り飛ばさんと、振り抜かれた拳は鋭く速く重い物。直撃すれば唯人など、弾け飛ぶ程の威力があった。
「だけど、残念。その速力なら反応出来る。――キャスリング」
だがしかし、此処に居るのは唯人ではない。英雄と言う、人の極みに至った者。常人を殺す程度の一撃では、その身には決して届きはしない。
本来の竜の一撃ならば兎も角、今のヒビキの破れ被れでは遅過ぎた。瞬きの時間もあれば、セニシエンタにはそれで十分。女は此処に、仕込んでいた罠を一つ使って見せた。
「なッ!? 何だ行き成りッ!?」
「――っ! エレンッッ!? 避けて!!」
「んなッ!?」
気付けば、セニシエンタが居なくなっている。変わりに其処に居たのは、エレノアと言う大切な仲間の存在。
完全に無防備な姿を晒す少女の顔に向かって、突き進む竜の拳は止められない。必死になって避けろと叫ぶが、それは余りに遅過ぎる。
「が――ッ」
「あ、ぁぁ」
如何にか抑えようとして、それでも止まらず刺さった拳。咄嗟に反応しようとして、それでも防ぎ切れなかった少女。
肉を打つ嫌な感触の結果は、同士討ちと言う最悪の展開。痛みに崩れ落ちそうになるエレノアの姿に、悪意で吐きそうになっているヒビキは強く歯噛みした。
怒りで如何にかなってしまいそうだ。憎悪で気が狂ってしまいそうだ。殺意で壊れてしまいそうである。
けれど駄目だ。それは駄目だ。此処で魔王アカ・マナフが解放されれば、それこそ最低最悪の状況。故に必死に踏み止まって――それこそが、セニシエンタが望んだ状況に他ならない。
「ははっ! 其処で仲良く、纏めて受けろッッ!!」
『――――ッッッッッッッッ!?』
位置交換の魔法キャスリング。予め印を刻んだ対象と、自分の位置を入れ替えるだけの転移魔法。それを二度使った女は、先までシスターが居た場所に。
其処から銃口を向けて、躊躇うことなく撃ち放つ。撃ち出したのは、先にも見せた精霊王殺しの呪詛。それに特殊な薬品を混ぜ込み作った、特性品の焼夷弾。
着弾と共に爆発して、盛大な炎となって燃え上がる。星すら殺してしまう程の呪いの業火に焼かれて、二人は声に鳴らない悲鳴を上げていた。
「僕がどれだけ、エレノアちゃんの傍に居たと思っているんだい。四日だよ。それだけあれば――罠の一つや二つ仕込んでおくのも、当然だろって話だよなァ。普通やるだろ、俺はやったぞ? 考えとけよなァ、低脳どもッ!」
張り付けた嘲笑と同じく、着飾った言葉すら砕けていく。その美しい容貌にはまるで似合わぬ下劣な言葉使いこそ、彼女本来の在り方だ。
そうとも、これまでの全てがこの状況を生み出す為の演技であった。エレノアに近付いたのも、エドムンドを暴走させたのも、全ては彼女の信頼を得る為。罠を仕込める機会を得る為。
「しっかしやっぱり、仕込みは多少手間でもしておくべきだよなァ。実際、役に立ったわ。正義の味方ごっこも、しっかり囮として死んでくれたガキどももよォ。……ま、元々適当な所で使い潰す為に助けてやったんだし、食わせてやってた訳なんだ。ちゃんと役を果たせて、それで当然って訳なんだけどよ」
子どもを育てた理由もそうだ。此処で使うとは思っていなかったが、何時でも消費出来る様に各地にこういった場所を用意している。
善良な経営者と、人懐っこい孤児が居ること。そうした者らに支援しておけば、いざと言う時の役に立つ。特に標的となる者が甘い性格をしていれば、思考を乱す毒として最適なのだ。
そして、洗脳していた養育者もこれで用済み。ならば、しっかりと使い果たしてやるべきだろう。セニシエンタは歪な笑みを深めて、その術式を行使した。
「たーまやー、ってなァ! なぁ、見たかお前ら? あ、悪ィな。その目じゃ見える訳なかったなァ? 良いぜ。お優しい俺様が口頭説明してやるよ」
何処か遠くで爆音が、大地が揺れて風が吹き荒ぶ。その原因は明らかだ。この女が洗脳と共に仕込んだ爆発魔法を使用して、位置を交換していたシスターの身体を爆発させたのだ。
「冒険者ギルド、リントシダー支部。さっきまでエレノアちゃんが居た場所さぁ、今のでぜーんぶ瓦礫に変わっちまったぜぇぇぇぇぇッッ!! 一体何人死んだかなァァァッ? 調子に乗って、術式詰め過ぎたわッ! 下手すりゃあの貴種のガキも逝っちまってんじゃねぇの? やっべぇなぁぁぁ、報酬額差っ引かれるくらいじゃ済まねぇかもッ!? けど良いや、だって今最ッッ高ォォォに愉しいんだからよォォォッッ!! ギャァハハハハハハハハハハハァァァッ!!」
たった一手で、数百を超える犠牲者を生み出した。そんな女は平然と、所か心底から愉しそうに嗤っている。人としておかしい。何もかもが狂っている。誰もがそう感じる程、今のセニシエンタは醜悪だ。
風雅美麗と、最も美しい者と、そう呼ばれた姿は容姿以外に残っていない。その容姿すら、首から下は作り物。嘗て奴隷であった頃、犯され嬲られ壊された。綺麗な顔だけ残されて、彼女は遥か昔に狂っていたのだ。
「う、ぁ――っ。セニ、シエンタ。お前、は」
「あぁ、そういや名乗りがまだだったか?」
そう。彼女こそが――誰にも救われなかったシンデレラ。血肉と欲に塗れて穢れ、地力で這い上がって来た灰被り姫。西で最強最悪と、そう称される到達点。
意地悪な継母に売り飛ばされて、悪趣味な貴族に犯され壊された。魔法使いの老婆に出逢えず、鼠の友を喰らって生きた。王子が開いた舞踏会を血に染めて、灰被り姫は生を嗤う。
「“風雅美麗”セニシエンタ改め――――“灰被りの猟犬”サンドリオンだ」
そうとも、彼女こそが灰被り姫。猟犬の群れを引き連れる汚れた姫は、トレードマークと言うべき乾いた血の色をしたフード付きの外套を羽織って名乗る。
燃え盛る孤児院の庭の中、倒れる少年をまた踏み付ける。人としての原型を失い掛ける程に、暴虐の化身となりつつあるヒビキ。それでもまだ人であろうとする少年の頭を、踏み付けて踏み躙る。
絶対的な力を持つ魔王を出し抜いて、その無様を嘲笑すると言う快楽。この今に感じる一時の愉悦が為だけに、彼女は此処まで準備したのだ。だからこそ、これで終わるのは詰まらない。
「よろしく頼むぜ? 悪竜王ッ!!」
さあ、もっと遊ぼう。まだこの少年にはきっと余裕がある。今は限界でも、先が在る筈だ。だから耐えてくれるだろう。
そういう耐えられるギリギリを見極めて、痛め付けるのがこの遊び。もしも見極めに失敗してしまったら、仕方がない。皆で死のう。
誰も彼もが魔王の暴走に巻き込まれ、諸共死に果てるであろう。そんな下らない結末ですらきっと、とても愉しい筈だから――サンドリオンは嗤いながら、命賭けの享楽に耽るのだ。
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冒険者ギルド上層部「我らが誇る最上位冒険者五人が揃えば、彼の猟犬とだって渡り合えるのだ!!(キリッ)」
得意分野封印したごっこ遊びでもA級で一番強いとか言われるポジションになれた人「どいつもこいつも見る目無さ過ぎwwwwwwwwwwwwwwwwww腹が捩れて死ぬwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww(大爆笑)」
そんな訳で、汚いシンデレラ姫。縛りプレイ解除で、遂にその本性を晒しました。